はじめに スイゼンジナ(Gynura bicolor)は,熱帯アジアの山岳地域が原産とされている葉菜である.日本には江戸時代中期に中国から伝来した.熊本県の伝統野菜「水前寺菜」,石川県金沢市の伝統野菜「金時草」,沖縄県の伝統的農産物「ハンダマ」として有名である.近年,ポリフェノール成分が豊富に含まれ,健康的な野菜であることが注目され,安価に通年生産できる強みから,葉菜が品薄になる時期の出荷が期待されている.日本以外でも,タイの山岳地域を中心にモン族が伝統的に用いているほか,中国南部や台湾でも紫背菜や観音菜,紅鳳菜などの名前で古くから食されている.東南アジア,東アジアとしてみても伝統的な野菜といえる.
分布や葉形態の特徴については,断片的な報告ながら日本の各産地ごとに形態が異なることが指摘されてきた.北限型(宮城産など),東西日本型(石川,熊本産など),北中琉球型(屋久島,奄美大島など),南琉球型(宮古島,石垣島など)などに分類された.しかしアジア地域を広くみると,その全容は明らかになっていない.同属の近縁種と混同されている事例も多く,植物種としても不確かである.広く研究することが種としての特徴を明らかにすることになるほか,東南アジアから日本に至る食文化のつながりを解明にもつながるといえる.
以上のことを踏まえて,日本と周辺アジア地域におけるスイゼンジナの分布と形態的な特徴を明らかにし,各地域で流通する個体について考察する.
試料の解析 海外における栽培実験,試料移動の不可を想定して,正確に容易に結果が得られる方法を検討した.国内16産地の個体を埼玉,千葉,静岡などで栽培実験(期間1〜4年)をして形態変異を観察したほか,それを試料として葉形態と遺伝子型の解析方法を比較した.栽培環境や期間により生育差は生まれるものの,形態変異は起こらないこと,二つの解析方法ではほぼ同様の結果が得られることが明らかになった.
中国および台湾 中国5地域(上海,重慶など)と台湾5地域(台北,台中など)のスーパーマーケットや屋外市場では,一般的な葉菜として流通していた.各地域で約200gの試料の葉形態を解析したところ,中国産の葉がやや細長く鋸歯の発達が顕著なこと,台湾産の葉の色素が濃いことが特徴としてみられたが,産地間の差は小さかった.集約栽培が進み,高品質で均一な特徴を持つ個体が選抜され流通していることが要因として考えられる.
東南アジア タイ北部やラオスの屋外市場やモン族の集落などでみられる個体の葉形態を解析したところ,スイゼンジナ2型が見つかった.ミャンマー,ベトナム,インド北東部でも分布情報を得たが,自家消費用で流通する個体はなかった.スイゼンジナとして混同される種や同様に利用される種G. procunbens, G. divaricata, G. nepalensis, G.cusimbuaが,種不明Gyunura属1種がみられた.
結論 スイゼンジナの分布をみると,原産地とみられる熱帯アジアでは種として定かでないものもみられたが,中国や台湾,日本では種として定かであり,市場への流通量も多かった.また,今回の葉形態を解析については,試料数が少ないながらも産地ごとつながりや利用,伝播経路を解析する方法として期待できる結果が得られた.