日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 713
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発表要旨
ケニア山地域の水環境と土地利用の変化に対する地域住民の認識と対応
*孫 暁剛
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抄録

1.本研究の目的と調査地
 近年の地球温暖化にともなってアフリカ第二の高山であるケニア山の水環境が急速に変化し、山麓に広がるケニア有数の農業地帯に対する影響が懸念されている。本研究の目的は、ケニア山地域の水環境の変化に対する住民の認識、山麓の農業地帯の土地と水利用の現状、そして水環境の変化に対する地域住民の対応を明らかにすることである。調査地のナロモル地区は、山頂付近の氷河湖に水源をもつナロモル川の下流域に位置し、山麓の農業地帯の中でもっとも降水量が少ない地域である。地域住民のほとんどは川の水に依存している。

2.ケニア山の水環境の変化に対する地域住民の認識
 ケニア山は現在、標高3350m以上が山岳国立公園、標高約2400m-3300mが森林保護区、その下部は山を囲むように大規模な農業地帯が広がっている。ケニア山をとりまく水環境の変化について、初期入植者や長年登山ガイドを務めた地域住民から、1980年代後半からの降雨の変化と乾季の水不足が報告された。その理由について、①昔は雨季に山頂付近に降り積もった雪が乾季に入ってゆっくり融けて川の水となったが、近年の山頂氷河の縮小によって雪溶けの時期とスピードが早くなった、②1980-90年代にケニア政府による大規模な森林伐採によって、山麓の降雨が少なくなった、③山麓の農地の拡大によって川辺林が減少し、川の水の蒸発が増えた、④ナロモル町の都市化と人口増加にともなって、川の水の消費量が増えた、と人々が認識している。

3.山麓の土地と水利用の変化
 このようなケニア山の環境変化とともに、山麓では過去半世紀の間に土地利用が大きく変化し、それにともなって水利用も変化した。ナロモル地区は植民地期にヨーロッパ人入植者によって大規模なウシ牧場が作られた。独立後、ケニア政府の主導で牧場は元従業員や近隣地域から移入した農民に順次に分配・売却された。人々は雨季の間に自給目的でトウモロコシや小麦を栽培し、乳牛も飼育した。1970年代に入ると耕作に適した山麓中腹の土地はほとんど開墾された。新たな移入者は山麓上部の森林保護区との境界まで入植するようになった。1980年代に入ると、人口増加にともなう土地不足を解消するために、農地の細分化とともに、森林の下部が伐採された。この頃から降雨が不確実になり、雨に頼る天水農耕では生産が不安定なため、川と農地をつなぐ灌漑用水路が作られるようになった。1990年代に入ると、灌漑によるキャベツなどの換金作物の栽培が盛んになり、またナロモル町の都市化によって水不足が顕著になった。

4.水環境の変化に対する地域住民の対応
 2000年代のはじめまで、水不足をめぐる流域内の住民間の争いはナロモル地区の大きな社会問題であった。それを解決するために、行政指導のもとでナロモル川流域の灌漑用水路の利用はすべて禁止された。その代わりに9つの灌漑プロジェクトからなる水管理委員会が共同で川の水を管理・利用するようになった。各プロジェクトは川に直結するパイプラインと貯水タンクをもち、貯水タンクとプロジェクトメンバーの家はパイプで結ばれ、それぞれの家では生活用水のための蛇口と農地に散水するスプリンクラーが備えられている。乾季に川の水が不足すると、水管理委員会が会合を開き、各プロジェクトが取水できる日時を決め、全プロジェクトでローテーションを組む。これによって住民の最低限の生活用水が確保され、水争いは避けられた。しかし農業用水は十分に確保されていないため、農民は各自の農地面積と供給される水の量を参考に耕作地を区画したり、乾燥につよい作物を選んで植え付けたり、農地に水タンクや溜池をつくったりして、個々人の努力で対応している。
 一方、灌漑プロジェクトに加入するには高額な初期費用がかかるため、地区全体で約4割の農民はプロジェクトに加入していない。その多くは小規模な土地しか持たない人や新規入植者である。彼らは水が不足する乾季には、近隣の灌漑プロジェクトメンバーから水を借りたり、耕作をやめて出稼ぎに行ったりしている。また、近年になって農地拡大が進んでいる山麓下部の半乾燥地域では灌漑プロジェクトがなく、農民が自前の電動ポンプで川から取水している。これらの問題は水争いの不安材料であることは地域住民も理解していて、今後どのように解決していくのかは注視したい。

本研究は、科学研究費補助基盤研究(A)「近年の温暖化によるケニア山の氷河縮小と水環境の変化が地域社会に及ぼす影響の解明」(研究代表者:水野一晴)の資金を一部使用した。

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