抄録
1. はじめに
イギリスでは多くの研究が河川再生(河川と氾濫原の連結、河川の再蛇行化など)の洪水対策への効果を証明しており(Kondolf, 1998; Stormberg, 2001; Chilverd et al., 2016; Dixson et al., 2016)、それらを元にした河川再生が数多く実施されている(RRC, 2017)。
河川再生への環境システムの応答は、「形」よりも時間によって変化する「プロセス」によって評価できる。このため、河川再生は“process based”と“form based”に分類することができる。Process based river restorationの目的は、物理的、化学的そして生物学的な自然河川のプロセスを再構築し、河川と氾濫原の生態系を維持することにある。自然河川のプロセスには、土砂移動、食物網内の栄養循環、植生の遷移などが含まれる。
これに対して、form based river restorationは、河道の安定と河川内の生息環境の保全を目的とするので、河道の形や構造を再構築するものである。このform based restorationを基盤にした河川再生プロジェクトは、技術を取り入れやすいことと収益を生みやすいことから、世界の多くの河川で行われている。
2. イギリスと日本の河川再生
Process basedの例としては、堤防の除去や自然河道のような河道の拡張などが、form basedの例としては、バイパス河道の建設や河川内での再生作業などが挙げられる。
イギリスでは、堤防構築や河川の直線化は、河道内の体積減少による水位の上昇を招き、また洪水と堤防壁との摩擦が減少することにより、下流への洪水の運搬量を増加させるという研究結果が元となり、河川と氾濫原を連結させたり、河川を再蛇行化する試みが普及している。これらの例として、Great Ouse川における河川と氾濫原の連結や、Rottal Burn川における河道幅の拡張、Wensum川における河道再蛇行化などがある。
これに対して、日本では多くの河川再生事業が実施されてはいるが、ダム建設や河川の直線化、コンクリート護岸といった、土木技術に依存した洪水対策に主眼が置かれているため、河川再生の殆どは河川内での部分的な自然再生(instream restoration)に限られており、洪水被害の軽減を目的とした河川再生の数はまだ少ない。日本の河川再生の例として、多自然型川づくりによる約28,000件の実施が挙げられる。これらの例として、河川と氾濫原を連結させた松浦川はあるが、多くは落合川やいたち川のように河道内での部分的な自然再生を施したものに限られている。
したがって、多くのイギリスでの河川再生はprocess basedに分類することができ、日本の殆どの河川再生はform basedに分類することが出来る。
3. 日本における河川再生の課題
日本でform based river restorationが普及した理由として、日本の地理的な特性(河川の勾配が急なこと・降雨量が多いこと)が挙げられる。また、河川の距離が短いので、日本の河川の集水域は小さく、したがって集水域での水位の上昇が短時間で起こる。これらの理由は、利根川のピーク時流量が平時の流量の100倍であるのに対し、テムズ川ではその比が8倍しかないことからも見ることが出来る。また、日本の人口の約半数が10%にも満たない氾濫原に集中していることも、この原因に拍車をかけている。しかしながら、公共政策という名のもとに行われる、土木政策に依存した日本の河川行政が、河川再生におけるパラダイムシフトを阻害している、との指摘が多くの研究によってなされていることも重要な点である(Waley, 2011; 森, 1998; 藤本, 2016)。
本研究は、特に河川再生がもつ洪水抑制という観点に着目し、イギリスと日本の河川再生へのアプローチや計画を比較することで、日本の河川再生の問題を明らかにし、日本に適した河川再生方法を模索する手がかりにしたい。特に、イギリスで進みつつある河川再生のアセスメントやモニタリングの結果や手法は、日本の河川再生に多くの示唆を与えると思われる。