Ⅰ.問題所在と研究目的
わが国では地勢上,台風や前線の影響を受けやすく,各地で洪水災害が頻発している。こうした状況に対し,近年では,水防法の改正(2017年)によるハザードマップの見直しや,避難勧告等に関するガイドラインの改訂(2019年)が行われ,5段階の「警戒レベル」に基づく避難情報の本格運用が開始されるなど行政・住民双方において「新たな対応」が求められるようになってきている。本研究は,2019年(令和元年)10月12日に主に東日本地域に記録的な豪雨とこれに伴う甚大な被害をもたらした台風第19号を対象に,栃木県宇都宮市での状況を事例として,住民の避難およびNPO等による被災者支援の在り方について,一体的に把握・検討することを目的とする。調査にあたっては,被害が集中したJR宇都宮駅前の田川流域を主対象とし,自治会の協力のもと,質問紙調査を実施し,448世帯(763人),回収率36.1%の回答を得た。
Ⅱ.宇都宮市における被害と避難状況
令和元年台風第19号による宇都宮市の日降水量は,観測史上最大の325.5㎜を記録した。これにより,市域全体では,住家において床上浸水(607棟),床下浸水(331棟)のほか非住家においても480棟に浸水被害が発生した。また,河川護岸の破損や,農地への土砂の流入等の甚大な被害が発生した。本調査において実施した被災者の災害記憶から取得した「浸水開始時間」では,午後7時台から左岸の河川近傍地域において域内の排水不良等に伴う内水による浸水が発生し始めており,午後8時台には左岸を含む広い範囲に浸水が拡大していることが明らかになった。調査対象地域における「自宅外避難」の割合は,27.2%(115世帯)であり,その多くは,日没後の午後6時以降に避難が行われた。本研究対象地域は,想定降雨確率の見直しに伴い,新たに浸水想定域となったため,これまで避難所・避難場所となっていた域内の小学校等の施設が使用不可となった。そのため,発災前より行政および自治会の協働のもと,浸水域外の避難についての合意と地元説明会等が行われていた。しかし,被災中心地から指定避難所までの直線距離は1〜1.5kmほどあり,既に域内が浸水している中での実際の避難においては二次災害の危険性も有していたことが想定される。
Ⅲ.NPO等の連携組織による被災者支援
発災直後より,宇都宮市社会福祉協議会による災害ボランティアセンター(VC)が設立され,一般ボランティアによる被災家屋の泥出しや清掃,被災物の搬出等が行われた。また,これと並行して,宇都宮市を基盤に活動する市内の複数のNPO等が連携して設立した「うつのみや暮らし復興支援センター」では,災害ファンドを活用した専門系ボランティアの派遣や,相談会の開催,被災者の見守り・訪問・定例食事会,および検証調査等,中長期の伴走型支援が実施された。近年の災害対応では,効率的な被災者支援のために「行政」,「社会福祉協議会」,「NPO等」が連携して情報共有・活動調整を行う「三者連携」体制の構築と運用が要されており,今後においては,より実効性のある平時からの市域・県域での体制づくりが求められる。
Ⅳ.課題
災害の多くは,被災者にとっては「個人の記憶」となるが,将来に向けて被害を最小化していくためには,これを正しく記録し「社会の記憶(記録)」として共有・議論をしていくための技術や方法論を構築していくことが課題として挙げられる。