日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の337件中1~50を表示しています
発表要旨
  • 齊藤 由香
    セッションID: 732
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1,アンダルシア自治州の景観政策

     景観法をもたないスペイン・アンダルシア自治州では,景観政策は環境,文化,地域計画など景観との関連の深い政策領域において個別に進められきた。ゆえに,景観のとらえ方や政策的介入のあり方は分野によって大きく異なっている(齊藤,2019)。今回はとくに文化財政策にフォーカスし,景観の観点から行われている政策的介入の事例として,世界遺産「アンテケラのドルメン遺跡」(2016年7月登録)の景観マネジメントを取り上げる。この考古遺跡の有する景観的価値がどのように見出されたのか,それを可視化し社会と共有するため,どのような政策的介入が行われてきたのかを明らかにすることで,文化遺産の景観マネジメントの意義を問うことが本研究の目的である。

    2.アンテケラのドルメン遺跡の景観的価値

     「アンテケラのドルメン遺跡」には,メンガ,ヴィエラ,エル・ロメラルの3つの巨石建造物に加え,2つの山が含まれる。一般に西ヨーロッパのドルメンの方向設定が天体の動きに関連付けられるのに対し,アンテケラの場合メンガとエル・ロメラルは各々,この地域の象徴的なランドマークである「恋人たちの岩山」とカルスト地形の山エル・トルカルの方向を向いている。こうした地上の自然物に向けられた独特な方向設定は,当時の人々が周辺環境をいかに認識していたのかという,彼らのコスモロジーを理解する上で重要な要素であり,世界遺産が有するべき「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)」として認められた。すなわち,アンテケラのドルメン遺跡は文化財そのものだけではなく,巨石建造物と自然のモニュメントの間に構築された景観としてとらえ直すことで,その遺産的価値が再評価されたといえる。

    3. アンテケラのドルメン遺跡に対する景観的介入

     世界遺産登録以前,景観の観点から行われた最初の政策的介入は,メンガ遺跡を森のように覆っていたマツの木をすべて伐採することであった(2004年)。この遺跡最大の価値であるドルメン遺跡と自然環境との関係性を可視化するためには,メンガ遺跡と「恋人たちの岩山」の間の見通し(intervisiblidad)を確保することが不可欠と考えられたからである。さらに,この遺跡が有する景観的価値を再解釈する試みとして,アンダルシア歴史遺産院と景観地域研究所の共同による調査研究が行われた(2011年)。

     世界遺産登録後は,UNESCOからの指導と要請を受けながら,とくにドルメン遺跡とその周辺の景観の保護・向上を目的としたマネジメントに主眼が置かれている。具体的には,1980年代メンガ遺跡と「恋人たちの岩山」の間に設置されたミュージアムの修景,世界遺産登録前に建設された工業団地の景観インパクトを軽減するための植栽作業,都市計画における用途地域の変更などが挙げられる。また,2019年夏からは遺跡を夜間公開し,市民にドルメン遺跡の景観的価値を体感してもらうための試みとして野外フェス「Menga Stones」を開催している。

    文献

     齊藤由香 2019.スペイン・アンダルシア自治州の景観政策—自治州各省庁による施策の総合化の試み—.日本地理学会2019年春季学術大会(ポスター発表)

  • 野上 道男
    セッションID: 833
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    『周髀算経』の一寸千里法は「魏志倭人伝」解読の里程論における基本的な論拠であるとして、多くの研究がなされてきた。これまで取り上げられることの少なかった『淮南子』天文訓の一寸千里法と比較すると、『周髀算経』巻上の「栄方陳子問答」の一寸千里法は、太陽の大きさや日影長を観測せず、しかも『淮南子』の方法を改竄開陳するときに、いくつかの誤りを犯している、と判断される。

  • 轟 博志
    セッションID: 831
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では、主として筆者が新羅五通のうち塩池通の一部と推定している旧慶州郡西面一帯の道路について、主として地籍原図を使用して、ミクロスケールの観点から経路復原を考え、他の区間にも援用できるような仮説を導き出した。その結果、慶州周辺をはじめとして、平野や盆地、微高地において設定されていた新羅の幹線駅路は、古代日本がそうであったように、直線の道路が施工され、周囲の井田と一体的に計画されていた可能性が提起された。今後、他の同様の地形条件を持った区間の調査を進め、仮説の精緻化を図りたい。

  • 黒木 貴一, 岩船 昌起
    セッションID: P144
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    指定避難所は,基礎自治体が所有する既存施設が利用されることが多く,立地の安全性,特に地形条件については,十分に考慮されているとは言い難い.このため危険な場所の施設が避難所に指定された場合,発災時に,避難行動に障害が生じることがある.避難所と避難経路に関しての地形条件が評価され,かつ災害想定が的確になされれば,各施設の安全性が事前に確認でき,防災・減災に繋げることができる。筆者らは,2019年に鹿児島市での避難所の安全性評価に関わった.そこでの地形及び地形量指標を評価の根拠として重視した事例を紹介する.

  • 中村 努
    セッションID: 206
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ.はじめに

     筆者らはこれまで南海トラフ地震発生後の救援物資輸送の脆弱性について地理学の観点から検討してきた(荒木ほか,2017)。高知県においては,地震発生後の津波による甚大な被害が想定されることから,これまで高知県や各市町村による,公助の防災対策が施されてきた。しかし,公助のみでは広域にわたる救援活動を行うことはきわめて困難であることから,民間企業や組織の協力のもと,事前に物資配送体制の充実と強化を図るとともに,要支援者が避難するための個別計画の作成を推進している。特に,高知県沿岸部における今後の津波防災対策の課題として,①津波による浸水が想定される沿岸部の救援物資ルートをいかにして確保すればよいのか,②避難行動要支援者に対して,誰がどのようにして避難を支援すればよいのかの2点が指摘できる。そこで,本発表では,津波の長期浸水が想定される高知県沿岸自治体の共助に基づく地域防災の取組みに焦点を当てる。具体的には,災害発生直後の要支援者に対する救援物資配送計画および避難行動計画のそれぞれを検討し,共助の果たす役割と限界,今後の課題解決に向けたアプローチを提示する。

    Ⅱ.救援物資配送計画

     高知市は2019年3月,国や県,他市町村,協定先,ボランティア,個人から送られる救援物資の受け入れと避難所への配送体制についての基本的な考え方を示した物資配送計画を策定した。おおむね100年〜150年周期で発生するマグニチュード8クラスの地震(L1)による津波によって,高知市内は市街地の多くが浸水する想定されている。これらの地域では,想定避難者数を0とし,浸水エリア外の避難所への避難者数を小学校区ごとに想定している。高知市内には物資拠点が2カ所設定され,おおよそ10km以内に,市内避難所160カ所の9割,全避難所は,25km圏内に立地している。配送車両が時速30kmで運行した場合,ある1台の配送車両が物資拠点から一つの配送先避難所までの到達時間は,長くても1時間以内に収まる。しかし,1,000人以上の大規模収容施設12カ所へは,前提としている4トントラックでは一度の配送が困難であり,2トントラックではトラックの台数が不足する。また,配送ルートを最短距離で算定すると,ラストマイルの狭い幅員の道路では,トラックの通行が困難なケースが予想されるため,委託先の運輸業者とラストマイルの通行の実現可能性を検討しているという。さらに,優先度の低い指定避難所以外の避難先への配送は想定されていない。配送人員や車両が不足する場合,赤帽や郵便局を活用した中間物資拠点を設置するとしているものの,協力体制については今後の検討課題である。ただし,このような配送計画が実際に策定されているのは,高知県内で高知市のみである。他の小規模自治体では,人員や配送車両が容易に調達しにくいことから,マニュアル化が困難であると考えられる。

    Ⅲ.避難行動要支援者対策

     東日本大震災の教訓を生かして,2014年4月に避難行動要支援者名簿の作成が義務化された。情報提供の同意を得た要支援者の名簿は,避難支援組織に提供され,個別計画の策定に生かされる。しかし2019年3月現在,市町村別の避難行動要支援者数に対する提供率は平均59.3%,避難支援等関係者に対する作成率は11.9%と低調である。四万十市や三原村ではいずれも100%を示す一方,東洋町や奈半利町,北川村ではいずれも0%と地域差も大きい。高知市では名簿作成が完了したものの,個別計画の策定は一部にとどまる。自主防災組織などの支援関係組織にとって,名簿の受け取りは病気の有無や病態を含めた支援内容の情報管理の責任を負うことを意味する。これらの責任を回避しようとする支援関係組織の行動が,名簿の受け取り拒否につながっているものと推測される。他方,34.4mの最大津波高の想定が公表された黒潮町では,提供率86.0%,作成率47.9%と相対的に高い値を示す。全職員が消防団の分団をそれぞれ担当し,防災隣組を決めるとともに,避難訓練で小中学生が要支援者に避難を呼びかける活動を行っている。従来,黒潮町では男性が出漁で長期不在となる家庭が多く,女性が自主防災の主体的役割を担っている。

    文献

    荒木一視・岩間信之・楮原京子・熊谷美香・田中耕市・中村 努・松多信尚 2017. 『救援物資輸送の地理学—被災地へのルートを確保せよ』ナカニシヤ出版.

  • 府和 正一郎
    セッションID: P124
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

    ・研究目的 神社の野外寄進物には鳥居、狛犬、灯篭、社号標、旗竿などがある。これらには寄進者の名称、居住地、寄進年代などが刻まれている場合が多く、文化遺産である。災害で倒壊、破損した事例が多い。神社の野外寄進物の調査と記録が重要である。

    本稿では口能登の県社であった羽咋神社と能登一宮であり旧国幣大社の気多神社、中能登町の石動山登山口の二宮にある延喜式内社とされる旧郷社天日陰比咩神社、石動山(564m)史跡にある延喜式内社で旧郷社伊須流岐比古神社を対象とする。奥能登では珠洲市の延喜式内社で旧県社の須須神社、輪島市の延喜式内社とされる旧県社重蔵神社を対象とした。以上、能登地方主要6神社について、野外寄進物の特色を明らかにすることを目的とする。

    ・研究方法 市町村史、神社史等による文献調査と現地調査による。現地調査は野外寄進物を社号標、鳥居、灯篭、狛犬、歌碑・句碑、その他に分け、寄進者の個人名・団体名、居住地、寄進年代等を記録する。2019年7月現在の調査結果を考察対象とする。

    野外寄進物の性格

    1 対象野外寄進物の神社別の総数が加賀地方に比べて能登地方は少ない。最多は重蔵神社の56個、次いで須須神社の34個である。最少は伊須流岐比古神社の5個である。加賀地方では白山比咩神社の76個、大野湊神社の76個、菅生石部神社45個である。

    2 種別では能登地方主要6神社合計、灯篭が44.9%で最多である。次いで狛犬19.4%、鳥居14.6%、社号標8.5%の順である。      3 材質では、石造が81.6%を占める。金属造が11.5%あり、鉄は灯篭の竿部分に使われ、アルミは旗竿に使われ、青銅は神馬像に使われている。木造7.3%は鳥居である。石質は花崗岩が46.1%と多い。凝灰岩は10.3%である。

    4 分布については、神社境内入り口には鳥居、灯篭、社号標がある。参道の両側には灯篭が配置される。拝殿前には狛犬、灯篭等がある。   

    気多神社のみ神門がある。伊須流岐比古神社には狛犬が無い。 

    5 寄進者居住地域別では能登地方主要6神社で、石川県内が62.4%と多く、特に各神社が立地する市町村の割合が高い。気多神社への寄進者は地元羽咋市から中能登町、七尾市まであり、他の神社に比べて範囲が広い。これは気多神社の平国祭、鵜祭りの巡行範囲と一致している点で注目される。

    県外からの寄進では、移住者が多い東京都、大阪府、愛知県からが多い。須須神社では北海道、樺太への農漁業移住者による寄進が多くある。重蔵神社では愛媛県の輪島塗商が寄進した狛犬がある。伊須流岐比古神社には佐渡から灯篭が寄進されている。  

    能登地方主要6神社計では、個人による寄進が58.2%と多い。団体寄進は27.3%、不明14.5%である。多人数での寄進は地元住民によるものが多いが、天日陰比咩神社では東京都在住の中能登町二宮出身者一同による事例がある。

    重蔵神社では、如月祭で神社祭礼を担当する同一年齢階層による団体寄進がある。氏子達が伝統祭礼主体となることで、人的交流が深まり、団体寄進が生じやすい風土が継続されている。

    6 寄進時代別では、江戸期の野外寄進物は少ない。重蔵神社に7個、須須神社に2個、羽咋神社に2個存在する。これは北前船主等や、有力商家による寄進である。気多神社には江戸期の野外寄進物が残存しない。能登地方主要6神社とも明治・大正期は比較的少ない。昭和前期は奥能登の方が口能登より寄進数が多い。昭和前期でも重蔵神社は昭和天皇即位奉祝の昭和初期、須須神社は皇紀二千六百年(1940年)記念関連が多い神社の寄進物が多い。これは羽咋市と鹿島郡の主産業であった合繊織物業が盛況であった時代を反映する。

    石動山に近い中能登町芹川原山の神明社の社殿と灯篭や狛犬が1994年二宮の天日陰比咩神社境内に移築された。過疎が進み、神社維持が困難となったためである。過疎により山村の野外寄進物と社殿が地縁のある山麓の神社境内へ移築された事例である。

    参考文献 

    府和正一郎. 2018.「白山市白山比咩神社の野外寄進物」2018年人文地理学会大会 研究発表要旨88-89.

    府和正一郎. 2019.「加賀市菅生石部神社と金沢市大野湊神社の野外寄進物」 日本地理学会発表要旨集 No.95.305.

    府和正一郎. 2019.「珠洲市須須神社と輪島市重蔵神社の野外寄進物」2019年 人文地理学会大会 研究発表要旨94-95.

  • 山口 隆子, 松本 昭大
    セッションID: P172
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    伊豆諸島の島々では、島の上空だけが雲に覆われることがある。この現象を「島曇り」という。島曇りが発生すると、視界不良により航空機や船の発着が困難になる。伊豆諸島の島曇りに関する研究は、気象庁による報告書が複数あるものの、論文としてまとめられたものはない。そこで、本研究では、長期的な観測のデータを用いて、島における霧の発生条件を気候学的な推定を行った。

     対象地域は、伊豆諸島のうち測候所が置かれており、欠測の少ない八丈島と伊豆大島とした。対象期間は目視による雲の観測が行われていた、1989年4月から2009年9月までである。島で広がる霧には、「島曇り」のみならず、海から侵入する「海霧」もある。しかし、島民は両者を区別しておらず、測候所での観測結果はいずれも「霧」となる。本研究では、島曇りと海霧を区別することが困難であることを考慮して、新たに「島霧」として定義を行った。

     八丈島の島霧の発生頻度は、1年あたり約20.7日であり、大島の2.5倍弱に達した。このように、八丈島は大島と比べ、島霧が生じやすい。月別発生頻度は、両島ともに、5〜9月に多く、7月にピークを迎えた。一方、秋から冬にかけては、島霧の発生頻度が非常に小さくなる。6月から8月にかけては、気温が海面水温を上回る時期が現われるが、この時期と島霧が多発する時期が一致した。この点を各島霧日について、調べたところ、「気温-海面水温」の値が-3℃以上になると、島霧が急増することが明らかになった。

     島霧は6,7月に多く、梅雨前線の影響が窺われたため、前線の位置を調べた。島霧時の前線の緯度は最多が北緯35度、次に37.5度であった。八丈島が北緯約33度であるので、これらの前線は、八丈島の北側かつ、近傍にあるといえる。したがって、前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込みやすい状況にある。一方、前線が32.5度以南、すなわち八丈島の南側に位置する場合、島霧の発生数は極端に少なくなる。これは、風向が北寄りとなり、陸地由来の乾燥大気が流入しやすくなるからだと思われる。

     黒潮が島の南側を流れる場合、南方から湿った大気の移流により、島霧が生じていた。ただし、海面水温が低いため、他の条件が悪くても、大気が安定し、島霧となる事例もみられた。黒潮が島の北側を流れる場合、南寄りの風により気温が上昇し、海面水温を上回る際に、島霧の発生が多くなった。黒潮の影響により、北寄りの風の際にも、高温・多湿となることもあった。このように、黒潮の流路によりも、移流の効果が、島霧に影響を及ぼしていた。

     島霧の発生条件の推定の結果、以下の条件が揃う際に、島霧が生じやすいことが明らかになった。

    ①気温と海面水温の差が-3℃以上になること

    ②湿度が85%を超えること

    ③南西の風が吹くこと

    ④850hPa以下の下層大気に安定層があること

    ⑤日本列島上に停滞前線があること、もしくは南高北低の夏型気圧配置となること

  • 清水 長正, 前田 富孝, 前田 重雄, 土屋 清
    セッションID: P187
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    小諸の氷風穴は,御牧ヶ原北東端の千曲川に面した大規模な地すべり地形の一部に位置する。ここで2016年11月から2017年4月までの冬季における冷風穴と温風穴の温度変化を記録した。冷風穴や温風穴の温度は日較差がほとんどない。冷風穴では,12月半ばからマイナスとなり4月に至っても0℃を上回らない。この間の最低は1月26日午前7〜9時のマイナス4.2℃。いっぽう温風穴では,12月末以降4月初めにかけて徐々に下がる傾向があるものの,冬季に関わらず10℃以上で推移していた。4月8〜10日には急に外気温が上昇しており,それに合わせて温風穴の地温も外気温の低い部分に一致する傾向がみられる。これは温風穴の冬季の吹き出しから春季の吸い込みに転じる現象を反映した結果とみなされる。2019年1月から6月まで,1日1回のインターバル撮影により,4号風穴奥の石垣に生成される氷の変化を記録した。結果は,2月4日以降に氷が生成されはじめ,3月4日に至って大きく生長し,4月10日までそれが維持され,それ以降徐々に小さくなり,6月4日に小さい氷体を残すのみ,という氷の消長を記録することができた。

  • 阿部 信也, 志村 喬
    セッションID: 132
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに災害は地域的な現象であり,防災教育は地域に根ざした実践が求められる。防災教育が積極的に「自校化」を提唱している理由はここにある。

     本研究は,自校化された防災教育の学習構造を,村山(2016)等の先行研究をもとに第1図のように設定している。この学習構造モデルでは,防災教育が「防災学習」(前半)と「防災指導」(後半)に大別される。防災学習の部分では,災害発生のしくみを構造的に整理し,学区を対象とした「素因(自然環境と人間生活)」の事実認識と,一般的な災害発生の仕組みである「誘因→素因→災害」という概念認識を関連付けて生徒は学ぶ。続く後半の防災指導では,防災学習で得た知識をもとに生徒自身が避難訓練計画を立案する。本モデルは,社会科(地理的分野)を中核とすることで,防災学習と防災指導が連携した効果的な防災教育実践がなされることを示しており,実践成果は志村・阿部(2019)で報告した。

     本発表では,防災教育の自校化を進めるための本学習構造枠組をふまえて実施した防災教育の小中学校現場実態に関するアンケート調査結果について,主に教員の認識実態に焦点を当てて報告する。

    2.アンケート調査の概要:新潟県三条市内の全市立小学校・中学校を対象に,2018年2月20日(火)〜2月28日(水)に実施した。回答者は小・中学校ともに,社会科主任を含めた社会科担当2名,理科主任を含めた理科担当2名,(保健)体育科主任1名,家庭科主任1名,防災計画作成者を含めた安全(防災)担当職員2名である。回答者数は,小学校135名,中学校53名で,合計188名であった。

    3.アンケート調査結果:防災学習では,「自分自身が学区の地域特性を理解していないため,自校化が難しい。」といった課題が多くあげられ,特に素因理解である事実認識の獲得に難しさを抱いていた。しかし,素因を理解する必要性も感じていないことも読み取れた。この背景には,多くの教員が防災教育の目的を災害発生後の対処的なものと考え,予防的な防災教育という意識が低いことがあり,国が目指す防災教育の目的と現場教員が認識している防災教育の目的との違いが明らかとなった。さらに,どの地域でも使える『新潟県防災教育プログラム』に依拠した概念的な防災学習指導が中心となっており,これも学区の素因理解(事実認識)を疎かにしている一因になっていた。

     防災指導に関しては,現在実施されている避難訓練での想定災害と,教員が学区で起こる可能性があると考えている災害に違いがあった。避難訓練の内容も防災学習とは関連しておらず,第1図のような学習構造をもった指導とはなっていなかった。さらに,多くの学校では「教員が子どもをどのように避難させるか」といった教員にとっての訓練になっており,子どもが主体的に避難行動を考えるような指導場面はみられなかった。

     防災教育全体では,防災教育計画の整備が不十分で,防災教育と教科・領域との関連が不明な学校が多い。各校の防災教育計画は一般・汎用的な計画等を参考に作成されており,教育計画を見るとその内容が似通っている学校も多かった。    

     以上のような調査結果からは,防災教育が自校化されていない現状とその背景・理由が理解された。

     本研究成果の一部はJSPS科研費16H03789(代表:村山良之)による。

    文献:

    志村喬・阿部信也 2019.自校化された防災教育の中学校社会科地理的分野での授業実践−新潟県三条市における単元開発と実践成果−.日本地理学会発表要旨集.95:239. 

    村山良之 2016.学校防災の自校化を推進するために—学校防災支援と教員養成での取組から—.社会科教育研究.128:10-19.

  • 岩手県山田町小谷鳥の津波堆積物を例として
    石村 大輔, 山田 圭太郎
    セッションID: 616
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     イベント堆積物とは,イベント(例えば,地震,津波,噴火,斜面崩壊,洪水など)に際し,その直接的もしくは間接的作用によって形成され,そのイベントを記録する堆積物と言える(Nerendofr et al., 2005;山田,2019).その形成過程としては,(1)給源物質の形成過程,(2)誘因過程(トリガー),(3)運搬・堆積過程に分けられる(Einsele et al., 1996).実際に地層中に認められるイベント堆積物は,これらの過程を反映した結果である.したがって,堆積物から過去のイベントの情報を読み取るためには,上記の過程を堆積物から復元する必要がある.

     本発表では,イベント堆積物である津波堆積物を例に,そこに含まれる礫の形態に注目することで,給源と運搬過程を推定する.使用する津波堆積物は,岩手県山田町小谷鳥での掘削調査で得られた最近4000年間のものである(Ishimura and Miyauchi, 2015).これらを使用した結果はすでにIshimura and Yamada, 2019)で報告されているが,本発表では,さらに古い4000年前から十和田—中掫テフラ(約6000年前;Mclean et al., 2018)間のイベント堆積物にも適用し,津波堆積物であるかどうかの議論を加える.

    2.手法

     本研究では,礫の形態を定量化するために,Wadell(1932)の定義に従った円磨度を用いた.また,肉眼による観察では,観察者によるバイアスがかかり,加えて,統計的な処理が可能な数量を得るために膨大な時間がかかるため,画像解析を用いた.試料の準備および解析については,Ishimura and Yamada(2019)に従った.

     試料については,イベント堆積物を洗浄し,2 mm以上の礫をふるいにより選別した.それらの礫を手作業にて粒子同士が接しないように並べた.撮影した写真について,二値化した後にZheng and Hryciw(2015)のプログラムを用いて,円磨度を計算した.そして,給源となる海岸を構成する礫と地質の異なる2河川の礫の円磨度分布から,イベント堆積物の円磨度分布を説明しうる各給源の寄与率を求めた.

    3.最近4000年間の津波堆積物の円磨度分布

     Ishimura and Miyauchi(2015)で津波堆積物と認められた堆積物には,海岸起源の礫が全てに認められた.また,浸水距離が記録されている2011年,1896年,1611年の歴史津波に対比される津波堆積物の円磨度分布は海岸から内陸へ向かって,河川起源の礫の割合が増加した.したがって,小谷鳥の津波堆積物を構成する礫は,海岸と陸地の両方に起源を持つことがわかった.

     さらに各歴史津波の浸水距離で規格化したところ,浸水距離の40%内陸地点で河川の寄与率が劇的に増加する傾向が得られた.これは押し波による海岸礫の内陸への運搬と引き波による陸地の礫の海側への運搬両方の結果と考えられる.この傾向を869年津波に対比される津波堆積物へ適用し,その浸水距離を求めたところ1896年の津波と同程度であることが推定された.このような過去の津波規模推定は,従来の手法とは全く異なるアプローチであり,新たな津波規模推定の可能性を示す.

    4.最近4000〜6000年間のイベント堆積物の円磨度分布

     4000〜6000年前には,2〜3層の津波堆積物と推定されるイベント堆積物が存在する.それらの円磨度分布を求めたところいずれも海岸起源の礫を含んでおり,津波堆積物に認定される.一方,土石流や河川性と推定された堆積物の円磨度分布は,ほぼ河川起源の礫から構成されることを示し,本手法を用いることで明確に河川性堆積物を区別することが可能であるとわかった.

    5.まとめ

     本研究では,津波堆積物を例とし,イベント堆積物に含まれる粒子の給源とその混合比から推定される運搬過程を推定した.このようなアプローチは,他のイベント堆積物(火山噴火,斜面崩壊,洪水など)に対しても可能であり,堆積物を構成する粒子の円磨度や起源,その混合比を定量的に求めることで,より確度の高い議論が可能になると思われる.

  • 小坪 将輝, 中谷 友樹
    セッションID: 303
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    空間的相互作用モデルは地域間のつながりを予測・説明するモデルであり、古典的に重力モデルと介在機会モデルに大別される。重力モデルが多用されてきたが、近年Simini et al. (2012)によるパラメターフリーな介在機会モデルである放射モデルの登場によって介在機会モデルに改めて注目が集まっている。放射モデルは移動者の着地選択過程を、距離を基準として発地から近い順に着地となり得る地域を探索・評価し、移動者が発地よりも満足できる地域を見つけた場合に探索を終え着地とすると仮定している。しかし、この過程を操作化すると、探索の順序を決める距離によって結果が大きく左右される。本研究ではこの課題を克服するために、意思決定過程の順序を決める距離の曖昧さを考慮した介在機会を放射モデルの枠組みに基づいて新たに定式化し、これを評価した。

  • 一ノ瀬 俊明
    セッションID: 506
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    前報(2012年春季大会)では、日中屋外で色彩以外が同一規格の衣料(U社製、同一素材・デザインのポロシャツ、色違いの9色)を用い、表面温度の経時変化を観測した結果を報告した。色彩による温度差は明瞭であり、白、黄がとりわけ低く、灰、赤がほぼ同じレベルで、紫、青がさらに高めで拮抗し、緑、濃緑、黒が最も高温のグループを形成した(e.g. Lin and Ichinose, 2014: IC2UHI3)。また、一般に日射が強まるとこの差は顕著となった。可視光の反射率(明度)が表面温度を決める支配的要因の一つであると考えられるが、太陽放射の少なからぬ部分を占める近赤外領域(0.75-1.4 µm)の効果に対する検討が不十分であったため、追加の観測を行うと同時に、被服表面における反射スペクトル(0.35-1.05 µm)の分析を行った。2011年夏以降複数の観測事例を蓄積してきているが、たとえば濃緑(高温)と赤(低温)との間には5〜10℃の温度差(夏季日中の日照条件下)が生じる。可視領域のみならず近赤外領域までを含めた色彩別の反射率は、濃緑87%、黒86%、青84%、緑84%、紫82%、赤78%、灰75%、黄70%、白63%となっており、従前可視領域の反射率だけを比較した時よりも、表面温度の大小との対応関係が明瞭となった。反射率25%の違いは約15℃の温度差をもたらしている。ほぼ無風の条件下では黒や緑で50℃を超える事例(2013年9月など)も観測されており、夏季の暑熱リスク軽減の視点から、被服の色彩選択も重要な気候変動適応策の一つといえる。

  • 中川 清隆, 渡来 靖, 平田 英隆
    セッションID: 512
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    回転系に現れる慣性力(遠心力,コリオリ力および曲率項)は,気象学・気候学上極めて重要な概念でありながら,その理解のためには微分やベクトル解析の知識が必須のため,初学者教育は容易ではない.この度,上記の慣性力の定量的表現の純幾何学的誘導について検討したので,その概要を報告する.

  • 熊原 康博, 中田 高, Namgay Karma, Drukpa Dowchu
    セッションID: P202
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

     ヒマラヤ山脈東部に位置するブータンでは,プレート境界にもかかわらず,活断層の調査はほとんど進んでいない。最近,Theo Berthet et al. (2014),Hetényi, G.et al. (2016) Le Roux‐Mallouf et al. (2016)らがブータン中南部のゲレフ地域で活断層の最新活動時期や断層変位地形について調査をおこなっているものの,その他の地域ではほとんど明らかになっていない。

     本研究では,ブータンの活断層分布図を作成し,さらにブータン南西部のヒマラヤ山麓の活断層の地形調査を実施した。調査範囲は,Samtse郡のSamtseからブータン南西部国境を限るJaldakha川の東岸に位置するSipsuに至る地域である。

     調査に先立って,ブータン政府National Land Commissionが所有する空中写真を活用して,アナグリフおよび等高線図を作成した。また,現地ではドローンによる空撮を行い,これらをもとに活断層の詳細な位置・形状を把握し,その確認のための現地調査を実施した。本地域では,ヒマラヤの南縁に分布するSiwalik層が分布しておらず,Lower Himalayaを構成する地層が山麓を構成し,直接ブラマプトラ平原と接する。このため,Himalayan Frontal Thrust(HFT)に関連する活断層の発達は不明瞭であり,Main Boundary Thrust(MBT)に関連する活断層が顕著な断層変位地形を伴っている。

    トレンチ調査

     写真判読で得られた活断層の存在を確認するため,Samtseの西約10kmに位置するNorgugangでMBTに関連する活断層のトレンチ掘削調査を実施した。ここでは,活断層がDaina川の河岸段丘を変位させ顕著な低断層崖が発達している。低断層崖に直交するように掘削したトレンチは,深さ最大約6m,長さ約15mである。トレンチ壁面から,砂礫層を変形させる,約20°北に傾斜する断層面が認められた。断層面の上盤側では,段丘を構成する砂礫層(直径数10cmの巨礫から粗粒の砂層)が撓曲し,断層に接する部分ではオーバー・ターンするように大きく変形している。下盤側ではほぼ水平な砂礫層が堆積しており,典型的な逆断層の露頭を呈する。しかしながら,炭化物や腐植土など,過去の断層変位時期を推定するために必要な年代測定試料を得ることができなかった。

    露頭調査

     一方,Samtseの市街地に近い断層崖基部の土取り場で,活断層露頭を発見した。ここでは,断層面は約25度北に傾斜しており,断層の上盤で扇状地性礫層が断層崖に平行して傾斜し,断層崖の末端部では大きく褶曲している状態が観察された。また,地層中の同一の細粒層から炭化物を4点採取することができた。いずれも8000-8250yrBPの年代値を示した。

     扇状地面上の垂直変位量は約26mであり,断層面の傾斜を考慮すると断層面に沿う総変位量は約62mとなる。単純に総変位量を8000年で除すと,スリップレートは~13mm/yrとなる。この扇状地面の年代は8000年前よりも若いので,スリップレートはさらに大きくなる。ブータン中南部の段丘面の変位と年代から求められたスリップレート(~20mm/yr, Theo Berthet et al. (2014))が得られており、オーダーとしては近似する。

    文献

    Hetényi, G.et al. (2016), Geophys. Res. Lett., 43, 10695–10702

    Le Roux‐Mallouf et al. (2016) J. Geophys. Res. Solid Earth, 121, 7271–7283

    Theo Berthet et al. (2014) Geology, 42,427-430

  • 猪狩 彬寛, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: 814
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     白砂川・万座川流域には温泉排水・鉱山排水の影響を受け、酸性・高EC値の水質を示す。また、発電利用のための導水や貯水も広く行われており、こうした人為的影響による急激な水質の変化が著しく見られている(猪狩ほか 2019)。23回におよぶ水環境調査と成分分析の結果から、草津白根山周辺水環境の水質特性・形成要因を明らかにするとともに、地質学を合わせた他火山との比較の中で、当火山の水文地理学的特徴を検討した。

    Ⅱ 研究方法

     2017年5月から2019年10月にかけて23回の現地調査を行った。調査地点は山体の東側と南側を流れる河川を中心に、約45地点ほどである。現地では気温、水温、pH、RpH、EC(電気伝導度)、流量の測定を実施した。2018年2月6日に草津町の協力の下、今回噴火が発生した本白根山東麓の火山灰の分布域・降灰量の調査、サンプリングを行った。河川水以外にも、降水や積雪、温泉水の現地調査とサンプリングを行っている。

    Ⅲ 結果と考察

     1.万座川流域

     西麓に位置する万座川流域では、硫酸の割合が高い地下水の流入の影響を受けた河川が多いが、噴気口群に近い渓流では塩化物が付与された水質組成が見られた。同一山体であっても地下水の湧出する地点や標高で、組成が変わることは、地下での物質供給のプロセスに差異があることを示している。

     2.湯川流域

     山体東側の湯川流域では硫酸カルシウム型に塩化物が付加された水質組成となる。地下熱水系の中で塩化物の湧出過程が東麓と西麓で異なっている。湯川流域内の強酸性河川(湯川・谷沢川・大沢川)は中和処理された後、導水管を通り白砂川中流や、白砂川・吾妻川合流点へと流下するが、その影響は吾妻川本流にも強く出ている。白砂川中流域にも小河川がいくつか存在するが、草津温泉から離れた流域であるほど、火山性成分が薄まり、重炭酸カルシウム型の水質へと遷移していく。白砂川上流部の小河川でも同様の現象が見られ、草津白根山の存在する方角とは異なる、北側から流下する河川は重炭酸カルシウム型を、草津白根山が存在する西側から流下する河川は硫酸カルシウム型に近い水質組成を示した。

    Ⅳ おわりに

     強酸性排水の影響が出ている河川だけでなく、火口から離れている渓流水や湖沼、降水も扱うことで、地質分布や人為的影響(農業による施肥、生活雑排水の影響)による水質形成を明らかにした。また、噴火による環境水への影響を適切に評価するためには、特に平常時の火山体周辺の水環境の状況を把握することが重要であり、今後も継続的に調査を続ける必要がある。水質組成比と最終火山活動との関係性に関する検討も、さらに議論を深めていきたい。

    参 考 文 献

    猪狩彬寛, 小寺浩二, 浅見和希(2019): 草津白根山周辺地域の水環境に関する研究(5), 2019年度日本地理学会秋季学術大会発表要旨集.

    Francisco J. Alcalá, Emilio Custodio (2008):Using the Cl/Br ratio as a tracer to identify the origin of salinity in aquifers in Spain and Portugal. Journal of Hydrology, 359(1-2), 189-207.

  • 鈴木 晃志郎, 伊藤 修一, 于 燕楠
    セッションID: 807
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    研究目的

     異なる2種の点分布間の空間的関係を分析する方法である最近隣空間的随伴尺度(以下NSM)は,地理学では商業集積の分析などに用いられ,多くの成果を挙げてきた(Lee 1979, 石﨑1998).NSMは異なる2つの点分布傾向の随伴性を示す指標であり,ランダム分布である1を挟んで値が大きいほど2者は互いに避け合うように分布し,0に近いほど異なる2種の点同士が近接していることを示す.従って,2種の点分布でさえあれば,使用データが小売店舗などの位置情報である必要はないはずである.

     超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,何処かで何者かに認知されなければならない.ゆえに,共有された心霊スポットの布置は,社会が超常現象の舞台に与えた価値づけや役割期待の反映と目しうる.本発表はNSMを用いて,心霊スポットの空間分布特性をその他施設の分布傾向から検討することを試み,そこから怪異に投影された社会的役割を捉えることを企図している.主たる関心は,見えない怪異を地理学的・定量的に可視化することに注がれ,超常現象や心霊スポットそのものへのオカルティズム的関心は有しない.

    研究方法・分析対象

     インターネット最大の心霊スポット紹介サイト「全国心霊マップ」から2019年11月入手した心霊スポットの全国住所データ1690件をサンプルとし,国土数値情報の公共施設データを別途用意してQGISで座標値を取得, NSMにより二者の随伴性を検討した.

    結果

     結果を以下の表に示す.紙幅の都合から詳細は述べないが,仮説と反し公共施設のほぼ何れとも異なる独自の分布傾向を示すことが分かった.更に分析を進め,口頭発表では追加データやGIS による解析結果を示す予定である.

    文献

    石﨑研二 1998. 店舗特性・立地特性からみた世田谷区におけるコンビニエンス・ストアの立地分析. 総合都市研究65: 45-67.

    Lee, Y. 1979. A nearest neighbor spatial-association measure for the analysis of firm interdependence. Environment and Planning A 11: 169-176.

  • 宮城 豊彦, 馬場 繁幸, 井上 智美, 赤路 康郎, 趙 学群
    セッションID: 820
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    近年のビッグデータ充実に伴い、全球規模での高精度オルソ画像情報が手軽に利用できるようになった。これを用いて全球規模での目視判読によるマングローブ林の存在状況の把握を試みている。今回は、その手始めの報告である。

  • 後藤 秀昭
    セッションID: 614
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに  更新世に形成された海成段丘は,地形学的時間スケールでの地殻変動を知る上で重要な指標である。海成段丘が分布する日本の陸上沿岸域では,数万年単位の地殻変動の地域差やその要因が検討されてきた。一方で,海成段丘の分布しない地域や,南西諸島のように点在する島々に海成段丘が断片的に分布する地域では,議論が進んでこなかった。一方,今世紀に入ってマルチビーム測深調査が本格的に進み,海底の高解像度な地形データが収集され,活断層の分布(Goto et al., 2018)やサンゴ礁の発達過程(Kan et al., 2015)など,浅海底の地形について具体的なデータを基に検討が進みつつある。浅海底を変動地形学的に研究することで,陸上の旧汀線が認められない地域の地殻変動を広域的に検討できる可能性がある。

     本研究では,沖縄島北西沖の浅海底に分布する海底段丘を区分し,対比を試みた。また,その深度分布に基づいて広域的な地殻変動を検討した。その結果,本部半島沖から伊江島周辺および伊平屋伊是名諸島周辺の浅海底には海底段丘が広く分布し,4段に大別されることが解った。また,本部半島から伊江島の周辺では海底段丘の深度に大きな違いはないが,伊平屋伊是名諸島周辺では伊平屋島を挟んで東西で顕著な違いが認められた。細長く延びる伊平屋島には明瞭な海成段丘が認められず,数万年オーダーでの地殻変動はよく解っていないが,浅海底の海底段丘からは伊平屋島の長軸に直交する東向きの傾動が読み取れた。海底段丘の旧汀線高度を用いた地殻変動の検討は,浅海が広がる地域で広く適用可能であり,浅海底の詳細な地形データの取得と検討が望まれる。

    2.資料と地形アナグリフの作成  本研究では,多様な機関で計測されてきた海底地形の情報を統合して研究に用いた。浅海は安原(2013)による1.44秒(約44m)間隔のデータを主に用いた。その周辺については,荒井ほか(2013)のマルチビーム測深データ(0.65秒(約20m)間隔)やJAMSTECの航海・潜航データ・サンプル探索システム「Darwin」から取得した測深データ(2.03秒(約63m)間隔),日本水路協会の等深線をもとに作成したメッシュデータ(2.04秒(約64m)間隔),J-EGG500の約300m間隔のメッシュデータを補助的に用いた。

     これらをSimple DEM viewer®に読み込み,後藤(2015)の方法に従って浅海底の細かな地形が観察できるように調整した傾斜角による地形アナグリフとした。また,これに等深線をテクスチャマッピングし,深度を確認しながら実体視をして地形を判読できるようにした。傾斜角と等深線で表現した地形図に判読結果を書き込み,広域的な分布や深度の違いを検討した。

    3.海底段丘の区分と分布  沖縄島北部本部半島から伊平屋島周辺および,伊平屋島伊是名島諸島周辺には-120m以浅の地形が広く認められ,最終氷期にはそれぞれ単一の陸地が広がっていたと考えられる。海底地形を細かく観察すると複数段の平坦面が認められ,海底段丘と考えられる。多段化の著しい場所で4段に大別され,浅い方からT1,T2,T3,T4とした。伊江島周辺で,T1は-30〜-45m,T2は-55〜-70m,T3は-80〜-100m,T4は-100m以下に分布する。

     T2とT3は広く分布しており,T1とT4は分布が限られる。T2とT3の境界の急崖(-80m付近)は最も連続性がよく,認識しやすい。T2の平坦面の縁辺部で凸型斜面が認められ,T3との間の急崖に連続する特徴をもつ。T1とT2の縁辺部には基部よりも数m高い地形が段丘崖付近に取り巻くように分布するところもあり,沈水サンゴ礁の可能性がある。

     南西諸島の浅海底を検討した堀・茅根(2000)は-50m程度と-80m程度に傾斜変換線があることを指摘し,-50m付近の急崖基部は約10〜11kaの海面上昇が弱まった時期に形成され,水深50〜70mの平坦面はこの時期に形成されたとした。また,Arai et al. (2016)は宮古島沖で-56mに沈水したサンゴ礁を報告しており,T2の地形的特徴から推定した結果とも調和する。

    4.海底段丘の急崖基部の深度からみた地殻変動 認識が容易で,広く分布するT2とT3の境界の急崖基部の深度を比較した結果,本部半島から伊江島の周辺では,-80〜90mの間にあり,場所による系統的な違いは確認できなかった。一方,伊平屋島伊是名島諸島では,伊平屋島の西で-70m程度であるのに対し,東で-80m程度であり,顕著な違いが認められた。伊平屋島の西が局地的に隆起をしていると考えられる。伊平屋島の西に北東—南西方向の海底活断層が延びており,逆断層運動による局地的な変形の可能性がある。

  • 伊藤 修一
    セッションID: P101
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ.はじめに

     都道府県より大きなスケールでの地名認知の研究では,認知率の分布パターンの特徴に留まらず,その要因解明にも強い関心が寄せられてきた.要因を刺激中心要因群と被験者中心要因群,被験者刺激中心要因群とに整理すると,刺激中心要因群には位置や面積などの,通時的にみて変化しにくい項目が含まれる.よって,他の要因群が統制されているならば,認知の時系列的傾向は安定的なはずである.一方で人口のような,比較的変化しやすい刺激中心要因群の変動があれば,他の要因群が統制されていたとしても,時系列的な認知傾向が変化するはずである.認知の時系列傾向は,地域の変化の行動地理学的説明の一証左となりうることから,本研究では地名認知の時系列的傾向を把握するために,反復横断調査から得られた認知率の推移とその分布パターンの特徴を統計的な裏付けを基に検証する.

    Ⅱ.研究方法

     調査は2003〜2013年の9月に1度ずつ,質問紙を用いて50分程度で行われた.対象地域は東京都の島嶼部を除いた53市区町村である.調査期間中に市区町村数の増減や名称の変更はない.調査は市区町村の名称と位置の認知を中心に問う内容で,名称については50音順に並べた市区町村名について,「知っている」と「聞いたことがない」との2択での回答を求めた.位置については市区町村名を「知っている」と回答した者に対して,白地図上の各市区町村に付された番号と,回答用紙の市区町村名とを対応させる方法で回答してもらった.この「知っている」と回答した者の割合や正しい位置を指摘できた者の割合を認知率とする.

     回答者は本学の教養教育科目の一つで,筆者が担当した「人文地理学」の当日の受講者である.全11回の調査から623人の有効回答が得られた.対象者の平均年齢は2003年の20.5(s.d.=1.86)歳が最高で,2005年の19.2(s.d.=0.94)歳が最低である。都外に4年以上の居住者が40.1%を占めており,2003〜2011の各年ではその傾向がχ2検定で10%水準以上の有意性が認められるなど,被験者中心要因群は比較的統制されている.

    Ⅲ.名称認知の特徴

     全調査年次で認知率が平均90%以上の市区町村は本学の位置する世田谷区とその近接区が多く,ローカルモランI統計量に基づく検定から,世田谷区と近接する7区からなるホットスポットが認められる.一方で瑞穂町とそれに近接する4市1町によるクールスポットが認められるなど,市町村の認知率が相対的に低い.認知率の年次間の相関係数はいずれも0.93以上(p<0.01)と高く,分布パターンは安定的である.ただし28市区町村の認知率の年次間の差は,χ2検定により10%水準以上で有意である.うち24市区でRyan法による多重比較で2003年と2009年との間に有意差が認められ,両年の対象者の特徴が関係したとみられる.

    Ⅳ.位置認知の特徴

     全年次で認知率が25%以上の市区町村は世田谷区と渋谷区,町田市,目黒区,奥多摩町,江戸川区,八王子市,大田区の八つである.ローカルモランI統計量に基づく検定によれば,世田谷区とそれに近接する4区によるホットスポットが形成されているが,いわゆる「パースの法則」の統計的有意性は認められなかった.対照的に,認知率が10%未満の24市区町村のうち23は市町村であり,武蔵村山市と東大和市,瑞穂町によるクールスポットが形成されている.認知率の年次間の相関係数はいずれも0.73以上(p<0.01)で,分布パターンは比較的安定的で,χ2検定により認知率の年次間の差が10%水準以上で有意なのは13市区である.このうち8市区でRyan法による多重比較で2004年と2011年との間で有意差が認められ,両年の対象者の特性が認知率の推移に影響した可能性がある.

    Ⅴ.認知傾向の要因分析

     認知率を被説明変数として,大学敷地(駒沢キャンパス)重心—各市区町村重心との直線距離と,各市区町村の住民基本台帳に基づく人口数と国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」に基づく面積の3項目を説明変数とした重回帰分析を各年次で行った.名称認知率の分析結果をみると,各年次とも上記3項目で6割程説明される.偏回帰係数は各年次とも直線距離,人口の順に影響力が大きく,認知率の安定的な推移に寄与している.位置認知の分析結果も決定係数は名称認知と近似するが,変動は大きい.さらに位置認知では面積の影響が直線距離と同等に大きく,認知過程での視覚的効果の重要さを確認できるが,これが全年次で確認できる特徴とはなっていない.このため,地図の読図習慣といった被験者刺激中心要因群が年次によって異なることが示唆される.

  • 加藤 一郎
    セッションID: S506
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    高校地理教育において,水害をどのように扱ってきたか紹介する。水害は地形との関係が深いことから,地形の学習のまとめという位置づけで行ってきた。こうした授業が可能になった背景の一つに,地理院地図などWeb GISの発展がある。あわせて授業内の巡検を実施することを通じて,教室での学習内容を実際に自分の目で見て確認することも重視してきた。

    今回の台風19号では,荒川支流の越辺川・都幾川の堤防が決壊し,大きな被害が発生した。現在勤務する埼玉県立坂戸西高等学校では直接的な被害はなかったものの,堰の破損や河川敷の洗堀などの被害があった。台風通過後,直ちに生徒とともに被害状況を視察した。また,埼玉県高等学校社会科教育研究会地理部会では,昨年末に越辺川・都幾川の決壊現場等を視察する巡検を企画し,多くの参加者を得た。

    水害などの災害を授業で扱うことの意義は,生徒が自らの命を守るために合理的に判断し,行動できるようになることにある。新たな知見を生徒に伝えられるよう,われわれの自身の研鑽も欠かせない。

  • 石原 肇
    セッションID: 402
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.背景と目的

    夏季オリンピックやサッカーワールドカップと並ぶ国際的メガスポーツイベントであるラグビーワールドカップが2019年にアジアで初めて日本で開催された。12開催都市の1つが花園ラグビー場のある「ラグビーのまち」大阪府東大阪市である。筆者は、これまで東大阪市の3地域で行われている地域活性化策であるバルイベントについて、それらの運営方法を比較し報告した(石原、2019)。本稿では、国際的メガスポーツイベントであるラグビーワールドカップ2019の開催を機に、花園ラグビー場のある「ラグビーのまち」東大阪市で行われた「東大阪ラグビーバル」について、開催されるに至る経過、実際の運営状況を把握することを目的とする。

    2.研究対象地域と研究方法

    東大阪市は、大阪府中河内地域に位置する市である。市域の面積は61.81㎢、人口は502,784人(2015年国勢調査)であり、大阪市および堺市の両政令指定都市に次ぐ府内第3位の人口を擁する中核市である。東大阪市は、日本有数の中小企業の密集地であり、高い技術を持った零細工場が多数集まっている。また、花園ラグビー場のある「ラグビーのまち」としてアピールする形でまちづくりが行われている。

    まず、「東大阪ラグビーバル」の開催に至る経過については「布施えびすバル」の実行委員長に、運営の状況については「なのはなバル」の事務局を務める特定非営利活動法人週刊ひがしおおさかの代表にそれぞれヒアリングを行った。また、「東大阪ラグビーバル」の開催に前後して「長瀬酒バル」と「なのはなバル」が実施されている。「長瀬酒バル」の状況については長瀬酒バル初代実行委員長に、「なのはなバル」の状況については前出の代表にヒアリングを行った。

    3.結果と考察

    東大阪市でバルイベントを行っていた3地域では、ラグビーワールドカップの開催に合わせたバルイベントの開催を東大阪市に働きかけ、同市全域で「東大阪ラグビーバル」が開催されるに至った。市内全域で開催できたのは、第1に、これまで「布施えびすバル」「なのはなバル」「長瀬酒バル」といった個々の地域でバルイベントを継続開催してきたことで、「東大阪ラグビーバル」を実施する基盤ができていたと考えられる。通常は別々の運営方法でバルイベントを実施しているが、関係者間で調整し、統一の方法がとられた。実質的な事務局機能を「なのはなバル」の経験者が担ったことが大きいと考えられる。第2に、ラグビーワールドカップ2019の試合を観に来た滞在期間の短い市外からの来訪者には「東大阪ラグビーバル」の開催自体が十分浸透していなかったと思われる点がある。花園ラグビー場の最寄り駅である近鉄奈良線の東花園駅界隈で「東大阪ラグビーバル」に参画した店舗は極めて少ない。このため、東大阪市内の他のエリアに立ち寄る機会がなければ、「東大阪ラグビーバル」の開催が気付かれにくい。一方、東大阪市民にとっては、約40日間という「東大阪ラグビーバル」の開催期間に参加飲食店を利用できる機会があり、利用価値があったと思われる。第3に、東大阪市の市域面積が広く、近鉄奈良線沿線の地域とそれ以外の地域では、「東大阪ラグビーバル」の利用者に差異があったことが、今後の課題としてあげられていることである。これは、花園ラグビー場との行き来のしやすさが影響している可能性がある。

    4.まとめ

    今回の「東大阪ラグビーバル」の開催は、今後改善すべき課題はあるものの、ラグビーワールドカップというメガスポーツイベントの開催に合わせてバルイベントという地域活性化策を市内全域で実施したことそのものに意義がある。市内の個々の地域でのバルイベント開催からでは得られない市内全域でのバルイベントの取組みという新たな実績といえよう。また、今回の実施により市内全域での参加飲食店の横の繋がりが形成される契機ともなっている。バルイベントのみならず、今後、市内全域という広域での地域活性化策を展開する上で参考となる取組みであったといえよう。さらに、2020年に開催される国際的メガスポーツイベントである東京オリンピック開催に係る都市における地域でのイベントの取組み等の参考にもなるであろう。

  • 平山 弘, 山口 晴子
    セッションID: 314
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    大阪府松原市で生産されている「難波葱」は「なにわの伝統野菜」として18番組目に設定されたものである。これは概ね100年以上前から大阪府内で生産され、苗・種子等の来歴の明確性と大阪独自の品目・品種、栽培に関する苗・種子等の楽坊可能な野菜であることが認証基準となっている。また、難波葱は大阪産(おおさかもん)であり、平成29年6月にはLa Matsubara まつばらブランドに第1期として認定されたことで、より強固で深化したブランド価値の創造を展開していることになろう。本報告では難波葱の歴史、概要に触れた上で、どのようにブランド化に向けた取組みをおこなったのかについて、明らかにすることになる。

  • 小松原 琢
    セッションID: P203
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

     日本弧の大地形形成には非地震性の地殻変動が深く関係している。演者は、非地震性地殻変動の形成機構による分類について仮説を提案する。

    地震性地殻変動と非地震性地殻変動の区分

     地震性地殻変動は、断層運動に伴う弾性変形とみなされ、食い違いの弾性論によって記述できる。それによると、断層運動に伴って地表に上下変位が生じる範囲は、断層の傾斜、上・下端の位置と密接に関係し、日本弧の地殻内傾斜ずれ断層地震の場合、変形帯の幅は数10kmを越えることはない。したがって波長数10km以上の地形は、プレート境界(スラブ)地震か、非地震性地殻変動によって形成されると考えられる。

    非地震性地殻変動の区分

     日本列島周辺にける非地震性地殻変動は、①島弧プレートの衝突、②マグマの貫入、③地殻座屈、④これら・および地震性地殻変動との複合、の4種に分類できるのではないだろうか。

    ①島弧プレート衝突:文字通り島弧プレートの衝突によるもの。日高山脈(および北海道中軸帯)と南アルプスがこれに該当する。

    ②マグマ貫入:火成活動によるものを総称する。北アルプスのような広域的な深成岩形成に関連する隆起、火山フロント・重複成火山のような火山密集地域の隆起、硫黄島や鹿児島湾の新島の隆起など、様々な規模・様式のものがこれに該当する。

    ③地殻座屈:東北地方の山地-盆地列(波長約50km)や、西南日本の山地列(波長150km)、島弧規模の褶曲がこれに相当する。これらは、粘性の異なる3層の層平行方向の圧縮によって生じる褶曲の卓越周期に関する理論と、実際に観測された地殻物性・応力値と矛盾しない。

    ④各種変動の複合:以上の非地震性変動のうちの複数の機構や、非地震性変動と地震性変動が、複合することもある。たとえば奥羽山脈において先新第三系基盤岩が露出する場所は大部分が第四紀火山か活断層の近傍に限られることから、②と③ないし地震性地殻変動が複合してい可能性が高い。

     おわりに

     以上は、もちろん確かな証拠に基づいた仮説ではない。しかし、このような仮説は、大地形の形成機構や地殻変動の全体像を説明するための1つのたたき台とならないだろうか。批判してほしい。

  • 松山 周一
    セッションID: 808
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Geography上において“Comics”すなわちマンガに関する地理学的な研究が登場し,研究が進められている状況にある.(Adams,2017)によると,Media Geographyに関する研究動向やジャンルにおいてはBanal Mediaの項目のうちの一つとして写真や切手,紙幣とともに位置づけられている.そのなかでは地政学者であるJason Dittmerらによって編纂された“Comic Book Geographies”(Dittmer eds. 2014)などをはじめいくつかの研究が紹介されている.このように,Geography上において“Comics”が研究対象として取り扱われ始めており,地理学における研究テーマの一つとして位置づけられていく可能性が高い状態にあるといえる.

    本発表では“Comics”に関する地理学的な研究についてその特徴や動向を示し,日本における“マンガの地理学”の可能性について明らかにすることを目的とする.

  • LANDSATデータによる土地利用と地表面温度の関連性分析
    王 汝慈
    セッションID: 901
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    札幌市における都市ヒートアイランド現象とその将来予測:LANDSATデータによる土地利用と地表面温度の関連性分析

  • 松田 裕之
    セッションID: S106
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    生物圏保存地域(英語略称BR、日本での通称がユネスコエコパーク)は、生物多様性の保護を目的に、1971年に始まるユネスコ「人間と生物圏(MAB)」計画の一環として1976年に始まった。2015−25年のMAB戦略では、BRを私たちの世界が直面している主要な課題を理解し対処するために、社会のすべての部門と協力し、BRにおける持続可能な開発行動を通じて、持続可能な開発目標(SDG)に戦略的に取り組み、人々とその環境の幸福を確保するとうたわれている。「世界遺産は価値を保存し、BRは価値を創造する」とも言われるが、これらの点はジオパークと共通点も多い。しかし、少なくともジオパーク活動の盛んな日本や欧州では、BRの存在感が低いことは否めない。その理由として、再認定制度の欠如、専門監や現地視察の不備、予算の地元負担の不徹底、トップダウン的なネットワークなどがあげられる。半面、事業採算性を超えた理念を掲げ、地域の誇りに訴えることができたともいえる。これらの課題は、ユネスコ正式事業化したジオパークの将来にとって他山の石となるかもしれない。

  • 金 玹辰
    セッションID: 106
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    イギリスの教育社会学者であるBernsteinの「<教育>言説(pedagogic discourse)」論によれば,学問分野で生産された知識の中から(生産の領域)が学校で学ぶべき知識として選ばれ,組み換えられる(再文脈化の領域)。さらに,その知識の中には水平的なもの(事実的知識)と垂直的なもの(概念的知識)があり,学校教育で地理の位置を高めるためには,学問としての地理から垂直的構造を持つ概念的知識を選ぶ必要がある。

    この「地理の再文脈化(Recontextualising Geography)」は,2019年4月にイギリスのUCL‐IoEにて開催されたIGU‐CGE大会のテーマであった。この大会では,学校地理においてどのように地理の「中心概念(big ideas)」が再文脈化されているかを焦点とし,場所(Place),空間(Space),相互依存(Interdependence),スケール(Scale),環境(Environment),持続性(Sustainability)という6つの中心概念が挙げられた。発表申請に対しては査読があり,大会テーマとの関連性や一つ以上の中心概念の選択などが問われた。その結果,総11セクションで47本の発表があった(個人30本,連名17本)。

    本発表では,大会の発表要旨集を分析することで,「地理の再文脈化」研究に関する国際的動向を明らかにする。発表要旨集(61p:目次p.2,プログラムpp.3~7,キーノートpp.8~10,要旨pp.11~56, 周辺案内pp.57~58,参加者名簿pp.59〜60)は印刷版と電子版があるが,電子版の方が3本の発表が追加されたりした最終版となっている。

    プログラムや要旨では発表者の氏名のみ掲載されているが,参加者名簿には氏名と所属が明記されている。そこで,まず参加者名簿から発表者の氏名を見つけ,その所属を確認した。61名(3名は所属未記入)が参加者名簿に掲載されており,そのうち47名(2名は所属未記入)の発表者氏名が確認できる。また,キーノートの二人の氏名・所属は参加者名簿には掲載されていない。所属をもとに,国別参加者・発表者の数を見ると,次の通りである。

    開催地であるイギリスの参加者が15名で一番多く,その次は11名が参加したドイツである。両国の発表者は8名で同じであるが,イギリスからは個人7本と連名1本,総8本の発表があり,ドイツからの発表は個人4本,連名3本で,総7本であった。次の開催地であるチェコの参加者は6名で全員発表者ではあったが,連名で複数発表の人もいった。一方,アメリカの参加者4名は全員個人発表であった。オーストラリアからは3名参加者と3本の発表があった。スウェーデンと中国からは各々3名が参加し,そのうち2名が発表者であった。チリとシンガポールからは各々2名が参加したが,連名で複数発表を行った。日本からは2名の参加で一人(筆者)の発表があった。そのほか,一人で参加し発表した場合が多かった(オランダ,フランス,スペイン,ハンガリー,ブラジル,南アフリカ,セーシェル,インド,韓国)。

    特に,注目したいことは国際的な共同研究である。まず異なる国の機関からの三つの連名発表(①スウェーデン・チリ・チェコ,②シンガポール・チリ,③チリ・ポルトガル)がGeoDis(Geographical Dispartites)プロジェクトの成果であった。このプロジェクトは2014年から始まっており,スウェーデン・イギリス・シンガポール・チリ・ポルトガル・チェコの6ヵ国の研究者が参加している。

    次に,GeoCapabilitiesプロジェクトの関連研究も多かったが,2期が終わった視点でその後の展開は地域によって異なっている。ヨーロッパではイギリス・オランダ・フランス・チェコの大学とベルギーの中等学校が参加し,「移住(migration)」に関する教授・学習を中心に3期のプロジェクトを続いている。関連して大会では,オランダとフランスでの実践報告があった(プロジェクトの参加は不明であるが,スウェーデンからの類似する発表もあった)。一方,1期にメンバーであったアメリカの場合は,独自にPowerful Geographyプロジェクトを推進している。大会では2本の関連する発表があったが,実践レベルまで研究が進んでいるヨーロッパとは異なり,国や州のスタンダードのレベルでの再文脈化を中心とする傾向があった。

     以上,参加者および発表者の所属を中心に分析した結果である。これに加え,当日の発表においては,選択された中心概念や生産・再文脈化・再生産の領域などの分析結果を報告する。

  • 池田 尭弘
    セッションID: 315
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.研究目的

     「農村空間の商品化」をキーワードとして地域活性化の可能性を示す研究が多くみられる.これらの既往研究では,農村地域に展開する様々な事物や営みを観光目的に転用する様子を追認もしくは推奨する立場をとっている.近年はこうした研究動向に対していくつかの批判的な検討もみられる.本発表では,既往研究でも商品化される事物の一つに取り上げられる棚田を事例に検討する.棚田は1999年「食料・農業・農村基本法」の制定を契機として,棚田を中心とした景観そのものが保全対象となり,保全活動が全国的に展開するようになった.保全活動の内容としては,オーナー制度やブランド米,観光利用などが挙げられる.そして,様々な取り組みによって保全されている棚田は,町おこしや地域活性化にも活用されている.多くの研究でも商品としての棚田の役割が示される一方で,商品化の観点から保全活動によって維持される棚田を検討した研究は少ない.そこで本研究では石川県輪島市「白米千枚田」を事例に,「白米千枚田」が商品化される仕組みを明らかにする.とくに「白米千枚田」の保全に向けた政策的支援と,農業者やボランティアなどによる棚田の農業的利用形態を分析することから,公的機関や農業者などの各主体が棚田の保全に向けてどのような役割を果たし,各主体がいかに関わるなかで,棚田の利用が維持されているのかを考察する.

    2.研究手順と対象地域

     研究手順としては,まず統計資料や史資料より輪島市及び南志見地区における農業的特徴を示し,「白米千枚田」の保全が求められるようになった背景を示す.次に,統計資料や自治体などへの聞き取り調査から得られた「白米千枚田」の保全に向けた補助事業の実績や文化財への登録などの各種の顕彰に関するデータをもとに,主に公的機関によって行われた棚田の保全に向けた取り組みを分析する.さらに,農業者など棚田を利用する主体への聞き取り調査から得られた利用形態に関するデータをもとに,各主体の棚田利用に至る経緯や現在の利用形態を分析する.これらの分析結果をもとに,棚田の保全に果たした各主体の役割と,諸主体が関わるなかで「白米千枚田」がいかに維持されてきたのかを考察し,「白米千枚田」が商品化する仕組みを明らかにする.そして,農村地域における観光化に関わる諸事象を商品化の観点から読み解く研究の妥当性について批判的に検討する.

     研究対象地域に選定した石川県輪島市南志見地区において,農業専業のみでの生計の維持は難しく,第二種兼業農家が一般的であった.農業の中心は水稲作で,わずかに畑作と果樹栽培が行われていた.経営耕地は減少傾向にあり,農業の経済活動としての役割はより縮小している.

    3.保全活動からみた棚田の商品化

     様々な主体による取り組みがそれぞれの役割を果たすことに加え,各主体の取り組みが相互に補完しあうことで「白米千枚田」は保全されていた.保全される棚田の景観は商品化された「白米千枚田」を構成する中心的な要素の一つとなっていた.そして,棚田の景観を維持するために継続されてきた水稲作のなかでも非農業者によって実施されるものは,農業体験という形態での商品となっていた.さらに,「白米千枚田」で生産された米は「棚田米」というブランド米として販売され,「白米千枚田」自体に商品的価値が付与されていた.こうした商品的価値の付与は公的機関による顕彰によってもたらされたといえる.しかし,各種の顕彰は,顕彰の評価対象の一つになっていた「水稲作に関わる営為」に制限を与えていた.さらに,水稲作やイベントの実施は,構成員の高齢化などの課題を多く抱える農業的組織へ依存していた.このように,商品化された「白米千枚田」は課題を抱えながらも,商品の一つとなる棚田の景観を維持するための水稲作の農業体験自体が商品となり,さらに水稲作によって得られた米にもブランド米という商品的価値が付与され,棚田での水稲作を通じた様々な営為を都市住民の消費の対象となるような商品化の連鎖として示すことができる.

     観光化の進む「白米千枚田」の事例から,既往研究と同様の文脈で「農村空間の商品化」をキーワードに地域活性化の可能性を示すことは,持続可能的な発展という側面からは難しいと考えられる.例えば,「白米千枚田」において実施されているイベント「あぜのきらめき」は観光客を惹きつけるイベントとなっている.しかし,観光目的での利用の伸長を図ることは,喫緊の課題となっている水稲作の作業自体には直接的に作用せず,むしろ農作業の負担を増大させているためである.こうしたことから安易に地域活性化の文脈で商品化の概念を適用して観光化を推奨することは得策ではないと考えられる.商品化という概念を慎重に検討した上で農村地域の事象に関する検討を進めることも必要である.

  • 牛山 素行
    セッションID: S507
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    台風2019年19号および10月25日の発達した低気圧による大雨(以下「台風19号等」)による死者・行方不明者101人を対象に,筆者が整理している最近約20年間の風水害(以下「1999-2018」)による死者・行方不明者(「犠牲者」)1259人の発生状況と比較し,主にその発生場所に関する特徴を速報する.「洪水」(河川からあふれた水に起因する犠牲者),「河川」(増水した河川等に接近して転落など)犠牲者で,発生位置が推定できた者について,国土交通省「重ねるハザードマップ」を元にその場所が浸水想定区域(計画規模)または浸水想定区域(想定最大)の「範囲内」か検討すると,1999-2018(集計対象270人)では「範囲内」または「範囲近傍」(図上で30m以内)が4割程度だが,台風19号等(同68人)では7割程度だった.「重ねるハザードマップ」に示された「地形分類(自然地形)」,「土地分類調査」等により地形分類との関係を見ると,1999-2018,台風19号等ともに犠牲者のほぼ全員が「低地」で発生した.中小河川では浸水想定区域の指定が進んでおらず「範囲外」となりやすいが,地形分類図を用いれば補完が可能と示唆された.しかし,地形分類図は複数の作成体系があり,地域により凡例も異なるなど,広く一般に利用は薦められないのも現状であり,さらなる工夫が必要だろう.

  • 森 泰規
    セッションID: 218
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    クリエイティビティと日本庭園来訪実績に相関はあるか

    筆者はクリエイティビティ(クリエイティブな勤労意識)と業績(当事者の業務評価実感)の相関を明らかにした(2019年日本マーケティング学会報告)。クリエイティビティと日本における代表的な庭園の来訪実績・名称認知にもその種の傾向が見受けられるだろうか。

     

    相関あり:「桂離宮型」VS「栗林公園型」

    クリエイティビティと日本庭園への来訪実績・名称認知とをクロス表集計し、カイ二乗検定を行ったところ結果は以下の表のとおり、統計的に有意な相関が認められた。ただ、栗林公園ように、一部の項目で相関が弱く、居住地の方が説明力を持つ場合があった(栗林公園型)。一方、居住地があまり説明力を持たない庭園もあった(桂離宮型)。

     庭園により傾向は分かれるが、よりクリエイティブな勤労意識を持つ方の方が、より多く日本庭園への来訪実績・名称認知が高いことを、この調査では把握した。

    *調査概要:2018年4月実施、日本全国のパネル登録者1000名(20−69歳 男女均等、インターネット)。「あなたが働きたいと思うのはどのような職場ですか」という問いに対し以下より2者択一の回答を4点スケールで求めた(4:A、3:ややA、2:ややB、1:B)結果を指す。いずれもAの方がクリエイティブであるという前提に立つ。。

    i) 「A 自分の裁量でやり方を決められる/B 手順に沿った業務運用(SA)」【裁量重視VS手順重視】 

    ii)「A社内での人間関係から自分にとって関心のある有益な情報が得られる/B社内の同僚から得られる情報には新鮮さがなく、新しい発見は社外の方からもたらされる(SA)」【社会関係資本評価VS評価せず】

    iii)「Aユニークと言われる人が活動をオープンにできる職場/B社員の私的活動に干渉しない、あるいは私的活動を社内で公開することがよしとされていない職場(SA)」【私生活公開VS公開禁忌】。

  • 牛垣 雄矢, 久保 薫, 坂本 律樹, 関根 大器, 近井 駿介, 原田 怜於, 松井 彩桜
    セッションID: 914
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     千葉県木更津市と神奈川県川崎市を結ぶ東京湾アクアラインは,1998年の開通当初は料金の高さによって利用者が少なかったことで,木更津市やその周辺地域では居住人口の増加や企業誘致が進まず,地域経済は停滞した.しかし料金の値下げ以降は通行量も増加し,木更津市ではモータリゼーションの進展,人口の増加,大規模商業施設の立地など,様々な変化がみられる.本研究では,アクアライン開通後の木更津市を対象に,主に通勤行動や大規模商業施設の立地の変化に着目してその地域的特徴を明らかにするとともに,現在抱えている地域的課題について考察する.

    2.木更津市の人口動態と通勤行動の変化

     木更津市では,2005年以降,人口の高齢化が進んでいるものの,人口数は回復傾向にある.アクアラインの低料金化に伴い,これを利用して東京の都心部や川崎市・横浜市といった京浜地域への通勤者が増加している(図1).この背景には,都心から35km圏に位置する他地域と比べて住宅価格が安いことや,東京の都心部および京浜地域へ向かう通勤用の高速バスが開設されたことがあげられる.この高速バスは料金・通勤時間・快適性の面で電車通勤と比べても利点がある.また,自動車を高速バスのバスターミナル付近の駐車場に止め,バスを利用して通勤するといったパーク&ライドシステムも確立している.

    3.大規模商業施設の立地と中心市街地の課題

     中心市街地内に立地するイオンタウン木更津朝日には市役所が入居しており,市民生活における利便性は向上し,イオン側にとっては固定客の確保につながっている.共用空間は,数多くの高齢女性のグループによって利用されており,コミュニティの維持にも寄与している.またイオンタウンが運営する無料送迎バスは中心市街地を巡回するため,高齢者の移動の足としても機能しているが,並行するバス路線は採算がとれず,木更津市の補助金で維持している.また民間企業が運営するバスであるため,市民に対する積極的な広報が難しい.

     JR木更津駅から2.5km程離れた場所に位置するイオンモール木更津は,同企業のショッピングセンターの中でも賃貸面積ベースで国内第4位の規模を有する.2014年の開業当初から木更津市と連携協定を結んで月1回の定例会議を行い,様々な年齢層に向けた木更津市主催のイベントに対して場所を提供している.市にとっては市民の買物環境の向上,定住人口の増加,財政の改善,雇用の増加に寄与しており,イオンにとっては幅広い年齢層の集客に寄与している.

     一方,中心市街地に立地する店舗の経営状況は厳しく,飲酒を中心とした店や高級志向の飲食店など一部の店舗を除いて売り上げは減少傾向にあり,多くの業種で大型店進出の影響を受けている.木更津市は「街なか居住」政策を推進しているが,スーパーやドラッグストア等が少なく,中心部の居住者はコンビニエンスストアで買い物を済ませる場合も多い.イオンは既に木更津市内に3店舗の系列店が立地するため,競合を回避するために新規出店には消極的であるが,木更津市とイオンとの結びつきが強いためにイオン以外のスーパーの誘致も難しい.

    4.まとめ

     木更津市は,東京湾アクアライン利用の低料金化により,バスを利用して東京都心や京浜地域へ通勤する居住者の増加がみられるが,大型商業施設に依存した地域構造となり,中心市街地の買物弱者問題に対して解決策が見いだせない状況にある.

  • 濱 侃, 吉田 圭一郎
    セッションID: P159
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では,八ヶ岳南東麓に位置するミズナラ二次林を対象に,ドローンを用いた多時期の観測を行い,①ミズナラ二次林内のリーフフェノロジーの多様性を明らかにすること,②リーフフェノロジーに基づく樹種判別の可能性を明らかにすることを目的とした.NDVIの時系列変化では,常緑の樹種であるウラジロモミやアカマツは5月中旬および11月末のNDVIの値が他の樹種よりも高い.また,カラマツはミズナラ二次林内でも展葉時期が早く,5月中旬のNDVIが高い.その他,ミズナラなどの落葉広葉樹はいずれも類似したNDVIの時系列変化を示した.この時系列変化に基づき樹種の分類を行ったところ,アカマツ,ウラジロモミ,カラマツ以外を明確に分類することはできなかった.10月末の落葉の時期の森林内の葉色の多様性は最も高くなったが,同じミズナラであっても,個体ごとの葉色の差,葉の残存量に大きな差があった.今後,分類精度をより高めるためには,展葉の時期の観測頻度を高くすることで,樹種ごとのリーフフェノロジーの差をより明確にする必要があると考えられる.

  • 永田 玲奈, 三上 岳彦, 平野 淳平
    セッションID: 508
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では,1951〜2019年の69年間に関東地方に来襲する台風の経路についてその長期変動を明らかにした.関東に来襲した台風がどの方向からやってくるのかを知るために気象庁のベストトラックデータを使用し,来襲時の台風の中心位置とその24時間前の中心位置の緯度・経度から台風の24時間移動ベクトルを算出した.この移動ベクトルより,台風が関東に来襲する前の24時間における台風の移動距離と移動方向を知ることができる.その結果,関東付近に来襲する台風は1980年よりも前は西〜南西方向から関東地方に近づくケースが多いが,それ以降は南南西〜南南東方向からやってくる台風が多くなることがわかった.また,1980年以降には関東に来襲する台風数が多くなり,かつ台風の中心気圧が低下していることも明らかとなった.

  • 宇都宮 陽二朗
    セッションID: 834
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Laksman貸与の東西両半球図に由来する複製地図に関する一考察

    An examination of some duplicated maps derived from the Laksman’s double hemisphere world map

    宇都宮陽二朗(三重大名誉・著述業)

    Yojiro Utsunomiya (Emeritus Professor・Writer)

    キ−ワード:東西両半球図、鈴木熊蔵、ラックスマン、地球全図、阿蘭陀地球図

    Keywords: Double Hemisphere World map, Suzzuki Kumazo, Laksman,’Chikyuzenzu’, ‘Orandachikyuzu’

    1. はじめに

     筆者は稲垣実穀の地球儀調査で、松前藩目付鈴木熊蔵の地球儀透写を記し、甫周のゴア制作に疑問を呈し、西暦二重換算訂正と再検証を加えた(投稿中)。Laksmanの公式報告(?) に地球儀に加え東西両半球図を含む地図貸与と熊蔵の透写の件を見出し、北槎聞略付図「地球全図」凡例及それに由来する定説を否定した。ここでは新しく出現した地図を含め東西両半球図を比較し、二,三の提言をしたい。

    2. 本邦の東西両半球図について

     最近まで本邦には3図幅の東西両半球図が存在していた。1)は北槎聞略付図「地球全図」、2)は両半球図、3)は松井家蔵の各東西両半球図である。一昨年4)「阿蘭陀地球図」が出現した。但し3),4)は現時点では所在不明である。1)は国立公文書館,2)は高樹文庫Webpage画像、3)は石川県歴博蔵ネガの焼付画像、4)は国際稀覯本フェア2018弘南堂書店出品目録(2018.3, p.2)画像の高解像度化画像で解析した。

    3. 阿蘭陀地球図の概要と東西両半球図の比較

     阿蘭陀地球図を含むこれらの地図のスケールは略々近似する。阿蘭陀地球圖の寸法は73.5x128cmで、松井図と同じく露文表記される地図は本邦ではこの2葉のみである。カリフォルニア湾口付近において松井図の海岸線がNNWからNNEへ急変するのに対し、阿蘭陀地球図のそれはNNW方向を示すが、これ以外は、文字の位置も含め、松井図に近似する。

    表1に地球全図、両半球図、松井図及び阿蘭陀地球図の各東西両半球図の比較を示す。比較は目視に加え,PC用「透明重ね」ソフトにより実施した。松井図はモノクロ画像のみで、船越(1984)は実見した筈だが言及はない。両半球図、松井図の図形は日及び露文表記と微細な差を除きほぼ同じで、両者と阿蘭陀地球図との差はカリフォルニア湾口の形状の相違のみとなる。地球全図と両半球図、松井図ではこの湾口部の図形は同じである。本邦北方海域の蝦夷島等の形状と数は地球全図と石黒、松井図及び阿蘭陀地球図とも異なる。

    4. 地図、古文書の過不足無き記録と確保

     筆者は落札一年後に知り阿蘭陀地球図を実見できず、現在は松井図同様に所在不明である。白黒画像のみの松井図は重要情報が欠落するが地理分野以外では認識がない。沼尻墨僊の「手控え」の散逸等、平穏な今日における貴重史料散逸は国外流出の危機や、海外展示では過去に地図の書換えもあり、常時監視と流出防止の手立てが必須となろう。

    5. 地理学分野の教育志向の転換又は拡張  

     古文書等の確保には博物館学芸員、図書館司書への地図/地理の基礎的素養の育成が望まれ、地理学関連の専門学部/学科はその養成講座を提供する必要があろう。

    6. まとめ

     1) 新たに見いだされた東西両半球図と既存の東西両半球図は、一部を除き略一致する。

     2)史料調査では過不足無い記録が必須である。

     3) 貴重史資料の流出/散逸防止には、これを見る眼が必須であり、図書館司書、博物館学芸員の地図・地理の素養養成は喫緊の課題であり、地理学に養成講座を設け、この分野に送り出す必要がある。これは洋の東西を問わない。

     4)古書展出品目録等の常時注視と貴重地図・史料入手の手立てを講ずる必要があろう。

  • 乃木 健太郎, 菊池 慶之
    セッションID: P106
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

    門前町は参詣客を対象とする商店や旅館などが集積することによって成立し,商業・サービス業に特化した集落としての特徴を有している.地理学においては,門前町集落における景観的特色に関する研究,業種変遷や地価変動などの商業空間の変容に関する研究などがみられる.特に近年では,地域の活性化やまちづくりの視点からの研究が増加している.例えば橋本ほか(2010)は成田山新勝寺門前町の表参道に焦点を当て,門前町としての景観整備を進める上で,商店経営者が主体となった街づくり協議会と,これを先導するリーダーが,門前町としての商業空間の変容に大きな役割を果たしてきたことを明らかにしている.また,市川(2019)は,伊勢神宮の門前町である伊勢市の商業地域を対象に商業地区の再整備と土地利用の変化を分析し,参詣客の導線と門前町としての景観整備が長期的な地価変動に大きな影響を与えることを指摘している.これらの分析は,門前町の景観形成において商業者の役割が重要であるとともに,その成否が地域の活性化と密接に関連していることを示している.ただし,門前町の商業経営にかかわる主体は地主商店主,土地建物所有者,借家テナントと複雑である.そこで,本研究では建物所有者と商店経営者の関係性に着目し,門前町としての景観形成における各主体の役割を検討する.

    2.出雲大社神門通りの概要

    出雲大社神門通りは,出雲大社の南に位置する門前町である.1912年に設置された国鉄大社線の大社駅と出雲大社を結ぶ通りの出雲大社側約700mに参道が形成され,後に神門通りと命名された.1920年代後半には土産物店や旅館,飲食店が集積し参詣客を対象とする商店街を形成した.しかし,1970年代になると自動車を利用した参詣客の増加や門前町での宿泊者減少により旅館や土産物店の転廃業が相次いだ.さらに1990年にはJR大社駅が閉鎖されたことにより神門通りを歩く観光客は激減した.神門通りおもてなし協同組合の資料と住宅地図からの分析では,2005年時点の神門通りの空き店舗率は約4割に達していた.

    このような状況が大きく転換したきっかけは,2013年の「平成の大遷宮」とこれに合わせた行政支援による街路の修景事業の進捗である.これにより大社神門通りの通行客数が回復し始めると,神門通りへの新規出店が相次ぎ,飲食・土産中心の観光地としての門前町が新たに形成された.

    3.建物所有者からみた景観の再構成

    神門通りの2019年時点における建物の所有形態を見ると,58%が大社町内居住者であり,町外居住者所有の建物を含めても相続以外の建物取引はほとんど見られない.ヒアリング調査によると,かつて店舗の大半は経営者の自宅兼店舗として営業されていたが,これらの店舗の多くは神門通りの衰退と後継者不足により1990年代には空き店舗となっていた.2000年代中半からは「平成の大遷宮」を契機とした,街路等の景観整備が実施されたものの,高齢化,不在家主化が進んだ建物所有者による新たな店舗経営の事例は少ない.一方で,現在の店舗の経営者で大社町内居住者は25%に過ぎず,町外の経営者によるテナントが多くを占めている.このような空き店舗にテナントとして入居する新規参入者は,門前町の景観に合わせた業種,業態を選択することで門前町としての景観形成に大きな影響を与えるに至ったと言えよう.

    文献

    市川裕規 2019. 伊勢市の商業地域における地価変動と土地利用. 都市地理学14: 38-56.

    橋本暁子ほか 2010. 成田山新勝寺門前町における街並み整備と商業空間の変容. 地域研究年報 32: 1-41.

  • 林 武司, 石沢 真貴, 成田 憲二
    セッションID: P133
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    秋田県南東部に位置する湯沢市の稲川地区では,川連漆器と呼ばれる漆器が生産されてきた.川連漆器は800年の歴史を有し,現在においても湯沢市における主要産業の1つであるが,売上高の減少に伴って従業者数の減少や高齢化が進行している.秋田県漆器工業協同組合は,これらの課題の対策の一環としてウルシ栽培を試みている.本研究は,稲川地区におけるウルシ栽培をより効率的かつ持続的なものにするための基盤情報を得ることを目的として,①自然条件,②人的条件,③自然災害に関わる条件に着目し,GISを用いてウルシ栽培適地の検討を行った.

  • 苅谷 愛彦, 寺松 夏乃, 目代 邦康
    セッションID: P191
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに 特別名勝・特別天然記念物および国立公園特別保護地区上高地では,更新世後期の氷河・周氷河地形や完新世の河成・土石流地形の重要性が強調されてきた.他方,完新世の大・中規模斜面崩壊地形や崩壊物質も最近発見されている.上高地の自然環境を適切に理解・保全するには,多種多様な地形の分布とその成立史をまんべんなく解明する必要がある.発表者らは明神地区上宮川谷において,崖錐や沖積錐を覆う多数の巨礫を発見した.高山の地形作用や地形変化のほか,地域の自然史や防災を論じるうえで,これらの巨礫の実態把握は重要である.発表では巨礫の分布を示し,巨礫が上宮川谷上部の溶結凝灰岩の急壁から崩壊や落石で供給されたことを議論する.

    地域概要 上宮川谷は明神岳(標高2931 m)南東面を源頭とする梓川右支である.標高2400 m前後以高に急な岩壁が,以低に崖錐や沖積錐が発達する.標高1500 m付近が谷の末端で,沖積錐が梓川に突っ込むようにして終わる.地質は3つに大別される.標高1950〜2300 m以高に冷却節理が発達する第四紀溶結凝灰岩層(Wm)が露出する.一方,この高度以下には白亜紀花崗岩(Go)とジュラ紀砂岩泥岩互層(Sas)が分布する.

    巨礫の分布 長径2 m以上の巨礫に限り,それらの位置,長径,岩種を踏査で確認した.踏査は標高約2300 m以低の崖錐−沖積錐で行った.その結果,95点の巨礫を確認した(図1).巨礫のほぼ全数がWm礫で,Go礫は2点,Sas礫は1点であった.巨礫は角礫や亜角礫であるが,円磨度の高いものは沖積錐を覆う樹林内で確認された.それらの多くはコケ類に被覆され,生物・化学風化で礫表面が丸みを帯びた可能性がある.巨礫は高標高域で岩壁直下周辺に存在するグループU(Grp-U)と,低標高域で沖積錐下部に集中するグループL(Grp-L)とに分布が分かれる.Grp-Lの一部は梓川渓岸に露出する.

    巨礫の供給域と移動-定置 Grp-Uの巨礫は急な岩壁の基部に沿うように分布する.巨礫の多くは転倒や凍結破砕によりWmの岩盤表面で生産された後,崩壊や落石の様式で下方にもたらされたものであろう.斜面に落下後,さほど長距離を転動・滑走せず,崖錐や沖積錐の上面に定置したとみられる.一方,Grp-Lの巨礫はほぼ全数がWm礫である.巨礫の位置と地質図3)を照合すると,Wm礫は水平距離約1.2〜2.5 km,比高約0.4〜1.3 km(明神岳山頂付近およびWm最低地点〜梓川渓岸)を移動して沖積錐下部に定置したことになる.Grp-Lの巨礫は岳沢や玄文沢・善六沢,奥又白谷で発見された大・中規模の岩石なだれ(深層崩壊)と同等または類似のプロセスで供給され移動,定置した可能性がある.またGrp-Lの巨礫は梓川現河床に分布せず,渓岸で急に途絶する不自然な状況を示す.巨礫は現河床下に伏在する可能性があり,定置時には梓川河床に広がり堰き止めや流路移動を招いたことも想定される.一方,Grp-Lの巨礫は明瞭な微凹・凸地を形成せず,多少隔離して分布する.この事実は,巨礫が反復的にもたらされた可能性も示唆する.礫の移動は積雪状況にも規定されることを考慮し,供給−移動−定置様式を今後も検討する必要がある.

  • 澤柿 教伸, 箕輪 昌紘
    セッションID: 631
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     パタゴニア氷原から溢流する氷河は近年急速に後退しており,氷河周縁で基盤岩が急速に露出し始めている.その一つであるビエドマ氷河の末端域での現地調査により,炭酸塩沈積物が氷食岩盤表面に固結しているのを発見した(図1).炭酸塩沈積物の存在は,氷底で炭酸塩を溶解した水流がかつてあったことを示唆する.一方,1968と1981年に航空写真が撮影されており,それを使えば,この地表面を覆っていた当時の氷河の形状を数値標高モデルで復元することが可能である.また,現地調査時にはドローンで露岩域を空撮しており,これでDEMを作成できる.氷河表面高度と基盤岩標高から当時の氷体厚を算出し,氷底の圧力場を見積もることで,炭酸塩が沈積する物理・化学条件を検討することが可能となる.本研究では,融解直前の氷河の履歴とも照合しながら,当時の氷河の振る舞いを復元することを目指している.

    2.炭酸塩堆積物

     現地で採取した炭酸塩堆積物は,流線型の氷河侵食痕の表面に数センチメートルの厚さで沈積しており,特に,氷河の流動方向から見て下流側に階段状に落ち込んだlee-sideによく発達している(図1d).ものによっては畝(fullow)の形状を示し(図1h),水流が関与したことを示唆している.

     採取したサンプルを,顕微ラマン分光分析(HORIBA Symophony II; Laser Quantam Co. 532 nm laser)とX 線回折(Bruker AXS)で同定した結果,主にCaCO3で構成されることが明らかとなった.これは,氷河底面での氷融解・再凍結が基盤岩からのCaCO3の溶解と堆積を引き起こすからであろうと考えられる.

    3.基盤地形

     基盤岩にはdrumlin, tadpole rock, muschelbruck, furrow, potholeなどの流線型氷食地形が観察され,ドローン空撮写真のSfM処理によりDEMを作成して解析したところ,計135個のdrumlinが検出された.

     それらの平均比高,面積,伸長方向角はそれぞれ 3.5 m, 181 m, N79˚Eであり,伸長方向角は1986年の氷河流動方向(N30˚E)とは異なる.しかし,1968と1981年の航空写真から作成した氷河表面DEMと基盤地形DEMから氷底水ポテンシャル面を復元したところ,氷食地形の伸長方向と水流の勾配ベクトルが一致することがわかった.この結果は,氷底水流により氷食地形が生成されたことを示唆するものである.

    4.今後の課題

     今後は,氷河の融解過程に応じて氷河形状を変化させ,氷底水圧,温度,歪み速度を計算し,氷河流動速度を推定するとともに,これらの結果を人工衛星画像から算出した流動速度と比較して氷河 変動に底面プロセスが与えた影響を考察していく予定である.

  • 高橋 日出男, 菅原 広史, 瀬戸 芳一, 中島 虹, 伊東 佳紀, 常松 展充
    セッションID: 515
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    ◆はじめに

     東京都心域やその周辺における境界層構造の把握を目的とした観測は,特に夜間に乏しく,日中についても短期間の事例にとどまる。東京タワー(旧東京都大気汚染常時監視測定局(常監局)立体局)の観測値を用いた高度250mまでの解析(中島ほか 2018)では,晴天弱風の冬季夜間には都心でも接地層は安定な場合が少なくないことなどが指摘されたが,さらに上空の状態や都市ヒートアイランド現象の理解に不可欠な都心域と田園郊外域との差異などは明確にされていない。さらに海陸風など局地循環の影響を含めた境界層構造の変動性や多様性に関する理解は十分でなく,都市大気の議論を不確実にしている。本研究では,都心(千代田区)と都区部西部(杉並区)に設置した温度プロファイラおよび東京西郊(西東京市)の田無タワーに取り付けた温度ロガによる気温鉛直観測に基づき,夜間を中心とした気温逆転の特徴を予察的に提示する。

    ◆観測と解析の概要

     都心と都区部西部では,地面(標高約8mと約45m)からそれぞれ約98mと約20mの建築物屋上に温度プロファイラ(Attex社製MTP-5H)を設置し,設置高度から上空1000m(都心)と600m(都区部西部)まで50m間隔の気温を10分間隔で取得している。東京西郊では地面(標高約64m)から10m,20m,40m,60m,90m,125mの6高度で自然通風型シェルタに格納した温度ロガ(HIOKI社製LR5011,温度センサLR9601使用)により計測している。これらをもとに,3地点における最下層100m間の鉛直温位傾度(乾燥断熱減率により気塊を海面高度に降ろした場合の温度(℃)を温位とみなす)や,都区部西部と都心については最下層から逆転が認められる場合に,逆転層上端高度や鉛直温位傾度の最大値とその高度などを求めた。対象期間は都区部西部の観測を開始した2019年3月22日以降とした。解析では東京都常監局の1時間値なども使用した。

    ◆気温逆転の特徴

     夜間(前日18時から09時)における最下層の温位傾度最大値は,10月後半から東京西郊(3℃/100m以上)や都区部西部(2℃/100m以上)で大きな値が頻出するようになり,夏季には0.5℃/100m程度であった都心でも1.5℃/100mを超える事例が現れる。都区部西部の逆転層上端高度は地上250–300mが多く,温位傾度が大きくなるにつれて上端高度の高い場合が増加するが,温位傾度が最大となるのは最下層(地上20–120m)が70%以上を占める。11月から12月中旬における毎夜間の最下層温位傾度最大値について地点間の回帰式を求めると,東京西郊に対して都区部西部は約2/3,都心では約1/4の大きさで,相関係数は0.8以上ときわめて大きい。すなわち都心の下層大気にも郊外の逆転の程度が強く反映されており,都心でも下層大気の鉛直混合は十分に進んでいないことが示唆される。

    ◆気温逆転と気象条件

     夜間(前日18時から06時)の東京における平均雲量CAと平均風速WSを求め,最下層温位傾度の夜間最大値との関係を調べると,都区部西部で最下層温位傾度の大きい場合(2℃/100m以上)はCA<3,WS≦2.5m/s(以下,晴天弱風という)に高い割合で現れるが,5≦CA<9.5であっても温位傾度の小さい事例に混じって発現している。CAが大きい場合は逆転層上端高度の高い事例が多く,低気圧を伴う前線の暖域に関東地方が位置しており,上空に暖気移流のあったことが推定される。両者は同程度の顕著な下層の逆転を示すことから,地上気温分布などに対する影響の差異を検討する必要がある。

    ◆都心と都区部西部の気温鉛直分布

     晴天弱風事例のうち,都区部西部で最下層の温位傾度が大きい事例を取り上げて解析を行った。都区部西部では,最下層の気温低下とともに,日没後ないし夜半前後から上空100–200mの高温層が高度を増しつつ明瞭となり,顕著な下層の逆転層が形成される。気温急変域(高橋ほか 2014)を挟む都心付近と都区部西部との気温差が3℃を超えた事例(2019年11月16日05時)の都心と都区部西部の気温鉛直分布および両者の差を付図に示す。高度300m付近を中心に都区部西部の気温が都心より1.5℃以上高いことが分かる。温位の高度時間断面によると,都区部西部では高度300m付近の気温上昇に際して,上空の高温位空気の高度低下が認められる。すなわち地表からの冷却だけでなく,下降流に伴う高度300m付近の昇温が逆転層の維持強化に関与している可能性が示唆される。

    本研究の実施にあたり,科学研究費補助金基盤研究A(代表者:高橋日出男,課題番号:17H00838)を使用した。

  • 阿部 康久, 高 寧
    セッションID: 208
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    報告者らは現在,新興国市場の1つである中国を事例として小売チェーンにおけるフランチャイズ方式の採否とチェーンの店舗網の地域的拡大について研究を行っている。

     はじめに理論的研究をまとめると,小売チェーンにおけるフランチャイズ方式の採用メカニズムについては,①資源ベース理論,と②エージェンシー理論,という2つの理論による説明が有力とされてきた(川端2010)。これに対して,近年の研究では,小売チェーンが資金や人材の確保がしやすい大企業になった後もフランチャイズ方式を維持する場合等,従来の理論だけでは説明できない事例もみられるようになっている。その中で,新興国市場のように市場の異質性・変動性が高い市場においては,リスクの分散という観点からフランチャイズ方式を採用する企業もみられる点が指摘されるようになっている(白石2016)。

    これらの研究動向を踏まえ,本発表では,中国においてインターネット通販の影響を受けにくく,実店舗を中心とした店舗展開が現在でも顕著にみられると予想される靴小売チェーン大手5社を事例として取り上げ,フランチャイズ方式導入の有無の違いによるチェーンの店舗網の地域的拡大のパターンの差異や特徴について検討を行う。

     研究手法としては,各社の店舗データや経営戦略に関する公表された資料・データの分析に加えて,フランチャイズ方式による店舗展開が最も顕著にみられる意爾康社へのインタビュー調査を行った。

     調査結果をまとめると,大手5社のうち,フランチャイズ店舗が店舗のほとんどを占めている企業として業界2位の意爾康(5,478店),紅蜻蜓(3,670店)の2社が,逆に直営店を中心に店舗展開を行っている企業として最大手の百麗(6,555店),达芙妮(2,956店)の2社が,直営とフランチャイズの両方の方式で店舗展開している企業として奥康(3,310店)がある(2019年4月時点)。店舗の全国的分布をみるとフランチャイズ方式を採るチェーンでは内陸部や地方都市にも比較的多くの店舗が出店されている(図1,表1)。これらの内陸部や地方都市では,大都市部の市場に比べて異質性や変動性が大きく,リスク分散の観点から,特に商品のブランド力に乏しいチェーンではフランチャイズ方式を採用するメリットが大きい反面,利益配分の難しさという課題があることが分かった。

  • 高橋 萌, 澤田 康徳, 牧岡 俊夫
    セッションID: P180
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    目的:言語活動の充実は,書くことや話すことなどの表現能力の育成にとって重要であり,気候変動時代の現代において,自己の情緒や考えの表現および発信する機会が増大している.従前の気候や季節認識に関連する多くの研究では,社会対応を念頭に関心や知識と情報獲得などについて明らかにしているが,情報発信に関わる表現と季節認識の関係を議論する必要がある.本研究では,小学5年生の言語活動の一つで情緒表現が重要な詩の表現と季節認識の関係から,情緒表現育成の手がかりを把握する.

    方法本研究では,東京都小金井市の小学校5年生(34名)を対象とした.詩は,2017年度の春・夏・冬に関して書かれたものを用いた.アンケートは,2018年3月下旬に実施し,①自然や季節に対する関心,②季節に対する情緒,③季節のイメージおよび④過去の経験などの季節認識について問うた.質問①・②は5段階評価と選択肢,③は5段階評価,選択肢,自由記述により回答を得た.さらに,①および②で得られた得点に対してWard法によるクラスター分析を施し季節認識を類型化した.

    結果自然・季節に対する関心と情緒は,3つの認識グループに類型化された.自然・季節に対する関心は,いずれの認識グループも上位得点(4点)以上の割合が50%以上を示すが,group1は,最上位得点(5点)割合が大きく,季節への不安は最下位得点(1点)割合が大きくポジティブな情緒を持っている.group2は,自然・季節に対する関心は,上位および中位(3点)得点(4点)割合が大きい.group3は,自然・季節に対する関心および季節への情緒(3〜18)は最下位得点割合が他の認識グループより大きい(図1).詩表現では,平均文字数はgroup1,2,3の順で減少する.語句(助詞,指示語を除く)は,いずれの認識グループも各季節で季節名の割合が最大を示すが,group1では,木,花,風,海などの自然を構成する要素の割合が大きい.group2では,季節に関連する語句や擬態語の割合が大きく,夏の詩は生活事象の語句が出現し,group3においても同様の傾向を示す(表1).季節のイメージについては,group1では自然事象の割合が全類型中最大で,group2では詩表現の語句でも夏に認められた生活事象の割合が大きい.group3では自然と生活に関連する記述は他の類型より少ないが,相対的に生活に関連する記述割合が大きい.さらに,関心事象についてはgroup1と2で自然関連事象が大半を占める.一方,group3で生活関連事象の割合が大きく,季節を感じる機会が可視的な植物で割合の極大を示す.すなわち,自然や季節に対して関心の高い場合(group1,2)と生活事象に関心が高い場合(group3)とも,季節のイメージに基づいて季節感や情緒を詩で表現しており,後者は季節を感じる機会が限定的である.したがって,自然や季節について,関心を高め,イメージを豊かにしたり季節を感じる具体的機会を持たせたりすることが,季節感や情緒の表現に重要である.

  • 重野 拓基, 澤田 康徳, 熊谷市 政策調査課
    セッションID: P168
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    目的:若年層では熱中症に至る前の熱ストレスには湿度が重要で(重野ほか2020),熱中症の発生や患者数のピークが他年代と比較して低温で表れる.他方で,近年の疾病は気候変動と関連しており(大橋 2019),冷夏や猛暑といった年々の暑熱環境の差異が熱ストレスによる不調発生に関与する可能性がある.しかしながら,熱ストレスの年々の違いは明確でない.本研究では,時空間的に詳細な熱ストレスおよび気温・湿度に関する複数年の調査から,熱ストレスの発生特性を明らかにする.

    方法対象期間は,熊谷市において調査を行った2016〜18年(5〜10月)である.分析には,小中学校(29校・16校)の養護教諭の判断に基づく熱ストレスによる来室人数,小学校における気温・湿度(正時前10分平均)を用いた.暑熱順化を考慮して,5/1~7/19(前期),9/1~10/31(後期)に区別した平日(在校時:8〜18時)を分析対象とした(中学校の気温・湿度は最寄りの小学校の値を参照).また,毎日の暑熱条件を熊谷地方気象台の日平均気温と平年値の差(Δt)(σ=2.6)から,暑熱日,通常日,冷涼日(2℃≦Δt,-2℃<Δt<2℃,Δt≦-2℃)とした.

    結果 来室が多く確認され始める気温は20℃からで,30℃以上の高温日に来室が確認される湿度は40〜60%である.一方,20℃前後の低温日にも来室が確認され,湿度は30%から来室が確認されるものの,65〜100%と高湿日で確認数が多い(図1).また,来室者割合(全校児童生徒数に対する来室者の百分率)の上位と下位5校(来室回数が5回以上の学校)における気温・湿度は,上位校で下位校より低温高湿日にいずれの年も来室が確認されるが,年々で気温・湿度の高低は異なる(図2).上位校は,周辺の土地利用が水田により高湿であることが想定された.暑熱日や冷涼日といった暑熱条件別では,来室校と市平均の差は,いずれも±2℃程度の幅がある一方,湿度差は正で大きく,相対的な高湿日が多い.冷涼日は,高湿日が多く,気温が低下していく後期の来室数は少ない(図3).低温高湿な冷涼日にも来室が確認され,来室者割合が大きい地域は高湿な傾向が認められるが,年々よって暑熱環境が異なる.したがって,市域を含む大気場の年々の差異を踏まえた暑熱環境の議論が必要である.

    文献:大橋唯太 2019. 急性循環器疾患の発症リスクと気象・気候変化との関係性について.環境情報科学 学術研究論文集 33: 301-306.重野ほか 2020. 熊谷市の小・中学校における熱ストレスによる保健室来室者割合の地域性—来室者割合と気温・湿度との関係に関する定量的把握の試み—.E-journal GEO 15-1: 1-13.

  • 森脇 広, 永迫 俊郎, 鈴木 毅彦, 寺山 怜, 松風 潤, 小田 龍平
    セッションID: 618
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに:南九州・南西諸島の古環境と文化の諸要素の高精度編年を進めている.今回は南西諸島の喜界島のテフラと古砂丘を取り上げる.喜界島は全島がサンゴ礁段丘からなる.段丘は多くの年代測定が行われ,最終間氷期MIS 5eの段丘面が標高200mに達し,日本では隆起量が最も大きいことで知られる.このため,最終氷期の亜間氷期MIS 3の段丘面群(上位からD面,E面,F面:太田・大村,2000)が高度90m~15mで,現在の陸上に広く出現している.

     砂丘は喜界島南西部のMIS 3の段丘地帯を広く覆う.それらは,現在の海岸近くにある完新世の砂丘,内陸のMIS 3面上に分布する更新世の水天宮古砂丘(角田,1997)からなる.その地形や堆積物,形成時期について,古くから関心が持たれてきた(三位・木越,1966;武永,1968;成瀬・井上,1987など).

     最近,水天宮砂丘地帯において,広範囲の耕地整理工事がなされ,砂丘の地形と堆積物の全体的な様相が明らかとなってきた.この報告では,水天宮古砂丘の分布と堆積物の構造,テフラの同定・編年,及び14C年代資料に基づく古砂丘の編年と形成を検討する.

     テフラ:喜界島のテフラについては,同定や層序,年代などまだよくわかっていない.今回の調査で,9枚のテフラを見いだした.このうち2枚は,バブルウォール型の火山ガラスを豊富に含むガラス質火山灰で,上位はK-Ah, 下位はATに同定される.他の7枚は斑晶や微細軽石に富む淡褐色火山灰で,ここでは,上位からKj-1〜Kj-7と名づける.鉱物は斜方輝石,単斜輝石,角閃石,磁鉄鉱,チタン鉄鉱,長石,石英で,スコリアを含むものもある.全体として特徴的に高温石英を含む.それらの鉱物の含有の有無・度合い,層相・層位などからそれぞれのテフラの識別が可能で,南西諸島の島々やトカラ列島の諸火山でこれまで知られているテフラに一部対比可能なものもみられる.ATはKj-6とKj-7の間にある.K-AhとKjテフラ群との層位関係は同一露頭断面で直接確認できないが,土壌の厚さなどから,K-AhはKjテフラ群より上位にあるものと推定される.

     砂丘の地形と堆積物:これまで水天宮古砂丘は,喜界島南西部の孤立した丘陵一帯を広く構成しているとされてきた.しかし今回の調査で,水天宮古砂丘とされる丘陵の南半部のほとんどは基盤のサンゴ石灰岩からなるD面,E面で,砂丘はこれらの段丘面を部分的に覆っているにすぎないことが明らかとなった.南半部では,段丘崖や崖上にリッジ状に分布しており,当時の海岸沿いに形成されていったことを示す.

     一方,北半部は最大20m以上に及ぶ厚い砂丘堆積物が全体を覆う.部分的には膠結砂丘砂からなっている.この中には少なくとも2枚の土壌が挟まれる.砂丘地形は南北に細長い谷を挟む砂丘列をなす.テフラと下記の14C年代は,谷と砂丘の形成期はほぼ同じであることを示す.したがって,谷は砂丘形成後の侵食によってできたものではなく,砂丘形成時の凹地として形成されたもので,水天宮北側の砂丘列は縦列砂丘として形成されたと解釈される.いくつかの地点での堆積物の層理の走向も,この砂丘列の方向と調和し,北方の海岸からの砂の運搬・供給を示す.この水天宮古砂丘はMIS 3段丘群最下位のF面の北端まで続き,この付近の海浜からの砂の供給によって形成されたことを示す.

     砂丘の編年と形成:古砂丘堆積物を覆う土壌中に認められる上記テフラのうち,もっとも古いのはATである. Kj-7は現在のところ認められない.北半部の厚い砂丘堆積物上部から得られた陸生貝化石の14C年代は33,000〜34,000 cal BPを示し,テフラ編年と整合する.ATの層位とこの年代からみて,水天宮古砂丘の主要部をなす北半部の古砂丘は,MIS 3後期の3.5万年前前後に形成されたものと考えられる.段丘面との関係,テフラ,14C年代を総合すると,水天宮古砂丘は,MIS 3前期は当時の海岸縁辺に小規模な砂丘が形成され,後期になると,北側の海岸からの砂の供給による大規模な砂丘形成があったと考えられる.

  • 中澤 高志
    セッションID: 407
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.多様な働き方の存在感

    雇用機会の創出は,「地方創生」の潮流においても枢要の政策課題と位置付けられている.こうした文脈で「雇用機会」と聞く時,われわれが想起しがちなのは,誘致工場などの資本主義的企業との賃労働関係の下にある典型的雇用である.しかし,2014年経済センサスによると,資本主義的企業とみなせる法人(会社)の従業者は,全国の従業者の69.8%であり,非大都市圏ではこの割合が60%以下である地域が広がっている.「会社勤め」ではない多様な働き方の存在感は,非大都市圏ほど強いのである.

    報告者は,政策や学問の領域に根強い典型的雇用を暗黙の前提とする思考を相対化し,地方都市における多様な働き方・生き方の可能性を探求したいと考えている.長野県上田市では,自らなりわいを創り出している若手創業者に焦点を当て,創業者同士のつながりが「なりわい」を存立させる条件となっていること,そうした「なりわい」が利潤追求に還元されない互酬的性格を持ち,地域に社会的包摂や文化的な底上げをもたらしていることを報告してきた(中澤2018,2019).

    報告者は,上田市と比べて人口規模が小さく,大都市圏へのアクセスがより困難な大分県佐伯市においても,同様の問題意識に立脚した調査を続けている.本報告では,佐伯市への移住に焦点を当てて,多様な働き方をしている人たちの特徴を描き出す.

    2.対象地域ならびに調査概要

    現在の佐伯市は,2005年に南海部郡8町村と旧佐伯市の合併によって誕生した.人口70,708人(2019年12月末)の小都市であるが,その面積は九州の市町村で最大である.造船業や水産加工業が盛んであるほか,高齢化した地方都市の例にもれず,女性では医療・介護の従業者割合が高い.市域の人口は最大期から約4万人減少し,同時に旧佐伯市への集中を強めてきた.

    佐伯市において多様な働き方をしている人に対する調査に筆者が本格的に着手したのは2019年3月からであるが,それ以外にまちづくりに熱心な有志が企画・実行しているイベントなどにたびたび参加してきたほか,毎年学生を佐伯市に引率している.そのため,1時間程度のまとまったインタビューを実施したのは15人ほどであるが,それ以外の人との会話やフィールドワークからも多くの情報を得ている.本報告では,20〜40歳台の自営業者と地域おこし協力隊員の事例を中心に取り上げる.

    3.佐伯市の取り組み

    佐伯市の取り組みにおいて,多様な働き方ととりわけ関連するのは,地域おこし協力隊と創業支援事業である.佐伯市は,地域おこし協力隊を積極的に採用している.任期満了後も佐伯市に住み続けるための「なりわい」を確保してほしいとの思いから,協力隊員に対してかなり柔軟な働き方を認めている.それが功を奏し,協力隊員のかたわらドミトリーの経営やカキ養殖に携わっている事例のほか,佐伯市議会議員に転じた人もいる.

    創業支援事業は,市の創業セミナーか商工会の経営指導を受けることを条件に,創業資金の一部を補助するものである.佐伯市『総合戦略』のKPIでは,起業・創業支援施策による創業者数を2019年度までの累計で25人としていたが,創業資金の受給者は2019年12月時点ですでに143人に達した.創業者は30〜40歳台が約2/3を占め,市外での生活を経験した人が多いという.

    4.多様な働き方をする人々と移住

    対象者のほとんどは自分か配偶者が佐伯市の出身であり,Iターン者だったのは地域おこし協力隊員のみであった.また,出身地に関わらず,ほぼすべての人が進学や就職に際して出身地外に他出した経験を持っていた.女性の場合,他出の意思決定の背景に「都会」での生活への憧れが見て取れ,従事していた仕事にもこだわりが感じられる.一方男性には,現業職を転々とした事例や,ミュージシャンや映像制作を目指して大都市で生活していた事例なども見られる.

    女性の場合,大都市圏での生活の中で「素の自分」と現実の働き方・暮らし方との乖離が次第に大きくなり,転職に踏み切ったり,地元に帰還したりする傾向にある.結婚や子どもの誕生が,夫婦どちらかにゆかりのある佐伯市に移住する契機となっていることは男女に共通するが,男性の場合,生活の拠点を落ち着ける意味合いがより強い.また,佐伯市出身で実家が自営業をしていた人の場合では,そのまま次ぐ形ではないにせよ,多かれ少なかれ,それを「なりわい」の基礎に据える形でUターンしていた.

    文献

    中澤高志2018.地方都市の若手創業者が生み出すもの—長野県上田市での調査から—.2018年人文地理学会大会.

    中澤高志2019.若手創業者を支える内と外のネットワーク—長野県上田市での調査から—.2019年日本地理学会春季学術大会.

  • 益田 理広
    セッションID: 809
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究目的および研究対象

    斯学の「地理」なる名称の典拠は『易経』にあり,固より洋語の借用にはあたらぬが,のみならず『易経』への注釈を介する哲学的議論の伝統,即ち易学において,抽象的概念を示す学術用語として定義された経緯を有することは,拙論の既に示す所である(益田2018).この「地理」なる語は,唐の孔頴達により種々の地形要素間に認められる一定の関係乃至は構造として定義された後,宋代の少なからぬ異説の出現を経て現代の地理概念の外延の基礎を獲得したのであった.しかしながら,その外延の全体が易注にのみ拠るとすれば速断の誹りは免れない.『易経』中の語彙としてのそれとは異なる,いわば一般語としての「地理」もまた,長らく特定の語義を帯びつつ使用され,地理概念の外延の形成に与ったことを想定せねばならぬであろう.

    そこで本研究では,かくのごとき非学術用語としての「地理」の一端を探るべく,孔頴達の注疏に先行する諸書に着眼し,そこに見出される「地理」の用例を検討する.これらの「地理」は確かに明瞭な定義を欠くものの,それは前後の文脈による概念内容の推定の不能と同義ではない.かつ,『正義』として唐朝の権威の下に流布した孔頴達の見解の影響の及ばぬ点において,一般語としての「地理」の意味する所がよく保存されていると期待される.何となれば則ち,国家の公式見解にして最古の「地理」に関する学術的定義たる孔頴達の注疏は,以降諾否の如何を問わず参照せざるを得ぬがためである.これは現代の学術さえも避く能わざるものであり,地理学史に類する著作においてもしばしば孔頴達の定義が引用される(中国科学院自然科学史研究所地学史組1984;于1990;胡・江1995).さればこそ,孔頴達以前の諸書において,一般語としての「地理」に保存されたる旧来の語義を求むべきなのである.

    2.『漢書』の「地理」

    正史の肇始たる史記と並称される『漢書』は,詳細精密なる記述により知られるが,その文中では「地理」の語もまた,『易経』の典拠たることを意識する厳密に使用されている.ために同語に対し一定の語義を窺うことが可能である.

    「王莽傳」には「天文を序し地理を定るに,山川民俗に因りて以て州界を制す」とあり,山川即ち自然条件,並びに民俗即ち人文条件によって「州界」を制定することを「地理」を定める,と記す.同箇所が「地理」を実質地域に類する概念と見做しているのは明らかであろう.また『漢書』各篇の内容を解説する「叙傳」には「(地の本質たる)坤は地勢を形成し,(地形の)高低は九州の区分を決定する.(これに従い)黄帝唐堯の古より万国を経営統治し,東西南北の境界を整備制定したのである.(しかしながら)夏殷周の三代の盛衰から秦漢の現代に至るまで,封建されたる諸侯五等の領地は変遷し,また(新たな政治境界たる)郡県も制定された.そこで山川の地形を略述するとともに,各々の区分を明確し,「地理志」を著述した」とあり,『漢書』中の一篇たる「地理志」が実質地域に関する諸事を伝えることを表明する.かく『漢書』では「地理」が自然人文の双方の現象を基準とする実質地域を示す語として使用される.これは『史記』の「地理」が単なる地表の文様として用いられる点とは大いに異なる.

    3.「地理」の半身

     『易経』において「地理」は「天文」と一対を為すが,これは上述の『漢書』が「天文志」「地理志」の二篇を設け,現代の天文学と地理学にその名を留める程度には広く受容された対応である.ところが諸書を繙くに両語の対応の固定は後漢以降と推定され,先秦前漢にあっては「地理」は必ずしも「天文」に対応せず,また「天文」のみが単独で用いられる例も存在する.例えば『管子』『説苑』では「天道」と,『禮記』『文子』では「天時」と対応する.後者については『荘子』における「天時」と「地形」の対応との関与も疑われよう.但し同時代の『鶡冠子』では「天文」「地理」が対とされる通り,『易経』の対応が後発と論ずるのも早計である.

    4.清談と「地理」

    後漢より魏晋にて盛行した清談は老荘に加え易を以て三玄と尊崇する.よって清談の徒による「地理」への言及も伝えられる所である.竹林の七賢として著名な阮籍の『通易論』には,諸物を構成する一気が下降して地表に停留したものを「地理」と称するとある.類似の説は『越絶書』にも見られ,かつは唐の李鼎祚の引く荀爽の定義と同系である.

    【文献】

    于希賢 1990.『中国古代地理学史略』.河北科学技術出社.

    胡欣・江小羣 1995. 『中國地理學史』. 文津出版.

    中国科学院自然科学史研究所地学史組 主編 1984.『中国古代地理学史』. 科学出版社.

    益田理広2018. 唐宋易学における「地理」の語義の変遷. 地理空間11: 19-46.

  • - 2019年台風19号通過後の多摩川中流域 -
    吉岡 美紀, 澤柿 教伸
    セッションID: P197
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    2019年10月12日に関東地方に上陸、通過した台風19号の降水により、多摩川の水位はデータのあるほとんどの地点でそれまでの既往最高水位を上回った。台風による増水がひいた後に、変化した河川敷を見て、どの程度、堆積あるいは浸食したのか興味を持ち、計測、調査をした。対象地域は多摩川中流域、東京都羽村市の玉川上水取水堰付近の河川敷で、植物が茂っていた部分の広範囲が、台風後には砂礫堆積物におおわれた。台風後の計測は、GNSS受信機(GeosurfのSP60)を使用して標高と緯度経度データを入手した。台風前のデータについて、なるべく同程度の精度のよいデータを探した。国土地理院がホームページで公開している「地理院地図」では、画面左下にmで小数点1桁までの標高が表示される。データソースがDEM5Aであれば、標高精度は0.3m以内と表示されているが、注に「0.3m以内という値は地表面測定値がある標高点に限る」とある。国土地理院ホームページにある「航空レーザ測量による数値標高モデル(DEM)作成マニュアル(案)」によると、地表面測定値がない場合の精度は2.0m以内であり、精度0.3m以内との差が大きい。「地表面測定値がある標高点」がどの位置にあるのかの情報は地理院地図上では入手できないため、地理院地図用に編集される前の、航空レーザ測量で計測された元のデータにあたることになる。

  • −防災教育での利用に向けて−
    竹内 峻, 後藤 秀昭, 熊原 康博, 東広島市
    セッションID: P135
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    自然災害の発生は稀な現象であり,災害が多発する現代社会でも,被災経験のある人は限られる。また,土砂災害のように,同一地点での発生頻度が数世代よりも長いものが多く,災害にあった人々の経験を伝えることは容易でない。昨今,防災教育の普及と強化が叫ばれるのは,このような災害発生間隔の長さと,経験伝達の難しさが,重要な背景のひとつと考えられる。

     近年,デジタルカメラやスマートフォンの普及によって,災害発生直後の様子は,大量の写真で記録されるようになった。市役所などの地方公共団体では,被災状況の把握と,復旧計画の立案のために,現地写真を添えた被災状況を記録した調査票を作成することが多い。この調査票は被害の状況を記した貴重な資料であるが,復旧が進むにつれ,当初の目的が達成したとして,忘れられていく存在となりやすい。

     東広島市と広島大学は共同研究として,平成30年7月豪雨の調査票に添えられた写真の撮影場所を特定し,地図化することで,災害の状況を伝える資料の作成を企画した。Web地図で閲覧できる地理データのほか,紙地図として提供することで,地域の防災教育や学校教育の地域学習で利用しやすいものとした。これにより,身近な地域で発生した被害にもかかわらず,短時間で復旧し,報道等で扱われることがなかったために,多くの地域住民にとって知られることのなかった状況が閲覧できるようになった。被害の状況を空間的に把握できる地図と,その詳しい内容がわかる写真が結合しており,後世の人々にも円滑に災害の状況を伝えられる貴重な資料となったと考える。本発表では,その作業の内容や成果とともに,活用の方向性について報告する。

  • 長谷川 直子, 遠藤 宏之, 小林 正明, 和田 陽一, 岩渕 泰晶, 高山 和弘
    セッションID: 104
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに/研究目的・方法

    地理学のアウトリーチの一つの手段として、定期刊行されている地理学関連商業雑誌がある。日本地理学会地理学のアウト リーチ研究グループでは、今回、地理に関連が深いと考えられる商業雑誌3誌の編集長と 2019 年9月 25 日に対談を行い、そ れぞれの雑誌のコンセプトや狙い、地理学界に求めること、地理学のアウトリーチの観点からの意見をヒアリングした。その 結果に基づき、アウトリーチの観点からの今後の地理学界の方向性を考えたい。

    2. 3誌の概要

    古今書院発行月刊「地理」は地理学界との関連も深く学術研究内容が多い構成である。執筆者の多くが地理学界関連者であり、読者層は地理学関連の研究者・教員、地理好きな一般人で ある。発行部数 3500 部。

    東方通信社発行月刊「コロンブス」は「地域経済」に中心を置き、市長や知事などの首長が読む雑誌として知られている。 発行部数 50000 部(定期購読 20000 人)。

    「ナショナルジオグラフィック日本版」はアメリカの National Geographic を日本語に訳した記事がベースとなっている。発行 部数 50000 部(定期購読 40000 人)。

    3. 3誌の狙いと「地理」への意識

    月刊「地理」は地理の王道の雑誌とよく言われるが、それを脱したいと思っている。が、アカデミアとの関係が深くジレン マを感じている。ターゲットとしている読者は NHK「ブラタモリ」 を見ている人たちである。

    「コロンブス」の狙いとしては、中央集権的ではなく、地域を掘り起こすという視点にこだわっている。地域経済をリード するという視点はあるが、経済だけに特化はしない。

    「ナショナルジオグラフィック日本版」について、130 年前の 創刊時は、地理的な空白地帯を埋めていくという探検的な意味 合いが大きかったが、今は環境問題も含めて広く扱う。創刊時 の事情から名前に Geographic が入っているが、今は地理を意識 してはいない。本屋ではサイエンスの棚に置かれていることが 多いが、総合誌のつもりで作成している。

    4.地理学・地理学界への意識や要望

    地域の空白地帯を埋めるような研究を地理学でやっていってほしい(例えば中山間地域の無人地帯など)。地政学への対応も 検討してほしい。

    地図と実生活とが結びついていない感覚を覚える。肌で感じ ないところで学問をやっているように思える。

    5.地理学のアウトリーチに関連しての意見

    現在の出版不況は深刻である。紙媒体を望む人がいるから続 けてはいるものの、紙媒体には将来性はないと考えている。こ れからのアウトリーチを検討するならば紙媒体以外の手段を検討する必要があるだろう。 そもそも「地理とは何か」が曖昧で分かりづらい。

    6.まとめ/今後の展望

    対談を終えて、地理学界としての課題は以下のように考えられる。

    ・ 「地理とは何か」が一般に対して見えづらい。

    ・ 学術研究が一般の人の生活と結びついていない(ように一般の人からは思える)。

    ・ 紙媒体は将来的には需要が見込まれないため、アウトリーチの観点からはウェブなどの他の媒体での活動を検討していく必要がある。

    以上のことから、地理学会としても地理学評論や E journalGEO 以外の発信手段、また「地理とは何か?」を一般の人にもわ かりやくす説明する、研究成果が一般の人の生活と結びついていることを解説したような発信内容、ともに検討していく必要 があるのではないかと考える。

    また、アウトリーチ研究グループでは、紙媒体以外の一つの 手段として、来たる高校地理総合必修化などを鑑み、youtube での地理関連動画教材の発信を検討している。

    謝辞

    今回の対談に快く参加いただき、またその結果を学会で地理学関係者と共有することにも快諾頂きました、月刊「地理」、「コロンブス」、日経 ナショナルジオグラフィックの各編集長に深く感謝いたします。

  • 落合 康浩
    セッションID: 420
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    パキスタンのゴジャール地区に居住するワヒの人々は,元来,灌漑農業と移牧により自給的な暮らしをしていたが,その生活様式も,カラコラムハイウェイ(KKH)の開通と,NGOなどによる地域開発の進展によって,1980年代半ば以降大きく変化してきた。近年,インフラのさらなる拡充などもあって,地域住民の暮らしにみられる変化は一段と加速している。本報告では,2019年と以前の調査結果とを比較することで変化の過程を整理し,その要因・問題点等について分析・考察を行う。

     ゴジャール地区では,1978年のKKH開通による物流の改善と,1982年にはじまる農村支援事業の進展により,商品作物としてのジャガイモが村々に導入され急速に拡大した。例えば地区内のパス—村では,1990年代に,本村にある耕作地の大半がジャガイモの栽培にあてられるようになっていた。また,手間がかかるものの金銭収入に結び付きにくい牧畜は,縮小する傾向がみられた。

     2010年にゴジャール地区南側のアタバード付近で大規模な斜面崩壊が発生,堰止湖が生じると,KKHの一部が水没しトラックによる物流が途絶えたため,ジャガイモの出荷が事実上不可能になった。KKHが再開通するまでは,パス—村でも耕作地の大半は,麦・豆類といった元来の自給的作物の栽培地となり,ジャガイモも自給用に一部の耕地で栽培されるのみになっていた。

     新たなKKHの開通から3年以上を経た2019年においても,パス—村のジャガイモ栽培は再び拡大する兆しはなく,耕作地では食用の作物に代わって牧草の栽培が拡大している。これは,牧畜において,高地の放牧地経営を取りやめ,家畜の飼養を本村周辺に集約してしまったためだと考えられる。

     ゴジャール地区は,カラコラムの高峰群や数々の氷河が集中する世界的にも著名な山岳観光地であり,1986年にKKHが外国人に開放されて以降,外国人の旅行者がこの地を訪れるようになった。そうした外国人観光客を対象に,宿泊施設や店舗,運輸業を経営する地元住民も増加し,2000年代初めには,観光関連産業はゴジャール地区における重要な産業の一つとなった。ただし,外国人に依存するこの地区の観光は,国際情勢やパキスタンの国際的評判の変化による影響を受け易いという不安定要素を抱えていた。

     KKH不通期間中も,この地の観光業は不振であったが,2016年のKKH再開通以降は,各村々に観光施設が増加し,堰止湖の周辺にも多数の施設が立地している。そして,それらの施設を訪れる観光客の大半がパキスタン国内からの旅行者で占められている。これには,KKHの再整備によるアクセスの向上,パキスタン国内経済の成長,観光地ゴジャール地区の情報の流布などの影響が大きい。

     ゴジャール地区における観光の拡大と好調は,一方で,この地の特色ある伝統的な農牧業の縮小を引き起こしている。しかしながら地域固有の農牧業のあり様や,それと結びつく食を含めた生活様式は,ワヒを特徴づける貴重な文化的資源でもある。観光業を地域の重要な産業として位置付け持続的な発展をはかる上でも,この文化的資源を維持・存続させていくことは,この地区において重要な課題である。

  • -株式会社パソネットを事例に-
    秦 洋二
    セッションID: 207
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    研究目的

     本研究では,病理診断の分野で新たなビジネスモデルを構築している,株式会社パソネット(以下,パソネット)を事例として,そのサービス提供の空間特性を明らかにすることを研究目的とする。病理診断とは,患者から診断に必要な病片を採取し,それを用いて患者の病状を生理学的に診断することである。例えば,ガン検診や内視鏡検査等でガンの疑いがあるとなった場合,ガンと思しき部分の組織片を採取して標本を作り,その細胞が実際にガン細胞であるかどうかを調べるのである。病理診断は,場合によっては生命の危機に直結する重病の診断を行う医療行為であり,極めて高度な知識・技術を要する。病理診断を行う医師を特に病理専門医(病理医)と呼ぶが,病理医の資格を持つ医師は限られており,多くの病院では,病理診断を外部の医療機関に依頼しなければない現状がある。

    事例分析

     パソネットは2012年8月1日に設立された静岡県の会社であり,資本金は4,000万円,従業員数12名,契約病理医5名(2016年4月現在)である。パソネットの役割は,病理医と病理医がいない,もしくは病理医は在籍しているが,諸般の事情によって病理診断を外部に委託する必要がある医療機関とをつなぐことである。パソネットは病院からの依頼を受け,患者の検体を受け取ると,検体を染色するなどの加工処理を行い,そのデジタル画像データを病理医に送り,病理医は診断結果をメールでパソネットに送信する。検体のパソネットへの輸送は,離島等を除き1日で可能である。従来の病理検査では病理医に検体を郵送し,結果を受け取っていたが,診断に必要な検体写真を画像データ化することで,診断結果の患者へのフィードバックも迅速化することとなった。また,標本データを病理医間で共有することも可能になり,病状によっては同時に複数の医師による診断を行うことも可能となり,診断結果の信頼性も高まることになった。

     パソネットのサービスの特徴の一つは,サービス提供者である病理医の質にも着目したことである。すなわち,パソネットは病理医の中でも特に診断実績が豊富な医師と連携し,サービスを提供しているのである。パソネットに依頼する医療機関は,病理医が在籍しないクリニックや中小病院が多く,パソネットのサービスを利用することによって,大病院と遜色ないサービスを提供できるメリットがある。その結果,依頼した医療機関,患者の両者にとって満足の高いサービスとなる。

     医療サービスは量・質ともに地域的偏在が問題視されることが多いが,パソネットの事業は,高質の医療サービスを広範囲に提供することを可能にするという意味で,こうした医療が抱える問題に対して一定の解決策を提示することにもつながると考えられる。

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