抄録
1. はじめに
一般に盆地は大気が滞留しやすく周辺大気との混合が起こりにくいという特徴がある。そのため特に夏季日中の気温の高温化が顕著になる。夏季に盆地内を高温化させるのは山谷風循環だけではない。佐野ほか(2012)は、夏季に大阪湾の海風が生駒山を越えて奈良盆地に達すると昇温効果をもたらすことを示した。また、奈良盆地は、盆地気候に加えて都市気候の特徴も有する。深石(2006)では、冬季夜間に奈良市街地で高温域が発生することが示されている。しかしながら、海風の出現頻度や奈良盆地の夏季を通した気候の特性は述べられていない。そこで本研究では、奈良盆地北部で気象観測を行うことによって、奈良盆地内を吹走する風と気温分布の関係および土地利用が気温に与える影響を明らかにすることを目的とする。
2. 調査方法
盆地を吹走する風や土地利用が気温に与える影響とその日変化を明らかにするため、2017年7月24日~9月24日に奈良市内の11ヶ所の小学校に気温計(T&D社製TR52i)を設置し、定点観測を実施した。また、土地利用による気温の差異を詳細に明らかにするため、2017年8月24日に気温、風向風速、地表面温度の移動観測および定点観測を行った。気温計はT&D社製TR-72u、TR-72ui、風向風速はニールケラーマン社製ケストレル4500及び5500、地表面温度はtesto社製赤外放射温度計を使用した。解析対象日の風の吹走パターンの分類にはアメダス奈良、アメダス大阪、奈良盆地内および大阪平野内陸部の大気汚染常時監視測定局の風向風速データを使用した。また、観測範囲の土地利用を把握するために地理院地図の細密数値情報を使用した。
3. 結果と考察
風向風速データより、夏季日中の風の吹走パターンを分類すると、北風卓越日、西風卓越日、弱風日、弱風西風日の4パターンに分類できた。定点観測の結果より、風の吹走パターンごとの全地点平均気温と全地点晴天日平均気温とを比較すると、大阪湾で海風が発達している西風卓越日および弱風西風日は日中に高温となる一方、大阪湾で海風が発達していない北風卓越日と弱風日の日中には相対的に1日を通して低温となり、気温の日変化に違いがあることがわかった(図1)。これは、晴天日日中に大阪湾からの海風の侵入が奈良盆地で認められ西風が卓越する日には、谷風循環が起こる日と同様に盆地内において気温が高くなることを意味している。
しかし、風の吹走パターンによる気温分布特性の差異はみられなかった。風の吹走パターンによらず、地点間の気温差は日中に大きくなり、特に盆地底東部では盆地底西部と比較して相対的に高温となる傾向がみられた(図2)。高温傾向を示す盆地底東部では商業・業務地区、中高層住宅地が多いため、市街地化による人工排熱が影響している可能性がある。