抄録
現在、高齢者急増に伴い介護サービス需要が高まっているが、この産業の大きな課題として従業者不足の解消がある。2016 年時点で約6 割の事業所が従業者不足を感じ、約半数の事業所が経営課題として「良質な人材の確保が難しい」点を挙げている(『平成28 年度介護労働実態調査』)。したがって、介護サービス産業では量だけでなく質の点でも従業者確保を行うことが重要である。
加茂・由井(2006)はこの産業が求める労働力として、①家事・育児経験のある既婚女性、②不規則勤務が可能な者、③専門職と非専門職があることを指摘している。①②は加茂・由井(2006)等で議論され、介護サービス産業は断片的な就業時間帯の組合せによる女性非正規雇用に支えられていることが指摘されている。他方で、③に関して、地理学的な視点からその就業実態を論じた研究は存在しない。
多様な介護サービスがあるが、中でも施設サービスにおける専門職従事者確保の取組やその就業実態の解明は重要である。施設サービス利用者の多くは専門的な介護を必要とするからである。365日24時間にわたって切れ目なく、しかも夜間や早朝等に必要な専門職従事者を確保するには、この人たちの通勤範囲を考慮する必要があると予想される。
本報告では、大分市を対象に、専門職従事者の通勤圏とこれを規定する要因を解明する。大分労働局(2016)によれば、大分地区の有効求人倍率(パートを含む全数)は2016年度時点で1.36と高い。ここではあらゆる産業で労働力需給が逼迫しており、大分市の 2009年から2014年の介護サービス事業所の伸び率は県内市町村で最も高く85.6%を示す(『平成21・26年経済センサス基礎調査』)。したがって、大分市では労働力需給が逼迫する中でいかに介護サービス労働力を確保するかが課題である。中でも、大分県の「社会福祉の専門的職業」(パートを含む全数)求人の充足率は2016年度時点で29.1%と職業平均(24.2%)を超えるものの、「事務的職業」(45.7%)、「農林漁業の職業」(41.1%)と比べると低い。本報告では、介護サービス専門職従事者の充足率が低い大分県に関して、指定都市・中核市の計63都市の中で特別養護老人ホーム(以下、特養)利用者の平均要介護度が4.25と最も高い大分市を対象に、専門職従事者の通勤圏とこれを規定する要因を解明する。
2017年8~10月に、大分市内の特養9施設の専門職(介護福祉士・正看護師・准看護師・介護支援専門員)と非専門職の従事者にアンケートを行った。調査対象期日は2017年7月1日時点、調査票は訪問時に持参し郵送で回収した。有効回答数(率)は259人 (うち専門職214人、非専門職45 人) (68.2%)である。アンケートの結果、専門職従事者について次のことが判明した。
第1に、看護師は全員が女性である。第2に、男性は介護福祉士・介護支援専門員ともに9割以上が正規職員であるのに対し、女性は3専門職の正規職員比率が5~7割台と男性に比べると低い。第3に男女計で見ると、正規職員では9割以上が通勤距離2km以上であるのに対し、非正規職員では6割台にとどまる。このことは、非正規専門職従事者の通勤距離は正規専門職従事者と比べてより狭域であることを示唆し、専門職従事者でも就業・勤務形態によって通勤距離には差があるといえる。インタビューによると、専門職従事者間での通勤距離に差をもたらす要因として通勤手当と賞与が関係している。9施設中、7施設で非正規職員には正規職員より少ない金額でしか賞与が支払われず、非正規職員の中でもパートタイム勤務者には数万円程度の寸志か、支払いすらない施設も存在した。通勤手当について情報の得られた2施設では正規職員への支払いはあるが、非正規職員についてはフルタイム勤務者に関して1施設、パートタイム勤務者では2施設が支払っていないことが判明した。