Ⅰ 自然保護の目的
現在,国際的に取り組みが進められているSDGs(持続可能な開発目標)においては,「13. 気候変動に具体的な対策を」,「14. 海の豊かさを守ろう」,「15. 陸の豊かさも守ろう」と,自然環境を良好な状態に保つ活動が必要であることが示されている.こうした自然保護に関する活動を行う理由は,自然から人類は様々な恩恵(生態系サービス)を受けており,その恩恵を受け続けるためには,自然環境が良好な状態にあるべきだという功利主義的な考え方による.この功利主義的な考え方は,多くの人に受け入れられやすい一方で,対象となる自然の経済的価値が問われることとなる.
生物多様性は,遺伝子レベルでの多様性,種レベルでの多様性,生態系レベルの多様性の3つの多様性を包括した概念である.この生態系レベルの多様性とは,その生態系の基盤である地学的環境も含まれる.そのため,生物多様性という言葉で,自然環境全体の多様性を示すことが可能である.しかしながら,この生物多様性という言葉は,生物学的な視点である.地球科学者からは地球科学的評価を基盤とするジオ多様性(geodiversity)という観点も取り込んで,生物多様性とともに自然界の多様性を表現すべきという意見もある.
Ⅱ 地学的情報の記述方法
生物学的な自然保護を進める際に基礎となった情報は,植物であれば種や群落の分布といったものである.生物の種の分類は,生物学の歴史とともに蓄積されてきた情報が存在する.そして,生物種,群落とも,それぞれが独立したものとして分類され,A種でありB種であるということはない.一方で,ジオ多様性の評価の対象となる地形や地質では,典型的なものはこれまでの研究の蓄積のなかで整理はされているものの,地学的現象の性質上,複数の分類が可能となるものが多い.地形でいえばスケールの異なる現象で分類可能となる.例えば,扇状地であり段丘面であるという記述の仕方である.そのため,ジオ多様性を記述していくためには,生物学的な分類方法を援用せず,独自の方法論を構築していく必要がある.
Ⅲ ジオサイトの評価
これまで,日本においては,天然記念物や国立公園,ラムサール条約,ナショナルトラストなど様々な方法で,価値のある自然現象の保護がなされてきた.近年では,ジオパークにおけるジオサイトという枠組みが示されている.
ジオパークにおける活動は,地学的自然遺産の保護と,教育,持続可能なジオツーリズムを三本柱とし,それらが全体的に(holistic)に行われるものである.こうした目標が掲げられているため,ジオパークの認定審査の際に,地域の地学的自然遺産の評価がジオサイトの評価として行われるようになった.しかしながら,これまでそうしたものの評価が,ほとんど行われてこなかったため,認定を受ける地域もその評価をする研究者も厳格な議論ができてこなかった.近年,ジオサイトという概念についての理解が進み,いくつかのジオパークでは,ジオサイトの整理を行っている.
ジオサイトの評価では,それぞれの場所の地球科学的価値とともに,教育対象としての価値,ツーリズムの対象としての価値も評価されている.自然資源として考えた場合,その保護と利用という保全の方法が重要であり,その際に複数の視点から,その価値を評価するという枠組みは重要である.
価値のある地学的自然遺産を保護していくためには,その情報が市民に公開され,アクセスできるようにする枠組みも必要である.これはオーフス条約で取り決めがなされているが,日本は批准していない.今後は,各地の価値のある自然について情報をデータベース化し,公開していく必要がある.