日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 822
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発表要旨
中心なき合併市町村におけるスケール戦略を活用した地域づくり
―山梨県北杜市の事例―
*久井 情在
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抄録
総務省による「平成の大合併」の総括では,「広域的なまちづくり」を合併の効果の1つとして位置づけ,「中心市を核として,日常生活圏内の旧市町村の地域資源をネットワーク化すること」を地域振興のポイントとして挙げている.しかしここには,核となる中心地域の不明瞭な合併市町村が存在するという問題や,「地域資源」の「ネットワーク化」の実態が示されていないという問題が存在する.本発表では,中心のない合併市町村として北杜市(山梨県)に注目し,同市が地域づくりを進めるにあたって「スケールの生産」を戦略として活用していることを示す.
 地理学的概念としてのスケールは,英語圏で1980年代以降,その機能や生み出される過程が論じられ,日本では政治闘争のための戦略として捉えられている.本発表では地域づくりの戦略として位置づけるため,スケールを「ある情報と結びつけられた,一定の広がりを持つ空間」,スケール・ジャンプを「あるスケールに結びつけられていた情報が,別のスケールと結びつけられること」,「スケールの政治」を「目的達成の手段あるいは戦略としてスケールの生産やスケール・ジャンプが用いられること」と定義する.
 北杜市は,山梨県峡北地域のうち,中心都市である韮崎市を除く8町村が合併して誕生した.旧町村はそれぞれ山岳景観を地域アイデンティティとしつつも,具体的な山岳はそれぞれ異なっているため,北杜市においては山岳に代わる新たな地域イメージの創出が求められていた.そこで北杜市は「環境」を新市建設計画の重点に据えるとともに,旧明野村で掲げられていた「日照時間日本一」を市の特徴としてPRしている.その結果北杜市は,国の機関(NEDO)による大規模太陽光発電研究施設の誘致に成功した.この施設は後に北杜サイトと名付けられ,北杜市の環境政策の象徴となっている.一方,山岳名を掲げた施策はしばらく避けられていたが,2010年以降の観光政策では,長野県の2町村との連携による「八ヶ岳観光圏」,3県10市町村にわたる「南アルプスユネスコエコパーク」といった取り組みが見られる.
 北杜サイトの誘致は,スケール概念を援用すれば,環境政策のスケールとして北杜市を位置づけ,「日照時間日本一」を旧明野村から北杜市にスケール・ジャンプした結果として理解できる.一方で北杜サイトの存在が,環境政策と「日照時間日本一」のスケールが北杜市であるという認識に真実味をもたらしてもいる.これに対して観光政策では,旧町村から広域行政の範域にスケール・ジャンプすることで,市内地域間の利害対立を回避しながら地域づくりを進めていると解釈できる.
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