日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 706
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発表要旨
中国北西部,青海省,祁連県における家畜放牧パターンと草地被覆変化に影響を与える気候要因
*張 伊梦白坂 蕃渡辺 悌二
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抄録

祁連山脈(チーリェン山脈)は,中国,西部,青海省と甘粛省にまたがる東西方向に伸びる山脈で,広大な草原を有する。そこでは,住民がヒツジ,ヤクなどの放牧を行ってきており,最近では一部で観光開発が進みつつある。

 放牧地として利用されてきた草原は,近年,人間の影響と気候変化によって悪化していると考えられている。2010年には中央政府が祁連山脈を水資源保全地域に指定している。

 本研究では,観光開発の影響が少ない祁連県で,家畜放牧の季節的移動パターンを明らかにし,草地被覆変化と気温・降雨量との関係を議論した。祁連県(138.8万平行キロメートル)は,80%が草地,15%が森林からなる。祁連県では一次産業が重要であるが,その85%以上の収入が牧畜業からもたらされている。

 2017年9〜10月に現地で放牧の様子と草地の観察を行い,祁連山脈南面の八宝河谷にある峨堡鎮(E-Bao村, 標高3410 m,人口3,510人; 310戸/2016年)を中心に家畜所有者から聞き取り調査を行った。また,NASAが開発した可視赤外域の放射計MODISのデータから作成した,植物の活動度をあらわす指標EVIの時系列データの解析を行った。

 調査地域では,1958年に峨堡郷の人民公社4隊が形成され,遊牧から定住した放牧地ができたと考えられる。当時から,家畜の放牧は,夏季に高所の草地斜面で,冬季に谷底の草地で行われてきた。人民公社が1985年に解体され,1985年に冬・春季放牧地(10月中旬〜6月に利用)が,各世帯に分割された。1986年から,冬・春季放牧地では請負牧畜が始まった。これらの放牧地は世帯ごとにフェンスで囲まれている。一方,夏・秋季放牧地(6月から10月中旬に利用)はフェンスで囲まれておらず,現在でも共有地として使用されている。すなわち,冬・春季放牧地が個別世帯で管理されているのに対して,夏・秋季放牧地は複数世帯管理(実際には村の管理)によって維持されている。

 インタビュー調査では,冬・春季放牧地の個別世帯管理に不満を抱く意見が見られた。請負牧畜では各世帯に世帯構成員1人当たり約20ヘクタール(300畝)の放牧地が割り当てられたが,所有家畜頭数が多い世帯では割り当てられた放牧地は狭すぎた。

 峨堡鎮では,2016年には,17.2万頭のヒツジと2.6万頭のヤクが飼われていた。峨堡鎮の冬・春季放牧地面積は51,867ヘクタール,夏・秋季放牧地は56,133ヘクタールであり,放牧が禁止された放牧地が2.2万ヘクタールあり,「退牧還草政策」によって年々禁牧地は増加している。家畜の放牧密度は高く,冬・春季放牧地で5.33ヒツジ相当頭数/ヘクタール,夏・秋季放牧地で4.91ヒツジ相当頭数/ヘクタールであった。

 2000〜2017年には,祁連県では,EVIが増加傾向を示した(Mann-Kendall検定)。すなわち,密な草地(EVI>0.5)が増加した。草が生育する夏季には,月平均気温の方が月降水量よりも月平均EVIに大きな影響を与える。一方,年平均気温と年降水量は,年間のEVI変化とは関係を示さなかった。

 夏季には草地が「良好な」状況になっているものと考えられるが,これは,必ずしもこの地域の放牧地の持続可能性の高さを示しているとは言えない。調査地域では,家畜の放牧密度が高いにも関わらず,全体としては草の活動度が高まっているという結果になった。これは,2016年時点で2.2万ヘクタール(草地全体の17%)が禁牧地になったことと関係しているのかもしれない。

 しかし,禁牧地の増加は,放牧地内での過放牧を促進させる。さらに,2017年には中央政府が祁連山脈を国立公園に制定する宣言をしており,国立公園の整備によって,国立公園内に位置する共有地としての夏・秋季放牧地の利用はできなくなるものと考えられる。そうなると,家畜は一年を通して現在の「冬・春季放牧地」で飼育されることになる。冬・春季放牧地の請負制度化は,その当初予定期間が終了しても「自然と」継続しており,冬・春季放牧地は実質的に個人所有と同様になっている。フェンスに囲まれた冬・春季放牧地が通年の放牧地になれば,過放牧状態にあるこの地域の放牧地は著しく悪化することになる。

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