抄録
1. ジオパークにおける研究者のアウトリーチ活動
2007年頃より,日本においてジオパークの活動が各地で行われるようになった.ジオパークは,地質露頭や岩石,化石,鉱物,地形,土壌,地層などの地質遺産(geological heritage)の保全を行い,地質遺産を利用した持続可能な開発のための教育を行い,地質遺産の賢明な利用の一形態であるジオツーリズムを推進するという機能を持つ.この保全,教育,ジオツーリズムという3つの機能の中で中心にあるのは,地質遺産の保全であり,その価値の評価において,地質学者,地形学者などの地球科学者の専門的な立場が必要とされている.
地域の自然現象を調査している研究者は,研究成果を論文とすることで,社会に対して情報発信していることになる.しかし,その論文が,一般に読まれる機会はあまりなく,研究者コミュニティーの外側(アウト)には,なかなか届かない(リーチしていない).そのような状況の中で,地域社会(日本では市町村が主体になることが多い)がジオパーク活動をすすめる場合,その地域に存在する地質遺産の評価は必須であるため,地質情報に関してのニーズが生まれ,研究者の情報が届くようになる.ジオパーク活動が始まると,それまで地域の自然環境について,それほど関心を持っていなかった人が,ジオパークのガイドとなり,ビジターに対して案内をするようになる.ガイドとなった人が内発的に地学情報にアクセスしガイドになったわけではないが,結果的には地域の地質や地形といったことを学ぶことになっている.ジオパークという認定制度が構築され,それを地方自治体などが受け入れることによって,アウトリーチのチャネルができ,情報が伝播していった構造とみることができる.
2. ジオパークにおける研究者のアウトリーチ活動の成果
このようなニーズが生まれている中で,こうした動きに積極的に関わる研究者もいれば,関わらない研究者もいる.現在のジオパークに関わっている研究者は,地質学の他,火山学,地形学,人文地理学,考古学など多様な分野であるが,地質学や火山学の研究者が比較的多い.自然災害の問題を扱っている研究者は,地球科学的な情報は,防災・減災につながる情報であり,それをどのように伝えるべきかについて,ジオパークの活動とは関係なく以前より取り組んでいた.そうした情報発信の場を欲していた研究者は,ジオパークというプラットフォームを積極的に活用している.また,数は少ないが,地学環境の保全の必要性を感じている研究者も,このジオパークの仕組みを利用している.このように,ジオパーク活動を通して,科学的な情報発信や,科学と社会との関係性を新しく構築していこうとしている研究者が,ジオパークと関わりを持つようにしている.研究者としての「社会実験」の仕組みともいえるだろう.
3. 地理学界がアウトリーチを活発化していくにあたってどういう視点や活動が必要か
日本においてジオパーク活動が進んでいる原動力の一つは,科学的な情報を必要としている市民と,情報を作り出す,あるいは評価する研究者とが,どちらもジオパークという仕組みを使い,交流し,新しい価値を生み出せていることにあると思われる.これは,研究者の視点からみれば,一部はアウトリーチであるが,それよりも,情報のアウトプットとインプットの双方があるサイエンスコミュニケーションの実践ということができよう.研究者が社会運動であるジオパークに関わることによって,地質遺産の保全,教育,地域の持続可能な発展などといった,純粋な研究の問題でない,社会との関わりの中で解決してかなければいけない問題について,専門家として考える機会が生じる.そうした場は,未知の問題に取り組もうとする研究者の好奇心を刺激し,結果的に専門情報が伝わっていると思われる.
専門家である研究者と社会との関係性は,様々な形がありうるが(小野,2016),日本の地理学界においては専門家像の多様性の認識が乏しかったのではないだろうか.多様な地理学者のあり方が,アウトリーチ活動の活性化につながると思われる.