抄録
Ⅰ.問題所在と研究目的
米国における災害対応では,ICS(Incident Command System)による一元的な危機管理システムのもと,危機対応を効果的に遂行するための指揮調整機能,事案処理機能,情報作戦機能,資源管理機能,庶務財務機能の5機能が位置付けられると同時に,対応機関・関係者が,被災地の様々な状況を迅速かつ的確に把握するためのCOP(Common Operational Picture)として,「地図」が作成・活用される体制が図られている.わが国においては,2007年の新潟県中越沖地震の際に,新潟県庁内に緊急地図作成チームEMT(Emergency Mapping Team)が初めて組織されて以降,主として,広域地方公共団体を対象とした,産官学連携によるGISでの主題図作成支援が行われてきているほか,近年では,民間やNPO等によるWeb-GISを利用した自発的な地図作成も展開されている. 一方,基礎自治体(市町村)においても,統合型GISの導入が進み,災害時の地図作成機能が実装されているものも多く,地図による情報集約や活用の重要性は高く認識されているものの,災害対策本部内での地図利用の方法については,地域防災計画の中には必ずしも明確に位置付けが行われておらず,また,具体的な方法論や訓練方法に関する知見が蓄積されていない状況にある. 本研究では,主として基礎自治体における初動期・応急期の実際の災害対応事例を基に,危機管理部局職員に対するヒアリング調査による地図利用の課題検証を踏まえ,併せて,災害対応訓練を通して,訓練設計時の要点を明らかにすることを目的とする.
Ⅱ.初動期・応急期における地図化項目と方法
発災直後から概ね72時間を指す初動期においては,人命救助が第一の目標として掲げられる.自治体における既往の災害対応現場の多くでは,自治体保有の都市計画図・道路基本台帳図,管内図等の10000分の1縮尺の「紙地図」が用いられ,通報や映像等を通じた被災箇所(火災・通行止め・倒壊・孤立集落・鉄道事故状況等)が手書きにより書き込まれるなかで状況把握が行われ,同時に警察,消防,自衛隊等への応援要請が行われる.次いで,被災者の生活支援が主となる応急期においては,主として救援物資量や避難所環境等の把握の観点から,避難所別に「一覧表」で人数の集計と報告が行われる. しかし,道路啓開や堤防復旧などの特殊技術を要する内容は,国交省TECH FORCEなどの専門組織がこれに当たるため,自治体が独自で地図を作成し対応する必要性は低いが,避難所については,場所別にシールの数で表示を行なうものや,地図への数値の直接書き込み等による工夫は見られるものの,域内の量的把握や偏在,時系列での変化等を把握するための地図作成には至っていないことが課題として挙げられる.
Ⅲ.大阪府吹田市における災害対応訓練と避難者地図の作成
発災時の情報収集(避難者数)を主眼とした市および自治会連合協議会合同の防災訓練が表1に示す流れのもとに実施され,この中で,表2に集約された避難者数集計からGISを用いた地図化作業を試行し,作成された地図をもとに災害対策本部会議および報道対応訓練が実施された.地図作成に当たっては,操作の簡便性と導入コストを考慮し,MANDARAを使用した.事前に避難所別の位置情報を付した基盤地図を作成し,災害対策本部に集約された避難者数の情報を即時的に地図化した上で,本部会議資料として提示を行った.本図からの対応重点項目として,市南部における避難者の偏在解消と支援物資の集中投入方策が議論された.
Ⅳ.課題
地図による情報視認性の高さは訓練参加者から高い評価が得られ,紙地図と併用しながら,迅速かつ簡便な方法によるGISを用いた地図の重要性が示唆された.今後においては,地図の作成技法にとどまらず,対応方針を明確にした全体計画策定を行い,被災者を含む社会への情報発信を行う「目標管理型災害対応」に資する訓練設計と人材育成を行っていくことが課題である.