日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 416
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発表要旨
「流域治水」をめぐる動向と課題
*久保 純子鈴木 康弘
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抄録

1. はじめに

 近年の大規模水害の背景として、高度経済成長期に氾濫リスクの高い地域に開発が進み、さらに、新しい要配慮者施設が氾濫リスクの高い土地に建設されていることなどが挙げられる。2015年に施行された滋賀県の流域治水条例は土地利用規制を取り入れた先行的取り組みといえるが、ここ数年の頻発する大規模水害で、「流域治水」への動きが加速することとなった。

2. 滋賀県流域治水条例(2015年)

 滋賀県は河道における氾濫防止だけでは限界があるとして、堤内地も含めた流域全体で治水を考える流域治水の概念を提唱した。これを実現するため「滋賀県流域治水基本方針(2012年)」や「滋賀県流域治水の推進に関する条例(2015年施行)」を定めた。またその基礎として「地先の安全度マップ」を整備した。これは水防法により河川ごとで作成される浸水想定とは異なり、山間部を除く全県を対象とするため、中小河川による洪水も県独自で検討した。また、10年、100年、200年確率の浸水深や、流体力図、被害発生確率(床上浸水、家屋水没、家屋流失)などを総合的に提示した。

 この条例により、200年確率の浸水深に基づいて「浸水警戒区域」が指定され、一定の建築物の建築が制限される。指定前には、関係市町の長および滋賀県流域治水推進審議会の意見を聴くことを義務づけ、住民が主体的に防災力向上を考えるきっかけを与えている。このような一連の流域治水の方策は、全国に先駆けたものである。

3. 2015年鬼怒川・2016年小本川水害と2017年水防法改正

2015年9月の豪雨では茨城県常総市で鬼怒川が溢流・破堤し、家屋の倒壊、広範囲の浸水、4000名以上が孤立する等の大規模な災害となった。

この災害をふまえ、社会資本整備審議会の大規模氾濫に対する減災のための治水対策検討小委員会(委員長:小池俊雄 東京大学教授)が『社会意識の変革による「水防災意識社会」の再構築に向けて』という答申を行い、「施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生する」ことを前提として「水防災意識社会」を再構築する必要性を示した(社会資本整備審議会2015)。この答申では、市町村、住民等ともに、水害リスクについての知識や心構えが十分ではなく、避難行動だけでなく、住まい方や土地利用等にも活かされていないことが指摘された。

2016年8月の台風では岩手県の小本川で高齢者施設の逃げ遅れで死者が発生し、中小河川や要配慮者施設の避難の問題が示された。

これらをふまえ、2017年に水防法の一部改正が行われた。そこでは減災協議会の設置、過去の浸水実績の周知、要配慮者利用施設の避難計画義務化などが盛り込まれたが、住まい方や土地利用にふみこんだものではなかった。

4. 2018年西日本水害・2019年東日本台風災害と2020年「流域治水」の提言

 2018年7月の豪雨では岡山県・広島県・愛媛県等で大規模な水害や土砂災害が発生し、2019年10月の台風19号(東日本台風)では千曲川・多摩川・越辺川・利根川・那珂川・久慈川・阿武隈川・吉田川等で破堤や浸水被害が生じた。

 2020年7月に社会資本整備審議会の気候変動を踏まえた水災害対策検討小委員会(小池俊雄委員長)は「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について〜あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な「流域治水」への転換〜」という答申をおこなった。これは、施設能力を超過する洪水発生を前提に、あらゆる関係者が協働して「流域治水」を行うことを求めている。具体的には、①流出抑制対策(治水・貯留施設)、②被害対象減少(浸水域限定・低リスク地域への誘導)、③避難態勢強化、被害軽減などを示し、土地利用規制・誘導、移転促進、不動産取引時の水害リスク情報提供など、治水政策の転換を打ち出した(社会資本整備審議会2020)。

5. 地理学における課題

洪水も他の自然現象と同様に湿潤変動帯の摂理に従って起こり、それを反映した第四紀の地形形成は今後も進行する。氾濫は堆積の場にある沖積低地において発生し、沖積低地では高度成長期に急速に開発が進行した結果、水害が拡大した。地形分類図はハザードマップに読み替えることができることを大矢雅彦や海津正倫を初めとする自然地理学者は繰り返し発言してきたが、水害リスク軽減の試みは社会の要請により土木や工学分野主導で行われ、地理学はその効果の検証や、経済効果との兼ね合いに関する議論にはほとんど参加することができなかった。そのため地理教育においても、水害を社会問題として捉えて生徒に教えることについて、長年逡巡してきた。しかし、2022年から始まる「地理総合」では、自然災害を日本列島の自然条件と、開発の歴史などの社会経済条件との両面からとらえ、防災教育を先導することが求められる。

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