日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 716
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発表要旨
トロントの高齢ポルトガル系移民による二地域居住と環大西洋生活圏の形成
*高橋 昂輝
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抄録
グローバル化の進展を背景に,近年,北米の移民エスニック集団に関する研究では,発地と着地の間のトランスナショナルな関係が注目されてきた。しかし,移民のトランスナショナリティについて,個人の空間的行動を詳述する研究は未だに蓄積が乏しい。
本発表は,トロントのポルトガル系移民一世の退職後における二地域居住に焦点を当てる。1960年代~1970年代を中心にトロントへ移住したポルトガル系移民一世は,今日,老後を迎えている。発表者によるトロントとポルトガルにおけるこれまでの調査の結果,高齢を迎えた移民一世の相当数が,季節に応じて,トロントとポルトガルの二地域に居住していることがわかった。これを踏まえ,本発表ではトロントのポルトガル系移民一世のトランスナショナルな居住・生活形態を明らかにすることを目的とする。
2016年6~7月において,トロント市中西部のポルトガル系集住地域を中心に現地調査を実施した。上述した研究目的を達成するため,二地域居住をおこなう移民一世がトロントに滞在すると考えられる夏季において,調査をおこなった。発表者は,2011年以降,トロントのポルトガル系コミュニティを対象とした研究を継続しておこなってきた。毎年実施してきた現地調査を通じ,ポルトガル系の一般住民や事業所経営者にくわえ,ポルトガル系市議会議員,エスニック新聞の記者,アゾレス諸島やアレンテージョ地方をはじめとした同郷組織の代表者とネットワークを構築してきた。これらの現地協力者を起点に,ポルトガル系の二地域居住者に対して,英語とポルトガル語の質問票を用いたインタヴューを実施した。具体的には,トロントへ移住した年,出身地域,家族構成,現役時代の職業,トロントとポルトガルの両地域における周年の居住時期,住宅の所有状況・購入時期,二地域居住を開始した年,二地域を往来する際に用いる航空会社・経路などを問うた。
現地において,インタヴュー形式での質問票調査を実施した結果,17名のポルトガル系移民一世から有効な回答が得られた。回答者の出身地域は,それぞれ,ポルトガル本土12名,アゾレス諸島4名,マデイラ諸島1名であった。このなかには,現役で仕事を続けている60歳代の者も含まれた。彼らは自営業者であるため,働きながらもポルトガルに長期間滞在することが可能であるという。年間3ヶ月以上の間,ポルトガルに滞在している者も認められた。
1年間のうちで最も長い期間,ポルトガルに滞在していたのは,アゾレス諸島サンミゲル島出身の80歳代男性であった。聞き取りによれば,この男性は,年間5ヶ月以上をポルトガルで生活している。このように,1年のうちの半分近くをポルトガルで過ごす者がいる一方,彼らのうち,半年を超えてポルトガルに滞在している者はいない。トロント市当局者などへの聞き取りによれば,カナダでは,年金などの社会保障費を満額で受給するためには,年間の半分以上の日数をカナダで過ごしている必要があるという。上述したように,ポルトガル系移民の大半が,1960年代から1970年代にかけてトロントに移住した。その多くは,20歳代をはじめとする若年の時にトロントへ流入し,その後,40~50年の間,カナダで就労してきた。このため,ポルトガル系の移民一世はカナダ政府から社会保障費を受給する資格を有している。したがって,それを最大限に受け取りつつ,故郷であるポルトガルにおいて,出来る限り長い期間,生活を営もうとしている。
高齢を迎えているポルトガル系一世が二地域居住する背景には,個人が置かれている多様な状況が存する。まず,自らの夫または妻,子供がトロントで暮らす一方,兄弟・姉妹,従兄弟などの親戚や友人がポルトガルに居住していること,およびトロントに比べて気候が温暖であるため,ポルトガルに居住することを積極的に志向している者が確認された。しかし,その一方,後期高齢者となった実親がポルトガルで生活しているため,介護のためにトロントとポルトガルとの間を止むを得ず,往き来しているという事例も認められた。いずれの回答者も,近年における格安航空会社(LCC)の就航,トロントからポルトガルの目的地への直行便の存在が,彼らの二地域居住の基盤となっていることを指摘した。
以上のように,本調査を通じて,トロントとポルトガルの二地域に居住している,高齢のポルトガル系移民一世の居住・生活形態が把捉された。情報・通信技術の発達や国際的な交通網の進展に伴い,経済的に一定の余裕を有する高齢のポルトガル系移民一世は,大西洋を比較的自由に横断し,両地域において家族や友人と過ごす時間を享受している。しかし,国民国家としての社会保障制度の存在など,国境を越えた二地域居住には一定の制約も存在することが同時に明らかになった。
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