日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P069
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発表要旨
水稲の栄養素への温暖化の影響
*濱 侃田中 圭望月 篤鶴岡 康夫近藤 昭彦
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抄録
 はじめに
 近年の気候変動とその食糧生産への影響については多くの議論がある.一般に,CO₂濃度の上昇は,光合成に伴う乾物生産量を増加させ,モンスーンアジアの基幹作物である水稲においても,生産量の増加が予測されている.一方で,CO₂の濃度の上昇により,米粒をはじめとした子実内のタンパク質(またはビタミン)の割合が減少し,アジアでは深刻な栄養不足が発生する可能性も示唆されている.
 日本における気候変動に伴う子実内のタンパク質の含有率の変化に関する研究は,各地の試験場で多くの研究実績が報告されている.その中で,気温の上昇がタンパク質の含有率に与える影響については,気温が高いほどタンパク質の含有率が高くなるという研究(Tamaki et al., 1989)と,気温が高いほどタンパク質の含有率が低くなるという研究(川口ほか,1995)があり,異なる見解が示されている.気候変動が食糧に与える影響を議論する上でも,各地で研究事例を蓄積し,その研究成果を比較することで,温暖化に伴うタンパク質の含有率の変化に関する理解を深める必要がある.
 そこで,本研究では,千葉県,埼玉県の圃場を対象にした観測データに基づき,温暖化が水稲のタンパク含有率に与える影響についての考察を行った.

 研究手法
 本研究は,千葉県農林総合研究センター水稲温暖化対策研究室(千葉県千葉市緑区)の管理する試験水田(以降,千葉試験地),および埼玉県坂戸市に位置する試験水田(以降,埼玉試験地)を対象に,ドローンを用いた観測,圃場内に設定した試験区画内での生育調査および気象観測(気温,日射量)を2014年から行った.なお,千葉試験地では,水稲の移植日を4期(4月初旬~6月初旬)に変化させることで,試験圃場内で生育期間の気象条件に差を与えている.ドローンを用いた観測では,近赤外撮影用マルチスペクトルカメラ(BIZWORKS社 Yubaflex)を搭載した近接リモートセンシングを行った.
 観測データは,実測したタンパク含有率を目的変数,ドローンで観測したNDVI(正規化差植生指数)および気象データを説明変数とした重回帰分析を行うことで,気象条件および生育状況とタンパク含有率との関係についての解析を行った.

 結果・考察
 出穂期NDVIと登熟期の平均気温または平均日射量を説明変数とし,実測のタンパク含有率を目的変数とした重回帰分析から下記の重回帰式を導出した.

PC=15.66 NDVI-0.09 T+4.33 (1)

PC=22.87 NDVI-0.06 SR+1.15 (2)

ここで,PC:タンパク含有率(%),NDVI:出穂期のNDVI,T:出穂期から5~20日後の平均気温(℃),SR:出穂期から5~20日後の平均日射量である(MJ/m2/day).
 式(1),(2)は,出穂期後の登熟期間の気温および日射量が増加することで,タンパク含有率が減少することを示した.この結果は,本研究と同様に移植日を変化させる圃場試験で報告されている,気温が高いほどタンパク質の含有率が低くなるという研究成果と同様の結果である.
 千葉試験地における日射量と気温の関係をみたところ,決定係数0.591と明瞭な相関があった(図1).つまり,移植日の異なる試験区における気温の差は,日射量の差に対応していた.これは,移植日を変化させた既報においても同様で,これらの試験では気温ではなく,日射量の影響を見ていたと考えられる.
 施肥量を統一し,移植日のみを変化させた試験区におけるNDVIの時系列を比較したところ,移植日が遅い試験区ほど,NDVIの最大値までの日数が短くなり,同時にNDVIの最大値も高くなった.水稲の生育速度は,気温に依存するため,NDVIの最大値までの日数が短くなったことは生育期間が高温になったことを示している.また,生育期間が高温になり,地温が高くなるほど,地中の可給態(無機態)窒素量は増加する.NDVIは群落のクロロフィル量,つまり群落の窒素吸収量に対応しているため,NDVIの最大値の増加は窒素吸収量の増加を示している.式(1),(2)では,NDVIの増加はタンパク含有率の増加を示し,本研究では,気温の上昇はタンパク含有率の増加に寄与することが明らかとなった.
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© 2019 公益社団法人 日本地理学会
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