日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S507
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発表要旨
イギリス帝国林学と焼畑
*水野 祥子
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抄録

1. イギリス帝国と林学

 英領インドでは19世紀後半から、アフリカやカリブ海の植民地では20世紀に入ってから、植民地政府が近代林学に基づき森林を管理する制度が展開した。森林局や森林法が整備され、政府所有林に画定される森林面積が拡大するにつれ、焼畑や放牧、燃料の採集など現地住民の慣習的な森林利用が制限されるようになった。インド森林史の先駆者R・グハに代表されるように、こうした中央集権的な森林管理制度は現地社会のシステムを破壊し、激しい抵抗を引き起こすものと捉えられてきた(Guha 1989)。これに対し、支配と抵抗、西洋と非西洋、近代科学と伝統的慣習という二項対立の構図からは見えてこない植民地政府と現地社会それぞれの内部の多様性や変化、また、両者の「遭遇」によって生み出されたものに目を向ける必要性が唱えられている(Sivaramakrishnan 2008)。他方、帝国というマクロな視点から林学の展開を考察する研究では、知の生産と普及のあり方が議論されてきた。ドイツ林学を基盤としてインドで森林管理制度が確立し、その後イギリス帝国各地へ広がったという一方行的な知の普及モデル(Barton 2002; Rajan 2006)に対して、東南アジア各地の経験とヨーロッパの林学やアメリカの生態学が相互に影響しながら新たな知が生み出されたと指摘する研究が出ている(Vandergeest and Peluso 2006)。これらの研究成果を踏まえて、本報告では、イギリス帝国の森林管理官と現地住民の遭遇によって生み出されたハイブリッドな森林管理方法「タウンヤ(taungya)」がイギリス帝国林学のなかでいかに位置づけられたかを明らかにする。

2. 林学・焼畑・タウンヤ

 一般的に焼畑は広範囲にわたって森林に損害を与える浪費的な方法として問題視されていた。しかし、ビルマのペグー山地に居住するカレン人に対しては、樹木を伐採、火入れした土地で1〜数年の間のみ農作物を栽培することを認める代わりに、木材として有用なチークの苗木・種子の植栽、除草などを義務づけるタウンヤと呼ばれるシステムが1850年代後半から始められた。林学において防火は基本原則の一つであり、インドの政府所有林内では焼畑や火入れを伴う放牧が禁止されていたため、ペグー山地のタウンヤは人口が少ない奥地で林業労働力を確保するために採用された例外的な方法であった。ところが、20世紀初頭になると、ビルマやベンガル北部、アッサムの森林管理官のなかに、焼畑の禁止(火入れの排除)が徹底された地域で生態環境が改変され、常緑種との競争に負けてチークやサラノキの更新が成功しないという問題を指摘する者が出てきた。かれらの間で火を更新の手段として利用すべきか否かについて論争が巻き起こったが、同時期に発展した生態学の影響もあり、従来は有害とみなされていた火がチークやサラノキの更新に必要だという認識が広がっていった。こうして1920年代までにインド北東部にタウンヤが導入されたのである。

3.帝国林学ネットワークとタウンヤ

 英領インドで生み出されたタウンヤは帝国林学のなかでどのように位置づけられたのだろうか。1923年に開催された第2回帝国林学会議では、焼畑の全面的な禁止を求めるグループと、適切に管理するという条件つきで焼畑を容認するグループがあり、焼畑への対応が帝国内で二分していた。しかし、1935年の第4回帝国林学会議では、ある種の森林更新に火の利用が有効であることに同意が得られるようになり、タウンヤのような焼畑を利用した造林法がビルマ、ベンガル、アッサム、連合州など英領インドに加え、ケニア、タンガニーカ、さらにナイジェリア、ゴールド・コースト、オーストラリア(クイーンズランド)などイギリス帝国内に広がったことが明らかである。また、タウンヤとともに、森林管理官の監督のもとで住民が火入れを行う「初期火入れ(early burning)」が帝国内に広がったことにも注目すべきである。これは、放牧のための火入れを条件つきで許可するというものであった。これらの方法は植民地の森林管理官と現地の生態環境や現地社会との接触によって生み出された管理方法であり、ローカルな経験が帝国林学会議という場で交換され、共有されるなかで、現地住民の慣習的な土地利用を取り込んだ新たな林学が帝国内で展開したといえる。この点に注目すれば、イギリス帝国における林学とは、ヨーロッパ林学から派生したものというよりも、各地の実践に立脚したさまざまな林学モデルが森林管理官のネットワークのなかで交換され、相互に影響しながら構築されていくハイブリッドなものとしてとらえることができよう。

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