日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 915
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発表要旨
人口減少地域における在来線・整備新幹線の利用状況と行方
*櫛引 素夫
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抄録

1.本研究の目的 青森県の津軽半島北部は人口減少と高齢化の進行が著しい。2016年3月の北海道新幹線開業に伴ってJR津軽海峡線が廃止となり、交通網が大きく再編された。発表者は、一連の変化が住民に及ぼした影響や、住民がどのように在来線・JR津軽線や北海道新幹線を利用しているかを明らかにするため、外ヶ浜町と今別町の全世帯を対象に2019年10月、両町の協力を得て調査を実施した。本研究ではその結果を速報的に報告するとともに、人口減少が進む地域における在来線の将来、並びに整備新幹線が果たし得る役割を検討する。

2.外ヶ浜町、今別町の概要と調査状況 外ヶ浜町は2005年、蟹田町・平舘村・三厩村の合併によって成立した。今別町を挟んで飛び地状の町域を持ち、役場所在地は蟹田地区である。2019年10月1日現在の住民基本台帳人口は5951人、世帯数は2881、2018年10月1日現在の高齢化率は49.1%と県内第2位、2009〜2019年の人口減少率は約26%である。今別町は同じく人口2569人、世帯数1416、高齢化率は54.9%と14年連続で青森県内第1位、人口減少率は約27%である。

 調査票の配布は両町の広報誌などの配布チャンネルで行い、実際の配布数は外ヶ浜町が2612枚、今別町が1207枚だった。回収数は外ヶ浜町が323枚、今別町が325枚で、回収率はそれぞれ12.4%、26.9%だった。

3.2町に及んだ交通網の変化 JR津軽線は青森駅と津軽半島の北端・三厩駅を結ぶ路線である。南半分の青森−蟹田間は電化され本数も多いが、北半分の蟹田−三厩間はディーゼル車が1日5往復するにとどまる。北海道新幹線の開業までは、特急が津軽線の一部を経由して函館−青森間を結び、現在の奥津軽いまべつ駅に近い津軽今別駅と蟹田駅に停車していた。

 北海道新幹線の開業後はこの特急が廃止された。蟹田駅は、青森駅への速達手段を失うとともに、特急なら1時間半ほどで到達できた函館駅には、①津軽線や自家用車で奥津軽いまべつ駅へ出向いて北海道新幹線に乗り、さらに終点・新函館北斗駅から函館線の列車で函館駅へ向かう、②津軽線と奥羽線を乗り継ぐか、自家用車などで新青森駅へ出向き、北海道新幹線−函館線と乗り継ぐ、といういずれかの方法でしか到達できなくなって、所要時間とコストが増加した。

 一方、今別町は奥津軽いまべつ駅が立地し、新幹線料金は他の新幹線より割高ながら、奥津軽いまべつ−新青森間は15分、奥津軽いまべつ−新函館北斗間は46分と、利便性は大幅に拡大した。 

4.調査結果の概要 津軽線については、「ほぼ毎日利用する」利用者はほとんどが高校生だが、高齢化の進展を反映し、その割合は両町とも極めて低い。一方、回答者の大半を占める高齢者は、多くが無職である事情も手伝い、「月に何回か使う」が外ヶ浜町で2割、今別町が1割、「年に何回か使う」がそれぞれ3割、2割程度である。最も多いのは「ほとんど使わない」で、外ヶ浜町は約38%、今別町は約66%に達している。

 津軽線を利用しない理由は「乗用車があるから」が突出して多く、クルマ社会と人口減少による需要の縮小、ダイヤや駅までの距離による「使い勝手の悪さ」が負のスパイラルを構成している様子を確認できた。一方で、免許返納後の交通手段に不安を訴える声も散見された。

 記述項目で注目されるのは、「津軽線を利用しない理由」として跨線橋の昇降の困難さを挙げる人が少なくないことである。「高齢化の先進地域」としての津軽線沿線を考えると、時期の差はあれ将来的に日本の多くの地域が、同様の状況に直面する可能性が高い。

 北海道・東北新幹線の利用状況をみると、両町とも複数回の利用経験者が多く、交通手段としての定着状況を確認できた。また、新青森駅、奥津軽いまべつ駅をともに利用している人が目立ち、今別町でも新青森駅まで出向いて乗車している人が少なくない。

 用途は両町とも「旅行」が最多だが、「仕事・出張」を挙げた人が予想以上に多く、発表者にとっては新幹線の役割を再考させる結果となった。「親の介護」「帰省」といった目的を挙げる人も一定数おり、人口減少社会における「遠距離介護・見守り」ツールとしての新幹線の役割を浮かび上がらせた。ただし北海道新幹線の高い運賃には抵抗もある。

5.展望 整備新幹線の開業に際しては、新幹線や駅の利用状況、観光客の入り込みなどに焦点が当たりがちである。しかし、地元にとって最も重要なのは、住民の生活への影響であることは言を俟たない。特に、人口減少や高齢化が著しい地域に、新幹線はどのような課題と可能性をもたらすのか、また、在来線はどのような役割を果たし得るのか、これから開業する地域も、既に開業した地域も、適切に(再)検証する必要があろう。 

 ※青森学術文化振興財団・平成31年度助成事業

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