日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 823
会議情報

発表要旨
町文書のデジタルアーカイブからみた近代京都における祭礼運営
*佐藤 弘隆
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに
 日本の各都市では,伝統的な祭礼や習俗,街並みなどが地域住民によって受け継がれている。各町内の集会所や旧家に残された町文書には居住履歴や町内・祭礼運営など様々な情報が記録されている。これを紐解くことで,地縁共同体によって継承されてきた町内の習慣や景観の存立基盤が解明される。
 近年,人文科学系の研究者でも,一次資料の収集手段として高品質なデジタルアーカイブが可能となった。地域内で保管されている町文書の管理は所蔵者に委ねられており,死蔵されていることが多い。そのため,今後の地域内での継承が上手くいくとは限らない。そのような町文書をデジタルアーカイブすることは,多分野の研究者との資料共有による地域研究の進展や地元住民による資料活用に寄与する。本発表では町文書のデジタルアーカイブの実践を紹介しつつ,それを活用した祭礼運営に関する考察を行う。
2.調査対象とデジタルアーカイブの方法
 発表者は京都祇園祭の山鉾行事を対象に参与観察や聞き取りなどフィールドワークを行ってきた。そして,資料収集の一環として35ヶ町の山鉾町のうち,船鉾町や鯉山町など4ヶ町に対しては,町文書のデジタルアーカイブを進めてきた。
 アーカイブ手法は整理番号や資料名,年代,所蔵者,内容分類など,町文書のメタデータの整備と全頁のデジタル撮影である。発表者は持ち出しによる資料の損失や劣化のリスクも考慮し,現地の旧家や会所などでの撮影を行った。人員は筆者と補助の学生の2名で,撮影機材も市販のデジタル一眼レフカメラやコピースタンド,ノートPCなど,高画質(300~400dpi程度)を維持しながらも,2名で十分に持ち運び可能の物を揃えた。高画質を維持する理由は,高品質な画像データを納品や公開することで,地元住民や他の研究者が資料を利用・閲覧する際,必要以上に現物を扱うことを防ぐためである。作業台となる机や椅子,電源などは現地で借用した。
 撮影した画像データは整理番号に対応したファイル名へ変更し,RAW形式で保管した。そして,必要なファイル形式(TIFFやJPEG)への変換や向き調整,トリミングなどを行い,自身の研究への活用や共同研究者との共有,所蔵者への納品用のデータを作成した。
3.研究活用―近代における船鉾の運営基盤―
 発表者は町文書の翻刻も進め,テキストデータを整備した。そして, 町内の居住履歴や祭礼運営の記録を整理したり,近代京都のGISデータと組み合わせて地理情報をもった町文書の記録を可視化させたりして,近代の山鉾の運営基盤を明らかにした。
 例えば,『船鉾車輪及合羽新造之記』とその寄付者名簿からは,明治期の船鉾復興のために社会・経済・場所の基盤となった人物名が明らかになる。これらの人物は旧土地台帳や商工人案内など,近代京都の歴史GISデータから土地所有や居住地・事業地,職業などが判明する。すると,船鉾の復興基盤となった人物の属性は職住一体の町内居住者や町内で事業を行う町外居住者,借家経営者,借家人など様々であるが,これらの属性をもつ人物が社会・経済・場所の各側面において異なる論理で運営基盤を構築していた。
 このような状況は明治期の船鉾の復興に限らず,大正・昭和初期における船鉾や橋弁慶山の運営にもみられ,近代の山鉾行事では合理的な運営基盤が構築されていたと分かる。また,近代は山鉾行事への補助が段階的に充実していくが,そのような状況でも山鉾行事が町内主導の行事として現在まで継続していることは,各山鉾の運営基盤が常に町内を中心に構成されていたことにある。
4.おわりに
 本研究の成果は地域住民が伝統的な祭礼を未来への継承方法の見直しに繋がる。現在,発表者は町文書の画像とテキストデータを閲覧・公開するためのデータベースを構築中である。研究者による利用はもちろん,他町や他都市で伝統的な事物を継承している地域住民が様々な事例を参照できるような環境整備を目指している。

著者関連情報
© 2018 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top