抄録
人口減少と高齢化が進行した日本では,空き家の増加が深刻な社会問題となっており,地方自治体は空き家条例を制定し,政府は2015年から特措法を施行するなどして対策を急いでいる.地理学の側での取り組みとしては,由井ほか(2016)が空き家の実態や要因には地域的な差異がみられることを明らかにしている.これまでのところ,東京圏では千葉県・埼玉県の外縁部で空き家率が高いことがわかっているが,東京都の郊外でも開発から時間が経過した郊外住宅地で空き家が増加することが予想される.そこで本研究では,東京都内の郊外住宅地を対象にして,「その他の住宅」の空き家の実態と対策を検討し,地区間の比較を行った.
空き家を網羅的に把握するデータとして,住宅・土地統計調査があるが,そこでは空き家の内訳を「賃貸・売却用」,「二次的住宅」(別荘等),「その他の住宅」(住み手のいない家)に分けている.このうち,管理されない状況で放置され,衛生・景観・治安などの住環境に悪影響をもらす可能性が高いのが「その他の住宅」であるため,本研究ではこれに焦点を当てる.
東京圏(1都3県)の市町村を対象にして,住宅・土地統計調査結果から空き家の分布傾向を把握した上で,国勢調査のデータを用いての空き家率との関連性が高い変数を回帰分析によって求めた.その結果を郊外都市である八王子市の町丁目データに適用し,「その他の住宅」の空き家が多いと予想される地区を抽出し,4地区を調査対象地区に選定した.これらの地区について,住宅地図と現地調査に基づく空き家の全数調査を行った後,町会への聞き取り調査を実施し,空き家問題への住民の認識と取組みを調べて比較した.
本研究の対象地域は東京都心から約40kmの郊外に位置する八王子市である.2013年の住宅・土地統計調査によると,同市の空き家率は10.3%(「その他の住宅」の空き家率は2.1%)と多摩地域の他都市と同水準にあるものの,2013年に空き家条例を施行しており,市内には1970年代以前に開発された古い住宅地と多摩ニュータウン地区内の比較的新しい住宅地が混在している.そのため,市内でも空き家の分布に違いがあるとみられる.
市内の詳細な空き家分布は統計では把握できないため,東京圏の市区町村別データにロジスティック回帰分析を適用して空き家率を推計した.目的変数には「その他の住宅」の空き家率,説明変数には国勢調査の人口増減率,高齢化率,一戸建て住宅率を用いた.そこで得られた回帰式に八王子市内の国勢調査データをあてはめて,町丁別に空き家率の推計した.その結果,市内の空き家率は,西部の山間部と古い住宅地が含まれる町丁で高いことがわかった.そこで,山間部以外の4地区を調査対象地域に選定した.4地区のうち,A~Cの3地区は1970年代に開発された郊外住宅地で,いずれも高齢化率が40%を超えて人口も減少傾向にある.残るD地区は,民間の集合住宅や商店・工場が混在する都心周辺部の市街地で,高齢化率は30%台であるが人口は減少している.
調査対象地域の空き家率はいずれも2%台であるが,空き家以外の駐車場や空き地を含めると,地区の規模が比較的小さく市街地に近いC地区とD地区でそれぞれ6.7%,10.2%に達する.空き家の形態的な特徴については,いずれの地区も表札がなかったり網戸が破れた家が多かったが,C地区とD地区では倒壊の恐れがある廃家が見られ,周囲の住環境に悪影響を与えている.
こうした空き家に対する自治会の認識とそれに対する取組みを比較すると,いずれの地区も空き家の発生を社会問題と認識はしているものの,それに対する取り組みには地区間で差がみられた.B地区とC地区では比較的積極的な対策をとっているものの,各地区別の取り組みには違いがある.B地区では,まちづくりや地域活性化に関心のある自治会長が中心になって空き家解消への取組みを開始したのに対し,C地区の場合は12年前に起きた空き巣犯罪を契機として,自治会がパトロールや空き家の草刈りなどの活動を行って空き家の発生を防いでいる.
こうした取り組みを開始するにあたって,専門家などの様々な主体との連携を通じて得た知識やノウハウに基づいて対策をとっているのがB地区である.これに対してD地区の場合,町会長個人で空き家の実態を把握しているものの,廃家の取り壊しなど問題解決の方法について情報が不足しているため,対策にも限界があるという.
このように,地区ごとに行われている空き家防止の取り組みが,調査対象地区の空き家率を比較的低い水準にとどめている背景にあるといえる.しかし,既存の空き家への対応については,住民だけでは解決できない問題を含んでいるため,行政機関や専門家などの多様な主体との連携が今後は必要になると考えられる.