日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 915
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発表要旨
昭和戦前期における水害の地域的特徴
道府県別の水害に関する統計の分析
*谷端 郷
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抄録

Ⅰ はじめに
被災者数や被害額など水害に関わる統計が収録された「水害統計」は,分析資料としての問題点が指摘されながらも,水害の地域的特徴を分析する際に用いられてきた(森滝1985など).この「水害統計」が刊行されたのは第二次世界大戦後であることから,先行研究で分析対象とされた時期も戦後に限られてきた.ただし,「水害統計」に収録されている,たとえば都道府県別の被害額などは,戦前においても旧内務省が作成しており,この時期の水害の地域的特徴を把握することは可能である.そこで,本研究は,都道府県別の被害額などを用いて,これまでほとんど検討されてこなかった昭和戦前期以前の水害の地域的特徴を分析するとともに,とくに被害が広域化,大規模化する昭和戦前期の水害の質的な変容を考察することを目的とする.
Ⅱ 研究の方法
まず,国土交通省河川局が作成している年間水害被害額と死者数の推移から,近代以降の全国的な水害発生動向を把握した.ここで,水害被害額は1875(明治8)年から直近の2010(平成22)年まで,死者数は1902(明治35)年から2010年までの期間を対象とし,1918(大正7)年,1922(大正11)年と,戦争が激しくなる1942(昭和17)年から1945(昭和20)年までのデータが欠落している. 次に,旧内務省が作成した『内務省年報・報告書』や『内務省統計報告』をもとにした『大日本帝国統計年鑑』に掲載された道府県別水害被害額を用いて,道府県別の1人あたりの年間水害被害額を算出し,被害の地域的な特徴を検討した.1人あたりの年次水害被害額は,各道府県についてその年の水害被害額の総額を道府県の人口で除すことにより求められる.この値によって当該年間の水害による打撃度(深刻度)を把握し(森滝1985),水害の質的な変容を検討する.対象とした期間は,国勢調査が実施され始め,道府県別の人口データが得られる1920(大正9)年から,道府県別の水害被害額が検討可能な1935(昭和10)年までの期間とした.道府県の人口は1920年から5年おきに実施される国勢調査の人口とその間の推計人口を用いた.
Ⅲ 結果・考察 まず,明治中期から昭和戦前期にかけての水害被害額の推移をみると,およそ20年おきに3回の多発期が認められる.第1期が1890(明治23)年代,第2期が1910(明治43)年前後,第3期が1935年前後である.第1期は全国的に水害が発生した1896(明治29)年の水害被害額が突出している.第2期は1910年の水害被害額が高く,この年に関東地方が大水害に見舞われた.第3期は1934(昭和9),35年の水害被害額が高い.前者は室戸台風による風水害,後者は京都市大水害や群馬県,青森県など全国的に豪雨災害が発生した年である.次に,死者数の推移をみると,死者数は水害被害額が高い年で多くなる傾向が認められ,1910,34,38(昭和13)年などで死者が1,000人を超えるような大きな被害が発生した 次に,1920年以降の各年について,1人あたりの年間水害被害額を算出した.この時期は,水害多発期の第3期を含む時期にあたる.1934年までは1人あたりの年間水害被害額が高い被害の深刻な道府県が各年に1県程度しかなかった.しかし,1934,35年は被害の深刻な道府県が複数で認められた.また,1934年まで人口の多い東京府や大阪府などでは,1人あたりの年間水害被害額が低くなる傾向にあったが,1934,35年は人口規模の大きい大阪府や兵庫県,京都府などでも高い値が示された.このことから,1934,35年の水害の様相は,これまでの水害とは異なって被害が広域化,大規模化したことが窺えた. 1934,35年で大きな被害を受けた大阪府や京都府,兵庫県では,DID人口が全人口の50%以上を占め,かつ1920~40(昭和15)年の20年間にDID人口が2倍近くも伸びるなど(大友1979),府県内の都市部で急速な人口増加がみられた.これに伴い都市部には資産や公共土木施設も集積し,これらが損害を受けたことで被害が大規模化したと考えられる.昭和戦前期に水害が広域化,大規模化した背景には,大型台風の襲来や集中豪雨の多発に加え,都市部への急速な人口増加,資産の集中をもたらした戦間期の都市化の影響も考えられる.  
参考文献
大友篤1979.『日本都市人口分布論』大明堂.
森滝健一郎1985.1970年代以降の水害―『水害統計』による分析―.岡山大学文学部紀要6:89-124.

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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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