日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P336
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発表要旨
交通量調査史料を用いた大正期東京におけるOD交通量推定
*石川 和樹中山 大地
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抄録
1. 背景と目的

近年,人や交通の流れに関するさまざまなデータがあり,それらを用いた研究が盛んにおこなわれている.しかし,近代には現代のような十分なデータは存在せず,自治体や公共交通機関が行った交通量調査の結果をまとめた史料しか存在しない.また,近代の交通に関する研究の多くは,交通量や発生・吸収量の空間分布のみに焦点を当てており,ある人や交通がどのように移動しているかといったことには着目していない.当時調査されたデータは調査地点数が少ないなどの問題があるが,当時の人々の移動に関する貴重なデータである.それらに対して適切な手法を用いることにより,当時の人や交通の流れを推定することが可能になる.そこで本研究では,大正期の旧東京市を対象として行われた交通量調査史料を用いて,乗用自動車,自転車,手荷車について当時のOD(Origin-Destination)交通量を推定することを目的とする.

2. 研究手法

 交通量調査は,1925年6月3日に東京市とその周辺の291地点で12時間(9時~18時)にわたって行われており,調査史料には調査地点(交差点)への流入量と調査地点からの流出量の12時間合計値が記載されている.調査はさまざまな交通手段について行われているが,特に交通量の多い乗用自動車,自転車,手荷車の3つの手段についてOD交通量を推定した.OD交通量の推定には,発生交通量と交差点の分岐率のみからOD交通量を推定できる吸収マルコフ連鎖モデルを用いた.しかし,既存の調査地点だけでは十分な道路グラフを作成できない.そこで,調査の行われていない交差点を57地点新たに追加し,これらの地点の分岐率を遺伝的アルゴリズム(GA,Genetic Algorithm)によって推定し,最終的なOD交通量を推定した.

3. 結果と考察

OD交通量を推定した結果,乗用自動車においては東京駅や上野駅といったターミナル駅を起終点とする交通が多くみられた.また,新宿や渋谷方面から流入する交通は幹線道路に沿った高級住宅街や官庁街で多く吸収されていたことが明らかとなった.乗用自動車の交通は幹線道路の分布によって下町側と山手側で二分される傾向にあり,下町側では南北方向の移動が多く,山手側では東西方向の移動が多い結果となった.自転車は市全域において近距離の移動がみられたが,特に上野や万世橋などの利用者の多い駅周辺を起終点とする交通が多くみられた.また,市街地では営業用車両にと考えられる幹線道路に沿ったOD交通もみられた.手荷車においては物資の届く秋葉原や飯田町といった鉄道駅を起終点とする交通が多くみられた.また,市場の周辺において活発な交通がみられた.山手側の北部においては,工場の立地によるものと考えられる交通の発生・吸収地点が分布する結果となった.
3つの交通手段のOD交通量を比較した結果,所有者が富裕層に限られる自動車に比べて,自転車や手荷車は市内全域のさまざまな地点を起終点にとることが明らかとなった.また,連続的に幹線道路を通行する乗用自動車とは対称的に,手荷車は一時的に幹線道路を利用する傾向にあったことが明らかとなった.また,自転車と手荷車は同一区内や隣接区とのOD交通が多いのに対し,乗用自動車では幹線道路の分布が影響し,山手側では東西方向,下町側においては南北方向に多くの移動がみられた.また,手荷車は自転車に比べて駅や市場,工場などの分布と関連するOD交通量多くがみられ,自転車は広く普及した庶民の移動手段,手荷車は施設等を中心とした物資輸送手段である性格を表す結果となった.
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© 2018 公益社団法人 日本地理学会
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