日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P017
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発表要旨
種苗類の輸入規制緩和にともなう農産物生産と卸売市場流通の地域変動
*両角 政彦
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抄録

農産物では生産財である種苗類と消費財になる製品の生産流通の相互関係とその地域変動が,関連産業全体の発展に重要な意味をもたらすにもかかわらず,一般に全体像としてとらえにくい面がある。種苗類の開発と生産流通は国内外の企業や資本が牽引しており,製品の生産,流通,消費への影響を把握する際には資料上の制約もある。この点で花き球根切花産業は,統計資料の収集と調査分析によって,これらの一端に迫ることができる可能性がある。中でもユリ産業は,1990年以降に種苗類(球根)の輸入規制緩和措置の影響が生産財(球根)産地と消費財(切花)産地に連鎖的に及び,ドラスティックに変化している事例である。これらの点を踏まえて,本研究では,ユリ球根の輸入規制緩和にともなう卸売市場流通の変化とその地域変動について明らかにした。

バブル経済崩壊以降の1992年から世界金融危機以降の2008年までに,切花類全体の卸売数量は若干の上昇後に減少へと転じ,卸売単価は上昇から下落へと転じた。他方,ユリ切花の卸売数量は,輸入球根の急増によって,90年代後半まで増加し,その後に急減したが,卸売単価は上昇から横ばいで推移してきた。卸売価額にみる市場規模は,バブル経済崩壊以降に急拡大しており,切花類の中では特異な状況を示してきた。ユリ切花の卸売市場流通の地域変動について,1992〜2008年の間を都道府県単位で分析すると,卸売価額は大都市のある東京,大阪,愛知などで拡大する傾向にあったが,増加率は長野や東北と九州の地方諸県で顕著に上昇した。一方,首都圏の埼玉,千葉,神奈川では,卸売価額の一時の拡大から縮小へ転じた。人口1人当たり卸売価額では,埼玉,千葉,神奈川が全国平均以下であった一方で,東京,大阪,福岡,宮城が高く,鹿児島,熊本,香川などもこれらに次いで高い年があった。つまり,規制緩和後に大都市で卸売状況に明瞭な地域差が生じ,地方都市においても市場規模の拡大に地域差がみられた。

種苗類の生産機会の拡大と新製品の供給増は,国内の生産流通に対して一定の影響を及ぼしている。これはたとえ景気後退時であっても,当該製品に対する市場評価の地域差をともないながら,需要全体の増加によって市場規模が拡大する可能性を示している。ユリの球根輸入と切花流通の事例では,生産財と消費財の双方の生産流通が密接に関わっていることを表し,輸入規制緩和の影響について生産面とともに流通消費面の地域変動も併せて分析する必要性が示唆された。

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