主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
1.はじめに 更新世に形成された海成段丘は,地形学的時間スケールでの地殻変動を知る上で重要な指標である。海成段丘が分布する日本の陸上沿岸域では,数万年単位の地殻変動の地域差やその要因が検討されてきた。一方で,海成段丘の分布しない地域や,南西諸島のように点在する島々に海成段丘が断片的に分布する地域では,議論が進んでこなかった。一方,今世紀に入ってマルチビーム測深調査が本格的に進み,海底の高解像度な地形データが収集され,活断層の分布(Goto et al., 2018)やサンゴ礁の発達過程(Kan et al., 2015)など,浅海底の地形について具体的なデータを基に検討が進みつつある。浅海底を変動地形学的に研究することで,陸上の旧汀線が認められない地域の地殻変動を広域的に検討できる可能性がある。
本研究では,沖縄島北西沖の浅海底に分布する海底段丘を区分し,対比を試みた。また,その深度分布に基づいて広域的な地殻変動を検討した。その結果,本部半島沖から伊江島周辺および伊平屋伊是名諸島周辺の浅海底には海底段丘が広く分布し,4段に大別されることが解った。また,本部半島から伊江島の周辺では海底段丘の深度に大きな違いはないが,伊平屋伊是名諸島周辺では伊平屋島を挟んで東西で顕著な違いが認められた。細長く延びる伊平屋島には明瞭な海成段丘が認められず,数万年オーダーでの地殻変動はよく解っていないが,浅海底の海底段丘からは伊平屋島の長軸に直交する東向きの傾動が読み取れた。海底段丘の旧汀線高度を用いた地殻変動の検討は,浅海が広がる地域で広く適用可能であり,浅海底の詳細な地形データの取得と検討が望まれる。
2.資料と地形アナグリフの作成 本研究では,多様な機関で計測されてきた海底地形の情報を統合して研究に用いた。浅海は安原(2013)による1.44秒(約44m)間隔のデータを主に用いた。その周辺については,荒井ほか(2013)のマルチビーム測深データ(0.65秒(約20m)間隔)やJAMSTECの航海・潜航データ・サンプル探索システム「Darwin」から取得した測深データ(2.03秒(約63m)間隔),日本水路協会の等深線をもとに作成したメッシュデータ(2.04秒(約64m)間隔),J-EGG500の約300m間隔のメッシュデータを補助的に用いた。
これらをSimple DEM viewer®に読み込み,後藤(2015)の方法に従って浅海底の細かな地形が観察できるように調整した傾斜角による地形アナグリフとした。また,これに等深線をテクスチャマッピングし,深度を確認しながら実体視をして地形を判読できるようにした。傾斜角と等深線で表現した地形図に判読結果を書き込み,広域的な分布や深度の違いを検討した。
3.海底段丘の区分と分布 沖縄島北部本部半島から伊平屋島周辺および,伊平屋島伊是名島諸島周辺には-120m以浅の地形が広く認められ,最終氷期にはそれぞれ単一の陸地が広がっていたと考えられる。海底地形を細かく観察すると複数段の平坦面が認められ,海底段丘と考えられる。多段化の著しい場所で4段に大別され,浅い方からT1,T2,T3,T4とした。伊江島周辺で,T1は-30〜-45m,T2は-55〜-70m,T3は-80〜-100m,T4は-100m以下に分布する。
T2とT3は広く分布しており,T1とT4は分布が限られる。T2とT3の境界の急崖(-80m付近)は最も連続性がよく,認識しやすい。T2の平坦面の縁辺部で凸型斜面が認められ,T3との間の急崖に連続する特徴をもつ。T1とT2の縁辺部には基部よりも数m高い地形が段丘崖付近に取り巻くように分布するところもあり,沈水サンゴ礁の可能性がある。
南西諸島の浅海底を検討した堀・茅根(2000)は-50m程度と-80m程度に傾斜変換線があることを指摘し,-50m付近の急崖基部は約10〜11kaの海面上昇が弱まった時期に形成され,水深50〜70mの平坦面はこの時期に形成されたとした。また,Arai et al. (2016)は宮古島沖で-56mに沈水したサンゴ礁を報告しており,T2の地形的特徴から推定した結果とも調和する。
4.海底段丘の急崖基部の深度からみた地殻変動 認識が容易で,広く分布するT2とT3の境界の急崖基部の深度を比較した結果,本部半島から伊江島の周辺では,-80〜90mの間にあり,場所による系統的な違いは確認できなかった。一方,伊平屋島伊是名島諸島では,伊平屋島の西で-70m程度であるのに対し,東で-80m程度であり,顕著な違いが認められた。伊平屋島の西が局地的に隆起をしていると考えられる。伊平屋島の西に北東—南西方向の海底活断層が延びており,逆断層運動による局地的な変形の可能性がある。