日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 113
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発表要旨
農業生産現場における情報通信技術の受容過程
JA西三河を事例として
*柏木 純香
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抄録

知識経済の中で食料供給の局面でも,資本と労働に加えて知識や技術が重要視されるようになってきている.先進国の多くの農業経済は集約化と専門化のプロセスが終局に近づきつつあるとの指摘もある中で(ボウラ編1996),新たな技術を用いて集約化をさらに進めようとする動きが出てきている.
 本研究で扱う,情報通信技術(以下,ICT)を農業の生産部門で使用する動きもその一つである.地理学では仁平(2000)が2000年頃のICTの使用を取り上げているものの,それ以降急速に発展したICTの農業生産現場での利用を取り上げた研究は,管見の限り存在しない.農業経済学ではICT利用の実態把握が進みつつあるものの,農業法人経営とICTの関連性を数量的に把握した研究が多く,関連主体を取り巻く状況は捨象される傾向にある.ICTに限らず,新しい生産方法の適用といったイノベーションのプロセスは多様なスケールから影響を受けるため(Blay-Palmer 2005),生産者だけでなくより広い空間に目を配る必要がある.
 ICTの受容は生産者が集団で知識を獲得し,変換することを通じて知識創造や新しいイノベーションを実現する,一連の流れの中に位置づけられる.農業生産現場における技術の受容に関して,地理学では新技術の空間的広まりを取り上げる研究がなされてきた(林1994; 伊藤2014など).しかし,空間的な広まりを下支えするような社会と技術の関係には十分な関心が払われていない.そこで,本研究は複数の生産者を含む集団を対象にするため,イノベーションの研究の中でも情報解釈過程,意思決定過程を具体的なプロセスとする集団学習の視点(杉山2009)を援用する.
 本研究は農業生産現場においてICTが受容されるプロセスを明らかにすることを目的とする.具体的には,関連主体の情報解釈,意思決定,解釈・決定に基づく行為の変化に着目しながら,①異なるスケールに位置する主体の思惑が交錯する中で,いかにして農業ICTシステムの導入や活用が進んだのか,②農業生産現場におけるICTはいかなる現代的特長を持ち,いかに展開しているのかを考察する.
 具体的な事例として焦点を当てるのは,愛知県西尾市のJA西三河きゅうり部会である.同部会では富士通株式会社の食・農クラウドAkisai(以下,Akisai)のうち,作業記録をクラウド上に作成・蓄積するシステムを使用している.
 部会員やJA西三河,JAあいち経済連,富士通の思惑が交錯する中で,技術評価や技術内容の変化を伴いながら,部会へのAkisaiの導入とJAや部会員によるその活用が進んだ.たとえば,Akisaiの供給者である富士通は,Akisai使用者数の大幅な増加とJA向けAkisaiの効率的な開発を目指して,きゅうり部会へのAkisaiの供給を希望した.また,取組の統括者であるJA西三河は人の記憶力に起因する不確実性を軽減し営農指導を効果的に行うことを,JAあいち経済連は部会員の栽培技術の向上により農家所得が上がることを志向して導入を支援した.一方,実際に導入した部会員は,Akisaiの使用に対して特に意見を持たずに導入を決定した.これは部会員の追加的な金銭負担はなく,実務的な負担も以前から実施していた生産履歴記帳と大差なかったことの影響が大きい.部会への帰属意識と主導者への信頼が導入を促進し,Akisaiへの不信感と電子機器の使用能力の低さが導入を遅らせた.
 JA西三河と部会が,Akisaiの使用で実現可能なことやICTによる情報蓄積の意義を繰り返し説明していたことにより,部会員はAkisaiへの情報蓄積に将来性を感じるようになっている.JA西三河ときゅうり部会が最終的に可視化したい情報を検討し,そこから逆算してAkisaiの技術内容を変更した.本発表では,これらの同部会によるAkisaiの具体的な受容過程に加え,農業生産現場におけるICTの現代的特長や展開についても言及したい.

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