日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 437
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発表要旨
最終間氷期以降における多摩川の河床縦断面形変化に関する再検討
*高橋 尚志須貝 俊彦
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抄録

Dury(1959)や貝塚(1969)は,氷期に急勾配化,間氷期に緩勾配化する河床縦断面モデルを提案し,河成段丘形成において①海水準変動および②気候変動に伴う流量-土砂量比の変化が重要な要因であることを示し,これを支持する結果が日本列島の多くの河川において報告されている(例えば柳田,1981;吉永・宮寺,1986).ただし,間氷期から氷期への移行過程の詳細はモデル化されていない.中・下流域では,海水準の低下に応答して形成された侵食段丘面を基に,最終氷期中の河床縦断面形を比較的容易に復元できる.一方,上流域の最終氷期における河床高度の変化に関しては中・下流域よりも時間分解能が低いことが多く,河川流域全体における最終氷期中の河床縦断面形変化に関しては不明な点が多い. 多摩川中・下流域では,Kaizuka et al.(1977)が後期更新世の海水準変動と河成段丘発達過程の関係を解明し,それに続いて,立川(Tc)の細分(山崎, 1978;久保・小山, 2010など)や,沖積層に埋没する段丘面への連続性が検討されている(松田,1973;Kubo, 2002など).一方,上流域では,高木(1990)が河成段丘発達史を復元したが,河床変動史に関しては不明な点が残されている.Takahashi and Sugai(投稿中)は,多摩川上流域の堆積段丘構成層を支流性と本流性に識別し,高木(1990)と異なる最終氷期以降の河床変動史を解釈した.この新しい解釈を踏まえて,本報告では多摩川流域全体の最終間氷期以降の河床縦断面形変化史について再検討する. 高木(1990)は,多摩川上流域では(1)MIS 5.3から箱根東京軽石(Hk-TP;65 ka)降下期まで本流河谷が最大で約70 mの厚さで埋積されて青柳(Ao)面が形成され,(2)Ao面は現河床に対して上流に向かって発散し,Tc面や拝島(Hi)面は上流に向かってAo面に収斂すると解釈した. これに対して,Takahashi and Sugai(投稿中)は,Ao面を構成する本流性堆積物の上限高度を基に河床高度を復元し,青梅市中心部よりも上流に分布するAo面およびTc2面は,最終氷期の支流性扇状地がLGM後の本流の側方侵食により段丘化した地形(Toe-cut terrace; Larson et al., 2015)であり,本流の河床高度を示さないことを示し,(1)本流の河床上昇はHk-TP降下期以前に概ね終了し,河床上昇量は40 m程度以下であること,(2)最終氷期中の河床縦断面形は現河床に対して上流に向かって発散せず,MIS 4~2の河床高度は安定していたことを指摘した. 多摩川上流域のAo面を構成する本流性堆積物の上限高度を連ねた縦断面(PTMD;Profile of top of mainstream deposits)は,MIS 4~2の本流の河床縦断面を示すと考えられる.青梅より下流に分布するTc2およびTc3面は,PTMDに収斂する(図1).Hi面以下の晩氷期以降に形成された侵食段丘面群の各縦断面形はPTMDと概ね平行に下流へ連続する. 中・下流域では,上流河谷の埋積の開始以前(~MIS 5.3)には武蔵野(M)1面が,上流河谷の埋積期(MIS 5.3~4)にはM2およびM3面がそれぞれ形成された.上流域で河床高度が安定していたMIS 4~2には,中・下流域では側方侵食が活発化しTc1~3面が形成された.  このように,最終間氷期以降,上流の河床安定期に対応して,中・下流域において比較的幅の広い段丘面が形成されたと考えられる.また,PTMDにTc1~3面が収斂することは,LGMに向かう海水準の低下に縦断面が応答し,河口付近から下刻が上流へと波及し,Tc1~3面が形成されたこと(野上, 1981; 柳田, 2009)と調和的である.最終氷期に本流の河床高度が安定していた間,支流性堆積物が河谷内に支流性小扇状地が発達した原因として,小岩(2005)が指摘するように短周期の気候変動(D-O振動)に支流や斜面が応答して地形を形成した可能性が推測されるが,この点に関しては,今後の検討課題である.

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