日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S502
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発表要旨
漁場利用をめぐる主体間関係の分析に向けた方法論的検討
*吉田 国光
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抄録
産資源はタンパク源としてだけではなく,個人や企業にとって重要な収入を得る手段である。そのため水産資源をめぐる諸課題は,乱獲の抑制や持続的な利用,途上国における貧困の克服に向けた経済活動など様々な観点から重要な研究テーマであり続けている。地理学においては,気候変動に対するローカルな対応や,貧困の克服に向けた漁業者による水産資源を利用したローカルな経済活動といったような研究が進められつつある(Belton and Bush 2014など)。こうした研究のなかで,持続的な漁場利用の担い手として,漁業者だけでなく,流通業者や消費者などが取り上げられるのようになってきている。

 水産資源の持続的な利用は,様々な観点から捉えられる地理学的な研究テーマであるものの,日本のみならず,英語圏においても水産資源を取り上げた地理学の研究は少なく,枠組みの検討や事例研究の蓄積などが課題とされている(Lim and Neo 2014)。例えば,フードシステムの観点から取り組まれた研究では,食料供給体系の実態と主体の広がりを提示できたとしても,それに関わる漁業者や流通業者,小売業者など主体間の結びつきを読み解く視点の検討は乏しい。また,従来の漁業地理学や村落地理学では漁業者を分析対象とした方法論は精緻化されてきたが,流通業者や消費者を含めた主体を捉える方法論的検討は十分ではない。地理学として方法論的検討が希薄なままの事例蓄積への過度の依存の危険性も指摘されている(田和 2017)。

 他方,水産資源が蓄積・涵養される漁場の持続的な利用・保全に関する研究ついては,政策科学や生態学などが中心となったコモンズ研究という研究領域で分野横断に取り組まれ,方法論や事例研究に関する様々な検討が重ねられてきた(Berkes 2004など)。コモンズ研究における漁場の利用・保全(以下,漁場利用)を取り上げた研究では,社会ネットワークや社会関係資本,「スケール」など,人文地理学でもキーワードとして用いられつつある理論や概念がみられる(Carlson and Sandstrom 2008; Poteete 2012など)。こうしたなかで漁場利用に関する研究において,コモンズ研究と地理学との議論の共有が試みられつつある(Thompkins et al 2004など)。日本の漁業地理学においても,崎田(2017)などコモンズ研究を意識した研究もみられるようになっている。しかし,分野間もしくは地理学界内でも農村地理学で取り組まれてきたような,社会ネットワークや社会関係資本に関する議論の共有も十分ではない。分野間での相互参照につながるように,地理学的方法論を整理することも必要と考えられる。

 そこで本発表では,水産資源をめぐる諸課題のうち,とくに方法論的検討や事例研究の分野横断的な議論の共有の萌芽がみられる漁場利用に関する研究動向を整理し,地理学的な方法論としてどのような独自性を見出せるのかを展望する。とくに,2000年以降に頻出している社会ネットワークと社会関係資本,「スケール」の指し示す範囲や内容について検討し,漁場をめぐる主体間関係を読み解く研究方法のいくつかの方向性を提示することを目的とする。主体間関係に注目する理由としては,フードシステムが構成されるにしろ,持続的な漁場利用にしろ,漁業者やその他の主体間の関係のなかで様々な現象が引き起こされるためである。主体間の関係に注目することで,漁場利用をめぐる事例研究に適用可能な研究方法を提示できると考えられる。なお本発表で対象とする漁場は,沿岸海域を中心とする。漁場利用について考える際,ミクロスケールでのフィールドワークの特徴が発揮されるの沿岸の漁場である。漁業を含めて日本の第一次産業を対象としてきた地理学は,ミクロスケールでのフィールドワークを重視してきた。ミクロスケールでの詳細な実態の把握が欠かせない漁場利用を対象とすることで,日本の漁業地理学の特徴を活かした方法論を提示できると考えられることから,沿岸の漁場を中心として検討する。
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© 2019 公益社団法人 日本地理学会
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