日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の163件中1~50を表示しています
発表要旨
  • 鷹取 泰子, 佐々木 リディア
    セッションID: P115
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    ■研究の背景・目的・方法
     近年、日本へのインバウンド・ツーリズムが急速に成長し、改定された「観光立国推進基本計画」(2017年3月閣議決定)においても、インバウンド消費の更なる拡大目標が新たに設定された。計画に含まれるスポーツ・ツーリズムのうち、サイクル・ツーリズムが成立するための地理的制約は相対的に少なく、ポスト・マスツーリズム時代において農山村地域に新たな観光資源を見いだしうる余地は大きい。各地で経済的効果等が期待できる一方、一般的なインバウンド旅行者にとっては自転車等の現地調達が必要で、受け入れ側の十分な体制づくり・環境整備が不可欠である。
     本発表では日本国内の農山村地域におけるインバウンド旅行者向けサイクル・ツーリズムの展開と課題について検討するため、ゴールデン・ルート以外で多くの観光客を集める北海道を事例地域とし、現地調査等により予察的に検討した結果を報告する。基礎データ・資料として(1)自転車を用いたサービスを旅行者向けに提供する自治体・団体等のウェブサイト情報を入手、さらに(2)英語・中国語(簡体字)による市販の旅行案内書を使用し、(3)2012年~2017年に実施したレンタサイクルの実態に関する調査・観察にもとづき検討した。

    ■サイクル・ツーリズムの諸類型
     予備調査の段階において、日本国内のサイクル・ツーリズムとして確認できた類型は、イベント型(サイクリング大会、ロングライド等)、タウンサイクル型(1つの地域/拠点におけるビジネス移動・観光等を目的とした利用)、長距離移動型(自転車による移動を目的としたツーリズム)、観光ツアー型(事業者等によるガイド付きツアーサービス)であった。インバウンド旅行者が日常的に利用可能なサイクル・ツーリズム関係のサービスとしてはタウンサイクル型と観光ツアー型の重要性が高いと考え、農山村地域でその実態を検討しながらインバウンド旅行者向けサイクル・ツーリズムの課題等を抽出した。

    ■農山村地域におけるインバウンド・サイクル・ツーリズムにみる課題・展望
     北海道で農山村を含む地域として道央圏、道北圏、十勝圏で現地調査を行い、都市圏のサイクル・ツーリズムとの比較のため、札幌における実情も把握・検討した。
     北海道内の農山村地域で国籍を問わずインバウンド観光客の多い道央圏や道北圏、とくにニセコや倶知安、富良野、美瑛ではレンタサイクル業者が複数存在し、スポーツバイクからママチャリ、電動自転車まで様々な自転車を提供する。ガイド付きツアーによるツーリズムも盛んであり、国内有数の自転車イベントの開催や、自転車積載可能なバスの運行など、地域の自転車対応を積極的に打ち出す地域振興も特徴的である。グローバルな宿泊予約サイトへの登録施設も多く、ニセコの観光協会のウェブサイトでは日英独以外の言語の情報提供もされ、インバウンド対応の先進的な地域と言えそうである。一方、十勝圏は観光事業は後進的で、インバウンド対応のサイクル・ツーリズムの活動・事業はまだ少ない。一部の起業家によるツアーガイドやレンタサイクル事業が確認できる程度で、農業生産の盛んな土地柄とそれを観光資源と活かす方策の充実が今後の課題となりそうであった。なお、札幌では、コミュニティサイクル事業や放置自転車等を活用したレンタサイクル事業等複数のサービスが認められる。それぞれ英語やそれ以外の言語への対応がされ、インバウンド観光として重要なサービスを提供していた。
     近年、北海道としてサイクル・ツーリズム推進の方向性が打ち出され、5つのモデルルートが試行的に設定され、ハード面・ソフト面の両方における充実が計画されているが、長距離移動を前提としたスポーツ自転車のレンタルは少なく、自転車を持参する愛好家によるツーリズムのみならず、ライトな自転車利用も広く含めた体制づくり・広報が期待される。
     山本他(1987)において北海道は「農家の収入に観光収入を組み込める可能性が大きい」が「観光業を農家の就業に加えている例は極めて少ない」点を指摘していた。美しい農村景観への集客を観光収入に直結させることは容易ではなく、とくに観光客による圃場への侵入などの問題は農村資源への悪影響となり、農山村地域におけるサイクル・ツーリズムの展開を図る上で無視できない。今後、本結果等にもとづき、さらなる検討を進める計画である。
  • 佐々木 リディア, 鷹取 泰子
    セッションID: 413
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    本研究は、岐阜県の伝統的な里山地区において、サイクリングツアーやウォーキングツアーを提供するツアー業者に焦点をあて議論するものである。研究は自治体の統計、調査対象企業によりウェブで公開されているデータを入手すると共に、現地調査(2017年7月、2018年7月実施)、同企業の経営者および社員、日本国内外の利用者へのインタビュー調査にもとづいて分析した。

    調査対象の「株式会社美ら地球」は、インバウンド観光客の人気の高い岐阜県飛騨地域において、ツアー運営およびコンサルティングを業務とする企業であり、若い夫婦によって2007年設立された。彼らは飛騨古川に移住し、地域の里山や農村のライフスタイルを対象した、可能性を秘めたツーリズムを見いだしたのであった。2010年以降は<素晴らしい里山と地域人(ちいきびと)のライフスタイルのご案内>という触れ込みで「Satoyama Experience(里山体験)」という半日のサイクリングツアーを提供している。ガイドの案内で里山地域を巡るそのツアーは大変に好評で、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアからの訪問者に特に人気が高い。

    同社は地域社会への還元に奮闘しているが、そうした取り組みにもかかわらず、その貢献は限定的(地域への投資、雇用、地元経済への利潤は最低限)であると捉えられており、不信感の払拭と地域社会に受け入れてもらえることが依然として主な課題となっている。この新しいビジネスモデルは、いくつかの欠点・課題はあるものの、同様の観光資源を活用した他の里山地域にも推進することで、新たな雇用や収入をもたらす可能性を有している。
  • 住民と学生による栃木県宇都宮市「釜川周辺地区」景観形成計画検討を例として
    廣瀬 俊介, 中村 周, 中島 弘貴
    セッションID: 823
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    景観法は、その基本理念において良好な景観を「地域の自然、歴史、文化等と人々の生活、経済活動との調和により形成されるものである」と定義して制定されている。しかし、同法の第二章以下の良好な景観の形成手法に含まれる旧来の表面的な規制的手法などが、基本理念の実現にとってそぐわないと評価できる場合がある。

     本研究では、栃木県宇都宮市の釜川周辺地区で共同発表者2名らが進める、住民と学生による景観の内容を重視した景観形成計画検討例の参照をもとに、景観法のより適切な運用の可能性について考察を行う。
  • 栗栖 悠貴
    セッションID: 727
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    防災分野における教育の重要性については,「仙台防災枠組2015-2030」の優先行動にも位置付けられるなど,国際的にも認識されている.国内においても、学習指導要領(平成29年3月公示)に防災・安全教育などの充実が図られる他,多方面で避難行動を事前に学習できるコンテンツの整備が進んでいる.

    一方,防災分野は教科を横断する内容であることも多く,初等中等教育分科会(第100回)では,教育課程における「カリキュラム・マネジメント」の重要性が指摘されているが,全ての教育現場で実践できているわけではない.そのため,教科の学習単元を考慮した学習できるコンテンツが必要である.
    国土地理院は,地形を学ぶ学習単元に狙いをつけ,地理教育の道具箱(http://www.gsi.go.jp/CHIRIKYOUIKU/index.html)を通じて,地形に刻まれた災害リスクを学ぶコンテンツを開発したので報告する.
  • 花谷 和志
    セッションID: 821
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    人文地理学によるリスケーリング論の再検討にむけた基礎的研究



    Reconsideration of Rescaling in the Human Geography



    花谷 和志(兵庫県立大学学部生)*

    Kazushi HANATANI(Undergraduate student, University of Hyogo)



    キーワード:スケール, リスケーリング, 領域・場所の政治, 淡路島

    Keywords: Scale, Rescaling, Politics of Territory and Place, Awaji Island

    1. 研究目的

    本研究の目的は, リスケーリング論を人文地理学の視点から再検討する基礎的研究を試みることにある. 特に, 地理学界において重要視されてきた場所, 領域, 境界といった古典的概念を引用し, 人々の生活するローカルな場所で生起するスケールの再編に伴う領域概念の変容を捉えてみたい.



    2. 研究背景

    現代社会における地方自治のあり方は大きく変化しつつある. 戦後の高度経済成長期を経て人口増加社会から減少社会へと転じ, 政府は基礎自治体への各種の権限委譲を行った. また高齢化が進行し福祉需要が増大する中, 民営化・規制緩和・分権化を軸とした新自由主義的行財政改革が推し進められ,公共部門における市場サービスの導入が図られた(町村2004). 1995年の合併特例法の制定に伴った「平成の大合併」もこの動きの一つであり, 行財政学的観点から自治体による公共サービスの効率化が図られてきた.

    一方で公共部門における市場原理の導入は, 自治体間の人口の奪いあいといった競争的な側面を招きかねない. そこで, 自治体間競争を生み出す可能性のある公共部門からのトップダウン型のスケール再編(リスケーリング)に代わる, 生活圏域に基づくボトムアップ型のスケール再編の動きを捉えることが求められている.



    3. リスケーリング論を取り巻く現状と論点

    山﨑(2012,2013)によると, リスケーリング rescalingとはスケール scaleの派生語であり, グローバル化する現代社会の動態的な社会空間的プロセスを分析する概念である. リスケーリングについての研究は玉野(2014), 丸山(2015)ら地域社会学を中心に展開されてきたが, その分析単位は主に国家や都市といった公共的側面の強いものであった. 他方, 人文地理学, 特に政治地理学の分野からのリスケーリングの研究は, 地域社会学と比較して, より場所や地域といったローカルなスケールを重視する傾向がある. しかしながら, 人文地理学における市町村合併の研究では, 日常生活圏との関係が重要である(森川2011)とされているにもかかわらず, 住民が生活する身近な領域から発生するスケールの再編を捉えきれていないように映る. 事実上記のような視点を持つ実証的研究は, 既存の研究を管見する限りそれほど多くはない.



    4. ケーススタディ

    そこで今般は, 兵庫県淡路島での事例に基づき考察した結果を発表する. そのうえで 1)ローカルなスケールに根ざした人々の生活圏域を捉えることの有用性 2)場所・地域スケールで住民により発信される公的なスケールの拡大への対抗策を探究する手がかりとなりうる知見を得てみたい.



    5. 参考文献

    町村敬志(2004)「「平成の大合併」の地域的背景―都市間競争・「周辺部」再統合・幻視される広域圏―」『分権・合併・ローカルガバナンスー多様化する地域 地域社会学会年報第16集』地域社会学会編

    森川洋(2011)「通勤圏との関係からみた「平成の大合併」」地理学評論

    山﨑孝史(2012)「スケール/リスケーリングの地理学と日本における実証研究の可能性」『リスケーリング下の国家と地域社会 地域社会学会年俸第24集』地域社会学会編

    山﨑孝史 (2013)『政治・空間・場所―「政治の地理学」にむけて(改訂版)』ナカニシヤ出版

    玉野和志・船津鶴代編(2014)『東アジアの社会変動と国家のリスケーリング』調査研究報告書 アジア経済研究所

    丸山真央(2015)『「平成の大合併」の政治社会学―国家のリスケーリングと地域社会』御茶の水書房 ほか.
  • 村山 徹, 駒木 伸比古
    セッションID: P126
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    電子付録
    地理学には分野横断的に豊富な研究蓄積があり,それらがもたらす知見は政策形成に有益な情報となり得る。本研究では,政策投入される知識以上の地理的な情報の役割を模索するため,県境域である三遠南信地域を対象に政策情報データベースの枠組みについて検討する。広域連携計画である「三遠南信地域連携ビジョン」の政策体系をデータベースの目次構造に援用し,三遠南信にまつわる地理的な情報の整理を試みる。ここでは,統計情報と文書情報を政策体系のもとに分類することで,地理学の知見をもとに地域づくりの論点を理解するデータベースを目指す。
  • 関 陽平, 立花 義裕
    セッションID: 524
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    天気予報などで耳にする気温の前日差は,体感温度に関係しており,寒暖差アレルギーや熱中症などの健康面への被害だけでなく,商品の売り上げ等に関連する経済的にも重要な指標である.
     どの地域どの季節で前日差が大きいかを気候学的に理解しておくことは重要である.しかし,前日差の地域性・季節性について詳細に検討した研究例はない.今回は最低気温の前日差に着目して,地域性・季節性を気候学的に解析した結果を報告する.
     結論から記述すると,北海道の冬季は最低気温前日差が非常に大きい.そのため,北海道と比較して,最低気温前日差が大きい条件を考察していく.
  • 岡山県内の3高校を事例に
    岡本 彩花, 金 枓哲, 本田 恭子
    セッションID: 722
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1.はじめに

     近年、日本は急速に少子高齢化が進み、地域の活気が失われている。特にこの傾向が顕著であるのが中山間地域である。中山間地域は土地は広いが年々人口が減少しており、学校の統廃合も進んでいる。そこで学校の統廃合を回避するために、中山間地域と高校の連携が進んでいる(例:島根県立隠岐島前高校の高校魅力化事業)。同様に、本研究の対象地である岡山県では、主に2000年代から中山間地域の高校が地域と連携したESD学習(持続可能な開発のための教育、Education for Sustainable Development)が先進的に取り組まれている。

    2. 研究目的と方法

     本研究では、岡山県内の中山間地域に属するESD学習先進事例である岡山県立矢掛高校、和気閑谷高校、林野高校の取り組みを取り上げる。そしてESD学習の効果を教育と地域の面から評価することを通して、その現状と課題を明らかにする。教育の面からは、高校生と卒業生、教員などへの聞き取り調査を通じて、地域の面からは、地域住民への聞き取り調査を通じて評価する。調査対象者の内訳は次のとおりである。矢掛高校は高校生10名と教員2名(元矢掛高校教員を含む)、卒業生1名、関係先スタッフ4名、和気閑谷高校は高校生2名と教員1名、地域住民2名、地域おこし協力隊員1名、和気町教育委員会職員1名、卒業生保護者1名、林野高校は高校生7名と教員1名、NPO法人職員1名、地域住民1名である。なお、一部の高校生に対しては、数名のグループインタビューも行った。

    3. 結果と分析

     教育の面では、ESD学習を通じて生徒にコミュニケーション能力や責任感など、内面的な発達が促されていることがわかった。そして教員の方が進学に関する効果を重視していることがわかった。地域との接点という視点では、まず矢掛高校では、生徒が週に1回矢掛町内の実習先で勤務している。和気閑谷高校では、閑谷学校ボランティアガイドとして生徒が閑谷学校の歴史などを説明する活動を行っている。林野高校では、地域のNPO法人が「みまさか学」のプログラムを考えたり授業をしたりしている。このように地域の面では、いずれの高校も地域との接点をもっている。しかし聞き取り調査では、矢掛高校の地域からの評価が高いことと対照的に、和気閑谷高校と林野高校は地域からの評価が低く、地域側と高校側で方向性の違いによるミスマッチが起きていることがわかった。この背景要因として①生徒のモチベーションの差、②学校側による生徒管理の難しさ、③「課題解決型学習」という目標設定上、地域の課題解決の姿勢が前面にでていることが指摘できる。①と②はプログラムの改善で解決できるが、③は地域と教育がどのように関わるべきかという本質的な問題であるといえる。

    4. 価値創造型の地域づくりの必要性

     これからの地域づくりは課題解決型ではなく、価値創造型の地域づくりが求められる(吉本,2011)。各学校の取り組みを分類すると、矢掛高校は価値創造型、和気閑谷高校と林野高校は課題解決型であるといえる。矢掛高校のESD学習である「やかげ学」では住民と一緒に働き、YKG60では矢掛の″価値″を再発見できるような活動(例:耕作放棄地を利用した雲の上カフェなど)を行っている。このため、取り組みの前提として「地域の″価値″を認める」という姿勢が考えられるからである。一方で和気閑谷高校と林野高校のESD学習の目標は「課題解決型学習」であり、その前提には地域の現状を問題視し、これを改善しようとする姿勢がみられる。このため、課題解決型に当てはまると考えられる。価値創造型の矢掛高校と対照的に、課題解決型の和気閑谷高校と林野高校はミスマッチが起きていることから、課題の解決に取り組む前に、まずは地域の″価値″を認めることが必要であると考える。すなわち地域にあるものを活かし、″価値″を見出していく。そして地域と高校が協働できる関係性を構築することが、ESDの望ましい形であり、本質的な問題を解決するための一助となると考える。
  • 黒木 貴一, 品川 俊介
    セッションID: 624
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    2017年7月の九州北部豪雨では,福岡県の朝倉市,東峰村などで,氾濫,斜面崩壊,土石流などによる被害が生じた。この豪雨災害に対し,斜面崩壊,深層風化斜面など山地での調査結果が多く報告された。しかし被災地の中に学校,神社,石碑など災害を免れた場所が少なからずある。今日,自然災害を免れた場所に関する検討は,津波中心にあるが,この豪雨では山地内でその課題が顕在化した。日本学術会議の公開シンポジウムでは,災害の再来期間に対し,気象記録がないという意味も含み異次元の視点の重要性が指摘された.つまり自然災害を免れた場所に関する検討は,その再来周期を越す形成プロセスを免れる地形条件の検討に置き換えられる。そこで本研究では,被害を免れた神社に関し地形条件を見た。
  • 経営状況と集出荷作業に注目して
    前田 竜孝
    セッションID: 712
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    報告者はこれまで,水産物の集出荷に関わる主体間の関係性や出荷先の選択に関する意思決定について考察してきた。本発表では,大阪府泉南郡岬町に所在する「道の駅みさき」内の直売スーパーへの水産物出荷を事例として,流通システムが漁業経営と漁業活動に与える影響を明らかにする。具体的には,個別経営体の経営状況と集出荷作業に焦点を当て,本店舗の開設がこれらへ与えた影響を分析する。調査は,同町の深日漁業協同組合(以下,深日漁協)に所属する経営体を対象として行った。

     本直売スーパーは和歌山県に本社を構えるプラス(株)の経営のもと2017年4月に開設された。水産物の出荷は事前に「店舗への出荷者」として登録した経営体のみが行える。これらの経営体は,深日漁協も含めた町内に所在する4漁協に籍を置く経営体に限られている。なお,本店舗では,水産物だけで店舗全体における売上金額の30%程度を占めるという。この数値は他の店舗と比べて極めて高い割合であり,水産物が本店舗の主力商品となっていることが明らかである。

     販売形式は,店舗側による完全委託販売となっている。すなわち,各経営体は水産物を配送するのみで,以後の値付け,加工,パック詰め,商品の陳列,売れ残りの他店舗への配送・処分等は全て店舗側が行う。このように店舗側の作業が多いため販売手数料は高めに設定されており,売上金額の30%となっている。したがって,各経営体の手取りは売上金額の70%となる。各経営体は,こうした販売上の特徴をもつ直売スーパーへの出荷(以下,道の駅出荷)と,既存の出荷先である産地市場などへの出荷を組み合わせて,2017年より漁業経営を行っている。

     次に,直売形式での水産物出荷の開始の影響を考察するために,漁獲高(金額)の変化,集出荷作業にかかった時間,出荷される水産物の特徴に注目し,主たる出荷先である産地市場への出荷と比較した。はじめに2016年と2017年の各経営体の漁獲高の変化について漁協の資料を用いて分析した。その結果,道の駅出荷をする経営体の漁獲高は,前年と比べると約1.5~4倍に増加していた。一方で,道の駅出荷をせず,産地市場を出荷先の中心とする経営体は前年と比べて大幅な漁獲高の上昇は認められなかった。次に,集出荷作業へ与えた影響を明らかにするために,各経営体が水揚げ作業に要した時間を計測した。産地市場への出荷では平均16.5分を要したのに対して,道の駅出荷では平均40.3分かかっていた。これには,店舗内に活魚水槽がない点が影響している。すなわち,各経営体は活魚での出荷はできず,水産物を〆てから配送しなければならない。したがって,作業時間が長くなっている。この他にも,道の駅までの配送には約20分を要する。以上より,産地市場への出荷に比べて道の駅出荷は労力の面で経営体の負担が大きいといえる。最後に,道の駅へ出荷される水産物の特徴を明らかにするために水産物の体長・重量・数量の計測を行った。その結果,道の駅へは小型の水産物,低価値の水産物,数が揃わない水産物などが出荷されていた。これまで産地市場に出荷できなかった水産物が道の駅へ出荷されている実態が明らかとなった。

     このように,直売施設の開設は各経営体の漁獲高,集出荷作業,出荷する水産物を変化させた。流通システムは漁業活動に強く作用する。その一方で,各経営体はこのシステムへ適応しつつ日々の漁業活動を営んでいる。
  • 水野 一晴, 大谷 侑也
    セッションID: 613
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1.ケニア山の氷河縮小
     ケニア山(5,199m)の氷河は急速に縮小し、最大の氷河であるルイス氷河も2つに分離してしまった。ケニア山のティンダル氷河の後退速度は、1958-1996年には約3m/年であったが、1997-2017年は年に8m~15mと急速に縮小している。氷河の下には埋没氷も発見されたが、それもそれほど大きなものでないことが判明した。

    2. キリマンジャロの氷河縮小

     キリマンジャロ(5,895m)の氷河は近年急速に後退している。キリマンジャロの氷河の垂直な氷壁の後退は、太陽放射による融解(氷が太陽放射そのものを吸収し、氷そのものが昇温する結果生じる融解)が原因で(Molget al. 2003)、氷河の水平な頂部の減量は、氷が直接気化する昇華によっているとされている(Molg and Hardy 2004)。すなわち、気温上昇に伴い、気温が融点(0度)に達することによって、その熱が伝わり氷を溶かすという気温上昇の影響はあまり受けていないとされてきた (Kaser and et al., 2004) 。実際に、2000年頃まではキリマンジャロではそのような氷河縮小の形態である階段状の氷河や氷壁が見られた。

     しかし、近年は階段状の氷河はほとんど融けてしまい、最高峰のウフルピーク付近の氷壁やカルデラ内の氷壁も、明らかに融解した後、再度凍った氷柱などがよく見られるようになってきた。これは、近年の温暖化の影響で、昇華による氷河の縮小より、融解による氷河の縮小のほうが進行していることが推察される。

    3.ケニア山やキリマンジャロの氷河縮小が自然や社会に与える影響

     ケニア山やキリマンジャロの氷河と山麓水資源の関係性を酸素・水素同位体比を用いて開析した結果、両山ともに山麓湧水は氷河融解水が主な涵養源になっている可能性が示唆された(大谷,2018)。また、それらの山頂付近の氷河融解水は約50年かけて地下水として運ばれ、山麓に湧水していることも判明した(大谷,2018)。

     ケニア山とキリマンジャロの山麓の河川水位が近年減少しているが、降水量が顕著に減っているわけではないため、氷河の涵養水の減少が影響している可能性が考えられる。現在の氷河縮小の影響は50年後に現れるため、将来の山麓住民の生活に少なからず影響があることが予想される。
  • これまでの取り組みとこれから
    荒木 一視
    セッションID: S602
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1 これまでの取り組み

    2010年5月の地球惑星科学連合の大会において「モンスーンアジアのフードと風土」というセッションを企画したのが端緒である。その後,セッションの成果をもとに一冊の書籍として刊行することに取り組み,2012年9月に明石書店より横山・荒木・松本編『モンスーンアジアの風土とフード』として上梓することができた。その後,2014年1月に同書の英訳出版の企画を立ち上げた。この企画は原稿が思うように集まらずに頓挫しかけるが,2016年12月に企画を再起動させ,2018年7月時点で概ね原稿が集まり,目下,日本地理学会の英文叢書としての刊行を目指している。また,これと並行して,2017年度より日本地理学会に「モンスーンアジアの風土」と題した研究グループを立ち上げ,数次の研究集会を開催してきた。

    一連の活動を通じて,私たちが目指したものはモンスーンアジアの魅力を共有したいということはもちろんであるが,それに加えて自然地理学と人文地理学の長い断絶を超えたいということがある。その際に着目したのが風土という考え方である。ここでは私たちが採用した風土を論じる際の着眼点を紹介したい。以下の3つである。第1はモンスーンアジアの自然環境と農業生産との関わり,第2は自然環境と食品加工や消費とのかかわり,そして第3にはそうした食べ物に対して社会や文化,伝統という側面からの作用である。この枠組みに沿って,都合21人の執筆者が序章を含め12の章と4つのコラムで構成したのが,標題の本である。

    2 風土論再考

     地理学において風土を論じるときに避けて通れない先駆的業績,あるいは壁でもあるのが,いわゆる和辻哲郎の「風土」である。和辻の生年は1889年,没年は1960年,戦前から戦後にかけて活躍した哲学者,倫理学者,また思想史家とも言われる。ただし,地理学者とは言われない。『風土 人間学的考察』はその代表的な著作の一つで,1935年に刊行された。その内容についてここで議論することはしない。ただし,そのあまりにも大きく,多方面に影響を与えたとされる業績は私達地理学者が風土を論じることを遠ざけさせたという側面がありはしないだろうか。

     もとより風土は和辻の作り上げた言葉ではない。「風土記」に代表されるように古くからある言葉であり,風土,風土記は地誌という意味でもあった。私達はあまりにも地理的なこの風土という言葉と概念をもっと積極的かつ自由に使うべきではないだろうか。和辻の文脈に沿わずとも風土を語っても良いのではないか。和辻の哲学的な風土論は,フィールドに身をおく私たち地理学者にとってはあまりにも抽象的に過ぎるのである。そもそも風土記に描かれた風土は極めて具体的なものであった。そこに描かれてきた風土とは,山や川,産物,人口,習俗,それから地名,それらの膨大な集積である。そこには自然地理学的事象も人文地理学的事象も当然のように含まれている。そのようにして記述されたのが風土であるならば,記述された様々の事象の関係性を読み解くのもまた風土であろう。そこに自然地理学的アプローチと人文地理学的アプローチが共存することのメリットがあると考える。

      無論,この試行的な捉え方でもある私たちの風土論がどれほど効果的かと言うことには議論の余地があって当然である。しかし,極めて高い多様性を包含しつつも,全体として一つの大気現象ということもできるアジアモンスーンとその大気現象の下で営まれてきた人々の営みを関連づけて捉えようとするとき,その自然環境と社会や文化や伝統といったコンテキストの多様な発現形態を把握するための概念として私たちが古くから持って来た風土という認識は十分な有効性を持っていると考える。

    3 これからのこと

     風土論に紙数を割いたが,私たちが議論したいのはそれだけではない。モンスーンアジアをどのように捉えるのかという議論も喚起したい。例えばあるものはベンガルをモンスーンアジアの中心と言い,あるものは周辺という。この議論はもっと深めていくことができるだろう。また,私たちのこれまでの取り組みではフード,すなわち食や農に重心をおいて来たが,衣食住の衣や住へもその対象を広げていきたいと考えている。
  • 永野 良紀, 加藤 央之
    セッションID: 525
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    はじめに
    近年,クリーンエネルギーとして風力発電が注目されており,北海道の日本海側では多くの風力発電所が立地している.しかし,風力発電を大量に導入すると風速が急激に変動することにより電力の安定供給に影響を及ぼす.そこで,風速が急激に変動するタイミングを予測することが非常に重要である.前回の発表では北海道北西部の日本海側に位置する留萌では,風速急増加後に西南西や北西の風向の風が吹きやすく,特に西南西風となるケースでは北海道の北側を低気圧が通過したことにより気圧場が変化したことを明らかにした(永野,加藤:2016).今回は風速急増加後に北西風となるケースに焦点を当て,解析した結果を報告する.
    解析方法
     留萌の風速急増加については,留萌の風速データより1時間の変動値を求め,変動値の3.0σ(8.6m/s)を超えて風速が増加したときと定義した.次に,北海道気象官署22地点のSLP場(狭領域場)について,各時刻での全22地点の平均値からの偏差に直して主成分分析を行った.得られた主成分分析結果について地上天気図と比較し,主成分空間内において,風速急増加の発生する前後で気圧場がどのように変化していくのか解析を行った.
    結果 
    風速急増加後に風向が北西となるケースは29事例みられた.風速急増加が発生したときの狭領域場については,主成分空間Z1-Z2平面の第2象限に分布しているケースが19事例,第3象限に分布しているケースが9事例であった.このことは,55事例のうち1事例を除き,風速急増加後の風向が西南西となるケース(主として第3象限)と大きく異なる.ここで,第2象限と第3象限での風速急増加現象の気象学的な違いを明らかにした.
    第2象限のパターンは北海道の日本海側で気圧が高く,太平洋側で気圧が低くなるという空間構造を持ち,地上天気図から西高東低の冬型気圧配置型と確認できた.また,第3象限のパターンは南南東から西南西にかけ気圧が高く,北海道の北側を低気圧が通過するパターンであった.2000年11月18日の事例では風速急増加が発生する前後に気圧場は第2象限に位置している.そして,気圧場はZ1-Z2空間上を左進し,Z1スコアが-10.0を下回ったときに風速の急増加が発生している.この事例の地上天気図は西高東低の冬型気圧配置となっており,永野・加藤(2016)で定義された総観気象場についても西高東低の冬型気圧配置を示すType-Wであった.一方で,2003年1月5日の事例では風速の急増加が発生する前後で気圧場は第3象限にプロットされている.そして,気圧場は第3象限を左進しZ1スコアが-12.0を超えたときに風速急増加が発生している.この事例の地上天気図を確認すると,北海道のオホーツク海側に発達した低気圧が存在している.この事例は風速急増加後の風向が西南西となるケースと近い気圧配置パターンであるが,西南西のときは低気圧付近の等圧線の走向が東西であるのに対し,本事例では等圧線の走向が南北になっているため風速急増加後の風向は異なっている.
  • 山田 周二
    セッションID: P206
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    中学校および高等学校の地理教育では,日本の地形の特徴として,山地が険しいことが取り上げられている.教科書には,地震や火山の分布を示す世界地図は掲載されているものの,険しさの分布を示す世界地図は掲載されていない.これは,世界の山地の険しさの分布を知るための適切な地図が,作成されていないためである.そこで,本研究は,高解像度のDEM(数値標高モデル)を用いて,山頂を抽出して,その周辺の起伏と傾斜を計測することによって,世界の山地の険しさを表現する地図を作成した.

    約30 mメッシュのDEMを用いて,北緯60°~南緯60°のすべての陸地および北緯60°以北の大陸にある山頂を抽出した.北緯60°~南緯60°ではSRTM1を用い,北緯60°以北ではALOS World 3D - 30mを用いた.半径1kmの円内の中心点が,その円内で最も標高が高い場合に,その中心点を山頂と定義した.そして,その円内の最高点(中心点)と最低点との標高差を起伏とした.また,その円内の傾斜を30 mメッシュで算出して,その平均値を平均傾斜とした. 半径1kmの円内に,データ欠損や海が10%を超える場合は,分析対象外とした.DEMは,UTM座標に投影して,UTMゾーンごとに演算を行った.

    作成した世界の山地の山頂周辺の起伏を表す地図から,起伏が 1000 m以上と大起伏な山頂の多くは,環太平洋地域およびアルプス―ヒマラヤ山系に分布することが読み取れる.この地図は,世界地図スケールの地図であるが,日本のような面積が狭い地域についても,地形の特徴を読み取ることができる.これは,小縮尺地図において,山頂という,点で地形を表すことが,有効であることを示す.ただし,世界の山頂数は極めて多いため,山頂の重なりが多く,例えば,日本とマダガスカル島とでは,山頂周辺の起伏に,あまり大きな違いはないように見える.しかし,実際は,日本の山頂の方が,大起伏なものが多く,また,同程度の起伏の山頂を比較すると,平均傾斜が急なものが多い.このような違いも表せるように,改善する必要がある.
  • 増山 篤
    セッションID: 213
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    地理的空間における活動機会への近づきやすさは、「アクセシビリティ」と呼ばれる。土地利用・交通に関する計画を考える上で、人々にとってのアクセシビリティの程度を的確に評価することは重要である。そのため、地理学を含むさまざまな分野おいて、さまざまなアクセシビリティ指標(以下、AM (Accessibility Measure))が提案されている。

     アクセシビリティの程度は、いくつかの次元に規定される。そのうち最も明白なのは、地点間の移動時間・距離である。これに加えて最も重要なものとして、個人の時間的制約がある。この次元を考慮したアクセシビリティ指標をSTAM(Space-Time Accessibility Measure)と呼ぶことにする。

     計量地理学および地理情報科学においては、さまざまなSTAMが提案されてきた。しかし、そのほとんどは、個人の意思決定プロセスを明示的に考慮した上で導出されたものではなく、理論的基盤を欠いている。このような理論上の難点を指摘した上で、Miller (1999) では、新たなSTAMを導出し、定式化している(以下、MM (Miller’s Measure))。より具体的には、MMは、ロジットモデルの枠組み(ランダム効用理論)から導かれるログサム型指標である。

     MMはランダム効用理論によって基礎付けられているだけでなく、それ以外にも理論的に望ましい特徴を有する。Weibull (1976) は、AMが満たすべきいくつかの性質を公理として挙げているが、MMはこれらの公理を満たす。

     MMは、既存のSTAMと比較したときに、理論的な意味で好ましい特徴を持つ。しかし、実用面において、難点を残している。具体的には、パラメータ推定計算の実行に関する問題を残している。MMはいくつかのパラメータを含んでいる。したがって、具体的な個人や場所についてその指標値を計算するには、定められたパラメータ値が必要となる。これらパラメータ値は、時空間行動に関するデータから合理的に推定されたものであることが望ましい。しかし、仮にそうしたデータがあったとしても、その推定計算が容易ではない。

     今しがた述べたMMの改善点は、選択肢集合および確定効用関数に関する仮定に由来する。この指標の導出過程では、時間制約内で到達可能な活動機会のいずれかを訪れることが選択肢であると仮定し、また、非線形の効用関数を仮定している。これら仮定とMMの長短との関係をみると、非線形効用関数を仮定することによってMMがWeibull (1976) の公理を満たすものとなる一方、パラメータ推定計算が困難なものとなっている。

     STAMに関する先行研究を踏まえ、この研究では、MMが持つ理論的に望ましい特徴を損ねることなく、なおかつ、パラメータ推定計算の容易なSTAMを定式化し、その利用・計算法を示す。まず、MM における選択肢集合と確定効用関数を合わせて再検討した上で、同研究と同様にロジットモデルの枠組みを用いたSTAMを導く。具体的には、いずれの活動機会も訪れないことを選択肢として加え、線型効用関数を仮定したときのログサム型STAMを導く。このSTAMは、
    ランダム効用理論によって基礎付けられる Weibull (1976) の公理を満たす 個人の時間的制約の大きさ(時間予算)が判明している限り、既存の統計パッケージによって容易にパラメータ推定を実行できる ことを特徴とする。なお、ただ一つのSTAMを定式化するのではなく、確定効用関数に関して若干異なる仮定を置くため、式形が若干異なる二種類のSTAMを定式化する。次に、定式化したSTAMのパラメータ推定方法と、これに関連する諸計算(二種類のSTAMのどちらをどのように選ぶか、具体的な個人・場所に対する指標値を求めるにはどのようにすればよいか)を議論する。最後に、弘前大学人文社会科学部生の帰宅途中における買い物行動というテーマに対し、本研究で定式化したSTAMを用いたケーススタディ結果を示す。
  • 2018年度Geography Faculty Development Allianceワークショップ参加報告
    二村 太郎
    セッションID: 724
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    American Association of Geographers(以下AAGと略称)はアメリカ合衆国における地理学の最大の学術組織であるが、AAGは今世紀に入ってからEarly-Career WorkshopとDepartmental Leadership Workshopという2つの大学教員向けワークショップを毎夏に開催している。発表者は大学院留学時代からこの活動について耳にしており、ぜひ参加したいと願っていたが、留学修了&帰国後はそれが長らく叶わずにいた。幸い、2017年秋より現所属の学術交流協定校長期派遣制度を利用して合衆国に1年間滞在する機会を得たことから、今夏に初めてAAG会員としてこのワークショップに参加した。本発表では主にその内容と意義を紹介する。
     このワークショップは、2002年に当時コロラド大学にいた地理学者Kenneth Foote氏によって始められた。彼はアカデミアで生きようとする研究者の生涯がいわゆるsink or swim(生き残るためには自力で何とかするしかないという考え)に依るものだけでは良くないのではないかという懸念から、Geography Faculty Development Alliance(以下GFDAと略称)という地理学者のファカルティ・デベロップメント(以下FDと略)の有志連合を組織した。ここでは、将来を担う若手地理学者が研究・教育・学内外業務をどのようにバランスよく遂行し、そしていかにして自立していくかを共有する機会の必要性を訴え、経歴が短い地理学者向けのFDワークショップを開催しはじめた。その後、GFDAのワークショップは若手だけでなく全国の地理学および関連学科を主導する中堅以上の大学教員に向けたワークショップも必要であるという提案が当時のAAG会長であったワシントン大学のVictoria Lawsonよりなされ、2005年からは学科主任を担う者などを対象としたDepartmental Leadership Workshopも別途で行われるようになった。2010年からは二つのワークショップを共同で行うようになり、現在に至っている。また、ここで議論されたことをもとにした編著書も2冊出版されている。
     Early-Career Workshopは当初コロラド大学で開催されていたが、近年は合衆国内で開催地が変化し、2018年度はワシントンDCにてジョージワシントン大学がホストする形で開催された。発表者以外のワークショップ参加者は、博士課程在学中で論文執筆中の大学院生、4年制大学でテニュアトラックの職に就いて1-2年ほどの若手教員、コミュニティカレッジで職を得た教員、すでにテニュアを得た中堅教員など様々であり、参加者の研究関心も皆異なっていた。ワークショップの日程は顔合わせ会や最後の反省会を含めると全7日間と長期に渡った。ワークショップの参加費はジョージワシントン大学の学内宿泊施設を利用した場合は1,200ドル、宿泊施設を利用しなかった場合は750ドルで、これには5日分の昼食分および3日分の夕食会分が含まれていた。参加者の多くは所属大学や学科の助成金を利用していた。
     ワークショップではまず、参加者各々の1年後・5年後の将来設計を話し合い、それに対してどのように日常および長期的にキャリアの目標を実現していくかが話し合われた。それ以外にも、1)各自が3分間の模擬講義を行って参加者間でそれらを批評しあう、2)各自の担当科目における到達目標に対して実施可能なアクティビティや適切な提出課題に関する検討、3)日常のタイムマネジメントの実施方法に関する議論、4)National Science Foundation(NSF:全米科学財団、合衆国で主要な研究助成先)をはじめとした外部資金の申請に関する紹介など、内容は多岐にわたった。これらについては大会当日に詳述する。
     合衆国と日本は大学の制度も仕組みも異なり、ここで扱われた内容のすべてがそのまま日本に導入できるとは考えにくい。しかしながら、発表者が大学院留学していた際は所属先の地理学科内で大学院生向けのFDに相当する指導が行われていたものの、日本の大学院でそれを経験することは皆無であった。現在は日本でも各大学でFDの取り組みが行われているが、これは研究関心を共有する地理学者間で行うことも十分可能であろう。文部科学省の主導によってFDやティーチングアシスタント制度など様々な指導が各大学で導入される昨今、地理学界内で若手研究者育成を念頭に置いたプロフェッショナル・デベロップメント活動を実施することは決して無益ではないと考える。なお、日本の地理学界における同様の企画の導入可能性については、11月に開催される人文地理学会年次大会にて論じる。
  • 杜 国慶
    セッションID: S307
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    中国の改革開放政策の成果として、経済力の向上が良く注目されている。経済活動の自由化は改革開放政策の大きな特徴とも言えよう。経済活動に伴う人の移動が活発となり、中国国民のライフスタイルを大きく変えた。そして、経済力の向上によって、可処分所得が増加し、人々は衣食住だけの基本生活には満足できず、非日常的な体験を求めて観光にも金銭を費やすようになり、収益を追求する経済活動による人の移動に加わって、所得を処分する移動がもっと活発になってきた。
    このように、改革開放前に厳しく規制されてきた人の移動は、改革開放後に観光という形態で移動先の地域に著しく影響を与え、地域を変容させる。本稿は、中国では経済後進地域と言われる雲南省において、1997年12月に世界文化遺産に登録された麗江古城(旧市街地)を事例として、観光開発に伴う地域の変容を考察する。
  • 辻 貴志
    セッションID: P110
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    本発表は、フィリピン・パラワン島における少数先住民族パラワンの間で確認できる家畜の預託慣行について報告する。 家畜預託とは、知り合い同士が家畜を一定の取り決めの元で貸し借りする慣行のことである。家畜を貸す側は、自分で家畜の世話をする手間が省ける。家畜を借りる側は、家畜が仔を産むとそれが自分の取り分となり、双方にメリットがあると考えられる。

    本発表では、2017年に実施したフィールドワークの結果をもとに、フィリピン・パラワン島の少数先住民族パラワンの家畜慣行の状況と意義について検討する。

    調査の結果、パラワンは、スイギュウ、ウシ、ヤギ、ブタ、ニワトリなどを飼養するが、いずれも家畜預託の対象であることが判明した。30世帯に対する質問票および聞き取り調査の結果、11世帯が家畜預託をしていると回答した。家畜預託の対象は、親族や知人であり、預託の目的は、家畜を貸す側は地理的に家畜の世話ができない場所にいる、借りる側は家畜を繁殖させ仔を得ることを目的にすることが明らかとなった。また、2番目の仔は貸す側の取り分になる、不慮の事故で家畜が死んだ場合、弁済責任がないなどの取り決めも確認できた。他民族間でも積極的に預託が行われていることも判明した。

    以上、パラワンの間で家畜預託が30%程度の割合で行われていることが判明した。家畜預託の他にも、購入や贈与が確認でき、家畜飼養には様々なネットワークが介在していることが伺えた。家畜預託にはリスクも伴うが、人々は緩く取り決めを決めているようであった。家畜の預託は、家畜を貸し借りする双方の信頼関係と思惑で成立していると結論付けられる。
  • 中川 清隆, 中村 祐輔, 渡来 靖
    セッションID: 515
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    Summersの式による都市混合層高度は都市風上端からの吹走距離の平方根に比例するため都市ヒートアイランド強度は都心を通過しても風下ほど大きくなり,市街地を囲む閉じた等温線は形成されない.これは同式が混合層冷却機能を有していないことに起因すると思料されるので,温暖な境界層によるニュートン冷却について検討を行なったところ,興味ある結果が得られた.都市幅が小さくて風速が大きい場合にはSummersの式と同等となるが、都市幅が大きくて風速が小さくなるに従って混合層高度の最高地点が風上側に移動するとともに混合層高度の尖り度が大きくなり,都市幅が大きくて風速が小さい程度が大きくなると最高地点付近の混合層高度が急激に増加する.
  • 中田 高, 後藤 秀昭, 熊原 康博
    セッションID: P204
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    広域のDEMデータから作成したアナグリフ画像を判読し、これまでにない精度と詳細さを持つアジア全域のデジタル活断層マップの作成プロジェクトの概要について紹介する。
  • 中井 達郎
    セッションID: S201
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    2018年は「国際サンゴ礁年」である。これはサンゴ礁保全のために1994年に発足した「国際サンゴ礁イニシアティブ(ICRI)」が定めるもので、今年は、1997年、2008年に続くものである。最近数十年の間に、サンゴ礁保全の必要性が認識されるようになってきた。しかし、ここ10年ほどの間のサンゴ礁保全研究や活動を見ていると、ある種の偏りを感じる。それは、研究対象や保全対象のスケールについての偏りである。造礁サンゴという生物への偏りであり、また造礁サンゴの移植や環境ストレスに対する生物学的耐性に関する研究とその応用への偏りである。10-3mの造礁サンゴの体内で起こる10-5m以下のミクロスケールの現象が研究の中心となってきているのである。しかし、サンゴ礁保全の保全対象は造礁サンゴだけではない。サンゴ礁は造礁生物によって作られた地形であり地質構造である。そして、造礁サンゴを含む多種多様な生物間の関係性、それらの生物群集と地形、海水運動、底質、水質といった物理化学的環境との関係性によってサンゴ礁の生態系は成り立っている。

     もちろん、10-3m以下のスケールの研究も極めて重要である。しかし、それらの研究成果あるいは技術を現実のサンゴ礁の中で保全策として用いる場合には様々な疑問がわく。その保全策がサンゴ礁のどのような環境条件下(地形、海水運動、堆積物移動、底質、水質など)で行うことが適切なのか。どのようなリスクが想定されるのか。他の生物群集への影響や造礁サンゴ群集つくる地形変化が周辺環境に与える影響はないのか。サンゴ礁上の“場”の特性とそれを維持しているダイナミズムを把握する101m以上の現象の研究も不可欠なのである。そしてそもそもそのような”場”の保全自体が重要なのである。

    このような保全研究、活動の変化は、1998年に全世界のサンゴ礁で起こり、その後も頻発している大規模白化現象がきっかけとなったと思われる。これは地球温暖化に起因するものされる。地球温暖化は特定集団、特定の人間活動に起因するのではなく、広く人類の活動が原因だととらえることによって責任が不明確となる。そのような認識の結果、残念なことに原因が明確なサンゴ礁劣化の防止・原因除去に対して目をつぶりがちになっていると感じる。今もなお、健全な状態で維持されているサンゴ礁が埋め立てや掘削、護岸工事などで失われていっている現状にはあまり目を向けられない。日本の「国際サンゴ礁年」のパンフレットでは完全に欠落している。

     1980年代から90年代にかけて石垣島・白保で新空港建設が計画をされた。その計画は、白保サンゴ礁の礁原・礁池を大規模に埋め立てるものであった。その際、地元住民の「海の畑」として価値づけてきた礁原・礁池を守る運動を展開した。そこには目崎茂和先生をはじめとした多くの地理学者が加わった。この活動は、生物を守ることが目的でなく、101m以上のスケールのサンゴ礁を守る運動であった。そして、そのようなサンゴ礁という”場”を価値づけてきた地域の人々と自然とのかかわりを守る運動であった。この運動は、サンゴ礁保全の重要性を沖縄だけでなく全国に発信した日本のサンゴ礁保全の原点とも言うべきものである。
    本シンポジウムでは、サンゴ礁の”場”の価値付けとその変容、地球規模の環境保全と地域の自然保護、生物学・生態学から見た地理学への期待などのご発表をいただき、サンゴ礁保全で果たすべきにおける地理学の役割について議論を行いたい。
  • 周 宇放
    セッションID: 416
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    1. 研究背景と目的
     ジオパーク制度は、地質学的意義のあるサイトと景観を保全し管理し、教育を活用し、持続可能な開発ができる地域認定プログラムである。従来、地質的な特徴を重視するジオパークに対して、坂口(2016)、河本(2011)は地域における人間の活動、人文景観などの地理的な要素をジオパークの構築に融合することを主張した。本発表で対象とする自貢市は中国有数の塩産地として知られ、市内に残る古い塩井、塩の道、塩業会館など塩業に関連する景観は、地域の歴史と人間活動を示す重要な証拠であり、地域の文化と風俗を表す地域資源と考えられる。自貢市は2008年に恐竜と井塩を主題として世界ジオパークネットワーク(以下、GGN)に登録した。2015年に自貢ジオパークの範囲拡張が提案され、2017年井塩景観をメインとする文化景観を含む登録が行われた。本発表では地域的背景を踏まえ、自貢市における井塩景観の維持において、ジオパーク制度がいかなる役割を果たしているかを検討する。
    2. 研究対象地域
     四川省自貢市は中華人民共和国四川省に位置する「地級市」であり、四川盆地南部の丘陵部にある。面積は4,373㎢、人口は3,239, 353人(2017年末時点)である。自貢ジオパークは自貢市の西部に位置し、恐竜エリア、塩業エリア、青竜山エリアの3つエリアを有する。面積は1630.46㎢、自貢市の3分の1を占める。
    3. 研究方法
     文献資料を用いて、自貢市における井塩生産の歴史経緯を把握した上で、現地での景観観察と聞き取り調査により、自貢ジオパークにおける塩業エリアにおいて井塩景観の管理・活用状況を明らかにする。さらには、ジオパークエリアの井塩景観はいかなる位置付けであるかを分析する。
    4. 結果
     自貢市は、白亜紀の恐竜化石遺跡と長い歴史を持っていた井塩遺跡をメインに、希少な植物群であるへゴを加え、2008年GGNに「自貢ジオパーク」として登録した。登録最初から、地質的なものをだけを展示することでなく、自貢という土地で存在していた人文的景観も含める意図がみられた。自貢ジオパークは2つのジオツアーコースがあり、恐竜の考古現場と考古による化石、層序断面、硅化木など地球進化を展示するコースと塩井と塩業歴史博物館をめぐる人間活動による井塩業の発展を説明するコースである。この2つのコースは、自貢ジオパークは地質的な側面だけでなく、地理的な側面も意識的に来訪者に提示している。
     ジオツアーのほか、ジオパークは教育という重大な役割を有している。自貢ジオパークの場合、2つの博物館はその役割を担っている。とくに、自貢塩業歴史博物館は毎月異なるテーマで複数のイベントを実施しているほか、近隣地域の学校に行き、塩業歴史に関する普及も行っている。井塩知識の普及にとって、最も重要な拠点といえる。一方で、普通の来訪者数は人気の恐竜博物館と比較すると、3割未満に過ぎず、観光誘致力は弱いことがわかった。
     自貢ジオパークにおける井塩景観は塩業歴史博物館をはじめ、塩井、塩の輸送ふ頭、集落などを含むが、これら分散している景観を統合し、人地間の相互影響を表現する地理的なストーリーを作り、地元の学生と来訪者へ伝えることが必要である。井塩景観の歴史と教育価値によりこの古い景観を活用でき、維持できると考えられている。

    参考文献
    坂口 豪 2016. ジオパーク秩父における地質学的な視点及び李地学的な視点の相互関連性によるジオストーリーの構築. 観光科学研究 9:131-139.
    河本大地 2011. ジオルーリズムと地理学発「地域多様性」概念―「ジオ」の視点を持続的地域づくりに生かすために―. 地学雑誌 120(5):775-785.
  • 長谷川 均
    セッションID: S203
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    沖縄本島では、意図的に自然海岸を残していると思われる場所を除けば、大部分が人工海岸化されている。少し大げさに言えば、海岸沿いの道路をドライブしても、護岸に遮られて海岸線を見ることはきない。観光客は「海の美しさ」や「景観」に満足する一方で、近年ではこれらの満足度が低下する傾向があるというが、レンタカーや観光バスが駐車する場所にだけ、ピンポイントで美しい海岸や景観が残るサンゴ礁島に変貌しつつある。
    沖縄県の調査によれば、観光客の多くは海の美しさ」や「景観」に満足する一方で、近年はこれらの満足度が低下している傾向も認められるという。沖縄県の観光経済発展のカギは、美しい海や景観の維持と回復であることは疑いようもない。しかし、その一方で、泡瀬干潟の埋立や辺野古の埋立とサンゴ礁礁原の掘削が行われており、景観や環境を一変させる巨大な改変事業が進行している。
  • 阿部 聖史
    セッションID: P211
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    平成28年度に東京都が行った,花粉症患者実態調査によると,都内におけるスギ花粉有病率は48.8%と推定され,近年,増加傾向にある.スギ花粉量の日変動と気象条件の関係性についての研究(稲村ほか,2010)や,シミュレーションを用いた花粉分布予測の研究(川島,2002)が行われているが,ある特定の範囲で花粉の空間分布パターンを分類し,解析している研究は少ない.そこで,本研究では,統計的手法を用いて,関東地方の花粉濃度の空間分布をパターン分類し,分類されたグループごとの気象対応特性を明らかにする.
    まず,NTTドコモから提供していただいた,環境センサーネットワークの花粉時別データのうち,花粉濃度の低い事例を除いた,解析対象事例に対して,データを対数に変換し,主成分分析を行った.次に,第1~6主成分の主成分スコアを用いた,6次元空間でクラスター分析を行い,分布パターンをグループ分類した.さらに,グループごとに,メソ数値予報モデルGPVの地上風のデータを用いて,風の流跡線図を作成し,事例解析を加えて,各グループの特性を明らかにした.本研究における解析対象期間は,2012~2013年の2~5月である.
    主成分分析の結果,第1主成分は平均分布に近いパターンで全体的な変動,第2主成分は北西-南東方向の変動,第3主成分は南部とその他地域との相対変動で,寄与率はそれぞれ40%,7.5%,4.5%であった.第4主成分以下は時間,空間的な局地変動バターンと考えられ,寄与率も小さかった.第6主成分までの累積寄与率は,59%である.
    クラスター分析の結果,花粉濃度が相対的に小さい順に,A ~Dの4個に分類できた.時別頻度に注目すると, 9~18時の日中に,相対的に濃度が大きくなることが分かった(図1).相対的に花粉濃度が大きく,事例数が多いB,C をそれぞれ7個,5個に分類し,合計で14個に分類した.太平洋側と南部で濃度が相対的に大きくなるグループC5について,千葉を始点とした流跡線を解析してみると,北西と南西の2成分の流跡線が多くみられる(図2).それぞれの成分について,他のグループとの前後関係を用いて比較したところ,北西,南西成分ともに,C5に継続性があることから,主に茨城県,千葉県の花粉源の影響があると考えられる.また,北西成分においては,他のグループからC5に移るパターンも存在していたため,北~西部の花粉源の影響も合わせて考えられる.このことは,実際の花粉濃度推移図やC5の前後数時間の花粉濃度平均図からも確認できた.
  • ―『ラブライブ!サンシャイン!!』を事例に―
    松山 周一
    セッションID: 817
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    アニメやマンガなどに登場した実在の場所を巡る,いわゆる「聖地巡礼」と呼ばれる現象が登場して久しく,地域とのかかわりという観点からこれまでの間に多くの研究がなされてきた.これらの研究を整理すると,「聖地巡礼」の登場と発展の中において,次第に「聖地巡礼」を誘発させる表象が作中で意識的に施されるようになっていったということがうかがえる.
     本研究では,「聖地巡礼」が活発に行われている作品の表象とその特性から,「聖地巡礼」など地域に何らかの事象を発生させる場所の表象について明らかにすることを目的とする.研究方法としては,「聖地巡礼」が活発に行われている作品を検討し,作品内における場所の表象と位置づけなどから,「聖地巡礼」など場所を主体とした展開がなされると考えられる要因について明らかにしていく.研究対象としては2015年に発表され,現在も作品の展開が続いており,「聖地巡礼」が活発に行われている作品である『ラブライブ!サンシャイン!!』とした.
     『ラブライブ!サンシャイン!!』では,企画開始当初から内浦や沼津といった地名を用いて場所を言及するなど,「聖地」となる場所を全面的に押し出して作品の展開を実施している.そして,これらに基づくようにして,作中において1)写実的な背景,2)強調された背景,3)パスを意識した演出という3点を特徴とした場所の表象がなされていることがわかった.また「聖地巡礼」の場所や観光名所などがまとめられたガイドブックである『ラブライブ!サンシャイン!!Walker』などのように「聖地巡礼」のための観光ガイドブックも制作者が直接出版するなど,「聖地巡礼」をより実施しやすくするための商品展開がなされていることもわかった.
     さらに,作中においてほんの少しでも登場した場所を所有している,あるいは作中で登場した商品を実際に販売している個人ないし団体は,スタッフロールの中において「協力」という形でクレジットがなされた.「協力」としてクレジットされた個人ないし団体はテレビアニメ第1期,第2期だけで50件近くにもおよび,それらはアニメに関連するグッズなどを扱う企業から,作中で登場した地域の旅館,ホテル,あるいは特産物を扱う企業,小規模な個人商店,さらには静岡県や沼津市といった地方自治体に至るまで幅広いジャンルのものが並んでいる.
     以上の点から,作中において地域をできる限り現実に近づける形で描き,さらに地域の様々な団体や企業を作中において「協力」として名前などを明らかにさせるなどによって「聖地巡礼」を誘発させているということがうかがえる.また,専用のガイドブックも並行して出版させるなど,制作者が「聖地巡礼」を意図的に,また戦略的に行っているということもうかがえる.
  • 中村 努
    セッションID: 827
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    Ⅰ.はじめに

     中山間地域では生活していくうえで欠かせない食料品や医療・介護サービスへのアクセシビリティが悪い状況において,家族による介護や近隣住民によるコミュニティ機能が健康な食生活を可能にするためのセーフティネットの役割を果たしてきたといわれる。しかし,高齢化や独居・高齢夫婦世帯の増加,コミュニティ機能(ソーシャル・キャピタル)の低下は,健康な食生活を阻害し,互助や共助による介護力の低下につながる可能性がある。また,必要な医療・介護サービスが満足に利用できない低所得世帯も多いとされる。本発表では,条件不利性の高い中山間地域において,栄養状態とソーシャル・キャピタルとの関係を検討する。そのうえで生活支援にかかわる各提供主体が健全な勤務環境を維持しつつ,中山間地域の条件不利性を克服するための支援のあり方を考察する。



    Ⅱ.研究対象地域の概要

     研究対象地域は,2004年に3町村が合併する以前に存在した旧村で,合併後に新たに誕生した町の中部にあたる。新町の東南部は県庁所在都市に隣接し,北部は他県に接しているうえ,広大な面積を抱えているため,その地域特性は一様ではない。役場のある南部の中心地区の人口は2万人余りを数え,平地部に人口密度の高い市街地や集団的な農地が広がっている。一方,北部と中部では,山林が卓越する人口低密度地域である。同町の高齢化率は2015年現在,34.8%であるが,南部地区では32.2%を示す一方,研究対象地域の中部では,51.8%,北部では49.8%を示すなど高齢化の進展度における地域差は大きい。

     中部は人口低密度の中山間地域であり,在宅医療の実施に遠隔性や自然条件などの地理的特性を背景に困難がともなう。医療機関や介護施設は南部に集中することから,河川沿いに点在する山村集落の住民にとって,こうした施設へのアクセシビリティは悪い。独居高齢世帯の増加によって,コミュニティ機能の低下も危惧される。こうした生活支援ニーズに対して,北部では,旧自治体や住民による多様な生活支援が行われている実績がある。一方,中部では,社会福祉協議会の関連団体によって,2カ所のサテライト拠点において隔週のデイサービスが実施されてきた。これらは,年齢や障害の有無にかかわらず,誰もが気軽に集い,必要なサービスを受けることができる地域福祉の拠点で,地域福祉活動に係る課題への対応またはニーズの把握,その他小規模多機能支援拠点として必要な機能を担っている。しかし,依然として,75歳以上の単身高齢者世帯において,日常生活の不便を抱える世帯が潜在的に多いことが予想された。そこで,中部において,生活支援機能を充実させるための拠点づくりを目的として,2017年7月から9月,戸別訪問による生活支援ニーズを把握するためのアンケート調査を行った。その結果,149世帯から有効サンプルを回収した。回収率は93.1%であった。



    Ⅲ.食生活とソーシャル・キャピタルとの関係

     当該地区において,医療・福祉サービスや食料品への相対的アクセシビリティは低いうえに,地域差がかなり大きく,個人商店や医療機関へのアクセスが悪いにもかかわらず,交通手段を徒歩に依存する高齢者にとって,移動販売や家族による通院および買い物支援が不可欠となっていた。しかし,移動販売については事業採算性の問題から,小規模集落からの撤退も一部みられ,移動販売も含めた食料品アクセスの二極化がうかがえた。食品摂取多様性得点をみると,回答者の半数以上が低栄養状態であり,男性で食品摂取多様性得点低群割合が高い傾向がみられた。しかし,物理的な食料品アクセスとの関連よりも,食事や料理に困っているという生活支援ニーズが満たされていないことが,食生活の悪化に影響する要因の一つとして指摘された。この低群割合には大きな地域差が認められ,ソーシャル・キャピタルとの関連が示唆された。

     ソーシャル・キャピタル指標として,社会的サポート,地域組織への参加および社会的ネットワークの指標について,6つの変数を作成した。集落別にソーシャル・キャピタル指標をみると,趣味グループ,情緒的サポート提供,手段的サポート提供の低群集住地区が,ソーシャル・キャピタル指標を下げる要因となっていることが明らかになった。こうした地域では,趣味活動への参加が低調で,自分の心配事や愚痴を聞いてくれる人や聞いてあげる人もおらず,病気で寝込んだ時に,看病や世話をしてくれる人も,逆に看病や世話をしてあげる人も少ないことがうかがえる。
  • 治水地形分類図との比較
    研川 英征, 古立 求, 関口 辰夫, 野口 高弘, 根本 正美
    セッションID: P217
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    平成29年の水害においては,7月22日昼前から23日昼過ぎにかけて活発な梅雨前線の影響に伴い激しい雨が降り,雄物川流域等の12観測所で24時間雨量が観測史上最大を記録するなど,多いところで累加雨量が300ミリを超える大雨となった.また,雄物川中下流域及び支川の玉川における10観測所のうち9観測所で,観測史上最高となる水位を記録し,広範囲の浸水が生じた.
    この水害に対して国土地理院では空中写真(斜め写真)の撮影及び推定浸水範囲の判読を実施し,地理院地図に公開した.
    本調査において,筆者らは,民間会社による空中写真(斜め写真)を収集するとともに,国土地理院の空中写真(斜め写真)の再判読も行い,より詳細な浸水範囲の取得を目指すこととした.調査範囲は,国土地理院による緊急判読時の浸水範囲を参考に設定した.本調査による浸水範囲を治水地形分類図上に展開して,浸水範囲と地形との関係について比較した.

    2.調査方法について
    国土地理院撮影による空中写真のほか,国際航業及びパスコ撮影による空中写真を収集,判読に使用した.
    空中写真と地理院地図を目視で比較しながら,GISソフト上で地理院地図を背景として,浸水範囲をポリゴンデータとして取得した.

    3.判読結果と治水地形分類図との比較
    判読の結果,得られた浸水範囲を治水地形分類図に展開し確認した.その結果,浸水範囲は氾濫平野だけでなく,旧河道とその周辺に広く分布する様相も見られた.また,ほ場整備によって平坦化されているところでは,旧水部であったところが湛水する様相も見られた.さらに,河川の屈曲部や狭隘部でも溢水が見られた.支流では,クレバススプレ-や落堀が形成されるなどの特徴が見られた.また,治水地形分類図の地形種と浸水範囲の相関を見ると、旧水部や旧河道における割合が高い傾向が見られた.
  • ―山梨県北杜市の事例―
    久井 情在
    セッションID: 822
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    総務省による「平成の大合併」の総括では,「広域的なまちづくり」を合併の効果の1つとして位置づけ,「中心市を核として,日常生活圏内の旧市町村の地域資源をネットワーク化すること」を地域振興のポイントとして挙げている.しかしここには,核となる中心地域の不明瞭な合併市町村が存在するという問題や,「地域資源」の「ネットワーク化」の実態が示されていないという問題が存在する.本発表では,中心のない合併市町村として北杜市(山梨県)に注目し,同市が地域づくりを進めるにあたって「スケールの生産」を戦略として活用していることを示す.
     地理学的概念としてのスケールは,英語圏で1980年代以降,その機能や生み出される過程が論じられ,日本では政治闘争のための戦略として捉えられている.本発表では地域づくりの戦略として位置づけるため,スケールを「ある情報と結びつけられた,一定の広がりを持つ空間」,スケール・ジャンプを「あるスケールに結びつけられていた情報が,別のスケールと結びつけられること」,「スケールの政治」を「目的達成の手段あるいは戦略としてスケールの生産やスケール・ジャンプが用いられること」と定義する.
     北杜市は,山梨県峡北地域のうち,中心都市である韮崎市を除く8町村が合併して誕生した.旧町村はそれぞれ山岳景観を地域アイデンティティとしつつも,具体的な山岳はそれぞれ異なっているため,北杜市においては山岳に代わる新たな地域イメージの創出が求められていた.そこで北杜市は「環境」を新市建設計画の重点に据えるとともに,旧明野村で掲げられていた「日照時間日本一」を市の特徴としてPRしている.その結果北杜市は,国の機関(NEDO)による大規模太陽光発電研究施設の誘致に成功した.この施設は後に北杜サイトと名付けられ,北杜市の環境政策の象徴となっている.一方,山岳名を掲げた施策はしばらく避けられていたが,2010年以降の観光政策では,長野県の2町村との連携による「八ヶ岳観光圏」,3県10市町村にわたる「南アルプスユネスコエコパーク」といった取り組みが見られる.
     北杜サイトの誘致は,スケール概念を援用すれば,環境政策のスケールとして北杜市を位置づけ,「日照時間日本一」を旧明野村から北杜市にスケール・ジャンプした結果として理解できる.一方で北杜サイトの存在が,環境政策と「日照時間日本一」のスケールが北杜市であるという認識に真実味をもたらしてもいる.これに対して観光政策では,旧町村から広域行政の範域にスケール・ジャンプすることで,市内地域間の利害対立を回避しながら地域づくりを進めていると解釈できる.
  • 珠江デルタ地域への移動者を中心に
    阿部 康久
    セッションID: S306
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    中国において「農民工」と呼ばれるブルーカラー労働者が,主に内陸農村部から沿海部大都市に移動する現象が顕著にみられるようになったのは1989年からであったとされている。改革開放政策は1978年にはじまったとされているが,内陸農村部の人々に,その政策の影響が目に見える形で表れるようになったのは,この時期からであったという見方もできよう。さらには,大卒者等のホワイトカラー的職種に従事する人々の就職移動が顕著になったのは2003年頃からであるとされており,改革開放政策の開始から四半世紀を待たねばならなかった。その背景として,中国においては,戸籍制度等の人々の移動を制約する政策・制度が存在していたことが挙げられる。ブルーカラー労働者の場合は,彼(女)らの出身地である農村部と出稼ぎ先である沿海部の大都市の間での収入レベルの差が顕著だったこと等により,このような政策・制度的背景が存在するにもかかわらず,1990年代以降,顕著な国内での労働力移動が生じてきた。ただし,内陸・農村部の経済発展により,2004年頃から,このような農民工の移動は減少する傾向がみられている。これに対して,大卒者等のホワイトカラーの場合は,2000年代前半頃までは大学定員自体が少なかったこともあり(徐・来島2007),出身地や大学所在地等の地域に,ある程度の収入が得られる雇用機会が存在していた。そのため,沿海部の大都市への就職移動は抑制されていたといえよう。2003年からは大学定員の拡充と大卒者数の急増により,特に内陸部の大卒者の就職難が深刻化し,その結果として,大卒者等のホワイトカラー層でも内陸部の雇用情勢が厳しい地域から雇用機会が豊富な沿海部の大都市への就職移動が顕著にみられるようになった.また近年では就職移動の要因として,出身地・大学所在地での就職難という理由だけでなく,スキルアップ・キャリアアップを図るためという,より積極的な動機によるものもみられるようになっている。報告者は阿部(2017)にて珠江デルタ地域にて就業する他地域出身のホワイトカラー58人に対するインタビュー調査等を行ったほか,本発表では中部地域にある湖北省武漢市の大学出身者29人に対してさらなるインタビュー調査を行い,就職移動の動機の変容や制度的背景,大都市間での移動条件の地域的差異等について検討を行った。調査結果としては,近年,大卒者の他地域での就職移動は一般的なものになりつつあり,就職移動の動機としても国内大都市と中小規模都市の間の所得格差によるものだけでなく,よりスキルアップ・キャリアアップを図れる雇用機会の存在や大都市での生活への「あこがれ」といった動機を持つ人も多くなっている。その一方で,就職移動への制約も依然として大きく,戸籍取得の難しさに加えて,住宅購入費等の生活費の高さも就職移動を阻害する大きな要因になっている。また,武漢市から距離が近い長江デルタへの移動者よりも,珠江デルタ地域に移動する人が多くなっており,沿海部大都市間での制度的・政策的な差異によっても労働市場の状況の違いが生じている。 結論としては,就職移動に対する人々の意識は2003年以降,大きく変容しているが,戸籍や居住権の問題や住宅価格の高騰等の課題に対する政策的対応は,まだ十分になされていないようにも思われる。本シンポジウムの趣旨に沿う議論をするならば,就職移動からみる限り,改革開放政策が実際の人々に大きな影響を与えるようになった時期はほぼ1990年代に入ってからであり,政策が開始された時期とはズレが生じているといえる.それを考慮しても,改革開放政策の開始に匹敵する歴史的契機と呼べる大きな変化はまだ生じていないのではないかと考えられる。
  • 佐藤 洋一郎
    セッションID: S601
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    人間の生存には糖質と、たんぱく質・脂質など必須の栄養素の摂取が必須である。世界の人類集団はそれら栄養素を持つ食材を同所的に生産(獲得)し、加工・調理してきた。これを「食のパッケージ」と呼ぶ。モンスーンアジアに典型的な食のパッケージは水田稲作と淡水漁撈による「米と魚」という形をとる。また欧州の畑では人間の食料とともに家畜の飼料が栽培されてきた(「ムギとミルク」のパッケージ)。食のグローバル化は、食材の大量生産と長距離輸送を促進してこれらのパッケージを壊しつつあるが、このことが食料生産に使うエネルギーを過大にしてきた。ここでは伝統的な食のパッケージと風土の相互関係について考える。
  • 沖縄県西表島の事例
    藤本 潔, 羽佐田 紘大, 谷口 真吾, 古川 恵太, 小野 賢二, 渡辺 信
    セッションID: 615
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1.はじめに

    マングローブ林は、一般に潮間帯上部という極めて限られた環境下にのみ成立することから、温暖化に伴う海面上昇は、その生態系へ多大な影響を及ぼすであろうことが予想される。西表島に隣接する石垣島の海面水位は、1968年以降、全球平均とほぼ同一の年平均2.3mmの速度で上昇しつつある(沖縄気象台 2018)。すなわち、ここ50年間で11.5cm上昇した計算となる。近年の上昇速度が年10mmを超えるミクロネシア連邦ポンペイ島では、マングローブ泥炭堆積域で、その生産を担うヤエヤマヒルギ属の立木密度が低下した林分では大規模な表層侵食が進行しつつあることが明らかになって来た(藤本ほか 2016)。本発表は、本年2月および8月に西表島のマングローブ林を対象に実施した現地調査で見出された海面上昇の影響と考えられる現象について報告する。

    2.研究方法

    筆者らは、西表島ではこれまで船浦湾のヤエヤマヒルギ林とオヒルギ林に固定プロットを設置し、植生構造と立地環境の観測研究を行ってきた。今回は、由布島対岸に位置するマヤプシキ林に新たに固定プロット(幅5m、奥行70m)を設置し、地盤高測量と毎木調査を行った。プロットは海側林縁部から海岸線とほぼ直行する形で設置した。地盤高測量は水準器付きポケットコンパスを用い、cmオーダーで微地形を表記できるよう多点で測量し、ArcGIS 3D analystを用いて等高線図を作成した。標高は、測量時の海面高度を基準に、石垣港の潮位表を用いて算出した。毎木調査は、胸高(1.3m)以上の全立木に番号を付し、樹種名、位置(XY座標)、直径(ヤエヤマヒルギは最上部の支柱根上30cm、それ以外の樹種は胸高)、樹高を記載した。

    3.結果

     海側10mはマヤプシキのほぼ純林、10~33mの間はマヤプシキとヤエヤマヒルギの混交林、33~50mの間はヤエヤマヒルギとオヒルギの混交林、50mより内陸側はほぼオヒルギの純林となっていた。70m地点には立ち枯れしたシマシラキが確認された。立ち枯れしたシマシラキは、プロット外にも多数確認された。

     マヤプシキは直径5㎝未満の小径木が46%、5~10cmが37%を占める。20m地点までは直径10cm未満のものがほとんどを占めるが、20~33mの間は直径10cmを超えるものが過半数を占めるようになる。最大直径は23.3cm、最大樹高は5.7mであった。ヤエヤマヒルギはほとんどが直径10cm未満で、直径5cm未満の小径木が74%を占める。最大直径は47m付近の13.8cm、最大樹高は5.7mであった。オヒルギは直径5cm未満の小径木は少なく、50~70mの間では直径10cm以上、樹高6m以上のものがほぼ半数を占める。最大直径は19.9cm、最大樹高は11.1mに達する。

    地盤高は、海側林縁部が標高+28cmで、内陸側に向かい徐々に高くなり、45m付近で+50cm程になる。45mより内陸側にはアナジャコの塚であったと思われる比高10~20cm程の微高地が見られるが、一般的なアナジャコの塚に比べると起伏は小さい。この林の最も内陸側には、起伏の大きな現成のアナジャコの塚が存在し、そこではシマシラキの生木が確認された。立ち枯れしたシマシラキはアナジャコの塚であったと思われる起伏の小さな微高地上に分布していた。

    4.考察

     シマシラキはバックマングローブの一種で、通常はほとんど潮位の届かない地盤高に生育している。立ち枯れしたシマシラキはアナジャコの塚上に生育していたが、近年の海面上昇に伴いアナジャコの塚が侵食され地盤高を減じたため、冠水頻度が増し枯死した可能性がある。船浦湾に面する浜堤の海側前縁部にはヒルギモドキの小群落が見られるが、近年海岸侵食が進み、そのケーブル根が露出していることも確認された。このように、全球平均とほぼ同様な速度で進みつつある海面上昇に対しても、一部の樹種では目に見える形での影響が現れ始めていることが明らかになった。

    参考文献
    沖縄気象台 2018. 沖縄の気候変動監視レポート2018. 藤本潔 2016. 日本地理学会発表要旨集 90: 101.
  • 久住山への登山道を事例
    横山 秀司
    セッションID: P116
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    ジオパークでは、ジオサイトの位置や観光情報を記入したジオツーリストマップがつくられているが、小縮尺の概略的・凡例的なものが多い。近年、イタリアやスイスの研究者は大縮尺のジオツーリストマップの作成を試みている。発表者は、これらの先行研究を参考にしながら、阿蘇くじゅう国立公園における九重火山の登山道の一つである牧ノ戸峠から久住山までのジオツーリストマップを作成した。そのマップの作成について報告する。
  • 菅野 洋光, 西森 基貴, 野中 章久, 山下 義道, ウアケイア タクイア
    セッションID: 512
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    ENSO(エルニーニョ・南方振動)による地球規模での気候変動に関しては多くの研究があるが、熱帯島嶼地域への小気候学的な影響については未解明な部分が多い。特に平均標高が2mのキリバス共和国においては、海水面高度の上昇や地下水の過剰な汲上による地盤沈下に伴う国土縮小・水没の可能性のほか、塩分濃度の上昇による地下水の水質悪化、降水量の変動による飲料水・農業用水の不足が深刻である。これらの社会的な脆弱性を解消するためには、降水量の変動特性を明らかにし、リスク管理システムにフィードバックしていくことが重要である。本研究では、気候学的な大気・海洋の解析により、降水量変動予測の可能性について探っていく。
  • 中埜 貴元, 岩橋 純子, 大野 裕幸
    セッションID: 625
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    洪水氾濫等の水害が発生した場合,その災害対応としてポンプ車による排水が実施されるが,ポンプ車の台数は限られており,ポンプ車の適切な配置計画を立案するためには湛水量(浸水体積)の情報が重要となる.湛水量の推定は,空中写真判読等により得た浸水範囲とデジタル標高モデル(DEM)を用いて行うことができるが,使用するDEMの違いが湛水量推定にどの程度影響を及ぼすのかは分かっていない.そこで,各種標高データを用いて湛水量を計算し,それぞれの比較を実施した.その結果,5mDEMを用いた場合と5mDEMを10mDEMに間引いた場合とでは大差ないこと,基盤地図情報10mDEMは利用が難しいこと,5mDSMを用いた場合は今回のケース(名取川流域)では5mDEMの場合の半分程度の値になることが分かった.
  • Quang Nguyen, Doo-Chul Kim
    セッションID: 318
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    Farmers in peri-urban areas across Vietnam are experiencing a rapid transformation in livelihood and land use practices. Peri-urbanization is rapidly occurring with a risk of conversion of large amounts of farmland into non-agricultural land. Additionally, an increasing number of laborers are moving away from agriculture and rural areas. Understanding how these farmers respond to changes in this transformation is important to the development and planning of these areas. This research investigates the landholding behaviors of farmers in a transitional commune on the fringe of Ho Chi Minh City, Vietnam. Our data demonstrated that despite the outflow of labor from farming and the pressure of peri-urbanization on local land resource, most farmers maintained their agricultural production and landholding by using various strategies such as adopting less labor-intensive crop choices, delaying inheritance, and diversifying their livelihoods. With increasing land price, landholding also provided farmers with more options for their livelihood strategies. Besides, farmers in Thanh Loi are determined to reserve their land for inheritance. Therefore, future land use in Thanh Loi depends on a large number of non-agricultural laborers.
  • 宇根 寛, 岡谷 隆基
    セッションID: 725
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    2020年度から順次実施される新学習指導要領において、高等学校における「地理総合」の必履修化をはじめとして、小中高のそれぞれの発達段階における地理教育の充実が示される中で、教育現場における国土地理院の情報の重要性が増していると考える。特に、高等学校に関しては、「地理総合」の必履修化を踏まえて、多数を占める地理を専門としない教員に対する支援が重要である。

    このため、国土地理院では、2015年に、内部に地理教育支援チームを設置し、地理教育、地学教育の支援に向けた課題の整理と国土地理院による教育支援のあり方を検討するとともに、その提言に基づき、「地理教育の道具箱」のページの開設、教員研修等への参加、教科書会社への説明会の開催、電子基準点が設置されている学校での出前授業の実施などの具体的な取組みを進めてきた。さらに、2017年には、地理学や地理教育に関する有識者にお集まりいただき、地理教育支援部会を設置して、国土地理院の支援のあり方を検討していただいている。この中で、国土地理院は、地理院地図や主題図、3Dなど、地形図のほかにも教育に役に立つ様々なコンテンツを提供しているにもかかわらず、教育関係者にこれらのコンテンツが十分知られていないこと、また、それらのコンテンツを教育現場に活用するための教材や具体的な活用法に関する情報が提供されておらず、さらに、このような地理空間情報を活用した教育を行っている先進的な先生方による実践例が十分共有されていないこと、といった課題が浮き彫りになっている。教育関係者に国土地理院のコンテンツを理解していただき、それを活用した教育を実践していただくためには、それらのコンテンツを用いた教材や具体的な活用例(レシピ)を提供する必要がある。このため、小中高それぞれ1つの単元について、試行的にレシピの作成を行い、地理教育支援部会に提案して検討を行っている。
  • 神田 竜也
    セッションID: 311
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    2010年代の日本の農業をみると、戸別所得補償制度の開始、経済連携協定による農産物・加工品の対日輸出圧力、40年以上続いた減反の廃止など、農業者や生産組織がその対応に迫られている。地域農業では、2000年代以降、農家の減少と同時に農業の法人化や集落営農組織が増加傾向にある。神田(2017a;2017b)は、岡山県津山市および久米南町の中山間地域を例に、集落営農組織の特質を明らかにし、組織のかかえる問題点や支援の方策、米価低迷の対応を検討した。
     本報告では、岡山県奈義町を例に、集落営農の地域的展開を明らかにし、さらに組織間の農業の連携と支援の可能性を検討する。奈義町の集落営農組織は、県北各市町村のなかで法人化率の高さが特筆される。また、町では組織経営体や農業者の交流・連携を図る組織が結成され、事業・運営の活性化や農業の支援がすすめられている。
     奈義町は、岡山県の北東部に位置し、町域面積69.54k㎡、人口は約5,900人である。行政区域は19地区(大字に相当する)。那岐山麓は緩やかな傾斜が続き、南側は長くのびた台地と平野が広がる。農業構造改善や土地改良事業が1960年代からすすめられ、圃場整備は現在農地面積の98%が完了している。地域的には、県北の主要都市である津山市への通勤がみられ、また町内には東山工業団地(1992年完成)があり、兼業機会に恵まれた地域である。
     2015年の農業センサスによると、農業経営体は485、単一経営は339、このうち販売金額の第1位が稲のものは292(85%)である。借入耕地のある経営体は193、借入耕地面積は271haで、借地経営がすすんでいることがうかがわれる。おもな農畜産物は、米、黒大豆、サトイモ、白ネギ、生乳があげられる。経営面積別では、1~2ha、0.5~1ha規模層が全体のそれぞれ35%前後を占め、経営規模10ha以上の層は集落営農や個別の法人経営である。
     奈義町の集落営農組織は2017年現在11あり、このうち10組織が法人である。法人設立年をみると、2005年の1法人を嚆矢として、2007年、2008年、2009年、2010年、2012年、2015年、2016年に各1~2法人が成立している。集落営農への参加数は28~82戸、経営耕地面積は0~20ha、作業受託は多い法人で40haとなっている。また、新規需要米として飼料用米や飼料稲、他に園芸品目の導入による多角化がみられる。
     調査した西原営農組合、高円営農組合、中島西営農組合の3法人では、オペレーターが少なくとも5~6人程度確保され、そのオペレーターを中心にすえながら、人手を擁する作業には地元消防団やパートを利用するなどの対応がみられた。生産面では、食用米のほか新規需要米を導入して政策対応を図っている。また、勝英地域で広く生産奨励されている大豆や、町特産のサトイモなどの生産もみられた。出荷については農協主体で、一部の作物は直売所などへ出荷される。機械については、法人がその一式を装備するのでなく、地区内の他組織からリースしていた。各法人は、近年の米作付助成の減額、米価下落により減収減益を経験したが、その後西原では地代の見直しをおこなった。集落営農の現段階は、法人への利用権設定、オペレーター中核方式(中島西では専従オペが農作業を行うが)、作業出役に労賃を配分、などが特徴で、やはり地域から自立した経営体となることは想定されていない。
     地域農業の問題や政策への対応において、その情報の共有や組織間の連携も重要である。2014年6月に設立された奈義アグリネット(集落営農10法人、個別経営体23)は、水田農業の維持・発展のため、栽培技術の提供、組織間の連携を図ってきた。集落営農においては、オペレーター・機械の相互貸し借り、地元消防団への意向調査と農業への参加などを検討したり、実施したりしている。事例とした法人も、アグリネットとかかわるなかで新たな事業を参考にしたい意向をもつ。また、アグリネットがモデルとなった外部の組織とのネットワークのなかで、新たな情報を得たり、学習したりする点は非常に興味深く、今後の地域農業のあり方にも一石を投じるものである。
  • 猪狩 彬寛, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: 612
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録
    Ⅰ はじめに

     草津白根山ではその特徴的な地質や火山活動により、多くの温泉水とともに硫黄鉱山を源とする強酸性・高EC値の排水が周辺河川水に大きな影響を及ぼしている(諸星ほか 2018)。地質学的・地球物理学的ならびに地球化学的関心の高い対象が多く存在している草津白根山の周辺河川水においても、その水質を把握し、地域特性を明らかにすることで、水環境形成の要因を考察することを試みる。

    Ⅱ 研究方法

     2017年5月から2018年8月にかけて14回の現地調査を行った。調査地点は山体の東側と南側を流れる河川を中心に、約45地点ほどである。現地では気温、水温、pH、RpH、EC(電気伝導度)、流量の測定を実施した。2018年2月6日に草津町の協力の下、今回噴火が発生した本白根山東麓の火山灰の分布域・降灰量の調査、サンプリングを行った。河川水以外にも、降水や積雪、温泉水の現地調査とサンプリングを行っている。

    Ⅲ 結果と考察
     1.東側(白砂川)
     白砂川下流域では弱アルカリ性の水質が観測されるが、いくつかの流入支川では酸性を示し、支川上流域における温泉排水や火山活動の影響を受けた地下水の流入が示唆される。EC値は白砂川本流において調査の度に大きく変動しており、大量の温泉排水を貯留している品木ダムの放流状況に影響されている。
     白砂川本流のpH平均値は下流に向かうにしたがって上昇傾向を見せるが、最下流の地点で再び値が下がっている。これは最下流地点の直上で、品木ダムより直接導水される水によってpH値が引き下げられていると示唆される。
     2.西側・南側(万座川・南麓諸河川)
     万座温泉の排水が流れる万座川の支流には旧硫黄鉱山廃水の影響を受けた強酸性・高ECの河川水が確認された。調査地域中央に位置する滝ノ沢川、赤川、遅沢川ではpH4.0-7.0、EC200-600μS/cmを示し、上流域での鉱山・温泉排水とともに、周囲に広がる畑地からの影響も考えられる。厳洞沢川ではpH2.0、6000μS/cm前後で、上流域に位置している旧硫黄鉱山廃水の影響を強く受けていると示唆される(諸星ほか 2018)。
     山体周辺の、2018年1月23日(噴火翌日)の水質濃度が1月18、19日(噴火前)の濃度よりも高かったが、アメダス(草津)における18日の平均気温:2.0℃(最高気温:7.5℃)、24日の平均気温:-9.9℃(最低気温:-13.6℃)であったことから、噴火前の水質濃度には流域積雪の融雪に伴う、流量の増加・希釈の影響が反映されている。

    Ⅳ おわりに

     温泉水や硫黄鉱山を源とする強酸性・高EC値の排水が周辺河川水に影響を及ぼし、ダムや発電の導水により流域内で水質が変化する地点が確認された。噴火後の山頂域では、大量の火山灰が堆積している様子が確認され、特に東麓の流域で強降雨時に火山灰の流入により河川水質に影響が現れることが考えられ、今後も継続的な調査が必要である。

    参 考 文 献

     諸星幸子, 小寺浩二, 猪狩彬寛(2018):草津白根山周辺地域の水環境に関する研究, 2018年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集.

     大井隆夫, 小坂知子, 平塚庸治, 山崎 智廣, 垣花 秀武, 小坂 丈予(1991):白根硫黄鉱山からの酸性坑排水の遅沢川水系河川に与える影響, 日本化学会誌, 1991(5), 478-483.
  • チャクラバルティー アビック
    セッションID: S401
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    本発表では、北アルプスの事例から、「人新世」における山岳地域の変化の分析を提供し、動的な自然の保護保全の課題について討論する。「人新世」とは、地球環境の全体において人為的改変が著しく進むことによって完新世がすでに終わり、新たな地質年代が始まっている、という概念のことである。つまり、これまで「自然環境」と見なされた全ての景観や現象の中に人為的改変の影響があることを認め、現在その複合的システムがどのような変化過程にあるかを検討しなければならない。山岳地域は、このような急速な人為改変の影響が最も早く表れる地域の一つであり、山岳地域の地形・生態系的特徴をもたらす氷河、降雪などの自然的メカニズムがすでに著しく変化していることが多くの研究から指摘されている。また、20世紀の経済開発の影響でそれまで広域にまたがっていた自然的なプロセスや生物の生息地がされ、山岳地域の自然環境そのものの健全性を始め、山岳地域からもたらされる多くの生態系サービスの劣化が進んでいるという指摘も少なくない。このような状況を受け、山岳地域の環境をどう保護すべきであろうか。保護策が地域によって異なることも当然であろうが、最終氷河期以降の山岳地域の環境の成り立ち・変化メカニズムと、その平衡状態(equilibrium)からの「ズレ」の本質についての理解がまず大事だと思われる。さらに、これまで「安定的」や「極相的」と思われてきた景観は長い地質年代の中でどう形成されてきたか、つまり、「プロセス」としての景観の特徴を把握する必要がある。日本列島の北アルプス地域は急速な隆起と活発な侵食が繰り返してきた動的な環境が見られ、特に完新世においてその特徴が大きく変わった地域である。また、20世紀以降の経済開発や観光振興によって生態系の分断化が著しく進んだ地域でもある。現在中部山岳国立公園としてその景観が保護されているとはいえ、過去の人為的改変の影響が未だ残っており、観光利用などによって自然環境へのストレスが複雑化しているところも少なくない。発表では、上記のような長い時空間スケールにおける変化に照らして北アルプスの最近の変化を分析し、当該地域の動的自然の保護の課題の複雑性を述べた上で、解決策の可能性を探求する。
  • 和田 崇
    セッションID: 816
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    スポーツの地理学的研究は19世紀から散発的に行われてきたが,その数が増加したのは1960年代になってからである。それ以降,地域差の記述から計量分析,人文主義的考察,知覚分析,GISの活用へと,地理学全体の動向に対応するかたちで研究が断続的に行われてきたが,スポーツは一貫して地理学の周辺領域に位置づけられてきた。しかし,スポーツは現代では経済的・社会的・政治的に重要な役割を果たすようになっており,空間や場所はスポーツの重要な要素となることから,地理学的な立場・観点からスポーツ研究を行う意義・必要性は高まっている。以上を踏まえ,本研究は,英語圏諸国におけるスポーツを対象とした地理学的研究の動向を整理し,主な論点を提示することで,日本におけるスポーツの地理学的研究への示唆を得ることを目的とする。
     1960年代以降の英語圏諸国においてスポーツの地理学的研究を牽引したのは,「スポーツ地理学の父」と呼ばれるアメリカ人地理学者ルーニーRooneyである。彼は,スポーツの起源,伝播,地域差,組織,景観などの分析の必要性を提起し,計量分析の手法を用いて,主に合衆国におけるスポーツ活動の地域差を分析した。その集大成がAtlas of American Sportsであり,各競技組織のデータをもとに合衆国における82競技の普及状況を地図に表すとともに,13地域各々のスポーツ活動の特徴を記述した。
     ルーニーに続いて,英語圏諸国のスポーツ地理学を牽引したのがイギリス人地理学者ベイルBaleである。彼もイギリスにおけるスポーツ活動の地域差の描出から研究を始めたが,次第に研究関心を広げ,サッカースタジアムの立地と地域への影響,選手のキャリアと地域間移動,スポーツ景観,スポーツを通じたトポフィリアの形成など,人間と場所に着目した人文主義的な研究成果を次々と発表した。また彼は,スポーツ地理学の確立を目指して,概ね10年おきにスポーツ地理学の研究動向と課題を整理した著作を発表した。このうちBale(2000)は,1960年代以降のスポーツの地理学的研究について,①ルーニーらを中心とするスポーツ活動の地域差を描き出す研究に加え,②スポーツの伝播や選手の移動,フランチャイズの移転など空間的流動に関する研究,③スポーツイベントやスタジアム建設が地域に与える影響に関する研究,④文化地理学や社会地理学の分析枠組を用いたスポーツ景観に関する研究,の4つに分類した。
     ルーニーそしてベイル以降のスポーツ地理学は,商業化・グローバル化の進展という時代の変化を踏まえつつ,実証的研究が積み重ねられてきた。このうち②については,サッカーや野球,陸上競技などを例に,(エリート)スポーツ選手の国際的移動のメカニズムがグローバル・バリュー・チェーン(GVC)やグローバル・プロダクション・ネットワーク(GPN),ソーシャル・キャピタルなどの概念を用いて説明されたりしてきた。③については,スタジアム建設が地域社会に与えるプラスの効果とマイナスの影響が距離減衰効果やNIMBYの概念を用いて検討されたり,オリンピックやサッカーW杯などの大規模イベントが都市再生や地域社会にもたらすプラスの効果(知名度向上,集客促進,スポーツ振興など)とマイナスの影響(ゴーストタウン化,社会的弱者の排除など)が考察されたりしてきた。④については,ルフェーブルLefebvreの空間的実践や差異空間などの概念を用いてプレイヤーの身体と競技施設の関係性が考察されたり,トゥアンTuanのトポフィリアの概念を用いて住民等のチームやスタジアム,街に対する愛着が説明されたり,スリフトThriftの非表象理論を用いて身体運動を分析する必要性が指摘されたりしている。Koch(2017)は,これらの研究をさらに進めるために,批判地理学の概念や手法を取り入れて,スポーツと権力(国家・企業等),エスニシティ,ジェンダー,空間などについて実証的に解明していく必要があると提起している。
     上述したように,英語圏諸国ではルーニーやベイルの先駆的業績を受けて,地理学全体の動向に対応しつつ,多様な観点からの研究が蓄積されてきた。今後取り組むべき(残された)研究課題としては,a) スポーツ施設やスポーツイベントのレガシー効果の検証,b) スポーツツーリズムの実態分析,c) スポーツ用品産業の実態解明,などがあげられよう。また,英語圏諸国の地理学者が取り上げたのは主に競争的スポーツであり,余暇・レジャー,保健(健康維持・増進),教育としてのスポーツを取り上げた研究は少なく,そうした研究の充実が期待される。さらに,対象地域は英語圏諸国が主であり,スポーツの地理あるいはスポーツ空間のさらなる理解のためには,日本を含めた他の国・地域における実態解明も必要となろう.
  • 伊藤 圭
    セッションID: S403
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    昭和21年に伊藤正一が初めて三俣蓮華小屋(現・三俣山荘)を訪れた際、黒部源流一帯はまだ職漁者が活動していました。正一は彼らとすぐ友人になりますが、そのうちの一人に、信州側への最短の下山ルートとして紹介されたのが、伊藤新道である湯俣川沿いのルートです。当初、下山は困難を極めたようですが、この時登山ルートとしての将来性を見出します。その後冒険心も手伝って、7年間を費やして詳細にわたり自力で調査し、昭和31年開通にこぎつけます。当時、伊藤正一は終戦直後のすさんだ世情の中「自然に触れることで人々が真の心を取り戻すことができる」との思いから、黎明期であったスポーツ登山の振興や、北アルプス奥地の開拓を文化活動としてとらえており、都会からのアクセスを一気に縮められるこの道の開通は、最優先事項のひとつでした。また、建設不可能地帯とも言われていた、黒部源流への資材運搬路としても、その開通は不可欠でした。時が経って私が正式に小屋番を始めた16年程前、伊藤新道が自然の猛威の前に崩落し、廃道になってから20年ほどたっていましたが、世は百名山ブームの真っただ中であり、登山者は口々に「何峰登った」や「どこの頂上がよかった」というような稜線世界の話をしていました。しかし、山小屋で何シーズンもすごし、登山道整備等で奥地に足を踏み入れるごとに、その懐には様々な魅力があることに気づきはじめました。高山の森、植生、地質、渓谷ごとの性質などです。そして山小屋としてこれらの多様な山の魅力を登山者に紹介したいと強く思うようになりました。また山には自然の多様性だけでなく、その自然の中で努力した人々の歴史や文化もあり、今こそその大切さを新たに価値づけ、発信する必要があると考えています。そこで思い立ったのが、上述の要素が箱庭のように凝縮されている伊藤新道の再開通です。また、ただ単に登山家の利便性に役立つのではなく、日本アルプスや日本の山岳地域の自然の多様性と豊かな自然資源にはぐくまれた生活や文化について学び、次世代へ伝承していくように、山小屋主体で山岳エコツーリズムを実現したいと思っています。そのために学術有識者との連携や自然へかかる負担のモニタリングも今後着実にしていきながら、環境学習の要素を持ち、自然を探訪するツアーや、トレッキング(山頂到達を目的としない自然散策)の要素を取り入れる準備をしています。今後登山客は奥黒部地域に足を運ぶことをきっかけに、作道の歴史、またそれにかかわった人々の文化や時代背景、また植生・地質・火山地形等、湯俣川と鷲羽岳を中心とした豊富な自然の要素を学び、北アルプスもしくは自然に対する造詣を深めていけると思っています。特に、これまであまり同種例を見ない山小屋主体のエコツーリズムの実現は、自然教育や持続可能な山岳観光のモデルとしても意義を持つと確信しております。
  • 吉田 一希
    セッションID: P202
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1. 河成複式低地における地形分類の課題

    河成低地は,河川の流路形態や微地形,表層堆積物の性質等の違いから,扇状地,谷底平野及び氾濫原(蛇行原)に区分されてきた(以下,これらの階層の地形を複式地形という.).各種の地形分類図では,複式地形よりも階層の低い自然堤防や旧河道などの単式地形について詳細な分布を明らかにしてきた一方で,複式地形と単式地形の階層的な整理は十分になされていない.単式地形における自然災害リスクを適切に評価するためには,その単式地形がどのような複式地形の構成物であるのか把握する必要がある.ここでは,複式地形の整理における課題として以下の2つを挙げる.

    (1)一般的とされない類型

    相模川低地(貝塚・森山,1969)のように,扇状地や氾濫原などの一般的な複式地形の定義とは一致しない地形が古くから知られている.このような地形について地形分類の観点から着目した研究は少なく,類型の再整理はなされていない.

    (2)地形の平面形を重視した類型

    地形分類図の複式地形の類型には表層堆積物を推定することが難しいものがあり(例えば,谷底平野),適切な自然災害リスクの評価が困難な場合がある.近年,この問題を解消するため,谷底平野と扇状地に傾斜区分(傾斜度1/100以上及び1/100未満の2区分)を設けて,液状化危険度を評価する試みがなされている(例えば,中埜ほか,2015).ただし,これらは液状化危険度のみを対象としており,傾斜度1/100未満における傾斜区分の検討はなされていない.また,傾斜度と表層堆積物との関係は未だ十分には明らかになっていない.


    2. 表層堆積物と平均傾斜度との関係

    1章の課題を踏まえ,複式地形の類型の整理を目的として,表層堆積物と平均傾斜度との関係を調べた.

    (1)調査手法

    対象とした河成複式低地は全国141箇所である.平均傾斜度は,5mDEMから作成した標高段彩図(2m段彩)を基にして求めた.ここで,5mDEMの未整備部分や,潮汐の影響のある低地は除いた.また,標高段彩図から低地の平面形状,単式地形の分布とその形状による定性的な地形判読を行い,複式地形を6タイプ(A~F)に類型化した.このうち,氾濫原とされてきたものは4タイプ(C~F)に分けた.

    表層堆積物は,国土地盤情報検索サイト「kunijiban」,みちのくGIDAS,九州地盤情報共有データベース等で公開されている柱状図資料から抽出した.それらに記載された層相をもとに,表土や盛土・埋土の最深部から地下5mまでの礫層,砂層,泥層の各層厚を求めた.このとき各複式地形について,ボーリング地点の偏りが少なくなるように,その面積に応じて複数(3~65本)の柱状図資料をサンプルデータとし,各層厚の平均値を求めた.この値を用いて,各複式地形における地下5mあたりの泥層の厚さMに対する礫層の厚さGの比率(G/M)を求めて,表層堆積物の性質を評価した.

    (2)結果
    河成複式地形の類型ごとの表層堆積物と平均傾斜度との関係を図1に示す.6タイプごとの分布傾向は,ある程度のまとまりを示した.傾斜度1/500以上の多くはG/M>1の扇状地(Aタイプ)を示したが,急傾斜ほどG/Mのばらつきが大きくなった.また,谷底平野(Bタイプ)は扇状地よりもG/Mが大きく,凹形谷型の類型(Cタイプ)はG/Mが小さい傾向がみられた.傾斜度1/1000~1/500では,G/Mのばらつきが大きく,G/M>1ではBタイプや網状流路による微地形が卓越する類型(Fタイプ)を示し,G/M<1では鳥趾状の自然堤防が卓越する類型(Dタイプ)を示した.傾斜度1/1000未満では,蛇行流路による微地形が卓越する類型(Eタイプ)とFタイプがG/M≒1付近に分布し,G/M が小さいほどDタイプが分布した.このように,氾濫原と一括されてきた低地であってもC~Fの4タイプによって分布傾向に偏りがみられた.今後の課題として,分布のばらつきの要因を調べつつ,定量的に類型化するための基準を整理し,地形分類体系の議論を進める必要があると考える.
  • 石原 武志
    セッションID: P207
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    1.はじめに

    福島県の郡山盆地は台地の卓越する内陸盆地である.主な構成層である中・上部更新統の郡山層は場所により厚さの変化が著しく,基底面は起伏に富むとされるが(鈴木ほか,1967),郡山層及び下位の白河層(下部更新統;鈴木ほか,1977)の地質構造の詳細はよくわかっていない.

    ところで近年,日本では地下浅部(100m程度)の熱を冷暖房や融雪などに用いる地中熱ヒートポンプ(GSHP)システムの導入が増えつつある(環境省,2015).GSHPシステムの性能は,地質条件と地下水流れに規制されるため,平野・盆地単位の地質構造や地下水流動を明らかにし,地中熱利用の潜在能力(ポテンシャル)を評価することが,GSHPシステムの適切な設計にとり重要とされる(内田ほか,2010).産総研では,地中熱ポテンシャル評価研究の一環として郡山盆地の地質構造を明らかにする目的で,深度100mのオールコア(GS-KR2015-1,37°24′4.9″N,140°20′1.6″E,+251.6m)を掘削した(石原ほか,2017).本報告では,層相,テフラ分析及び14C年代・FT年代測定結果と既存コア(KR-11-1,深度100.33m,37°25′43.7″N,140°22′28.6″E,+248.6m;笠原ほか,2017)との対比に基づき,GS-KR2015-1コアの層序と郡山盆地の地質構造について考察する.

    2.コアの解析結果

    層相深度1.5mまで表土,深度1.5-22.6mは主にシルト層,深度7.0-8.0mと21.7-22.6mは砂礫層である.深度22.6-37.5mは1-3cm程度の軽石に富む火砕流堆積物である.深度38.0-41.9mは砂礫層で,深度41.9-49.0mは0.5cm以下の軽石を含む火砕流堆積物である.深度49.0m-100.0mは砂礫層からなる.

    テフラ火砕流堆積物の屈折率と主成分化学組成分析を株式会社古澤地質に依頼した.上位の火砕流堆積物の分析結果は,白河火砕流堆積物群(吉田・高橋,1991)の勝方火砕流堆積物(Sr-Kc-U8; Suzuki et al., 2017)に最も近い特徴を示した.下位の火砕流堆積物は,後述するFT年代から鮮新統の火砕流堆積物と考えられる.

    14C年代14C年代測定は株式会社加速器分析研究所に依頼した.深度2.60~2.66mの有機質シルトと深度5.48mの植物片から,それぞれ39,640 cal yBP,>53,880 yBPの値を得た.

    FT年代FT年代測定は株式会社京都フィッショントラックに依頼した.Sr-Kc-U8は0.71±0.17Ma,下位の火砕流堆積物は3.2±1.3Maの値を得た.

    3.コアの層序,KR-11-1コアとの対比

    GS-KR2015-1コアの各種年代値及びKR-11-1コアとの層相対比に基づくと,深度22.6mまでのシルト層は郡山層上部,深度22.6-49.0mのSr-Kc-U8~礫層は白河層,以深の火砕流堆積物~礫層は鮮新統にそれぞれ対比される.本コアは郡山層下部を欠く.一方,KR-11-1コアは深度46.3-69.6mに郡山層下部,深度69.6-80.4mにSr-Kc-U8が分布する(笠原ほか,2017).両コアのSr-Kc-U8の下面高度の比高は約45mである.明瞭な活断層を伴わない郡山盆地では,テクトニクスの面からこの高度差を説明することは難しい.

    鈴木ほか(1967)は郡山層堆積前の郡山盆地が丘陵状の地形であったと推定しているが,両コアのSr-Kc-U8の高度差は,Sr-Kc-U8が堆積する直前にも丘陵状の地形が存在していた可能性を示唆する.Sr-Kc-U8堆積時に起伏地形が埋積され,その後一部地域では再び侵食が進み郡山層基底面の起伏地形が形成されたのではないか.GS-KR2015-1コア地点は郡山層基底の起伏地形の尾根部,KR-11-1コア地点は谷部にあたり,郡山層下部は谷を埋積するように分布すると考えられる.

    謝辞:本研究は,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「再生可能エネルギー熱利用技術開発」の一環で行われたものである.記して謝意を表します.

    文献:石原ほか 2017. 地理学会発表要旨集, 91, 286. 環境省 2015. 地中熱利用にあたってのガイドライン.154p. 笠原ほか2017. 地学雑誌 126,665-684. 鈴木ほか 1967. 福島大教育学部理科報告 17: 49-67. 鈴木ほか 1977. 地質学論集 14: 45-64. Suzuki et al., 2017. Quaternary International, 456, 195-209. 内田ほか 2010. 地熱学会誌 32: 229-239. 吉田・高橋 1991. 地質学雑誌 97: 231-249.
  • 矢澤 優理子, 古谷 勝則
    セッションID: 312
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録
    近年,河川管理者等による河川空間のオープン化が行われる一方で,日本の河川空間においては,堤外地民有地が今日も残されている。このような堤外民有地は,河川法制定以前から人の活動が展開されてきた土地も多く,河川と地域社会との関係を考える上では重要な空間である。そこで本研究では,堤外民有地のうち特に農地に着目し,今日までの変遷過程を,その背景となる農業政策の展開とともに解明することを試みた。
     研究対象地域は埼玉県における荒川流域の3市町における堤外地とし、地形図とGISを用いて農地面積の変遷を明らかにした。また、その変遷要因について文献調査を行った。
     調査の結果、対象地域における堤外農地は、当時の社会情勢や農地政策の影響を受けながら、地場産業を支える桑畑から、畑、水田などの農地へと転換したことが明らかになった。
  • チャクラバルティー アビック
    セッションID: 614
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    これまで環境変化に関した研究の多くは「自然科学」的方法を用いた定量分析のもとに行われてきた。その主な目的は環境変化の「程度」を図ることであり、そのために適切な変数を定めた上での分析であった。しかし現在我々は「人新世」という新たな地質年代に生きていることもよく指摘され、環境変化の理解には、単なる「程度」でなく、変化の「本質」を理解する必要があると言える。一方、質的(定性)分析は主に社会学的研究の方法として捉えられ、「人間」に焦点を当てた分析のために使われてきた。このように定量・定性分析を区別することは、新たな地質年代における環境変化の本質への理解を妨げる原因になり、両方を併せた総合的研究が求められている。特に、これまで自然科学や環境学の分野において十分に使われてなかった定性分析の可能性を探求する必要があると言えよう。
    本発表では、山岳地域における複雑な自然環境変化に焦点を当て、定量分析だけでその本質を十分に明瞭化できないことを議論する。また、山岳地域の景観や自然環境の成り立ちを説明するために、自然環境のほぼすべての側面において内在する人為的影響(改変)を踏まえた分析が必要であろうという論点を、国内外の山岳地域の複数の事例を通じて、提唱する。
  • ホーチミン都市圏を対象として
    日下 博幸, ドアン ヴァン
    セッションID: 514
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
    都市の長期的な気温上昇は,ヒートアイランド効果(UHI)と地球温暖化(GW)の重ね合わせによって生じている.過去20年間で,日本の大都市のUHIはそれ以前に比べて進行速度が遅くなっているが,東南アジアの大都市は大きく発展し,UHI効果もまた非常に強くなった(Doan and Kusaka 2016).将来の気温変化に対してもこれらの都市のUHI効果はさらに強まると思われる.そこで,本研究では,ホーチミン都市圏を対象に,現在から将来までの都市化に伴う気温上昇量と地球規模の気候変動に伴う気温上昇量を比較解析する.ベトナムの大都市を選んだ理由は,この国が作成する将来都市のマスタープランの不確実性が他国の大都市に比べて小さいと考えられるためである.

    2.手法
    都市気候予測計算には,NCARで開発されたWRFモデルの都市気候計算用改良版(以下, WRF-urban)を用いた.WRF-urbanは,Doan and Kusaka(2016)によって改良されたWRF モデルで,公式版のWRFでは扱えない緑被率や人工排熱の2 次元マップを導入することでき,気温分布がより詳細に表現できる.WRFモデルの水平分解能はネスティング領域の1~4の順に27km,9km,3km,1km とした.現在気候の再現実験の初期値・境界値には,NCEP-FNLを用い,将来気候の初期値・境界値には疑似温暖化データを用いた.疑似温暖化データは,3種類のCMIP-5の全球気候モデル(CNRM-CM5, CMCC-CM, MIROC-ESM)の将来予測データの温暖化差分とFNLの現在気候値から作成した.将来シナリオとして,RCP4.5とRCP8.5を採用し,対象年代は2010年代(現在)と2050年代(将来)とした.また,対象月は,ホーチミン市の最暖月である4月とした.現在の土地利用はUSGSデータをベースにLandsatデータを用いて独自に修正したものを使い,人工排熱データは統計値から推定した.将来の土地利用は,ベトナム政府のマスタープランをベースに作成し,人工排熱データは人口変化や経済予測を勘案して推定した.

    3.結果と言及
    RCP4.5を採用した場合の将来予測計算の結果,GWとUHIの影響によって,将来開発される地域の4月平均気温は1.7℃上昇すること,そのうち,GWの影響が1.2℃で,UHIの影響が0.5℃であった.この結果は,少なくとも疑似温暖化手法を用いた場合,GWとUHIの線形和で将来の都市気温を予測することが可能であることも示唆している.また,RCP4.5とRCP8.5による都心の気温の違いは,都市化を考慮した場合としない場合の違いと同程度であった.このことは,都市気候の将来予測を行う場合,将来都市シナリオの不確実性が地球規模の社会経済シナリオの不確実性と同程度に重要であることを示唆している.

    本研究で得られた知見は,気候変動の研究,とりわけ,来るべき超高解像度全球気候モデルを用いた将来予測研究や高解像度力学的ダウンスケールの研究時代に向けて,地域気候予測計算の際には将来の都市化の効果も気候モデルに反映させるべきであるという有用な情報を与えることができるだろう.

    参考文献
    Doan, Q.V., and Kusaka, H. 2016: Numerical study on regional climate change due to the rapid urbanization of greater Ho Chi Minh City's metropolitan area over the past 20 years, International Journal of Climatology, 36(10), 3633-3650.
    Kusaka, H., Suzuki-Parker A., Aoyagi T., Adachi S.A., Yamagata Y., 2016: Assessment of RCM and urban scenarios uncertainties in the climate projections for August in the 2050s in Tokyo., Climatic Change, 137 (3), 427-438.

    謝辞
    本研究は,文部科学省「気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT: Social Implementation Program on Climate Change Adaptation Technology)」の支援により実施された.また,本研究で実施した数値シミュレーションは,筑波大学計算科学研究センター学際共同利用プログラムで実施された.
  • 小池 司朗, 菅 桂太, 鎌田 健司, 山内 昌和
    セッションID: 219
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    国立社会保障・人口問題研究所は2018年3月,「日本の地域別将来推計人口(平成30年推計)」(以下,地域推計)を公表した。この地域推計は,2015年の国勢調査人口を基準として,2045年までの地域別人口を男女5歳階級別に推計したものである。推計手法はコーホート要因法を採用し,推計に必要となる仮定値は過去に観察された出生・死亡・人口移動の地域差を反映させて設定している。したがって,人口移動の地域差が推計結果に大きな影響を与えていることはいうまでもないものの,出生力と死亡力の地域差も推計結果に無視できない影響を及ぼしていると考えられる。本研究では,地域推計の仮定値を利用し,出生力と死亡力に地域差が存在することによって,将来人口にどの程度の差が生じるかについて検証する。
     地域推計においては,出生に関する仮定値として子ども女性比,死亡に関する仮定値として男女年齢別生残率を,それぞれ用いている。そこで,仮に子ども女性比と男女年齢別生残率が全国一律の値であったとした場合,具体的には国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」(出生中位・死亡中位仮定)から得られる全国水準の子ども女性比と男女年齢別生残率を各地域に一律に適用した場合の推計値を試算し(以下,出生死亡地域差なし推計),地域推計の結果と比較することによって,出生力と死亡力の地域差が将来推計人口に及ぼす影響を抽出した。また,出生力と死亡力それぞれの地域差の影響をみるために,死亡力のみ地域差が存在しないとした場合の推計値も併せて試算した。なお,両推計値の試算に必要となる人口移動に関する仮定値は地域推計と同じ値とした。
     出生死亡地域差なし推計による2045年の人口の試算値を基準とする同年の地域推計の人口との乖離について,出生力と死亡力それぞれの地域差の影響を変化率の形で表すと,都道府県別にみれば,出生力の地域差による影響が最もプラスなのは沖縄県(+9.1%),最もマイナスなのは東京都(-3.3%),死亡力の地域差による影響が最もプラスなのは長野県(+1.2%),最もマイナスなのは青森県(-2.5%)となった。沖縄県以外でも,九州の各県では出生力の地域差による変化率が+2~+5%にのぼり,相対的な高出生率が人口減少の緩和に少なからぬ効果を持っていることが明らかになった。
  • 石原 肇
    セッションID: 825
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    Ⅰ はじめに

    毎日フォーラム(2017)によれば,地方自治体と企業が協力しながら地域が抱える課題に取り組む「包括連携協定」などの連携協定が,全国で急速に増えているとされている.経営学の津久井(2017)は,包括連携協定とは,地方自治体と企業とが,経済・観光・教育・災害対策・環境保全等,幅広い分野で協働することを協議して決定するものと定義している.また,津久井(2014)は,包括連携協定は,企業からはCSRとして,地方自治体からはコミュニティ政策として捉えられるとし,神奈川県とコンビニエンスストア(以下,CVS)のサークルK(当時)とのそれを事例として課題を見出している.国の「PPP/PFI」担当者であった町田(2009)は,横浜市の企業との包括連携協定についてCVSのローソンやセブンイレブンとの協定を事例として記している.また,行政学で児玉(2018)は,公民連携の先駆的取組みを行っている地方自治体として神戸市を取り上げ,企業との包括連携協定の具体的な事例として,CVSの大手三社(セブンイレブン,ローソン,ファミリーマート,以下同様)それぞれとの包括連携協定を取り上げている.これらでは,個々の事例として取り上げられており,包括連携協定が締結された市区の地域的特性は把握していない.そこで,本発表では,地方自治体,特に基礎的自治体である市区とCVSとの包括連携協定に着目し,全国的にみた締結の状況と地域的特性を把握することを目的とする.



    Ⅱ 全国的な締結状況

    業界誌『Franchise age』のCVSの包括連携協定特集記事を2009年以降収集し,都道府県および基礎的自治体とCVSとの包括連携協定の締結状況を全国的に把握した.その結果,大手三社が全国的な展開をしていることから,各社HPより現状を把握した.地方自治体とCVSとの包括連携協定がなされたのは,都道府県では和歌山県とローソンが2003年8月に,市区町村では神奈川県藤沢市とセブンイレブンが2003年11月に,それぞれ締結したのが始まりである.大手三社のその後の都道府県との締結状況をみると,ローソンは2017年5月1日現在で1道2府42県と,セブンイレブンは2017年5月31日現在で1道2府39県と,ファミリーマートは2016年9月1日現在で1道2府42県と,それぞれ締結している.また,同様に市区との締結状況をみると,ローソンは7市と,セブンイレブンは36市3区と,ファミリーマートは6市と,それぞれ締結している.なお,各社の上記のとりまとめ以降の進展について各社のニュースリリースから捕捉した結果,ローソンとファミリーマートでは新たな締結はないが,セブンイレブンは2018年6月30日までの間に14市1区と締結していた.大手三社を比較すると,都道府県との締結に大きな差はないが,市区との締結はセブンイレブンが圧倒的に多い状況にある.



    Ⅲ 包括連携協定の協定事項とそれらの優先順位

    Ⅱより,セブンイレブンが基礎的自治体と包括連携協定を締結したニュースリリース(場合によれば基礎的自治体の公表資料)を収集し,包括連携協定の協定事項の優先順位を把握した.1番目の事項として最も多くあげられているのは地産地消で約4割を占めており,大都市近郊や地方都市に多い.次いで2番目に多い事項は,市内産品の販路拡大となっている.大都市の市区においては,地産地消の項目が無い市区が見受けられるものの,市内産品の販路拡大をあげている市区は多い.これらの情報を基に,セブンイレブンに聞き取りを行ったところ,協定事項の取捨選択や優先順位については,当該市との協定締結に向けた協議の結果であるとのことであった.なお,発表時に大阪府八尾市の事例について簡単に触れる.



    Ⅳ 今後の課題

    基礎的自治体とCVSとの間で結ばれる包括連携協定数は,大手三社のうちセブンイレブンが突出しており,同社が提案できる地域資源のある市区と包括連携協定が結ばれる傾向にあるともとれる.基礎的自治体は選ばれる立場とも考えら,地域資源の有無で左右されるとも考えられる.

    地方自治体とCVSとの協定は,包括連携協定にとどまらない.都道府県とCVSとの間では災害時の協定が締結されている.近年は,基礎的自治体とCVSとの間で見守り協定や宅配協定が結ばれ始めており,これらがいかなる地域で締結されているかを今後把握していくことも必要と考える.
  • 南雲 直子, 原田 大輔, 萬矢 敦啓, 小関 博司, 山崎 祐介, 江頭 進治
    セッションID: P203
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
    会議録・要旨集 フリー
    ネパール西部を流下するウエストラプティ川は流域面積約6,500 km2を持つガンジス川の支流である。蛇行流路や網状流路を形成しながら流下するインド・ネパール国境付近においては、上流側からの大量の土砂供給に伴う顕著な流路変動が生じている。このような山地河川の土砂輸送や流路変動プロセスを考えることは、河川近傍における人間活動の場がどのように成立し、どのような脆弱性を持つのか理解する上で重要で、日本の河川にも共通する課題である。そこで著者らは、流域西部の灌漑用堰から流域最下流部までの30 km程の区間を対象として調査を進めてきた。本発表では、地形図や空中写真・衛星写真による地形解析の結果と、2017年11月上旬(乾季)に実施した現地調査の結果を報告する。
  • ‐京都市中心部における外国人旅行者の観光行動を事例に‐
    遠藤 有悟, 高野 愛理, 佐々木 琢登
    セッションID: 211
    発行日: 2018年
    公開日: 2018/12/01
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    アンケートは、現地調査において有力な情報収集の手法の一つである。アンケートは、おもに質問紙を使用して、被調査者に質問紙に回答を記入してもらう。このように紙媒体で収集したアンケート結果は、EXCELソフトなどを使用して集計が行われる。しかし、近年のGISの普及は、アンケート調査に大きな変化をもたらしている。GISでは、被調査者の位置に関する情報が重要になり、その位置情報とEXCELで集計した位置に関する属性からなる地理空間データを作成して、GIS上でアンケート結果を可視化し、分析を行う。さらに、スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末を利用して、現地調査でデータを入力することができるGISアプリケーション(以下、GISアプリ)の登場は、直接、被調査者の回答と位置をモバイル端末に入力することで、アンケートの回答を容易に得ることができるようになった。GISアプリによるアンケート調査は、被調査者が回答を入力すると同時にGISで使用可能な地理空間データを作成し、データを共有することから、EXCELでの集計作業や位置データの作成の作業を省くことができ、人為的なミスを削減し、調査や集計の作業効率の向上につながる。

     本研究では、京都市中心部において、外国人旅行者を対象とした観光行動を明らかにするため、ESRI株式会社の現地調査用GISアプリであるSurvey123 for ArcGIS(以下、Survey123)とCollector for ArcGIS(以下、Collector)を用いてアンケート調査のGISアプリを作成し、それを使用して外国人旅行者の観光行動を分析する。
    アンケートの質問票(国籍、訪問先、交通手段・経路など)のGISアプリは、Survey123 Webサイトと、CollectorではArcMapを使用して作成した。アプリによるアンケート調査は、日本大学文理学部地理学科2年次専門科目「野外調査法(含実習)」(担当者:関根智子、TA:河崎樹里)の授業で、2017年8月6日から9日に、京都市内の京都御所、京都駅、金閣寺、二条城、清水寺、伏見稲荷大社で実施した。アンケートは、被調査者への質問者、Suevey123での記録者、Collectorでの記録者の3名で行った。

     中国や韓国からの旅行者は、団体では観光バスを利用して嵐山や金閣寺を、個人では鉄道と徒歩を組み合わせて二条城や伏見稲荷大社を観光する場合が多かった。それに対して、欧米の旅行者は、個人で行動する割合が高く、4日以上京都に滞在し、徒歩で、東本願寺、西本願寺や京都御所を観光する場合が多かった。

    移動回数による観光行動の範囲の比較では、初回の行動範囲が最も広く、順を追っていくほど京都市中心部に狭まっていった。さらに、観光の経路を示したラインの頂点を結んで作成した観光行動の範囲は、団体が東西方向に、個人が南北方向に広がっていた。その理由としては、鉄道の整備状況や観光バスが通れる道路が限定されていることが考えられる。

     外国人旅行者の観光行動は、国や観光形態、天候などによって異なる傾向を示した。さらに、観光先の鉄道やバス路線の発達状況、観光地の立地場所などの地域的特徴も観光行動に影響を与えることが明らかになった。

    GISアプリによるアンケート調査は、モバイル端末の画面が野外では見えにくい、また、端末の不具合が発生するなどのトラブルがあるが、データの収集・管理・表示・分析をシステム化し、作業効率が向上する点においてその重要性は高まると考えられる。特に容易に質問票の作成ができるSurvey123は、今後、地理総合の授業での活用が期待できるGISアプリであり、教育分野においても役に立つと考えられる。
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