抄録
研究の背景と目的 ハリエニシダUlex europaeus L.はマメ科ハリエニシダ属の常緑低木であり,西ヨーロッパ地中海岸地域が原産である.ヨーロッパやオセアニアなどの温帯域を中心に帰化が確認されており,日本の本州や四国にも定着している.世界の侵略的外来種ワースト100に選定されるほど侵略的な種とみられている.
本研究では,イギリス,ロンドン近郊の丘陵地にみられるハリエニシダ群落の特徴を報告するとともに,日本における今後の脅威について考察する.
調査地・方法 ハリエニシダが多い地域としてロンドン郊外の丘陵地域で調査を行った.テムズ川に由来する砂礫が堆積する丘陵地であり,ナラやブナ,カバノキが優占する森林から草原に至る地域である.林冠ギャップ,伐採跡地,林縁の三つ環境下においてハリエニシダ群落の組成と個体特性の調査を行った.群落の調査では樹種名と群落サイズを,個体の調査では群落ごとにみられる個体サイズ,株数,実生(樹高20㎝未満)の有無を明らかにした.
ハリエニシダ群落の特徴 ハリエニシダ群落の分布は,林冠ギャップ,伐採跡地,林縁の3つの環境下が主であった.林冠ギャップでは,ナラやカバノキなどが樹高10 m以上の林冠層に,ハリエニシダの他にセイヨウヒイラギやセイヨウヒイラギガシなどがみられた.ハリエニシダは樹高2.0-4.0 mで高いが,群落内の個体は単木的で少なく,実生もみられなかった.
伐採跡地では,ナラやカバノキの樹高3 m程度の萌芽した低木が多くみられた.イネ科草本の他ではセイヨウヤブイチゴやギョウリュウモドキがみられた.ハリエニシダの樹高は低いが,群落内には成木や実生が多くみられた.
林縁では,オウシュウシラカンバやヨーロッパナラが多く,下層にはイネ科草本の他にセイヨウヤブイチゴがみられた.ハリエニシダは,林冠ギャップと伐採跡地の中間型の特徴がみられた.
考察 ハリエニシダは,ニュージーランドなどでは生長の速さや埋土種子の寿命から牧草地や河川に侵入すると一面を埋め尽くすように分布拡大する侵略的外来種とみられている.しかし,本研究の群落の分布では,林冠ギャップ,伐採跡地,林縁の環境下に限られ,少なくともロンドン郊外では今後としても侵略的外来種として分布が拡大することは無いようにみえる.
ハリエニシダの更新については,ニュージーランド南島の草原や低木林に成立した群落では15年ほどで成熟して種子散布を始め,30年ほどで個体寿命をむかえる(Lee et al. 1986).林冠ギャップでは,周辺のナラやカバノキなどの高木性樹木が十分に生長する以前に侵入して定着した.比較的樹高が高い個体が多いことから老齢な個体であり,実生もないことから近い将来消滅する群落である.一方,伐採跡地や林縁にみられる群落では,実生が多いことから,今後としても少なくとも30年程度は存続するかもしれない.しかし,本来は森林が成立する環境下であることから,管理をしなければ数十年後には消滅すると考えられる.
日本の分布は人工改変地の空き地あるいは荒地にみられるものの,その分布は本州や四国の一部地域に限定されている(清水2003).地表面の攪乱頻度が高い河原などの森林が成立しない環境下で一時的に群落を形成する可能性はあるが,ロンドン郊外と同様に大きく分布を拡大して侵略的外来種となることは少ないとみられる.
なお,現地調査には2016年度小林浩二研究助成の一部を使用した.