日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 408
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発表要旨
メコンデルタ,オケオ遺跡における古代運河の形成
*船引 彩子久保 純子南雲 直子山形 眞理子グエン キエン
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抄録

メコンデルタの考古学
カンボジア~ベトナム南部に広がるメコンデルタには,氾濫原を縦横に結ぶ古代の運河ネットワークが存在していた.ここに誕生したオケオ(Oc Eo)遺跡は,1世紀から7世紀にかけてメコンデルタ(現在のカンボジア,ベトナム南部)から東北タイ南部にかけて栄えた,古代国家である扶南国の港市である.

オケオはインド等(西方)と中国(東方)の間の長距離交易と,メコン川流域の域内交流を結び付けた重要な遺跡と言われ,1940年代から発掘が進められてきた.ヒンドゥー教・仏教(5世紀以降)の遺物のほか,漢の鏡やローマの金貨なども発見されている.


完新世におけるメコンデルタの形成について
メコンデルタ,約3000年前以前は潮汐の影響を強く受けたデルタであったが,その後は波浪と潮汐の影響を強く受けたデルタへと変化し,南東側の平野に浜堤列が発達した(Ta et al., 2005).オケオ遺跡は,浜堤列よりおよそ100㎞内陸に位置し,標高は2-3mである.現在のベトナム領,カンボジア国境近くの地点であり,デルタに孤立する標高190mのバテ山の麓にある.扶南国時代,オケオと周辺をつなぐ運河のひとつは,北北西に約67km離れたカンボジアのアンコール・ボレイ遺跡にまで繋がっていた.また下流側は,メコン川を下って南シナ海へと出るルートではなく,運河によってタイランド湾へとつながっていた.
オケオ遺跡での調査
オケオ遺跡は長辺1.5㎞,短辺3.5㎞の長方形の形をした都城遺跡であり,運河によって南北に分断され,更に4つの運河が東西に走っていた.この運河は現在埋め立てられ,主に水田として利用されている.オケオ文化の遺跡発掘を進めてきた平野(2007)は河川や運河に沿って大規模の遺跡群が形成され,低湿地への開拓と水路の利用が活発に行われたこと,特にオケオ文化発展期(3-4世紀以降)に低湿地へと開拓が進んだことを指摘している.

2017年,筆者らはかつての運河の位置で掘削を行い,深度約3mの堆積物中からオケオ文化発展期の年代値を得た.都城外側では更新世を示す年代値が得られ,オケオ港市が形成されたころの地形が少しずつ明らかになってきた. 本発表では,オケオの地形的な特徴について概観するとともに,運河の果たした役割について現地調査の結果をもとに報告する.

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© 2019 公益社団法人 日本地理学会
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