日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 401
会議情報

発表要旨
八幡平菰ノ森地すべり地におけるオオシラビソ林の立地環境
*今野 明咲香
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに 八幡平地域には亜高山帯性針葉樹であるオオシラビソ(Abies mariesii)が亜高山帯に広く分布している。亜高山帯と山地帯の境界は,吉良 (1948)の温量指数45で示され,この地域では標高1,100 mの高さに相当する。しかし,八幡平地域では亜高山帯域下限の標高1,100 mよりも低標高域にも,オオシラビソ林が分布する。特に,八幡平地域に多数存在する大規模地すべり地内でその傾向が顕著に認められる。また地すべり地内では,一般に高標高域で認められるオオシラビソ純林が低標高域にも分布する。このことは,地すべり地がオオシラビソ林の分布に影響を与えていることを示唆する。したがって,八幡平地域の植生の垂直分布を理解するためには,地すべり地内におけるオオシラビソ林の立地環境を検討することが重要であると考える。 そこで本研究は,地すべり地におけるオオシラビソ林の立地環境を明らかにし,オオシラビソ林の垂直分布の低下をもたらした要因について考察することを目的とする。 2.地域概要と調査方法 菰ノ森地すべりは八幡平山頂に対して北西に位置し,標高1,350mから発生して北西方向に流下する。規模は幅約4.0 km,移動体の全長は約5.1 kmの大規模な地すべり地形である。この地域の地質は,下位より新第三紀の堆積岩(熊沢川層,小志戸前層,北又川層),玉川溶結凝灰岩,第四紀の安山岩溶岩である(河野・上村, 1964)。本研究ではこのうち,亜高山帯域に相当する菰ノ森地すべりの移動体頭部を中心とする地域を調査対象とした。まず,空中写真判読から地すべり地内の微地形分類を行い,樹種の混交比に基づき植生区分を行った。その上でオオシラビソ林を横断する測線で,1 mDEMを使用した地形断面の作成および,現地での植生調査および土壌断面調査を行った。各微地形区分に設置した調査区においては,出現する胸高以上のすべての樹種の定着マイクロサイトを調査し,岩塊か地表に分類した。 3.結果 ・対象地域における地すべり地内の植生は,主としてオオシラビソと他樹種との混交林である。オオシラビソが80%以上を占めるオオシラビソ純林は,オオシラビソ混交林内にパッチ状に認められる。混交林を構成するのはオオシラビソの他にブナ(Fagus crenata)とダケカンバ(Betula ermanii)で,ブナは低標高域,ダケカンバは高標高域で混交比が上昇する。 ・地すべり地内の微地形と,オオシラビソ林の分布には,明瞭な対応関係は認められない。オオシラビソ混交林は地すべり地形内のほぼ一面に分布し,標高1,050 m付近まで分布する。オオシラビソ純林は,標高1,300 m以高の溶岩流の堆積緩斜面上に多い。 ・標高1,080 m付近でパッチ状に分布するオオシラビソ純林について,その立地環境を調査した。オオシラビソ純林は,地すべり凹地内の湿原に隣接する平坦地に分布し,土層断面では腐植に富むローム層が厚く堆積する。一方,この地すべり凹地に隣接する副次的滑落崖部分では,傾斜がやや急になりオオシラビソはほとんど分布せずブナ林に置き換わる。副次的滑落崖での土層断面は,角礫層が表層近くに認められ腐植層は薄く,腐植含有量も相対的に低い。 ・オオシラビソはいずれの調査区においても,他の樹種に比べて岩塊上に成立している個体が多く,その個体のサイズも小~大径木まで様々であった。一方,オオシラビソ以外の樹種で岩塊上に成立している個体は少なく,また成立していたとしても小径木のものが多い。オオシラビソ以外の樹種で岩塊上によく成立していたのは,亜高山帯性針葉樹のコメツガ(Tuga diversifolia)だけである。 4.考察 地すべり地内の主たる植生は,オオシラビソ混交林であり,オオシラビソは岩塊上に成立する個体が多い。一方,オオシラビソ純林は地すべり地形内の湿地に隣接する湿性な環境に成立する。この相反する結果は,ブナなどの他樹種が成立できない環境にオオシラビソが成立したことを反映していると考えらえる。亜高山帯と山地帯との境界は,両者の生理的な限界によるものではなく,勢力のつり合いによる社会的な境界と言われている(今西, 1937)。すなわち,地すべり地内における岩塊地や湿性環境は,オオシラビソ以外の樹種にとっては不適な環境となり,低標高域へのオオシラビソの侵入を許したことによって,オオシラビソの分布標高の低下がもたらされたと考える。 文献 今西錦司 1937. 垂直分布の別ち方について. 山岳, 31, 269–364. 河野義礼・上村不二雄 1964. 5万分の1地質図幅「八幡平」及び同説明書. 地質調査所. 吉良竜夫 1948. 温量指数による垂直的な気候帯のわかちかたについて. 寒地農学, 2, 143–173.

著者関連情報
© 2017 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top