日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 412
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発表要旨
デジタルなものに関する地理学的議論の動向
*田中 雅大
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抄録

いまやデジタルなものはあらゆる場所に行き渡り,社会を構成する重要な存在となっている.そこで人文社会科学の分野ではデジタルなものに関する存在論的・認識論的・方法論的な議論が活発化している.本発表では英語圏を中心に展開されている「デジタル地理学」という取組みを概観し,特にソフトウェアの役割に着目しつつ,デジタルなものに関する地理学的議論の動向を紹介する.

 重要なのは,デジタル地理学はその名の通り「デジタル」なもの(ソフトウェア等)に注目するということである.技術的にいえば「デジタル」とは数値によって離散的に情報を表すことを意味する.あらゆるデジタルなものは「数値」という点で同質・等価であり,すべて分け隔てなくコンピューティングの対象となる.また離散的であるためソーティング(整列)のような操作を施せる.突き詰めればデジタルなものは物理的実体のない数値という抽象的存在である.人々は様々なモノをインタフェースにすることでデジタルなものと物質的に関わっている.

 コンピュータの処理速度が飛躍的に向上し,様々なインタフェースが日常空間のあらゆる場所で登場するようになったことで,デジタルなものが有する上記のような性質が社会-空間的問題を引き起こしている.ここでは都市空間におけるソフトウェア(コード)の役割を論じたThrift and French(2002)を筆者なりに解釈しつつ,デジタルなものと地理学の関係を整理したい.彼らによればソフトウェアの根幹は「書くこと」であり,それには3つの地理学的含意がある.すなわち,①ソフトウェアを書くことの地理,②ソフトウェアが書く地理,③書き込みの場としてのソフトウェアの地理,である.

 ①については,どこの・誰が・どのようにソフトウェアを書くのか,またそれに参加できるのか,という経済・文化・政治に関わる問題がある.また,人間はソフトウェアを書く行為を通じてデジタルな空間的知識(デジタルなまなざし・世界観)を身に着ける,という認識論的問題もある.

 ②は空間の監視や管理の問題と関係している.デジタルな存在であるソフトウェアの働きを人間は直接知覚できない.ソフトウェアは常に「背景」や「影」として存在し,人間の無意識の領野にある.その意味でソフトウェアは人間を超えた存在more-than-humanである.それは様々なアクターとの布置連関の中で行為主体性agencyを発揮し,都市のような空間を自動的に生産している.都市に存在するあらゆるものが様々なデバイスを通じてデジタル化され,数値として一緒くたに扱われ,ソーティング等の操作を施される.それはすぐさまインタフェースを介して物理空間に反映され,新しいかたちの社会的不平等・排除を引き起こしている.2000年代以降,こうしたポスト人間中心主義的な「空間の自動生産」論が展開されている.

 ③は人間と空間の関係に関わる問題である.ソフトウェアは創造性を発揮できる実験的な場でもある.たとえばThrift and French(2002)は,創造的なソフトウェアプロジェクトの多くが人間の身体に関心を寄せていることに注目している.ソフトウェアは五感の拡張(拡張現実,仮想現実等)や記憶の保存(過去把持)に関わっており,「人間」や「文化」なるものはどこに存在するのか,という問題を喚起する.

Thrift, N. and French, S. 2002. The automatic production of space. Transactions of the Institute of British Geographers 27: 309-335

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