日本地理学会発表要旨集
2018年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P340
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発表要旨
中国内モンゴルにおける農牧業地域の変容と今後の研究課題
*佐々木 達関根 良平庄子 元小金澤 孝昭蘇徳斯琴 斯琴
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抄録
本報告の目的は,中国内モンゴル自治区を対象に行ってきた共同研究の成果を提示したうえで,最近の調査で見出された新動向の紹介と今後の研究課題を展望することにある。われわれの共同研究は,砂漠化や黄砂の給源地として指摘されている内モンゴルの農牧業の変容過程とそこに内在する変化要因を考察することを課題としてきた。特に,1990年代に入り,世帯生産請負制度,環境保全政策としての退耕還林政策や禁牧政策などが次々に打ち出されてきた。このことは,13億人という巨大な食料消費市場に対する食料供給の安定性の確保を重要課題としながら,同時に土地という生産手段を維持させるという農業構造の変革への挑戦とも捉えられる動向であろう。こうした経済発展に伴う食料需要の拡大を受けて、内モンゴルにおける農牧業は大きく変容してきが,これまでの研究経過をまとめると4つに大別される。
 一つは草原地域における禁牧政策に対する牧畜民の受容・対応形態である。草地分割利用制度を起点として発展してきた牧畜業が,禁牧政策の実施によってどのような影響を受けているのか,主に牧民の対応行動に注目してきた。地域的には草地型牧畜が広く展開されているシリンゴル盟,草原限界地域に属する四子王旗を取り上げてきた。牧畜民の対応としては,畜種構成の転換(羊から山羊へ)と頭数規模の拡大という傾向を辿っているが,もともと降水量が少ないために草地分割や過放牧の結果,草地劣化が生じている。二つめは,世帯生産請負制の導入移行,急速に進んでいる商業的農業の展開とその性格である。地域的には武川県大豆輔五福号,四子王旗王府村,烏海市巴彦喜桂を事例にして検討してきた。いずれの地域においても,収益性の高い作物へと経営を特化させようとする動きが認められるが,その過程で出稼ぎや挙家離村による人口流出と階層分解が進みつつある。また,単一作物の連作による土地劣化も目立ち始めており,自然の再生産力を度外視した社会経済的活動は環境負荷を高める方向に作用していることが示された。そして,三つめは生態移民による酪農経営の実態である。禁牧政策の下で,牧畜民は禁牧補助金を受給しつつ限られた草地で牧畜業を営む,あるいは禁牧補助金や家畜の売却資金を元手に「生態移民」として都市部へ移住するという対応を迫られている。そして、四つめは農牧業地域の再編主体としての龍頭企業や農民専業合作社の動向である。生産が分散的であり,流通制度の十分な発達が見られない中国の現状では,産地商人や企業が生産を組織化し,産地を形成していくための手段として農民専業合作社は位置づけられている。
 以上のように,内モンゴルの農牧業は市場関係に深く組み込まれながら変化しつつある。しかし農牧業の急速な商品化プロセスと食料供給は,同時に土地利用の劣化や環境負荷の増大を代償としている。自然環境を保全しながら持続的な食料供給を担保するためには、どのような農産物がどこで生産され、どのように供給されているか、その仕組みを実態に即して地理的に解明する必要があるだろう。
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© 2018 公益社団法人 日本地理学会
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