日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 405
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発表要旨
クラウドソーシングによる系統的・仮想的社会観察
*埴淵 知哉永田 彰平バニス デービッドショービー ハンター中谷 友樹
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抄録

目的

 本研究の目的は、「都市の変化を俯瞰する新たな観察道具」の開発である。近年、地域データの収集方法として、系統的社会観察とよばれる観察手法が注目を集めている。これは、研究目的に応じてチェックリストを事前に準備し、対象地域を決められた手順にしたがって視覚的に観察・評価するものである。この方法の課題は時間的・費用的なコストの大きさにあるが、近年はGoogle Street View (GSV) などの街路景観画像を用いた仮想的調査による効率化が進められている。報告者らはこれにクラウドソーシングを組み合わせることで、観察の広域化の可能性を示した(Hanibuchi et al. 2019)。本報告ではさらに、GSVのタイムマシン機能を利用して都市の「変化」を広域的に観察することが可能かどうかを検討する。

方法

 調査は米国オレゴン州のポートランド市を対象に実施した。「全米一住みやすい街」ともいわれるポートランドは近年人口流入が続いており、景観の変化を検出しやすい都市であると考えられたためである。GSVが利用可能な2000年代後半(07-09年)と2010年代後半(15-18年)を対象時期に設定し、両時点での画像が入手可能な交差点をセンサストラクト(n=142)単位で層化無作為抽出し(各地区最大25)、合計で3,508地点(二年次分で7,016地点)を抽出した。交差点から延びる道路の街路景観画像をStreet View Static APIにより取得し、評価対象とした(n=24,242)。

 チェックリストには、歩行者の数や、歩道、街路樹、中高層建物、落書きなど、街路景観から観察可能な合計13項目の建造環境・景観要素を含めた。各項目についての画像例を含む簡便な説明書を作成し、評価用のアプリケーションを作成して作業の効率化を図った。キャリーオーバー効果を避けるため、各トラクト内の画像はランダムな順序で表示されるよう設定した。評価の信頼性テストに利用するためのテストデータセット(142枚のサンプル画像)を作成し、訓練を受けた調査員2名による基準値を作成した。

結果

 2019年11月にクラウドソーシングサイト(Lancers)において調査員を募集し、集まった11名が各10〜20のトラクトを担当して評価を実施した。市全体の評価を完了させるのに要した調査コストは、全体で約二週間の時間と65万円ほどの費用であった。11名のクラウドワーカーおよびポートランド在住の学生2名による評価を基準値と比較したところ、クラウドワーカーにおける13項目の一致度は93.2%と高い値を示し、ポートランド在住者の値(93.1%)とほぼ同じであった。以上から、この方法に対して十分に高い効率性と信頼性が認められる。

 そして、得られた評価データを集計・地図化することによって、景観変化を高い空間解像度で評価することが可能となった(図)。例えば三階建て以上の中高層建物の変化をみると、すでに(再)開発の進んだダウンタウンやパール地区、それ以降の開発地区としてよく紹介されるミシシッピやアルバータよりも、都心から北西側のスラブタウンや、東側の特定の街路(Division, Sandy, M L Kingなど)が最近の開発の中心となっている様子が窺える。また市全体でみると、10年間で最も大きく変化したのは自転車道を示すサイン(162%増)や落書き(91%増)であったことなどもわかる。歩行者(画像に写り込んでいる人の数)も30%以上増加したが、画像を単位としたマルチレベル回帰分析によって、それが居住・商業混在用途地区で顕著であること、中高層建物および落書きの増減と強く関連して生じているなども明らかになった。

結論

 以上から、クラウドソーシングによる系統的・仮想的社会観察は、調査法として高い効率性と信頼性・妥当性を備えており、また研究者の関心に応じた拡張可能性を十分に有している点でも有用な方法であるといえる。今後、各分野での本格的な利用が期待される。

Hanibuchi, T., Nakaya, T. and Inoue, S. 2019. Virtual audits of streetscapes by crowdworkers. Health & Place 59: 102203.

本研究にはJSPS科研費(18KK0371、17H00947)を使用した。

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