主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
1.はじめに
2015年4月,ネパールでカトマンズ周辺を震源としたゴルカ地震と呼ばれる巨大な地震が発生した.ランタン・リルン峰ではゴルカ地震が誘因となって懸垂氷河が崩落し,発生した雪氷岩屑なだれにより谷底に位置するランタン村では甚大な被害が出た(Kargel et al., 2015).懸垂氷河とは急峻な山腹に張り付いたり,懸崖に張り出したりしている氷河である.懸垂氷河は不安定な場所に存在するため,地震時に限らず平常時においても崩落するという特徴を持ち,氷河末端が繰り返し崩落することで消耗し,その形状を維持している.フレンチ・アルプスのTaconnaz懸垂氷河は,わずか半年ほどの崩落サイクルをもつことが明らかになっている (Le Meur and Vincent, 2006).また,ヨーロッパでは平常時の懸垂氷河崩落による被害が報告されており,懸垂氷河は地震などの外的要因がない平常時においても災害を引き起こす.懸垂氷河崩落のモニタリングは,ヨーロッパ・アルプスの数か所でしか実施されておらず,ヒマラヤのような7000m級の山岳地域における崩落量や崩落サイクル,崩落する地形的特徴は明らかでない.
そこで本研究では,ネパールのランタン・リルン峰の懸垂氷河を対象に,2015年,2018年,2019年の10月または11月に撮影されたヘリ空撮画像からオルソ画像およびDSMを作成し,各時期を比較することで,平常時の懸垂氷河の崩落量や崩落サイクルを調べ,崩落の特徴を考察した.
2.研究地域
ランタン・リルン峰はネパールの首都カトマンズから北に約70km地点に位置し,標高は7246mに達する.ランタン・リルン峰の上部には多数の懸垂氷河が存在しており,本研究では西壁から東壁を対象に研究をおこなった.
3.研究方法
ランタン・リルン峰の懸垂氷河を対象に,2015年10月27日,2018年11月3日,2019年11月14日にヘリコプターからの空撮を実施した.その連続画像データからSfMソフトを用いて,オルソ画像およびDSMを作成した.地上基準点は,SPOT6の解像度1.5mのDSMから取得した.各時期のオルソ画像およびDSMを比較して懸垂氷河の拡大箇所や崩落箇所を抽出し,体積変化を求めることで,地震などの外力がない平常時における懸垂氷河の拡大量および崩落量を算出した.
4.平常時の崩落量
対象地域のオルソ画像とDSMの比較から,拡大箇所と崩落箇所が明らかになった.平常時の崩落のほとんどは,氷河末端で生じていた.これらの抽出箇所における体積変化量を求めると,2015年〜2019年の拡大量は1.28×10⁶m³,崩落量は1.51×10⁶m³であった.2015年〜2018年の拡大量は1.20×10⁶m³,崩落量は1.39×10⁶m³,2018年〜2019年の拡大量は0.81×10⁶m³,崩落量は0. 92×10⁶m³であった.いずれの期間においても崩落量は拡大量を上回っている.また,それぞれの期間の拡大量および崩落量を比較すると,2018〜19年における変化量が比較的少なく算出され,崩落サイクルが1年以上の懸垂氷河がいくつか存在することが明らかになった.崩落量は長期間になるほど増加しており,これは崩落サイクルが1年以上の懸垂氷河における崩落がより多く含まれることを示している.
5.平常時の崩落の特徴
2018年と2019年において,1つの懸垂氷河に着目すると,ひとつづきの氷河末端であるにも関わらず,大きく拡大した箇所と変化をしない箇所が同時に存在していた.そこで,変化を示さなかった箇所の2015〜18年における変化に着目すると,崩落していることが確認できたため,2018〜19年においても変化はしていたと考えられる.そのうえで変化が示されなかったのは,1年間でその箇所の崩落サイクルが1回以上循環し,1年後には元の状態まで戻ったからだと考えられる.したがって,着目した懸垂氷河において,変化の様相が異なる箇所が共存しているということから,氷河末端全体が一体となって大きく崩落するのではなく,部分的で比較的小規模な崩落が繰り返され,それは年中いつでも発生しうるといえる.また,個々の氷河に分類することができ,それぞれの氷河が活動している可能性がある.このことから,全体の懸垂氷河に着目するのではなく,個々の懸垂氷河を分類し,それぞれの末端の崩落量を調べ,平常時の崩落による脅威を見積もる必要がある.