日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S101
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発表要旨
自然保護における地理学の役割
*目代 邦康
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キーワード: 保護, 保全, 環境権, 環境教育
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抄録

1.はじめに

日本各地で,自然環境の破壊,開発事業における地域住民と開発事業者との軋轢といった問題が起こっている.それぞれの問題の原因には,必ず地形や水,植生といった自然地理学的内容と,地域社会の成立過程や地域の産業,周辺地域との関係性といった人文地理学的内容が関係している.上述の問題が発生した際に,その解決は,政治的にあるいは司法の場ではかられるが,それぞれが地域の自然環境の上に成立している人の暮らしがある中での問題であり,破壊されたものは元には戻らないため,本質的な問題の解決に至らないことが多い.

本シンポジウムでは,上述の自然環境の破壊,開発事業における地域住民との開発事業者との軋轢といった問題,そしてこれからの自然の自然保護問題と呼びたい.これまで地理学者は,こうした問題に対して破壊される地形や水文プロセス,植生などを調査し,その希少性などの価値の評価を行うことや,既存の調査で十分評価されていない自然災害の安全性についての問題の指摘,予定されている開発案件の計画の杜撰さ,開発事業終了後の地域社会の変容など調査を行い,それらの研究の蓄積の元,新たな事業に対しての,合理性,有用性などについて議論してきた.2015年には,自然保護問題研究グループにより「自然保護問題への地理学的アプローチ—辺野古問題とリニア建設問題」と題したシンポジウムが行われた.また,同年,一般発表セッションで「自然資源利用の倫理性」をテーマとした.2017年には,研究例会を開き山岳地域の自然保護問題について検討した.2018年には国際サンゴ礁年と連動した「サンゴ礁保全の現在とこれから」と題したシンポジウムを行った.過去,散発的にテーマを定め,シンポジウム等を開催してきたが,全国で発生している問題の多さ,複雑さに比べると,その活動の量は十分とはいえない.今後,地理学分野における主要なテーマとしていくためにも,恒常的な議論とアウトプットの蓄積が必要であろう.そのような問題意識を持って,自然保護問題に対して地理学という科学は,何ができるかということを,これまでの研究蓄積を振り返り,現状の社会の分析を進め,考えるというのが本シンポジウムの趣旨である.

2.現代における自然保護問題

自然保護問題は,以前より様々な分野で扱われている問題であり,その問題群への社会の関心は以前より高いとはいえない.一方で,持続可能な開発目標(SDGs)へ向けての活動が,国をあげて推奨されていき,各地の自然破壊の状況についての知識も蓄積されていく中で,自然環境を良好な状態に保つことに対しての社会の関心は以前と変わりつつあるようにも思われる.現在,発生している問題に対して,地理学のこれまでの研究を踏まえ,新たな視点を提供することは可能であろう.

今回は,現在,社会的に関心が高まっている治水の問題に対して,これまで水資源研究,流域管理について研究されてきた伊藤達也氏に「ダムと環境保全の対立」と題して発表していただく.またリニア中央新幹線工事については,長らく南アルプスユネスコエコパーク(Biosphere Reserve)の専門員として現地から問題を見てこられた若松伸彦氏に「南アルプスにおけるリニア中央新幹線工事の現状」と題して発表していただく.

 自然保護問題の背景の理解には,地域の自然環境とそれを取り巻く社会環境との関係性の把握が必要である.地域の様々な事象の価値やその関係性を評価する場面において,地理学者の持つ技術や考察力は大きく貢献することであろう.本シンポジウムでは,自然保護問題の解決にむけての原動力の一つとなる市民の動きに注目して,これまで環境運動と地域の関わりについて研究されてきた淺野利久氏に「市民による環境運動は転機を迎えているのか?」と題して発表いただく.

3.教育とのかかわり

 良好な自然環境の中で暮らしていく,それを求めるという権利は,環境権と呼ばれるものである.これは,公害問題や,また本シンポジウムで扱う自然保護問題を考える際に,基本となる一つの概念である.こうした環境権を,現代の地理教育においてどのように位置づけるかは,自然保護における地理学の役割を考えるうえで,一つの論点となるであろう.

4.本シンポジウムの進め方

 本シンポジウムでは,上記3件の発表を基調講演と位置づけ,その後の総合討論の時間で,これらに関連する話題や,その他の日本国内外の自然保護問題,さらには自然保護問題と関連する他の問題群について,シンポジウム参加者の方に多く意見を求め,広く深く議論を進めていく予定である.

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© 2020 公益社団法人 日本地理学会
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