日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の92件中1~50を表示しています
発表要旨
  • 栗栖 悠貴, 黒木 貴一
    セッションID: 209
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    我々は,自然災害が発生すると,応急復旧や事後の防災計画の見直しに必要な被害箇所に関する地理空間情報(以下,「災害履歴情報」)を記録してきた.一方,自然災害の種類によっては発生しやすい場所で繰り返し発生し,その痕跡は地形に刻まれている.国土地理院は,地形に刻まれた災害の記録を地形分類という観点で読み解き,自然災害の危険性を伝える地理空間情報として地域の地形特性を示す鍵として発信してきた.しかし,地形分類の情報は専門性が高く危険性を実感しにくいため,十分に伝わりにくいという課題があった.そこで,国土地理院では,地域住民の防災意識を高め地域全体の防災力向上を支援するためには,地域に潜在する自然災害リスクを住民が直感的に把握できることが重要であるという認識に立ち,災害履歴情報と地形特性情報(土地の成り立ちや起伏を示す地理空間情報)を用いて自然災害リスクを分かりやすく直感的に伝える工夫を検討した.本研究では,国土地理院が整備するウェブページである地理教育の道具箱(https://www.gsi.go.jp/CHIRIKYOUIKU/index.html)から2021年5月に公開したコンテンツ「イラストで学ぶ過去の災害と地形〜水害編〜」において地域の持つ自然災害リスクを分かりやすく伝えるため工夫した点を紹介する.

  • 寺本 潔
    セッションID: S102
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    小中学校段階における日本地理の学習に対して、観光題材を導入すべきではないか。中学校社会科において「日本の諸地域」学習にも観光の題材を導入できないだろうか。加えて小学校社会科第4学年の自県の地理的概要を学ぶ際にも観光を通して描き出せるのではないか。隣県の地誌的内容を加えることで地方地誌を描き出せる。

  • Mohamed Soliman, Yano Keiji
    セッションID: 219
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    M. Gaston Jondet edited “Atlas Historique de la Ville des ports d’ Alexandrie” in 1921 CE, including 55 cards mapping the topographic evolution of Alexandria from 1472 CE to 1920 CE.

    Background of cartographer's control mapping Alexandria. Jondet’s Atlas reflects Alexandria's old maps for civil or military purposes. That derived from Alexandria’s strategic geopolitical location as a joint of world trade lines, whether as a terminal harbor for local trade with the Mediterranean basin or a transit station connects the Euro-Asian trading. Moreover, spying and military use during the premodern colonial conflict was the other perspective of mapping that strategic city.

  • −参画をめざす地理教育−
    田部 俊充, 田村 穣, 熊谷 有美子
    セッションID: S101
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本発表は,2021年日本地理学会秋季学術大会公開シンポジウム(第40回日本地理学会地理教育公開講座)の企画趣旨と発表①である。

     企画趣旨:地理教育公開講座は,海外のフィールド研究を積極的に行っている地理学者と地理教育実践者のコラボレーションを図り,小中高等学校の世界地誌学習の充実に貢献してきた。今回は,日本の地誌学習の現状と課題を検討し,地理教育において実社会との接点を重視した社会参画に関する教育を志向するため,「日本の地誌学習の新たな方向性−参画をめざす地理教育をめざして−」をテーマとしたい。

     発表①は田部俊充(日本女子大)・田村穣(シカゴ日本人学校)・熊谷有美子(シカゴ日本人学校教諭)「日本の地誌学習の新たな方向性—シカゴ日本人学校における小中社会科実践から日本の地誌学習の課題を考える —」である。

    田部からは熊本市立中学校1年生に出前授業で行った日本の諸地域学習の発展的な学習を紹介したい。九州地方の学習(自然環境,火山と共にある九州の人々の生活)の内容,中国・深圳との比較,八丁原地熱発電所の調査や再生可能エネルギーとして地熱発電が注目されていることを紹介し,熊本県のこれからの産業のあり方について考えてもらった。日本の地誌学習から世界のエネルギー問題に注目し,化石燃料から再生可能エネルギーへと転換するSDGs(持続可能な開発目標)や「よりよい社会の形成」に主体的にかかわる「参画」を意識した学習が期待できる。

    田村氏は長く中学校社会科の学校現場の経験を経て,全国中学校校長会副会長等の要職を歴任し,2020年4月からは小中一貫校であるシカゴ日本人学校校長についておられる。その豊富な経験と専門性から地理教育の課題と方向性を新たな視点から提供していただけると期待している。また熊谷氏は小中どちらの社会科も担当する中で,小学校(5年生)と中学校(1年生)の日本の地誌学習に関する内容の現状,工夫,成果,課題を中心に発表していただく。

  • 日本の諸地域学習を中心に
    中嶋 則夫
    セッションID: S105
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

    我が国の国土に関する地理的認識を深める中項目C(3)「日本の諸地域」の学習は,小,中,高等学校の一貫性の観点から見ると,中学校社会科地理的分野を特色付ける学習といえる。ここでは新学習指導要領におけるその学習のポイントについて確認する。

    2.「日本の諸地域」の学習に関する改訂のポイント

    「日本の諸地域」の学習に関する今次の改訂のポイントとして,「考察の仕方」の柔軟化があげられる。

    「日本の諸地域」の学習については,各地域の自然や産業などを羅列的に取り上げると,学習内容が過剰で学習負担が大きく,本来の目標である地域的特色の理解自体が困難となる。そのため,いくつかの「考察の仕方」を基に地域の特色を端的に示す地理的な事象を中核として内容を構成すること,中核とした地理的な事象が他の事象とも関わり合って成り立っていることに着目して,それらを有機的に関連付けて動態的に取り扱うことなどが大切である。

    その際の「考察の仕方」については,今回の改訂では従前の七つから柔軟化が図られ,C(2)「日本の地域的特色と地域区分」の小項目(自然環境,人口や都市・村落,産業,交通や通信)に関連した四つの考察の仕方に,生活・文化,地域の伝統や歴史的な背景,地域の持続可能な社会づくりなどに関する事象を中核とする考察の仕方を加えた五つが示された。このことは,諸地域の単なる地誌的な知識の習得に偏重した学習に陥ることなく,より動態地誌的な考え方の趣旨に沿った展開ができるよう意図したものである。

    3.「日本の諸地域」の学習で育成する資質・能力

    地理的分野の学習は,地理的な見方・考え方を働かせる課題(問い)を設定し,課題を追究したり解決したりする活動を通して,目標とする資質・能力を育むことが大切である。ここでは,中核として取り上げた特色ある地理的な事象の成立条件を,地域の広がりや地域内の結び付き,人々の対応などに着目して,他の事象やそこで生ずる課題と有機的に関連付けて多面的・多角的に考察し,表現する学習が求められる。そうした学習を通して,各地域の地域的特色や課題,事象間の関係性を理解させる必要がある。

    なお,ここに示される「有機的に関連付けて」とは,地域の特色が,様々な事象が結び付き,影響を及ぼし合って成り立っていることに着目して,中核とした事象と他の事象との関連から地域的特色を捉え,その成り立ちを考察することを意味している。ここでの学習を通して,地域という枠組みの中で事象の相互関係に着目して考察する力を育むことが大切である。

    「日本の諸地域」の学習の後に,地理的分野の学習のまとめとして位置付けられたC(3)「地域の在り方」の学習においては,「日本各地ではどのような課題が見られたか」,「その課題は,私たちの住む地域では,どのような現象として表れているか」などと問い,地域の課題の一般的共通性と地方的特殊性を見いだすとともに,地域に見られる地理的な課題の解決に向けて構想することが求められる。このことを踏まえれば,先行する「日本の諸地域」の学習においては,羅列的に扱わないことに留意しつつ,日本の諸地域の地域的特色や地域の課題に対する関心を高め,基礎的・基本的な事項について着実に理解するとともに,地理的事象を有機的に関連付けて多面的・多角的に考察する力を育むことが大切である。

  • 中川 清隆, 渡来 靖
    セッションID: 112
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    昨年度本学会秋季学術大会シンポジウムにおいて,筆者ら(中川・渡来 2020)は,加熱項のみからなるSummers(1964, 1965, 1966)モデルに2つの冷熱源,放射冷却項と水平熱拡散項を追加したプルーム型夜間都市混合層の熱収支式を導いたうえでこれを整理して,都市混合層高度の自乗の支配則を提唱した.都市混合層高度の自乗の支配則は,明らかに,都市混合層高度の自乗に関する非斉次2階微分方程式である.都市混合層高度の自乗の支配則の補助方程式は 移流風速の自乗−ニュートン冷却係数×水平熱拡散係数 の符号により,その振る舞いが異なることが推測された.

     本研究では,移流速度が臨界風速を上まわる場合における夜間都市境界層高度の水平分布を表す式を導いた.移流風速>2×ニュートン冷却係数×水平熱拡散係数 の時は,補助方程式は異なる2つの負の実数解を持つため,一般解は,過渡項と定常項の和として表される.風上側市街地端より風上において定常状態にある安定境界層が熱源が一様な市街地に移流すると、市街地における新たな定常状態に移行するとともに、地表面の状況の急変に伴う過渡現象が発生するため,過渡項が生じる.ニュートン冷却係数1/10000/s,水平熱拡散係数500㎥/s,移流速度0.5m/sの場合,フェッチ7.5km付近でほぼ新たな定常境界層高度が定まり,これにフェッチ20km付近まで過渡項が上乗せされ,フェッチ2.5〜4km付近に定常境界層高度の1.2倍程度の境界層高度のピークが出現する,と見積もられた.

  • 『大東亜共栄圏綜合貿易年表』に基づく分析
    荒木 一視
    セッションID: 210
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1 問題の所在

    発表者は戦前の東アジアの食料供給を食料貿易の観点から検討してきた(荒木, 2018)。その一環で中国の近代工業勃興期といわれる1920年代の同国の食料貿易の検討を行った(荒木,2019)。今般『大東亜共栄圏綜合貿易年表』によって,その後の1930年代後半の中国の食料貿易を把握したい。

    その背景には当時の近代工業の成長を支える労働者への食料供給をどのようにして担ったのかという問題意識がある。当時の中国の穀物生産は拡大していないものの,鉱工業労働者は大きな増加をみるからであり,穀物輸入によってそれを賄ったのではないかと考えた。しかしながら,この時期の中国の包括的な統計資料を入手することは簡単ではない。満洲事変や盧溝橋事件をへて日中戦争へと移行するこの時期の状況を把握することは困難である。そうした中で着目したのが『大東亜共栄圏綜合貿易年表』である。同貿易年表は神戸商業大学教授生島廣治郎責任編集として東亜貿易政策研究会から刊行されたもので,1942年の第1巻「泰國」に続き,第2巻「中華民國北支那」,第3巻「中華民國総覧」,第4巻「比律賓」,第5巻「東インド諸島」,第6巻「佛領印度支那」,第7巻「ビルマ」,第8巻上「大日本帝國内地」第8巻下「大日本帝國臺灣・朝鮮」と続き,第9巻「満洲國」は1943年に刊行された。これによって,1930年代後半の東アジアの貿易の把握を試みた。

    2 1930年代後半の中国

     久保(2009)の推計によれば,1936年を戦前の中国の工業化のピークとしているように,1930年代後半の中国は近代工業が進展した時期でもある。同時に,1931年の満洲事変を経て,1937年の盧溝橋事件と日中戦争が激化していく時期でもある。さらに1939年は日本が帝国の枠組みの中に築いていた米の自給システムが崩壊した年でもある。このような時期,中国が食料供給,特に穀物の供給の仕組みをどのようにして構築していたのかを検討したい。ここでは上記貿易年表を用いて1937年から1940年にかけての中国の食料貿易を描き出した。

    3 同貿易年表からみた中国の食料貿易

     この時期の中国からの食料輸出の主力は卵と茶で,1940年には双方ともに輸出総額の5%をこえる。これに同1%余の落花生が続く。卵の輸出先は香港を含む英国が首位でこれにドイツが続き,茶は香港が中心でこれにモロッコなどのアフリカが続く。落花生はフランス,オランダ,ドイツなどのヨーロッパ諸国向けが中心であった。

     これに対して,輸入品の主力は米と籾,小麦と小麦粉などの穀物類が重要な位置を占め,タバコや水産物がこれに続く品目であった。総輸入額に占める米と籾の比率は1940年に8.4%,小麦粉のそれは約7.0%である。なおタバコは同2.4%,水産物は1.6%である。食料輸入額の多くが穀物で占められていることがうかがえる。なお,1940年の米と籾の貿易相手は仏印とタイ,ビルマで9割を超え,小麦粉ではアメリカ合衆国とオーストラリアで78%を占め,残りが日本からの輸入となる。

     中国のみに着目した場合,こうした傾向は1920年代と大きく異なるものではないが,1930年代は満州事変を受けて,米加や豪からの日本向け小麦輸出が縮小していく時期である。同時期に中国は米豪から相当量の小麦を調達していたことがうかがえる。また,1939年は日本の米の海外依存が大きな変貌を余儀なくされ,東南アジアからの調達に舵をきる年であるが,中国はそれ以前から東南アジアからの米調達を続けてきたこと,1939年と40年の間に価格の急上昇が認められることも注目できる。こうしたことは一国の食料貿易のみを追っても把握できないことであり,当時の東アジアをめぐる食料貿易を多国間の関係から把握していく必要がある。

  • 有馬 貴之
    セッションID: S104
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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     2021年3月現在,日本には観光を学べる系学部・学科が100以上ある.それらは大きく研究中心型教育と産業人材育成型教育に分けられるが,いずれの教育においても学外(実社会)における体験との親和性は大変高い.そういったなかで,地域を多面的な要素から理解する地誌学も大変重要である.ただし,観光学は多様な学問領域の総合体であり,そのことを前提に地誌学の役割を考察する必要がある.そこで,本発表では複数の大学における学外観光教育実践の事例を報告し,観光教育と地誌学との接点についての議論の題材を提供する.

     報告者はこれまでに複数の大学で教鞭を取ってきたが,それぞれの大学の学問や学びに対する姿勢や意義が異なるため,実施してきた学外教育の内容も異なってくる.以下では,それぞれの実施内容から地誌学との関連性を検討する.

    1.

     首都大学東京自然・文化ツーリズムコースでの学外教育は,地理学調査の意味合いが強いものであった.具体的には,学生は各観光施設への聞き取り調査や施設の分布調査などを行った.地誌学(的思考)は事前知識としての箱根の地域把握において活用された.本事例は,既存の地理学教育の枠組みとして提供されたものであることから,「観光地域の把握方法の理解」が目的であり,地誌学的学習との親和性も高かった.

    2.

     帝京大学観光経営学科は産業人材育成型大学であり,学生も観光産業への就職を希望して入学するものが多い.そのような場合,実践的な場,具体的には企業や地域団体と連携した教育が学生に好まれる傾向にあり,教員もそのような舞台を確保しがちである.学外団体との連携を前提とした教育では,学外団体のメリットとなることも求められ,これまでに街歩きアプリにおけるスポット紹介コンテンツの作成や,プロモーション動画の作成などを行ってきた.これらの学外教育では,「観光地域のプロモーションの理解」を目的とした.このような活動においても,地誌学は事前の地域理解の手段として活用された.ただし,本事例では,地域の理解と同等に,市場,つまり消費者(観光者)理解や,アプリや動画撮影などの広告に対する理解も学生に必要となる.そのため,地誌学的理解に割かれる時間は物理的にも減少した.

    3.

     帝京大学観光経営学科での学外教育では学生企画によるツアーやイベント造成も行った.段取りとしては,ツアー・イベント作成事前には地域調査として資料収集や聞き取り調査などを行い,それを基にイベント企画や散策ツアーの造成を行うといものである.なお,自身が自らガイドを担う場合はガイド(プレゼンテーション)の練習を,ガイドを地域の方々に担ってもらう場合には,ガイド原稿の作成を行った.これらには地誌学的ストーリーの構築が必要とされた.また,ツアーやイベントにかかる他機関との調整や,ポスター等のデザイン作成も行った.これらの学外教育は「観光商品の作成過程の理解」を目的としており,地誌学的な地域理解にさける時間を減少させてしまった.そのため,風景の見方,資料収集の方法,地域の要点を理解する思考などは,当該科目とは異なるところで学習が必要となる.ところが,産業人材育成型の観光系大学において,地誌学的思考法を教授している大学は決して多くないであろう.

    4.

     現在実践している学外教育は,築地場外市場商店街と連携した取り組みである.ここでは長期的な視点を持った地域のプロモーションやブランド化を目的に,現地組織の協力を経て実施している.これらは,これまでの教育実践の景観を組み合わせたものでもある.また,SNSマーケティングや,マネタイズの側面すなわち「ビジネス面をも考慮した地域経営の理解」を目的としている.地誌学的理解としては,現在,地域の歴史とともに店舗への聞き取り調査を実施している最中である.

     地理学者としては,研究中心型教育の実践が自らの研究指向性と合致する.しかしながら,観光学における地理学という側面では,観光という文脈において,他の学問分野との接点を見出した教育が求められる.例えば,地誌学による地域理解だけではなく,その地域理解を消費者に伝達していく発想力やプレゼン力,マーケティングの知識も教育に必要になってくる.そのような知識を,地域理解の後に加える必要があるのである.

     ただし,大学における学生の学習時間は有限である.そのため,純粋な学問的意義とかけ離れていくジレンマが観光教育における地誌学にはある.特に,産業人材育成型大学では,地誌学の重要性の比重は下がっているとも考えられる.上記の報告者の教育実践でも反省すべき点であるが,地誌学を地域理解の手段としてのみ捉えるのではなく,学問性として地域の課題発見の方法としての有効性や,ビジネス的視点との関連をより追求する等の新しい動きがあっても良いのかもしれない.

  • 長井 彩綾, 根元 裕樹, 松山 洋, 藤塚 𠮷浩
    セッションID: 218
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

     2011年に発生した東日本大震災の,地震後の津波は甚大な被害をもたらした.高田ほか(2012,土木学会論文集B3(安全問題))は,東日本大震災の津波による神社の被害調査によって,スサノオノミコトを祀る神社,熊野系,八幡系の神社の多くは津波被害を免れた一方,アマテラスオオミカミを祀る神社や稲荷系の神社の多くが津波被害を受けていたことを明らかにした.

     本研究では,先行研究で挙げられた「スサノオノミコトを祀る神社は津波被害を回避できる」という点に着目した.そこで,関東を代表しスサノオノミコトを祀る氷川神社の立地特性について検討した.東京都の神社について,藤田・熊谷(2007,景観生態学)は,斜面地に沿って線状に分布していることを明らかにした.東京都の神社は斜面地に沿って線状に分布すること,スサノオノミコトが防災防疫の神格を持ち治水とのかかわりをもつことから,本研究では,「東京都に鎮座する神社は傾斜地に沿って鎮座するものが多いが,氷川神社はその中でも傾斜地の上部に位置することで河川沿いに鎮座するものでも水害を回避する」という仮説をたて,氷川神社の被災リスクについても考察した.

    2.研究手法

     本研究では,『東京都神社名鑑(上・下)』(東京都神社庁1986a,b)に記載された神社のうち,島しょ部に鎮座するもの,他社の境内神社を除く1399社を対象とした.本研究の主な分析対象は氷川神社(68社)とした.比較として,本研究で対象としたすべての神社のほか,氷川神社とほぼ同じ数である熊野神社(59社)と天祖神社(69社,アマテラスオオミカミを祀る)についてそれぞれ分析を行った.『東京都神社名鑑』に記載されている神社の鎮座地住所をCSISアドレスマッチングサービスにて緯度経度へ変換した後,ArcMapにプロットし,航空写真を用いて社殿の位置へ合わせた.標高データは,基盤地図情報数値標高モデル5mメッシュを用いた.地形分類データは,数値地図25000土地条件図を用いた.傾斜地に関する分析は,神社が傾斜地付近に鎮座するか確認し,傾斜地の大きさを調べるために,フォーカル統計を用いて神社を中心に半径10メッシュの標高の最大値と最小値を算出した.そして,比高を抽出した.比高1m未満を傾斜地でないと設定した.地形分類は,神社鎮座地の地形分類抽出と,地形分類のうち,低地の一般面,頻水地形,水部を「過去に河川のあった可能性がある場所」として神社との距離を算出した.

    3.結果と考察

     氷川神社は,傾斜地でないと設定した比高1m未満の場所に少なく,他の神社よりも割合が小さかった.氷川神社は低地にも多く鎮座しているにも関わらず,比高が大きい場所にも鎮座していた.地形分類を見ると(表1),氷川神社は,他の神社と比較して台地・段丘に多いことがわかった.低地の神社は,自然堤防に鎮座しているものがほとんどだが,浸水しやすい地形に鎮座するものが,熊野神社は3社,天祖神社は1社あり,氷川神社は0社であった.また,氷川神社は「過去に河川のあった可能性がある場所」として神社との距離が他の神社よりも近く河川沿いに鎮座していることが明らかになった.そのため,氷川神社は、河川沿いに鎮座するが,台地上や自然堤防上にあるため水害を回避可能と考える.

  • 石村 大輔, 山田 圭太郎
    セッションID: P007
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

     沿岸部に分布する巨礫は,過去の津波や高潮・暴浪を示す場合があり,津波の場合は「津波堆積物」に含まれ,津波礫と呼ばれる.南西諸島では,1771年の八重山大津波とより古い津波の痕跡として,化石サンゴからなる津波礫の年代が求められている(Araoka et al., 2013).また台風による高波によって運搬された巨礫とは,その分布が異なることが指摘されており(例えば,Goto et al., 2013),その分布と重量(体積)に関する情報は,沿岸巨礫の運搬過程を議論する上で重要な情報となる.このような沿岸巨礫の分布は,衛生画像や空中写真でも確認はされるものの,既存研究の多くは実際に現地で測量し,位置や大きさを求めている.一方,最近では,より低高度からのドローンによる空撮とSfM(Structure from Motion)技術を利用した高解像度地形データやオルソ画像の作成が容易になっている.さらに機械学習を組み合わせて,河床や断層崖周辺に分布する礫のマッピングが試みられている(Chen et al., 2021; Lang et al., 2021).

     本研究では,フィリピン・ルソン島の沿岸巨礫のマッピングを最終的な目的とし,その手法検討のため和歌山県串本町にある橋杭岩を対象にドローン撮影,SfMによるオルソ画像作成,機械学習による巨礫の抽出,を行った.沿岸巨礫のマッピングに,SfMと機械学習を試みることは,より定量的なデータを取得すると同時に,限られた時間で効率的に広域の情報を取得することにもつながる.これは,海外における調査を行う際には大きな利点となる.

    2.研究地域概要

     橋杭岩は和歌山県串本町に分布する.これは貫入岩であり,差別侵食により直線的かつ壁状に海岸に分布する.そして,その西側のベンチ上には,橋杭岩を給源とする巨礫が無数に分布している.宍倉(2013)では,ベンチ上の巨礫に付着する生物遺骸から12-14世紀と17-18世紀に移動したことを述べ,これらの巨礫が過去の大津波の際に移動したと推定されている.

    3.手法

     本研究では,上記のベンチ上の巨礫を対象に,DJI社のMavic air 2を使用し,飛行高度とカメラアングルを変え,複数回動画撮影を行った.SfMに使用する画像は,動画から切り出したものを使用した.SfMには,Agisoft社製Metashape Proを使用した.オルソ画像作成に際しては,解像度が最大となるように処理した.

     SfMによって出力されたオルソモザイク(解像度1.9 cm/pix)から津波礫を検出するために,Semantic segmentationとInstance segmentationを行い,比較した.それぞれのタスクにはU-NetとMask R-CNNを用いた.本研究では,3000を超える礫のアノテーションを行い,一部を教師データとして機械学習を行った.

    4.巨礫の抽出

     機械学習の結果,橋杭岩の西側のベンチ上にある礫を十分な精度でその輪郭も含めて検出することができた.また,画像の品質が悪い部分(焦点が合っていない領域,植生の影響がある領域,水域がある領域)でも,ある程度検出することができた.このように,予察的な段階ではあるが,識別が容易な領域から困難な領域までをカバーする結果が得られた.

    5.まとめ

     本研究では,橋杭岩をケーススタディとし,SfMと機械学習を使用した沿岸巨礫のマッピングを試みた.その結果,高解像度のオルソ画像を作成することができ,その画像に基づき複数の機械学習手法により巨礫を検出することができた.この結果を精査するとともに,フィリピンでの適用可能性を探っていく.その精度や検出できる礫のサイズに関しても今後の検討課題である.

    引用文献: Araoka et al. (2013) Geology, 41, 919-922. Chen et al. (2021) 2020 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS). Goto et al. (2013) Geology, 41, 1139-1142. Lang et al. (2021) Hydrol. Earth Syst. Sci., 25, 2567-2597. 宍倉(2013)地形・地質記録から見た南海トラフの巨大地震・津波(南海地域の例),GSJ地質ニュース,2,201-204.

  • 鹿島 薫, 福本 侑
    セッションID: P011
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    台湾中部に位置する頭社泥炭地

    頭社泥炭地は台湾中央部日月潭の北側に位置する。泥炭層の層厚は40mを越え、9万年以上にわたり、連続的に泥炭が堆積している。本研究では、泥炭層上部5mのボーリングコア試料(9000年間)を用いて、2-5cm間隔に133試料を採取し、珪藻および黄金色藻化石の観察を行った。コア試料は均質な泥炭から構成されているが、56-68cm, 155-160cm, 205-240cm および 470-476cmにおいて細砂層が挟在していた。

    珪藻および黄金色藻化石を用いた洪水堆積物の判定

     頭社泥炭地は高層湿原であり、酸性環境に適応した特殊な珪藻種( Eunotia serra, E. lunaris)が産出している。これらの種は、殻の構造が脆弱であり、最上部20cmを除き、泥炭層中に保存されることは希である。

     これに対して、細砂層が挟在する56-68cm, 155-160cm, 205-240cm および 470-476cmにおいては、Aulacoseira spp., Cymbella spp., Pinnularia spp., Staurosira spp.,など中性から弱アルカリ性の沼沢や湿地に生息する珪藻種が多産している。さらに、黄金色藻類の休眠胞子も同層準で多産することがわかった。これらの珪藻種および休眠胞子は高層湿原内では生息しておらず、洪水などによって、泥炭地内に運搬され堆積したと推定された。

    頭社盆地における洪水堆積層の編年

     頭社泥炭地では、珪藻および黄金色藻化石を指標として過去9000年間に4回の洪水堆積層が確認され、それぞれはC14年代測定によって、ca.8200 cal yBP, ca. 5200-5600 cal. yBP, ca. 4200 cal. yBP、, ca.2000 cal. yBP, に編年された。頭社泥炭地では、花粉化石および炭粒子の分析によって、完新世においてENSO活動変動に伴う大規模な気候変動が復元されており、本研究によって推定された洪水履歴も東アジアにおける広域の気候変動と関連する可能性が高い。

  • 丹羽 雄一, 石村 大輔
    セッションID: 118
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー

    東北地方太平洋岸に位置する三陸海岸では,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震(以降,2011年地震)時の沈降(Ozawa et al., 2011)および,2011年地震以前の数10〜100年間における沈降傾向が観測されている(Kato, 1983)。当該地域では海岸沿いに分布する平坦面を更新世海成段丘と解釈することで,三陸海岸全域にわたる105年スケールの隆起傾向が示唆されてきたが,平坦面の形成過程や分布に関しては,1980年代以降,2011年地震時まで,十分な検証が行われていなかった。さらに,測地観測記録と更新世段丘の中間的時間スケールである完新世の地殻変動も2011年地震発生まで不明であった。

    このような状況にも関わらず,更新世海成段丘と解釈されてきた平坦面の存在に基づく,105年スケールの隆起傾向が,日本海溝で発生する超巨大地震の繰り返しと地殻変動を説明するモデルの大きな制約となっている(池田ほか,2012)。今後の日本海溝で起こりうる地震・津波の予測を考えるためには,上述の超巨大地震繰り返しモデルの制約条件の妥当性を再検討する必要がある。本発表では,発表者らが2011年地震以降に三陸海岸で実施した地形・地質研究を中心に紹介し,三陸海岸の新たな地殻変動像を述べる。

    文献:池田ほか(2012) 地質学雑誌,118,294-312. Kato (1983) Tectonophysics, 97, 183-200. Ozawa et al. (2011) Nature, 475, 373-377.

  • 井田 仁康
    セッションID: S103
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    地域区分は、地域区分をする目的により、また何を指標とするのかで異なってくる。ある地域を理解するために、その地域を一つとしてみなすのか、空間的特徴のあるいくつかのまとまり(地域)に分けてその地域を理解する方がいいのか、そういったことが検討されて地域区分が行われる。他方で小学校社会科および中学校社会科地理的分野の教科書などでは、日本を7地域に区分して学習するようになっている。日本を7地域区分は明治期に画定されたとされるが、この7地域区分が定着し、日本の地誌学習が進められてきた。日本を7地域に区分して考察することが日本地誌を理解しやすくしているのだろうか、そのような議論がなされないまま、子どもたちは日本を7地域に区分できることを所与のものとし、その地域区分の意味を考えることもなく形式的に分けたものとして学習していないだろうか。それでは日本地誌が7地域の寄せ集めという認識でおわり、総合的に日本の地誌を理解したということにならないではないだろうか。

    2.地域区分の重要性

     2021年から施行されている中学校学習指導要領では、日本の地誌学習のはじめに地域区分の学習が行われる。地形、気候、地震・災害、人口、資源・エネルギー、産業、交通・通信などから、これらのいずれかを指標とすると、その指標に応じて日本が地域区分され、どのような特徴をもつ地域から日本が構成されているのかを明らかにすることができる。上記の項目すべてで地域区分を行なう必要もないが、どれかの項目で地域区分を行うことで、地域区分の意味が理解でき、指標により地域区分が異なり、どのような事象に対して地域区分して日本の理解をすべきかといった判断ができるようにもなるだろう。指標をつかって地域区分することは地図活用の技能となるが、地域をどのような基準でいくつに分けることで日本の理解につなげるかを判断することは、分布などに着目してどのような観点で区分するのかという思考力・判断力を伴うものである。また、地図で表現することじたい表現力を必要とするものである。このように地域区分には、知識・技能、思考力・判断力・表現力といった資質が必要とされ、また養うことができる。さらには、次の学習となる日本の諸地域でどのような地域区分が日本を理解していくのに適切なのかといった学習課題を明確にし学習する意欲をわかせる、すなわち主体性につなげることができる。このように、地域区分の学習は資質・能力の3つの柱にかかわる学習となりえるのである。

    3.地域区分とSDGs

     17の目標と169のターゲットから成るSDGsには、それを理解し達成させるための教育が必要となる。その教育には、社会的事象の地理的な見方・考え方をはたらかせた思考力を養うことや知識・技能の習得が含まれる。このような教育がSDGsを支えるものとなる。その意味では地域区分の学習は、SDGsを支えるための基礎的な学習となる。さらには、世界地誌においては、SDGsにかかわる指標で地域区分図を作成することで、SDGsにかかわる地域的課題がみえてくる。人口や貧困に関する指標により、具体的に「貧困をなくそう」「人や国の不平等をなくそう」といった目標にかかわってこよう。日本国内においても気候災害にかかわる指標で地域区分図を作成することで、その地域にふさわしい「気候変動に具体的な対策」を考えることができ、それをどのような地域的範囲で考えていけばいいかといった効率的な対策にもつながっててくる。子どもたちに地域区分をさせることは、日本や世界を俯瞰できるという意味においてSDGsにとって重要なのである。

  • 戸井田 克己
    セッションID: S206
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

     本報告では,私大入試で「地理」を受験科目に置くことの意義について考察する.具体的には,大学が公表するアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)との兼ね合いや,学習指導要領における高校地理の位置づけ,入試における科学的側面と教育的側面の問題等について検討する.

     報告者の勤務校では,入学試験で地理受験ができる学部が10学部(法,経済,経営,文芸,総合社会,国際,建築,農,産業理工,短大),できない学部が5学部(理工,薬,医,生物理工,工)ある(2021年度入試現在).文系7学部等においては,「地理歴史・公民・数学」の選択科目として「地理」を置いている.また,理系3学部においては,国語や理科などと組み合わせる形で「地理」を置いている.

    2.大学のアドミッションポリシー

     平成28(2016)年3月,中教審によりガイドラインが公表され,大学に対して三つのポリシー(アドミッションポリシー,カリキュラムポリシー,ディプロマポリシー)の公表が求められた.以来,勤務校でも学部ごとに,これら3ポリシーを策定し,ホームページその他で公表してきた.

     このうち,アドミッションポリシーについては,実質上,志願者の資質・能力を判定する手立ては入試をおいてほかにない.これが勤務校が「地理」を含めた入試問題を自前で作成し,試験実施する根拠となっている.各学部のアドミッションポリシーを,二三例示する(下線は報告者).

    経営学部 地理・歴史の観点から社会を理解する基礎的知識と社会の仕組みに対応していくための分析能力

    総合社会学部 日本及び世界の情勢や地域特性についての総合的な理解

    建築学部 変化する社会情勢に対応していくための歴史・風土・政治・経済に関する基礎的知識

    3.学習指導要領における高校地理の位置づけ

     平成30(2018)年版高校学習指導要領(以下,新要領)で「地理総合」が必履修科目となった.これを以て,「50年ぶりの地理必修化」ということをしばしば耳にする。しかしこれは誤りである.学習指導要領の歴史において,高校地理が必修となるのは新要領が初である.一方で,地理歴史科の新設(平成元年版要領)以前は,地理は選択科目でありながら,普通科においては必修とほぼ同等の扱いであった.正確に言えば,「実質30年ぶりの地理必修化」となる.

     さて,学習指導要領における「選択」や「選択必修」では,その主体となるべきは生徒であって,学校が主体となっている現状(生徒が地理を履修したくてもできない状況)は学習指導要領の趣旨に反する.「地理歴史科」とは,地理と歴史が相互補完の関係をなす教科であり,高校は地理も歴史も選択可能なカリキュラムを組まなければならない.そして大学はそれを受け,受験機会を保証しなければならない.それはこれまでもそうであったのだが,新要領下では国公私立を問わず,そのことがいっそう強く求められる.

    4.入試における科学的側面と教育的側面

     新要領の準備や告示と軌を一にして,2021年度入試より大学入学共通テスト(以下,新テスト)が開始された.そして,あたかも新要領の趣旨と呼応するかのように,思考力や技能を問う出題へのシフトがいっそう顕著である.

     しかし本来,勤務校のアドミッションポリシーも示すように,大学の学力とは,科学(=地理学的知識)としての側面と,教育(=地理教育的手法)としての側面とが融合し,昇華されるべきものといえる.とすれば,私大の地理入試はもとより,新テストや国公立大の二次試験においても,両者をともどもいかに保証するかが,国民の地理学力の実質的かつ形式的な陶冶において必要不可欠な条件となろう.

  • シンポジウム趣旨説明
    宇根 寛, 長谷川 直子, 井田 仁康
    セッションID: S201
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1. はじめに/シンポジウムの目的

     2022年度より、高校における地理総合と地理探究の履修が始まる。この新たな課程の地理教育を実質的に充実したものにするためには、大学入試における受験科目としての地理の選択方法や、出題者としての大学教員の関わり方、また高校教員を育成する大学教職課程の教育内容など、高校までの地理教育体系を国民の地理リテラシーにつなげる大学の対応が必要である。つまり、高校における地理教育を高校だけの問題とせず、大学が主体的に参加することではじめて効果が出るものである。

     これに関連して、日本地理学会企画専門委員会では、2021年4月、その委員会の中に高大接続検討ワーキンググループ(以下WG)を設置した。このWGは企画専門委員会のメンバーを中心に日本地理学会地理教育専門委員会その他の日本地理学会員有志で構成され、高大接続に関する様々な議論を開始したところである。その中で、新たな地理教育課程に関しては、高校教員へ向けてはすでに色々な場所で情報提供がされているものの、大学関係者へ向けたものが実施されていないことが課題として指摘された。その一方で、大学入試については入試2年前予告があるため、新たな地理教育課程に対応した入試の変更を行うためには(各大学内での意思決定のプロセスにかかる時間も考えると)早期に情報提供が必要と考えた。

    そこで本シンポジウムは、特に入試に関わる大学の地理学関係者へ向けて、新たな高校地理教育課程に即した入試を多くの大学で実現するために必要な情報を提供する機会として企画されたものである。多くの大学関係者の参加をお願いしたい。

    2. 各登壇者の発表内容とシンポジウムでの位置付け 

     シンポジウムでの発表は、大きく分けて、現課程(地理A、地理B)の入試に関する現状の報告・分析と新課程(地理総合・地理探究)での入試の導入に関する見通し、内容の検討の二つに分けられる。以下に各登壇者の発表の概要を示す。

    立命館大の矢野桂司氏は日本学術会議第24期の地理教育分科会の委員長として大学の教職課程の現状と課題についてアンケートを実施した。その内容も含め、大学における地理教育が何をすべきかを報告していただく。河合塾の佐藤裕治氏と代々木ゼミナールの宮路秀作氏より、現課程での地理入試について、センター・共通テストを中心に私立の個別入試・国立の2次試験も含めて、受験生の視点からのの現状と課題の報告をしていただく。大学入試センターの小関祐之氏より、大学入学共通テスト地理の目指すもの(どのような能力を育成しようとしているのか、それと高大をどうつなげようとしているのか)を中心に、現課程でのセンター・共通テストにも言及していただく形で解説していただく。

    以下、4、5、6は新課程での地理入試の導入の予測、課題、地理関係者に知らせたい情報などをそれぞれ、入試種別ごとに事例的に話題提供していただく

    独協大学の秋本弘章氏より、新課程での私大のセンター利用についての話題提供近畿大学の戸井田克己氏より、新課程での私大の個別試験に関する話題提供筑波大学の松井圭介氏より、新課程での国公立の2次試験に関する話題提供コメントとして2件を予定している。日本学術会議地理教育分科会学校地理教育小委員会委員長の竹内裕一氏より高大接続に関連するアンケートの実施予定について日本学術会議地理教育分科会大学地理教育小委員会委員長の由井義通氏よりコメント

    最後に総合討論を行う。

    多くの大学関係者の積極的な参加と発言を期待する。

    参考文献

    日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合 同地理教育分科会、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」2020年8月25日.

  • 小関 祐之
    セッションID: S204
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

    高大接続改革は,高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の三位一体の改革である.大学入学者選抜改革の一環として,大学入試センターではセンター試験から大学入学共通テスト(以下共通テスト)へと変更された.新高等学校学習指導要解説では,これからの学校教育では,子どもたちが様々な変化に積極的に向き合い,他者と共同して課題を解決していくことや,様々な情報を見極め,知識の概念的な理解を実現し,情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと,複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにすることなどが求められている.共通テストにおいても同様の方向性で問題が作成されている.

    2.高大接続改革を意識した大学入学共通テストの方向性

     令和4年度共通テストの問題作成方針では,①センター試験における問題評価・改善の蓄積を生かしつつ,共通テストで問いたい力を明確にした問題作成,②高等学校教育の成果として身に付けた,大学教育の基礎力となる知識・技能や思考力,判断力,表現力等を問う問題作成,③「どのように学ぶか」を踏まえた問題の場面設定の3点が示されている.また,地理A・Bの問題作成方針には「地理にかかわる事象を多面的・多角的に考察する過程を重視する.地理的な見方や考え方を働かせて,地理にかかわる事象の意味や意義,特色や相互の関連を多面的・多角的に考察したり,地理的な諸課題の解決に向けて構想したりする力を求める.問題の作成に当たっては,思考の過程に重きを置きながら,地域を様々なスケールから捉える問題や,地理的な諸事象に対して知識を基に推論したり,資料を基に検証したりする問題,系統地理と地誌の両分野を関連付けた問題などを含めて検討する」と示されている.これらの方針に沿って共通テストは作成されている.

    3.センター試験と共通テストにおけるデータ比較

     令和2年度センター試験と令和3年度共通テストの地理Bについてデータを基に大まかに比較してみたい.共通テストは,大問数が1減じられている.その大問は比較地誌の大問である.また,センター試験と共通テストともに多くの資料が活用されている.しかし,細かく分析すると,小問数が共通テストでは5問削減されているのにもかかわらず,総資料数は37,38とほぼ同数である.センター試験では資料を用いない問題が5問出題されていたが,共通テストでは,資料を用いない問題は出題されていないだけでなく,複数の資料を読み取り傾向性や規則性を問う問題が出題されている.当日の発表では,これらの分析とともに,令和3年度共通テストを数問取り上げ,高大接続改革を意識した問題はどのような問題か,思考力等を発揮して解く問題とはどのような問題か,受験者に身に付けてほしい資質・能力や高校現場に求めたい授業の実践等について,大学入試センター試験の過去問題と比較しながら報告したい.

    文献

    文部科学省(2018)高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説・地理歴史編.東洋館出版社

    大学入試センター(2011)令和4 年度 大学入学者選抜に係る 大学入学共通テスト問題作成方針

    https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/shiken_jouhou/r4.html

  • 秋本 弘章
    セッションID: S205
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    地理は、多くの学問分野で「考える下地」になる。だとすれば大学入試に取り入れられるべきであるが、主として大学側の事情(作問できる教員不足、受験者が少なくコストが合わないことなど)で一般入試で出題している大学は少ない。大学入学共通テストは問題の質は安定しており、自ら作問する必要はないので大学側の負担は少ない。大学入試本来の意味からも広く利用されるべきである。

  • —中国雲南省鶴慶県におけるペー族村落の事例—
    雨森 直也
    セッションID: 320
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1. はじめに

    現在の中国農村では、多くの家庭で耕地面積が不足し、農業以外の就業(農外就業)が引き続き必要な状況に変化はない。それに加えて、中国において農作物の値段は他の物価に比べて非常に廉価である。筆者は本稿で事例とする村落で調査を始めて10数年の月日が過ぎたが、それらの値段はわずかに上昇しただけである。その一方で、農作物以外の物価はこの10数年間で大きく上昇し、出稼ぎ労働者の賃金は地区や職種によって異なるが、2倍から5倍になった。つまり、農村に居住する家庭が現金収入を補う上で、農外就業はより重要になっている。

    その一方で、中国の多くの少数民族にとって、農外就業は自身の村から出る行為にほぼ等しく、村落から出るという行為は、漢族や近隣に住む他の少数民族の暮らす場所、つまり他者の地に出かけていくことにもほぼ等しい。彼らの農外就業がどのような職種にどういったまとまりを有するのかを知ることは、中国社会における少数民族のエスニシティ、そのなかでも彼らの外に向かう表象ではなく、内に向かう力を考察するうえで重要な手がかりとなるに違いない。

    そこで、本稿では雲南省大理白族(ペー族)自治州鶴慶県のペー族が主に居住する1村落を事例として、彼らの農外就業にみる凝集力について検討を加える。ちなみに当該村落では、1981年に行われた「家庭联产承包责任制(生産責任制)」による田畑の利用権の分配以降、村の行政をつかさどる村公所主導による農地の再編は行われていない。

    2.地域概観と農業

    当該村落は457世帯およそ2000人余りが暮らしており(2020年現在)、村住民も周辺村落からもペー族の村落だと認知されている。県政府が所在する県内最大の街からおよそ4kmに位置するため、バイクや自家用車(電動のものを含む)によって日帰り通勤は可能な位置にある。

    当該村落の農業は、水稲耕作を中心にトウモロコシ、桑(養蚕を含む)を栽培し、冬季には裏作としてソラマメ、ニンニクを栽培している。養蚕は商品作物であり、国有企業や民間企業に繭を売却することで現金収入を得ることができるが、近年は市場価格の低迷により買取価格もまた低迷し、養蚕をやめる家庭が少なくない。他方、近年では日本にも多く輸出されている一片種ニンニクを買い付ける業者が冬季だけ契約栽培(全量買取)を村住民に持ち掛けている。その耕作面積は村住民との単年契約によって成り立っており、一片種ニンニクの耕作面積は毎年一定せず、一概に耕作面積を述べることはできないが、村住民の話では数百畝(1畝≒6.67a)にもおよび、いまや無視できない耕作面積になっている。

    3.当該村落の農外就業とその凝集性

    当該村住民の農外就業は、伝統的に大工、石工、木工彫刻などといった建築関係の職種である。今日、彼らの農外就業は上記の職種だけではなく、様々な職に幅を広げつつある。その中で、経済の発展とグローバル化の進行、現政権による様々な規制変更、2018年以降、足もとの景気がやや悪かった上に、期せずして始まった2020年1月から2月にかけて発生したコロナウイルスの流行による各種規制など様々な影響を受けていた。

    村の建築関係の農外就業では、自営の者がわずかに廃業したものの、多くは続けていた。ただし、石工については多くが廃業したり、引退を早めたりしていた。他方、飲食店や理髪店の経営といった当該村において決して多くない農外就業では、小規模な資本が一部で毀損し、彼らは転職を余儀なくされていた。そうした彼らの受け皿として浙江省での工場労働が増えていた。そうした彼らが向かった先は浙江省でも台州市に集中しているようであった。しかも彼らの就労先は、雇用先の給与待遇のめまぐるしい変化によって、頻繁に変化しているようであり、彼らはそうした情報網を現地において構築することで、より高い収入を得ようとしていた。

    4.おわりに

    本稿の事例から、ペー族による凝集力は農外就業の少なくない変化にもかかわらず、依然として強いものであった。その一方で、同県のペー族が主要な役割を担い、3000人にもおよぶ多くの雇用を吸収している銀匠については、当該の村住民はそれほど従事していなかった。銀匠は一人前になれば、給与待遇の面でも工場労働と比べて高く、労務環境も悪くない。それにもかかわらず、当該の村住民は決して多くない。この点は、ペー族に内在する凝集力の点でも不可解な点であり、今後の課題としたい。

    最後に、2008年前に実施した農外就業の資料と突き合わせることで、13年間の農外就業の変化を考察していきたい。

  • 「地政学ブーム」における地理学の視座
    山﨑 孝史
    セッションID: 310
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    はじめに

    「地政学」は20世紀初頭にヨーロッパで誕生し,二度の大戦を経て列強に浸透した.戦後は学知として停滞するものの,その発想は大国の国政術に受け継がれていく.地理思想史や政治地理学の分野では,地政学は欧米を中心に学説史的に再検討され,批判的に再構築される.よって,現代の地政学は戦前からの流れを汲む伝統地政学に留まらず,新しい多様な知の形式を含む.近年日本においては一般読者向けの教養書として「地政学」を冠する書籍が数多く刊行されている.このほとんどは伝統地政学を再参照している.この「地政学ブーム」の中で,発表者も雑誌『現代思想』や『地理』の地政学特集に寄稿し,『現代地政学事典』の編集に参画するとともに,日本学術会議で国際地理学連合と政治との歴史的関係についても講演した.本発表では,こうした「地政学ブーム」に対して日本の地理学がどう向き合いうるのかについていくつかの論点を示したい.

    国際関係の緊張と学問

    日本における地政学書の出版は,戦前も戦後も日本をめぐる国際関係の緊張を認知する世論の高まりと関わっていると考えられる.特に2010年代以降の周辺諸国との「領土問題」の緊張は地政学書の出版を促していると推定される.本来,地政学は外交・軍事という国政術に地理的知識を応用しようとする実践的性格が強かったことを鑑みれば,そうした応用への期待が社会的に高まっているのかもしれない.しかし,同時にそれは出版社の利害とも深く関わることは留意されねばならないし,そうした応用への期待は地理学だけに向けられるものでもない.

    こうした国政術上の要請に大学がどう応えるかが問われたのが,2015年に発足した防衛装備庁による「安全保障技術研究推進制度」をめぐる問題であった.日本学術会議は1950年と67年に戦争や軍事を目的とする科学研究を行わないとする声明を発し,2017年にも過去の声明を継承する旨の声明を出した.日本地理学会も1950年に「世界平和の維持確立に関する決議」を行い,2017年の日本学術会議の声明を受けて,軍事的安全保障研究に関する声明を公表している.この声明は,GISなどの地理的技術や,地政学を含む地理学の研究成果が軍事研究にも応用されうるとし,外部資金による研究が「軍事・戦争のための研究に転化」されないよう会員に注意を促す.

    応用の困難性

    本発表は刊行が予定されている日本地理学会編『地理学事典』に寄稿した地政学に関する拙稿をベースとしている.この事典は地政学関連項目を「地理学の応用と現代的課題」という部に置く.何がそうさせ,それは上記の声明とどう関わるのであろうか.発表者は1990年代以降の日本の地理学界においては,伝統地政学については「忘却」が支配的であったと考えている.地政学に関する,戦後の歴史的・批判的検証を正しく踏まえない,肯定的・否定的論評は地理学関係誌にも散見される.また,上述のように,日本地理学会自体が地政学の応用に倫理的懸念を示し,会誌『地理学評論』には地政学はもとより政治地理学の論考もほとんど掲載されていない.これらから,地理学を地政学的に応用する学会の基盤が存在するとは考えられない.そこには日本の地理学に支配的な分析スケールの問題も含まれる.ただし,それは地政学に対する地理学の弱みでは決してない.

    新しい視座の構築へ

    世界を国家間の利害が対立する空間と認識する伝統地政学は,単純化された大陸や海洋の配置から国際政治を俯瞰的にとらえる点で「反地理学的」である.綿密な現地調査から地理的現実を実証的に積み上げる地理学は,地域や住民の視点から国家中心的な地政学を相対化できる学問分野でもある.国際関係の緊張や対立の渦中に置かれてきた地域(特に国境地域)は日本にも存在する.発表者がフィールドとする沖縄県は,太平洋の多くの島々とともに,歴史的に大国による地政学に翻弄されてきた.そうした地理的現実の上に,安全保障政策と地域政策との望ましい均衡を模索することは地理学なら可能であろう.

    19世紀末にクロポトキンは地理教育が民族主義的対立を超える相互理解の手段となると信じ,20世紀末にサックは,地理学に内在する倫理性は,世界の現実に対する大衆の理解を深めることと,それを補完する多様性と複雑性に満ちた世界に価値を置くことにあるとした.この間,世界は戦争を繰り返し,地政学は浮き沈み,今また浮上しつつある.地理学の倫理的価値とその戦後の成果を生かすならば,地政学に向き合う視座はありえよう.本発表では,地政学に向き合う上で,地理学の倫理的価値とその戦後の成果を生かしうる視座について考えたい.

  • 鈴木 美佳
    セッションID: 318
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録

    高齢者の免許返納者数が増加する現代において、自家用車に頼らず移動できるまちづくりを考える必要性は高まっている。本研究では郡山市における交通利便性の評価と、高齢者の外出行動を分析することで、移動手段の利便性が外出行動に与える影響を明らかにする。

     交通利便性の評価では、ロンドン市交通局で使われているPTAL(Public Transport Access Level)手法を用いた。分析結果から、郡山駅のある中心部からほぼ同心円状に、交通利便性が低くなっていくことが分かった。

     一方、高齢者の外出行動をPT(パーソントリップ)調査の結果から分析すると、高齢になるにつれて外出率は下がり、徒歩や自転車での移動割合が高くなることが分かった。同時に、業務目的や娯楽目的での外出が減り、買い物や通院など生活に必要な外出の割合が高くなっていた。今後は聞取り調査などを通して、このような傾向の背景を探っていく。

  • 被災地復興とアーカイブズから地理学の果たす役割を考える
    高木 亨, 山川 充夫, 初澤 敏生, 増田 聡
    セッションID: S301
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録

    2021年3月11日で、東北地方太平洋沖地震を契機とする東日本大震災発災から10年が経過した。地震被害の他、津波による甚大な被害により死者約1万5千人、行方不明役7千5百人という甚大な被害が発生した1)。また、福島県にあった東京電力福島第一原子力発電所が引き起こした事故により、約57万〜77万テラベクレルの放射性物質が大気中に放出され2)、福島県浜通りを中心に中通りや県外を汚染した。高濃度の汚染により、人びとは「ふるさと」を追われ、いまだに県外避難者は2万8千人を数える3)。各地で除染作業が進み帰還できる地域も増えてきたが、4町2村に渡る「帰還困難区域」が設定され人の住むことができない「アネクメーネ」が存在している。

     地震や津波にかかわる研究や防災教育については、2021年3月11日に発表された日本地理学会の声明にあるように、地理学界あげての研究や取り組みの蓄積がみられた4)。その一方で、福島県における原子力災害被災地での地理学界における支援研究は、積極的に取り組まれてきたとは言いがたい。福島県の原子力被災地は地理学が積極的に取り上げるべき課題が山積している(図参照)。これら課題の背景には、各地域が持つ自然的・人文的特徴があり、こうした地域性を考慮しながら、一様ではない復旧・復興を進めていくことが求められている。

     本シンポジウムでは、被災初期から福島の支援研究を進めてきた研究者を中心に、改めて原子力災害と地理学の果たす役割について考える。また、地理学以外の分野で活躍する研究者の視点を入れながら、これまでの支援研究の成果と多様なアーカイブズから、被災地の次の10年に対して地理学が果たす役割を示すことを目的とする。

     地理学から山川・瀬戸真之(東日本大震災・原子力災害伝承館)・近藤昭彦(千葉大学)、戦争体験の継承という視点から深谷直弘(福島大学)、住民支援から天野和彦(福島大学)、観光学から井出明(金沢大学)が報告をおこない、多様な視点から議論をおこなう。コメントは初澤と増田が担当する。福島県の原子力被災地における次の10年に地理学が果たすべき役割について、議論を深めていく機会とする。

    1)内閣府HPより

    http://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h23/63/special_01.html

    2)中部電力HPより

    https://www.chuden.co.jp/energy/nuclear/radiation/fukushima/

    3)福島県HPより、2021年6月9日現在

    https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/457804.pdf

    4)日本地理学会声明:東日本大震災発生から10年に際して

    https://www.ajg.or.jp/wp-content/uploads/2021/03/Statement_20210311.pdf

    ※本シンポジウムは科学研究補助金基盤研究A(一般)「震災アーカイブズを基盤とする複合型災害プラットフォームの日本国モデル構築」(18H03600 研究代表者:山川充夫)の成果発表の一部である

  • 2020年暦年のデータによる
    千葉 晃
    セッションID: P001
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    筆者は災害時に避難者が冷暖房のない環境下で暑さ寒さに晒されないような環境が必要だと考えている.そのことから任意の地点において,快適/快適ではない気温の時間数がどれくらいあるのかを追究している.さて,千葉(2020b)において「快適な気温」を複数・複雑なパラメーターを使用せずに「ざっくり」と設定すると,それは20〜25℃であると指摘した.今回は,日本の都市のなかで人口が多い三大都市圏と札(さつ)幌・仙(せん)台・広(ひろ)島・福(ふく)岡そして沖縄・那覇に広げ解析した.基礎資料は,気象庁ホームページ上にある気象統計情報のAMeDAS1時間値である.本報告も前報と同様に気温の階級を5℃刻みで設定.デグリーアワーの考え方を参考としながら,各階級が1年間に何時間あるのかを汎用表計算ソフト「EXCEL」を使用して調べる.解析対象期間は2020年暦年1年間である.快適時間数が最も少ないのは,札幌の1277時間(14.54%)であった.最も多かった地点は那覇で2738時間(31.17%)であった.南西諸島以外で最多の地点は,福岡の1883時間(21.44%)であった.筆者の予想に反して各地点の差異が思いのほか少なく,那覇を除き比率で言うと14〜21%程度であった.快適な時間数が多い都市は福岡で,島嶼部も含めると那覇であった.特に那覇はリゾート地としても著名なこととリンクする.

  • 桑林 賢治
    セッションID: 314
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.背景と目的 先住民を理解する上で,マジョリティの支配する空間からは区分された,土着性や歴史性を強調する空間との結びつきを維持していることが,しばしば先住民性(=先住民であることの特質)の基準の1つとみなされてきた.こうした理解においては,先住民の歴史的な居住地ではない空間,つまり非先住地は,先住民性を担保する空間とはなりにくい.この問題は,先住民の過去を顕彰するために構築された「記憶の場所」とも関わる.先住地に立地する先住民の「記憶の場所」は,先住民アイデンティティと強く結びつけられてきた(桑林 2021).しかし,先住民性と合致しづらい非先住地において先住民の「記憶の場所」が成立しうるのか,また成立するのはどのような場合なのかという問いは,必ずしも検討されていない.そこで,本報告ではアイヌが実施してきた沖縄・南北之塔での顕彰行為と東京・芝公園での顕彰行為(東京イチャルパ)を取り上げ,各々の開催地が非先住地に立地するアイヌの「記憶の場所」へと構築された過程とその意義を,先住民性と空間との関係に注目して予察する.

    2.沖縄の事例 沖縄戦の慰霊碑として1966年に糸満市真栄平地区住民と同戦に従軍した北海道のアイヌによって建立された南北之塔では,1981年以降,北海道ウタリ協会が犠牲となったアイヌ兵士を供養する儀式を実施してきた.その間,1980年代以降,同塔の建立経緯を地域住民の営為よりもアイヌの関与に引き付けて語る言説が流布し,一部地域住民がそれに異議を唱えた.また,当地の歴史に関する説明からアイヌの関与が削除される事態が生じた.こうした背景には,「記憶の場所」が非先住地に立地していたことも関わっていると思われる.他方で,2000年頃からは当地で上述のものとは異なる供養の儀式を北海道のアイヌと沖縄住民が連帯して実施してきた.これはアイヌの先住民運動と連動しているとみられる.その意味で,当地はアイヌにとって純粋な慰霊空間たる「記憶の場所」から,先住民性を強調する「記憶の場所」へと再構築されたといえる.

    3.東京の事例 2003年以降,港区の芝公園では,明治初頭に当地に存在した開拓使仮学校附属北海道土人教育所へ強制入所させられ死亡したアイヌなどを供養する儀式・東京イチャルパが,首都圏在住のアイヌによって開催されてきた.これを通じて当地は彼(女)らにとって,アイデンティティの拠り所たる「記憶の場所」へと構築された.また,主催者らが首都圏におけるアイヌの先住民運動に関わっていたことから,当地は先住民性と結びつく「記憶の場所」としても機能してきたとみられる.一方で,ここでは「記憶の場所」の維持に必要な文化の継承が問題となっていた.原因の1つに非先住地のアイヌへの文化的施策の乏しさがあると思われるが,それはアイヌの先住民性を北海道という先住地と結びつける見方と関わる.現在では連帯する非アイヌが文化継承において重要な役割を担っている.

    4.非先住地の「記憶の場所」 両事例は,一方では非先住地に立地するがゆえの問題を抱えており,アイヌの先住民性を北海道と結びつける見方にも影響されていた.他方で,アイヌは非アイヌと連帯し,これらの問題に対処しながら,アイヌの先住民性を強調する「記憶の場所」を非先住地に構築してきたといえる.非先住地に立地するアイヌの「記憶の場所」は,近現代におけるアイヌの先住民性を,北海道というローカルな空間から解放し,ナショナル・スケールの事象として位置づけ直す可能性がある.

    本研究はJSPS科研費JP21J13380の助成を受けた.

    【文献】 桑林賢治 2021. 先住民アイヌによる「記憶の場所」の構築——北海道・真歌山におけるシャクシャインの顕彰を事例に. 人文地理 73: 5-30.

  • 蓑島 誠, 小寺 浩二
    セッションID: P003
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    常呂川は北海道オホーツク総合振興局管内に位置しており大雪山系三国山(標高1,541m)に源を発し、置戸町、訓子府町、北見市の1市2町を貫流してオホーツク海に注ぐ、流路延長120km、流域面積1,930㎢の一級河川である。流域人口は1985年の144,828人をピークに2020年の国勢調査では123,066人と人口減少が進んでいる。流域の産業は農林水産業の一次産業が主体である。一方、2020年北海道内一級河川の水質現況によると20河川中BODの値は最下位となっている。そのため常呂川の本川及び支川22地点で毎月定点観測を行い、水環境の悪化の要因を考察した。

  • 岩佐 佳哉
    セッションID: 237
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに 道しるべとは、道案内を主目的とする「道標」とほかの目的で設置された石造物に道案内が刻まれた「道標銘」の総称である(吉村・白井 1991)。道しるべに関する調査や研究の多くは、歴史学・文化財学的な視点によるものが多い(出雲路 1976; 山本 1991など)。道しるべの多くは幕府や政府ではなく、地域住民によって設置されることから(山本 1991; 吉村・白井 1991; 矢野 2007)、設置当時の住民の空間認識を示す資料といえる。吉村・白井(1991)は地理学的な考察を加えることで近世の交通圏を復元し、都市の階層構造を明らかにした。

     本発表では、広島県東広島市を対象に、道しるべの分布とその特徴を明らかにする。

    2.研究方法 まず、戦前に発行された旧版地形図に描かれている交差点を同定し、Googleストリートビューを用いて予察し、現地調査をした。現地では道しるべの位置をマッピングし、高さ・幅・奥行といった大きさや各面の方角を記載した。また、「デジタル拓本」を行うことで道しるべの銘文を記載した(図1)。具体的には、SfM-MVSの技術を用いて道しるべの3Dモデルを作成し、QGISを使用してレンダリングをすることで「デジタル拓本」を行った。これにより、非接触ながら明瞭に石造物の銘文を読み取ることができる(内山ほか 2014; 岩佐・熊原 2018)。さらに、道しるべから目的地までの直線距離を算出し、吉村・白井(1991)に基づいてその最大距離ごとに目的地を10km未満、10-20km、20km以上の3つに分類した。

    3.道しるべの分布と特徴 対象地域では、少なくとも84基の道しるべが認められた(図2)。道しるべは主要な街道からの分岐点に設置されると考えられるが、旧山陽道(旧西国街道)沿いには2基しか分布しない。一方で、東広島市西条と呉市広を結ぶ旧往還沿いには多く分布する。

     設置年がわかる50基は1878(明治11)年から1934(昭和9)年の間に設置され、1915(大正4)年と1928(昭和3)年の御大典記念に設置されたものが多い。設置主体別では、住民団体が29基、個人が28基、行政が1基、商店が1基で、南部では住民団体による設置が多い。

    4.道しるべからみた近代の都市の階層性 道しるべから目的地までの直線距離を算出すると、0-5kmのものが最も多く、30kmを超えるものはわずかしかない。その最大距離ごとにみると、10km未満の目的地はおおむね現在の大字に相当する。20km以上の目的地には広島や呉など現在でも大きな都市のほか、三原市に位置する久井や安芸高田市に位置する吉田などが含まれる。10km未満の目的地は、住民にとって身近で小規模な都市・集落であり、20km以上の目的地は広い範囲の道しるべに記されており、様々な地域の住民が認識するような大きな都市と考えられる。

    文献:出雲路(1976)京都精華学園研究紀要 14; 28-49.岩佐・熊原(2018)広島大学総合博物館研究報告 10; 103-110.内山ほか(2014)防災科学技術研究所研究報告 81; 37-60.矢野(2007)和歌山地理 27: 1-24.山本(1991)国立歴史民俗博物館研究報告 32; 23-68.吉村・白井(1991)千葉県中央博物館研究報告 1 (3): 1-32.

  • Yixuan Chen
    セッションID: 311
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Feminist Political Ecology (FPE) is one of the most vibrant approaches to gender and environment studies. As a branch of political ecology, FPE emerged from critical studies of gender and development in the mid-1990s. This presentation will give a brief review of the transition and research patterns of FPE with a focus on gender theory, as well as the possibility for future development. In particular, this presentation will examine the theoretical and methodological efficacy of the FPE research framework in disaster and gender studies.

  • 近藤 昭彦
    セッションID: S307
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    はじめに

     東京電力福島第一原子力発電所(以下、福一)の事故により放出された大量の放射性物質は、強制された人と自然の分断をもたらした。問題の解決は諒解の形成に過ぎないが、そのあり方について考えなければならない1)。

     2011年当時、事故後の状況が明らかになるにつれて水文学研究グループの中で現場調査に対するモチベーションが高まっていった。なぜなら阿武隈高地の大部分を占める山地斜面における水循環・物質循環の素過程を最もよく知る森林水文学、斜面水文学の成果の蓄積があったからである。報告者は水流発生機構に基づく流域からの放射性セシウム移行モデルを作成した。このグループはその後、文科省、規制庁の調査チームとして大きな成果を残した2)。

     千葉大学では事故前から川俣町山木屋地区と交流があったことをきっかけとして総合的な調査・支援活動を始めた。報告者は主に山林における空間線量率調査に従事したほか、川俣町山木屋地区除染等に関する検証委員会に参加し、ステークホルダー(以下SH)の声を聞く機会を得た。

     これらの経験は異なる視座・視点・視野から原子力災害を捉えることを可能にした。そこから問題の解決、問題解決型科学のあり方、について考察した結果を報告する。

    事象の認識−科学の成果

     正しい事象の認識は問題理解の大前提である。しかし、立場により受け取り方は異なる。2011年夏期に林道を主体とする空間線量率の走行サーベイを行ったが3)、その結果は村外に新しい村を作ることをめざすSHsは帰還できないことの根拠、帰還をめざすSHsは帰還できることの根拠として受け取られた。問題の解決を共有するSHsごとに科学の成果の解釈は異なった。

     2012年春季に走行サーベイによる空間線量率分布をある学会で発表したが、会場から事故後半年も沈着時のパターンは保存されないというコメントを受けた。当時ウェザリングと呼ばれた現象により、沈着時のパターンは失われるという主張だが、事象の解釈は縮尺を顧慮したプロセスベースですべしという地理学の鉄則が他分野には浸透していないことを痛感した4)。その後の航空機モニタリングの成果により福一80km圏の空間線量率はほぼ同じパターンのまま減衰していることが明らかとなっている。

    問題解決型科学のあり方

     311後「直ちに健康に影響はない」というフレーズがテレビで流れ、低線量の被曝は健康に影響がないということを説く科学者もいた。その背後には合理的な科学の成果を理解すれば人は安心するはずだ、という考え方がみえる。ところが、SHが諒解を形成するには共感(エンパシー)と理念(社会のあり方)も共有する必要がある。しかし、“共感・理念・合理性”の3基準をSHsが共有するためには価値の領域にも踏み込まなければならない。それは従来の知識探求型科学とは異なる問題解決型科学の特徴である。“モード2科学”はじめ、いろいろな考え方があるが、科学の役割は変わりつつあるなか、地理学はもともと問題解決型科学としての側面を強く持つ科学である。

    視座・視点・視野

     科学者も含むSHsは人間である限り、限定的な視座(立場)、視点、視野の“意識世界”を持つ。これらの違いにより価値の重点の置き方が異なってくる。

     例えば、山村の暮らしではマイナー・サブシステンスと呼ばれる山菜やキノコ、川魚等の採取は生き甲斐を形成する暮らしの重要構成要素であるが、視座が異なるとその重要性が認識できない。あるシンポジウムでは規制値(100Bq/kg)の半分を自主規制値とした団体に対して、100Bq/kgで良いことを主張する科学者がいた。東京におけるシンポジウムでは、“福島には住めない、住んではいけない”、と主張する参加者がいた。これらの齟齬は異なる視座・視点・視野を認識していないことに起因する。

     問題解決型科学では、異なる視座・視点・視野を包摂しなければならない。その包摂の達成は文系、理系の垣根を超えることにもなり、まさに系統地理学の体系、地誌の地域認識が問題解決型科学の礎になることを表している。その時の科学者の立場については、例えばPielke(2007)のHonest Brokerがひとつのあり方だろう5)。

    おわりに

     福一事故は終わっていない。様々な問題が残っているが、トリチウム水の海洋放出もそのひとつである。難しい問題であるが、科学的合理性だけで人が行動するわけではないということを意識すべきである。重要な観点は信頼の醸成であり、信頼に基づいて人は諒解するのである。問題解決型科学は信頼の醸成が大前提になければならない。

  • 佐賀県唐津市虹の松原を事例として
    近藤 祐磨
    セッションID: 316
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本研究は,佐賀県唐津市の海岸林「虹の松原」(230ha.うち216haが国有林)を事例に,住民による小規模で散発的な保全活動が,行政によって制度化され,大規模で組織的な活動に変容した過程とその影響を明らかにする.現地調査は2018年12月から2019年10月にかけて,保全活動団体や行政担当者,研究者,政治家などへの聞取り,地元紙「唐津新聞」の分析,保全活動などの観察により実施した.

     この制度は,虹の松原をマツ枯れ対策や防災機能を踏まえて汀線・内陸・縁辺の3区域に分け,区域別に植生の目標と活動・事業内容を定めたものである.汀線部(62ha)では,「NPO法人唐津環境防災推進機構KANNE」(2006年設立)を推進団体として,住民・市民を集めて林床整備を行い,下草のないマツ単純林を目指す.内陸部(129ha)では,県や市が広葉樹を伐採し,マツ単純林へ移行する.縁辺部(13ha)では,広葉樹が発達した現状を維持する.

     制度化に至る過程は,黎明期(2000年以前),制度化前兆期(2000〜2006年),制度化進行期(2006〜2009年)の3期に整理することができる。制度化前兆期には,農業工学が専門の研究者と地元住民による「虹の松原七不思議の会」(2000年設立)が,林内でショウロを発生させて地域活性化に活かそうとする運動を展開した.同団体は,国(林野庁)と議論を重ねた結果,2001年5月にショウロ菌の散布や下草刈りなどが許可され,翌年,国と正式に貸借契約を結んだ.その後,地元の小中高校や,唐津市市街地で活動していた他の団体も,同団体と協力して虹の松原での保全活動に相次いで参入するなど,地域的な波及もみられた.制度化進行期になり,制度化の直接的な契機になったのが,地元選出県議による,観光振興を意識した広葉樹伐採と過密樹の間伐を求める質疑であった(2006年6月).県知事や県の環境系部局(非林政部門)もこれに賛同し,鉄道が通る縁辺部を優先とした全域のマツ単純林化を志向して,国と市との協議を進めた.国は,林学で合理的とされる樹種構成(海側はマツ単純林,内陸側は広葉樹)を支持するため,県とは大きな意見の相違があったものの,縁辺部の方針以外について県に譲歩して,基本計画を策定した.2008年9月,国・県・市は,虹の松原の再生・保全に向けて連携を強化する覚書に調印した.

     制度化により,虹の松原の保全活動は大規模・組織的になり,全国的な先進事例として注目されるようになった.この制度化の特徴は以下のようにまとめられる.

     (1) マツ単純林を志向する複数の団体による活動が,間接的に制度化につながった.しかし,同じ単純林志向であっても,目的や重視する手段には違いがあった.(2) 制度化において県が強い主導権を発揮できた要因は,マツ単純林を望む地域住民および政治家の存在に加え,玄海原発の核燃料サイクル受け入れに際する国からの交付金も大きかった.(3) この制度化は,国家林政の厚い障壁を,地域の市民社会と県政(非林政部門)が打ち砕いたという意義があった一方で,マツ単純林を追求するイデオロギーが科学的な専門知を一部揺るがせたともいえる事例である.

  • —河川源流域の汚染源を中心に(3)−
    乙幡 正喜, 小寺 浩二
    セッションID: 107
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ はじめに

    新河岸川流域は、かつて水質悪化が顕著な地域であったが、近年は流域下水道や親水事業で水質が改善しつつある。しかし、狭山丘陵に位置する支流の上流部においては依然水質が改善していない地域も存在している。2017年11月から2年間にわたる狭山丘陵周辺の河川調査結果を基に、汚染源の特定について2020年12月より追加調査を実施し、水質を中心とした水環境の特徴を考察する。

    Ⅱ 対象地域

     狭山丘陵周辺で水質が悪化している河川を調査対象とした。追加調査地点は、柳瀬川水系の不老川上流部、六ッ家川上流部、黒目川中流域と目黒川と空堀川中流域の4ヶ所である。

    Ⅲ 研究方法

    例月調査として汚染源の特定のため2020年12月より毎月12地点の調査を実施している。現地では、水温、気温、電気伝導度(EC)、COD、pH及びRpHを計測し採水して自宅で簡易濾過及びメンブラン濾過を行い、研究室にてイオンクロマトグラフを使用し、主要溶存成分の分析を行う予定である。

    Ⅳ 結果・考察

    EC推移図(図2)では、柳瀬川水系の六ッ家川上流部(M2)と不老川(F2)で平均799μS/cmと 641μS/cm以上の高い数値を示している。六ッ家川上流の北野一般廃棄物最終処分場放流口(M1)では、流出水のECは2020年12月が1732μS/cm、2021年2月のECは588μS/cmであった。2021年6月のECは1393μS/cmであった。この地点の2月と6月を比較するとECは2.4倍になっている。黒目川の降馬橋 (KR1)のEC平均値は215μS/cmと低い数値である。ここから100m下流の清涼飲料水工場排水放流口(KR2)のECは12月2503μS/cmと非常に高い数値を示していたが、2月は1467μS/cmとなり数値が約半分となっている。しかし、6月のECは2578μS/cmと再び上昇している。下流のよしきり橋(KR3)では588μS/cmと希釈されている。砂川堀では、東永橋(S2)で12月は1320μS/cmに高い数値を示していたが2月は484μS/cmと1/3に下がっている。しかし6月のECは2354μS/cmと急上昇し、薄茶色の水が流れていた。

    pHは、空堀川の東芝中橋(K1)で2020年12月は8.4、2021年2月は8.3であった。2021年6月も8.4であった。下流の浄水橋(K2)は12月のphは9.0、2月は9.0であり、6月も9.2であった。両地点とも高い数値を示し変化はなかった。黒目川の清涼飲料水工場排水放流口(KR2)の12月のpHは8.6、2月は7.6であり6月も8.6であった。2月は数値が下がっている。

    東芝中橋の6月の採水温は6月30.3℃と高い数値を示している。東芝中橋(K1)の脇に放流口があり、市内にある乳製品製造工場の排水である。この排水は、環境基準を満たしているとのことである。

    Ⅴ おわりに

    六ッ家川上流では一般廃棄物最終処分場の水質がECに影響し、空堀川では中流域でEC,pHが乳製品工場排水の影響で負荷が高まっている。また、黒目川の中流域でも清涼飲料工場の排水の影響でEC, CODが高い数値を示している。継続調査を行い、主要溶存成分の分析結果を研究に反映させたい。 

    参 考 文 献

    森木良太・小寺浩二(2009):大都市近郊の河川環境変化と水循環保全—新河岸川流域を事例として—. 水文地理学研究

    報告, 13, 1-12.

  • −静岡県熱海温泉を事例として−
    池田 千恵子
    セッションID: 307
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本研究では,日本におけるアルベルゴ・ディフーゾによる持続可能な観光ならびに地域再生について、静岡県の熱海温泉を対象に検証した.アルベルゴ・ディフーゾは,イタリアのカーンで始まり,ジャンカルロ・ダッラーラ氏が 1980 年代に提唱した概念である.使用されていない歴史的な建造物を利用し,街中のフロントを中心に客室が点在する「分散型ホテル」とも言われている(Licaj 2014).空家をレセプションや客室に、地域の食堂をレストランに改修し,宿泊施設の要素を地域全体に分散させて地域全体を宿泊施設とする考え方(渡辺ほか 2015)で,旅行者は地域で暮らすような感覚で滞在することができる.

     アルベルゴ・ディフーゾに関しては,発祥地でもあるイタリアを対象とした研究によりその特性が明らかにされているが,日本におけるアルベルゴ・ディフーゾに関しての研究は初期の段階である.本研究では,日本におけるアルベルゴ・ディフーゾの実態を把握すると共に,そこから派生する地域再生について検証を行う.

     研究対象地の熱海温泉は,古くからの温泉観光地であるが,熱海市は人口減少と高齢化が進む地域でもあり,2013年時点で空き家率は50.7%,熱海温泉の中心部にある銀座商店街は30店舗中10店舗が空き店舗であった. 1件のカフェから始まった空き店舗の再利用により,衰退した商店街が再生し,ゲストハウスを核としたアルベルゴ・ディフーゾが形成されようとしている.

     銀座通り商店街のある銀座町では,まちづくり会社が運営するゲストハウスやコワーキングスペースを核とした空き店舗の解消,行政と連携した創業支援,新規起業者の連携による協働が行われている.その結果,スイーツ店の集積が進み,20〜30代の若者が訪問するエリアへと変容している.移住・定住促進にも波及している熱海温泉におけるアルベルゴ・ディフーゾに関して報告を行う.

  • 佐藤 裕治, 宮路 秀作
    セッションID: S203
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー

    高等学校における履修科目と大学の受験科目は,本来は別のものとみるべきであるが,大学を志したときに,その科目が受験科目にあるかどうかは,高校生にとっては重要である。大学受験科目として「地理」をみたとき,センター試験・大学入学共通テストにおいて,選択できるかどうかは,ほぼ他科目と同等に扱われているが,国公立大学の二次試験,私立大学の個別試験において,地理歴史・公民の他科目に比べ,地理が選択できる大学・学部は限られており,地理を選択する受験生は志望する大学への進学については極めて不利な状況にある。

    入試科目に地理を加えることは,コストのかかることであり,問題作成,採点の負担も増えることから,大学にとっては容易に決断できない状況にあることは理解できる。しかし,新課程においては,地理歴史科の科目として,地理,日本史,世界史は履修上は同等の扱いとなるなかで,入試における受験機会の格差が依然として残るとするならば,受験生にとっては極めて理不尽のことであり,改善への真剣な取り組みを望む。

    地理を入試科目に加えることに大学がなかなか踏み切れない理由は,コストの面以外では,問題作成が煩わしいという意識が強いことがあると思われる。そもそも,入試に関わったことのない教員にとっては,入試問題がどのような形式とテーマで出題されているかということの知識が乏しく,地理を出題している大学でも他大学の入試問題をみる機会は少ないと思われる。

    入試問題は,解答の形式から選択肢から正解を選ぶマーク式(選択式),地名,用語などを記入する記述式(短答式),文章で解答する論述式,地形断面図や模式図など記入する描図式などがあるが,選択式以外を記述式とすることが多い。私立大学では選択式で構成されることが多いが,国公立大学ではほとんどで記述式が取り入れられている。論述問題の数,1題当たりの解答字数は30字程度から400字程度まで,大学によってかなり違いがみられる,採点基準も一様ではないと思われるが,画一である必要はない。

    問題のテーマ,設問内容をみると,地誌的な知識が問われる問題も多いが,SDGs,GIS,防災など問題を通じて地理に関わる課題を考えさせる意欲的な問題も多く,一頃話題になった「悪問」は少ない。自然環境と人間生活にまたがり,様々な資料を使って理解する地理という教科は,新しい学力観としての思考力・判断力・表現力を試す上で優れた特性を持つ。また,入試問題を通じて地理が扱う様々なテーマへの関心を高め,理解を深める効果もあると考えられ,入試科目に地理を加える意義は大きいと考える。

  • 矢野 桂司
    セッションID: S202
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

    第24期(2017年10月から2020年9月)日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会では、2022年4月からの高校地歴科における「地理総合」のスタートにあわせて、持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成の中心的役割を担う地理教育の重要性を広めるために、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」を2020年8月25日に発出した。

    そこでは、(1)「地理総合」による地理改革、(2)地理的な見方・考え方を問う大学入試のあり方、(3)「地理総合」を支えるための大学地理教育の変革、(4)小学校・中学校・高等学校間及び諸教科間の関連性、(5)「地理総合」を支えるための社会的環境整備の充実、と早急に取り組むべき5つの提言を行った。これらはいずれも、地理総合がはじまる2022年4月よりも前に行われなければならない。

    例えば、新しい学習指導要領で教育を受けた生徒が大学受験を受ける2024年度大学入試科目の決定は2023年度中には公表される必要がある。また、大学での地理教育に関して、教養課程、さらには、文学部、理学部はもちろん、環境学、都市計画学、国際関係学などの学部での専門課程においても、地理総合や地理探究を履修した生徒を受け入れての教学内容の高度化を考えていく必要がある。

    加えて、新しい地理総合や地理探究を教える地歴科の教員養成課程の内容も変えていく必要があるといえる。

    2.教員養成大学へのアンケート調査の結果

    提言の作成において、地理教育分科会では、高等学校教員(地理歴史)の教員免許状の交付を行う大学(全国786大学のうち、対象となる大学は235大学(国立大学61校、公立大学13校、私立大学161校))の、地理教育の現状と課題を明らかにするために、2019年10月に、日本地理学会の会員名簿を基礎として、大学に所属する地理学会会員(206名)にアンケートを実施し、135の大学・学部の状況の回答を得た。

    (1) 調査項目 具体的には、1)学部学科(あるいはコースとして)の地理学関係の必履修科目、2)免許法施行規則の規定科目人文地理学、自然地理学、地誌の設置、必須科目と単位数、必要単位数、科目名称、3)教職科目(必修)において、「地理総合」に即した授業内容を意識して教授されているか、4)入試科目に地理があるか、5)教職科目において、「地理総合」に即した授業内容を展開する際の課題、などを問うた。

    (2) 回答の概要 調査時点では、「教職科目(必修)において、「地理総合」に即した授業内容を意識して教授されているか?」という問いに対して未だ十分に対応ができていない。特に、「教職科目(必修)において、「地理総合」で柱となる、GIS、国際理解、防災、持続可能な社会づくりに関して教授されていますか?」という問いに対して、「取り入れている」と回答した大学・学部は多いが、「取り入れたい」とする回答も多く見られた。さらに、今後、多くの大学・学部において、教養科目や教育課程科目等において「地理総合」の内容を意識した授業が行われることが期待される。そのためには、地理学に関連する教養・教職科目の授業を担当するすべての大学教員が、「地理総合」の内容を理解し、大学において、その基礎をさらに発展させることを意識した授業が行われるべきである。

    また、「教職科目において、「地理総合」に即した授業内容を展開する際に課題となることをお教えください。」という自由回答において、「教育現場の現状がわからない」、「地理学、自然地理学、GISの内容を教える教員がいない」という回答が多くみられた。

    3.おわりに

     新しい地理総合と地理探究がスタートすれば、それらを履修した学生を入試選抜し、大学で教えていかなくてはならない。大学においても、地理総合の柱となった、地図やGISを活用した、国際理解や国際協力、防災、持続可能な社会づくり等の科目内容を充実させるべきであり、とりわけ、教員養成や教職大学院では、教科専門性を十分修得できるようにすることが重要である。

    文献 日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」、2020年8月25日。

  • —東広島市西条盆地南部,三升原を事例として—
    熊原 康博, 岩佐 佳哉, 横川 知司, 原田 歩, 弘胤 佑, 竹下 紘平
    セッションID: 239
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1. はじめに 近世の新田開発に関する研究は,主に歴史学や歴史地理学,土木史の分野で蓄積されてきた。1980年代以降,文字史料だけでなく,絵図史料を統合した学際的な研究が数多く進められてきた(木村,1983, 橋本, 2010など)。また新田開発の水利を考える場合,地形の高度差を利用するため当時の地形を復元することが必要である。ただし従来の研究では,地形の把握は,地形図の利用が一般的であり,地形図では微地形を把握するには限界があった。また戦後の圃場整備や宅地造成などにより,地形や水利施設が大きく改変されていることが多いという問題もあった。これらを克服する新しい手法として,Structure from motion-Multi view stereo(SfM-MVS)技術を採用した。SfM-MVSは,地形改変前の空中写真から詳細なデジタル地表モデル(DSM)を作成できる利点をもつ(内山ほか,2014など)。用いた空中写真は,圃場整備前の1966年に国土地理院が撮影した2万分の1モノクロ写真(1200dpi)で計8枚である。

     対象地域は,東広島市西条盆地南部,三升原である。19世紀初頭の広島藩では,逼迫した財政を立て直す国益政策として,土地の開発とそれに伴う商品作物の生産および商品化が目指された(土井,2016)。その政策を具現化した地域の一つが三升原であるものの,その進展過程は不明であった。一方,同じく藩主導で進められた近隣の柏原の新田開発の進展は弘胤ら(2018)が明らかにしている。本研究では,三升原の新田開発の進展過程を,広島県立文書館所蔵の文字史料『国郡志御用書出帖 賀茂郡三升原 ひかえ』,水利施設の設置を要求する際に添付された絵図の控えである10枚程度の絵図史料,上述のDSMなどの分析を統合した学際的な手法で明らかにする。

    2. 地域概観 三升原は,西条盆地南縁に位置し,周囲を流れる河川よりも数〜20m高い段丘面上にある。三升原の段丘地形は,約14‰の勾配をもつ上流側の東部と,水平な下流側の西部に区分され,三升原は西部に位置する。西部は開析が著しく進み,細長い形状をしており,面上には微妙な起伏がある。三升原集落は,周囲の段丘面よりも少し高く,南北の道路に沿って街村状に立地する。道路は江戸時代からあり,山陽道が通過する西条四日市と,広町の瀬戸内海の沿岸を結ぶ主要な道路である。

    3. 新田開発の進展過程 開発は1808(文化5)年から1819(文政2)年の12年間において,1808〜1810年の唐櫨の植え付けと枯死による失敗の3年間,空白期間の3年間,1814〜1819年の水田の稲作と畑作をすすめた6年間に区分できる。唐櫨の植え付けと失敗の期間を前期,稲作と畑作を行うための開発の期間を後期とわける。前期開発計画の主体は藩であり,唐櫨の苗木の用意,肥料代の提供も藩が行った。後期では,藩の役人の視察によって開発が始まる。その後,段丘面上で水田による稲作を行うための用水路や溜池などの整備を中心に行われた。前期とは異なり,両村に入植した百姓などが村内に住居を構え,水田や畑の開発に従事した。用水路や溜池の築造事業の計画は,地元の割庄屋や住民がおこない,藩にその認可を求めている。また藩から認可された事業資金は,その多くが賀茂郡内の豪農である割庄屋の寄付であり,藩や役人の出資は限定的であった。

    4. 微地形と用水路の関係 書出帖にある12本の用水路の記載と絵図の分析,及び圃場整備前の空中写真の実体視から、当時の用水路の位置を圃場整備前のDSM上で特定した。文書や絵図の記載には周りの地表よりも高い位置にある「揚溝」と,低い位置にある「堀溝」が区別されている。書出帖の記載を集計した結果,揚溝が1,760間(3,168m),堀溝が1,856間(3,341m)でほぼ同じ長さであった。一般的に,用水路を周囲よりも高く設置することは,漏水の危険性があるため行わない。揚溝にした2つの理由は以下の通りである。1)三升原集落よりも用水路の上流側にあたる東側の範囲が,集落よりも最大70cm程度低い。集落やその西側の田に水を送るためには,集落周辺の高さまで用水路をかさ上げする必要が生じた。2)自村内に用水路を設置する目的で,隣村に入らないように浅い開析谷を横切る用水路を設置するため,標高の低い部分を揚溝にしたと考えられる。

    【附記】文書館及び下向井龍彦広島大名誉教授には研究の遂行にご支援いただいた。記してお礼申し上げる。【文献】木村(1988)村の語る日本の歴史9,そしえて;橋本(2010) 耕地開発と景観の自然環境学,古今書院;内田ほか(2014) 防災科学技術研究所研究報告81;土井(2016) 広島藩の地域形成, 渓水社;弘胤ほか(2018)広島大総合博物館研究報告10

  • 原発事故被害の累積性と人間復興の地理学
    山川 充夫
    セッションID: S302
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    東日本大震災・福島原発災害から10年の節目を迎え、復興庁がさらに10年存続することは決まったものの、ふくしま復興を検証する取組みは進んではいない。例えば、原発事故災害については、事故後に政府、国会、民間、東電の4つ事故調査委員会が立ち上がり、それぞれ報告書を出した。しかし10年の節目では民間事故調査委員会が最終報告書を出すにとどまった 1)

     復興庁事務次官を務めた岡本全勝は、東日本大震災を契機とする行政の「哲学の転換」として、完全な「防災」から逃げる「減災」へ、「国土の復旧」から「暮らしの再建」への2つを挙げた。また「暮らしの再建」とは住民が住める町づくりであり、従前の「インフラの復旧と住宅の再建」の他に「産業と生業の再生」と「コミュニティの再建」の必要性を打ち出した2)

     復興庁の復興推進委員会は2019年9月23日にワーキンググループが提出した「東日本大震災からの復興施策の総括」を了承した。この「総括」では復興の現状について、地震・津波被災地域においては、生活に密着したインフラの復旧はおおむね終了、産業・生業の再生も着実に進展し、復興は「総仕上げ」 に向けて着実に進展していること。また福島の原子力災害被災地域においては、2019年4月までに、帰還困難区域を除き、ほとんどの地域の避難指示が解除され、福島の復興・再生に向けた動きが本格的に始まっていると総括した。しかしこのワーキンググループの「総括」は国会への「年次報告」の一環であり、復興政策の検証という視点からではない3)。 

     公的機関で福島原発事故災害を検証したのが新潟県である。新潟県は2018年1月に「新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会」を設置した。そのうち検証委員会の生活分科会は、大規模自然災害との比較で、福島第一原発事故の被害特性を取りまとめ、①事案自体は目に見えない(放射能汚染)、②安心できる放射線量に関する認識の個人差が、現在のところ大きい傾向、③事故の原因としての人為的要素(国・東電の事故責任)があることを指摘した。また生活再建に向けては、①家族・コミュニティ単位での避難生活、②原子力賠償基準の改善(実態に即した改善)、③生活再建の伴走型支援(ケースマネジメント)の必要性を掲げ、ふくしま復興の検証に重要な視点を提示した4)

     本報告の目的は、原発被害の特性である被害に累積性という視点から、ふくしま復興の10年を検証し、もう一つのふくしま復興5)、すなわち地理学における人間復興6)を考えることにおきたい。

    1)アジア・パシフィック・イニシアティブ(2021)『福島原発事故10年検証委員会 民間事故調最終報告書』ディスカバー・トエンティワン。

    2)岡本全勝編著(2016)『東日本大震災 復興が日本を変える─行政・企業・NPOの未来のかたち』ぎょうせい。

    3)https://www.reconstruction.go.jp/topics/maincat7/sub-cat7-2/191023_wg_finalreport.pdf 

    4)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/247845.pdf 

    5)山川充夫・初澤敏生編著(2021)『福島復興学Ⅱ』八朔社

    6)山川充夫(2020)「原発事故とふくしまの復興課題−帰還促進から人間の復興へ−」『日本災害復興学会論文集』15、66-74。

  • 住民意識の地区別差異
    文 迦
    セッションID: 308
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ 鎌倉におけるオーバーツーリズム問題

    オーバーツーリズム問題が世界中で注目されている.鎌倉市におけるオーバーツーリズムも典型例で,鎌倉市は2019年4月に『鎌倉市公共の場所におけるマナーの向上に関する条例』を定めた.訪日アジア人観光者に人気のスポットでの写真撮影の自粛を要請するその内容は,日本国内だけではなく,中国のメディアでも大きく取り上げられた.

    日本におけるオーバーツーリズムの研究は,用語定義と事例研究に終始し,理論化を目指す研究はあまりない.それゆえに対策の提案についての科学的な根拠が形成されていない.一方,欧米ではDoxey(1976)のIrridex ModelやButler(1975)の観光に対する地域住民の反応分類といった古典的モデルが現在も活用されている.

    Ⅱ Irridex Modelの概要

    Doxey(1976)は,バルバドスとナイアガラの事例においてホストとゲストの相互作用プロセスを考察し,イラダチ度モデル(Irridex Model)を提示した.このモデルでは,地域住民は観光に対してエーフォリア(Euphoria),アパシイ(Apathy)イラダチ(Irritation),敵意(Antagonism),最終レベル(Final level)という5つの意識の段階を踏んでいくとされている.これに対してButler (1975)は,観光に対する地域住民の反応が「熱烈な推進・支持」,「諦めの受容・支持」,「猛烈な反対」,「暗黙の反対」という4つのカテゴリに整理することを提唱している.Doxey(1976)とButler(1975)の理論は,オーバーツーリズムにおける地域住民の反応という点で援用が可能な古典的なモデルであり,それぞれの研究で援用されている.

    Ⅲ 先行研究

    Zhang(2018)は香港において「ファッションと美容」と「スーパーマーケットとコンビニ」に関連する商業の店主がよりイラダチを持っていることを明らかにし,Esmat (2017)はドバイにおいて住民の性別,年齢,教育背景などがイラダチに影響を与えることを実証した.また,Manuel et al (2013)はカボベルデにおいて観光業従事者や観光業に関わりがある住民が他の住民よりも,オーバーツーリズムに対して楽観的な考えを持っていることを明らかにした.

    ただし,これらの欧米の研究では,住民の居住地区による違いがイラダチにどのように影響するのかが考察されていない.観光者は観光地内を流動するものであり,地区別に観光空間利用の濃淡が生じる.ゆえに,その影響を検討する必要性は高いといえる.

    Ⅳ 研究方法と結果

    本研究では上記の先行研究で扱われてきた指標を統合し,鎌倉市を事例として,住民の居住地区別にこのイラダチの程度を調査した.具体的には,観光地化された地区(小町通り商店街周辺),元々居住地であったが外国人観光客の到来により観光地された地区(鎌倉高校前駅周辺),観光地されていない地区(大船駅周辺)で,郵送式のアンケート調査を行った.本研究では、その結果から地区別のイラダチの差異を報告する.

    文献

    Butler, R.W. 1975. Tourism as an agent of social change. In Helleiner, F. ed. Tourism as a Factor in National and Regional Development, 85-90.

    Doxey, G.V. 1976. When enough's enough : the natives are restless in Old Niagara. Heritage Canada 2: 26-27.

    Esmat,Z. and Jason,F. K. 2017 Resident Attitudes Towards Tourists and Tourism Growth: A Case Study From the Middle East, Dubai in United Arab Emirates. European Journal of Sustainable Development 6(1):291-307.

    Zhang,J.J., Wong,P.P.Y., WongP. and Lai,P.C. 2018. A geographic analysis of hosts' irritation levels towards mainland Chinese cross-border day-trippers. Tourism Management 68: 367-374.

    Manuel,A.R., Patricia,O.V. and Joao,A.S. 2013. Residents’ Attitudes towards Tourism Development in Cape Verde Islands. Tourism Geographies 15(4): 654-679.

  • 内田 成昭
    セッションID: 315
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ.目的と方法

    本研究は,平成の大合併に対して起こった合併反対運動について, 社会運動の地理という視点から明らかにする.特に地方議会の提出し た報告書,主催した会,議事録との関係性を時系列ごとに整理して分 析を行う.

    合併問題に関する既存研究では,合併の全国的な傾向に関して,通勤 圏や広域市町村圏との整合性を示したもの(久井 2018),地方交付税 削減策と市町村合併の関係について示したもの,合併後の行政や地域 振興の課題を議論するもの(久井2020)が挙げられる. 一方,合併協議を経て単独自治を選択した自治体については研究が すすんでいない.自治選択へのプロセスを地域の社会運動としてとら え,そこに現れる地域イメージやその形成主体を明らかにすることで, 今後の小規模自治体のあり方を議論するうえでの重要なモデルケー スを提供しうると考える.

    Ⅱ.産業構造と利害関係

    長崎県小値賀町では,旧宇久町漁協と合併した宇久小値賀漁協組合, 農業研修などを担う小値賀担い手公社,民宿や観光案内・企画を行う観 光協会,飲食店や小売店などをまとめる小値賀島商工会議所が主なス テークホルダーとして挙げられる.このうち特に商工会議所の発行し ている青年部の広報誌において,役場がなくなることによって商店街 が衰退するデメリットが大きいことを中心として,合併反対運動が行 われていた.一方で,住民投票前には合併推進派による新たな広報誌の 発行も確認されている.

    これらの資料を時系列ごとに整理すると,商工会議所は当初中道的 な内容の広報誌だったものが,議会の提出した合併に関する中間報告 書が認知されて以降,合併反対に舵を切り替えた.それに対し,同時期に この広報誌と対立する関係にある民間の広報誌は確認できず,合併推 進派が広報誌などの大きな活動を始めたのは,合併反対派の候補者が 町長として当選して以降となる.このことから,町内の合併に関する社 会運動は,議会の中間報告書の認知,町長選挙の二つを大きな転換点と していることがわった.

    Ⅲ.議会の活動と地域イメージの形成

    久井(2020)において,地方自治体が発した地域イメージを受容する 住民側からの視点について十分に触れられていないことを課題とし て挙げていた.これに対して本分析では,議会の発行した中間報告書に おいて,議会の示したイメージが町内のさまざまな運動や広報誌で取 り上げられたことが分かった.このイメージには,役場が存在すること で生じている経済効果や,観光業を積極的に取り組むことで町の活性 化を図ること,町の財政は地方交付税が削減されたとしても,その規模 を縮小することで維持・改善することができる,といった理由から,合 併をするメリットが小値賀町にはほとんどないことが示されていた. ここから,小値賀町議会が提案した町の将来像に関するイメージが,中 間報告書の認知や社会運動の中で,様々な形で共有され,議論を生んだ ことが明らかになった.

    Ⅳ.参考文献

    久井情在 2018.広域市町村圏と「平成の大合併」の整合性とその地域 差.(地理科学73-1, pp21-33)

    久井情在 2020.中心核なき合併市町村の地域振興政策における地域イ メージ戦略−山梨県北杜市を事例としたスケール論からの考察−(地. 学雑誌129(1), pp71-87)

  • ~復興の現場からの提言~
    天野 和彦
    セッションID: S305
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    東日本大震災から10年を迎えた。東日本大震災では、最大で約50万人が避難をし、福島県においては東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い、現在も県内外に約4万名の避難者(福島県発表)がいる。原発事故と巨大地震という世界史上誰もが経験したことのない複合災害の状況から、今後の生活再建への見通しについて、いまだに希望を持てない被災者も少なくない。また、毎年のように各地で大規模な災害が起こっている。今後予測されている首都直下地震や南海トラフ大地震などへの危機感も高まっている。そうした大規模災害が発生すると、多数の被災者が長期にわたって避難所で生活を送らざるを得なくなる。本報告では10年を経過した福島の復興課題に加え、今後の災害対応における課題について述べたい。

  • 加藤 内藏進, 三宅 千尋, 大谷 和男
    セッションID: 114
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    緯度の割に温和な冬という特徴にもかかわらず,「厳しい冬」という季節感が生まれるドイツ付近の気候の背景を明らかにするために,1971〜2010年について,主にNCEP/NCAR 再解析データ(2.5°×2.5°緯度経度格子,Kalnay et al. 1996)を用いて解析を行った。

     ドイツ付近における日平均気温の40年間での階級別出現頻度分布の季節経過によれば,10月〜11月中旬にかけては,高温側と低温側へのほぼ対称的な変動を保ちながら日平均気温は季節的に低下していた。しかし,11月中旬以降,3月中旬にかけては,日々の気温の変動幅は大変大きくなった。例えば出現頻度6%以上(ひと月あたりに直すと,平均1.8日以上)を示す日平均気温の変動幅が11月中旬頃までは±5K(peak to peakで10K)程度だったが,±7K(同14K)程度に拡大した。しかも,出現頻度1%未満(ひと月あたり0.33日未満,つまり約3年に1回/月)の出現幅は大きく広がるとともに,高温側とよりも低温側に特に大きく広がるという非対称性を示していた。それに対応して,日平均気温-10 ~ -15 ℃程度の極端な低温日も,それなりの頻度で出現していた。つまり,40年平均の「日平均気温-7℃以下」を閾値とした「極端な低温日」の出現頻度は,ひと冬あたり7日弱ではあるが,これば,決して稀な現象ではない点に注意が必要である。

     ヨーロッパの冬の寒暖の変動は,北極振動AOや北大西洋振動NAOの影響も強く受けることが知られている(Hurrel 1995, 1996:Thompson and Wallace 1998等))。NOAAのAO指数を前述の「冬」で平均した値が負の年の方が,「冬」の平均気温も低く,-7℃以下を閾値とした「極端な低温日」の日数も多い傾向はあったが,そのような傾向から外れる年も少なくなかった。但し,「極端な低温日」の出現日数が15日以上の年は,AO>0の場合は2冬しかなかったのに対し,AO指数<0となった全23冬のうち8冬もあった(これら8冬を,「典型年」と呼ぶことにする)。

     これらの「典型年」には, 日平均気温の半月〜1ヶ月程度の周期での季節内変動の振幅が11月初め頃から12月初め頃にかけて季節的に急増し,12月中旬頃〜3月上旬頃を通して,短周期変動の振幅と同程度の大きさを保った点が注目される。つまり,「典型年」には,季節内変動に伴ってかなりの高温日も出現する一方,「極端な低温日」が数日以上持続する期間が周期的に2〜3サイクル出現することにより,その「冬」全体の極端な低温日の出現総日数が多くなりえたことが分かった。このように,長期間のデータで見たドイツ付近における日平均気温の変動性の季節的急増と「極端な低温日」の出現頻度の増加は,全体の1/4程度の「典型年」における季節内変動の振幅が,そのタイミングで季節的に増大することを強く反映している可能性が示唆された。

  • 藤部 文昭, 松本 淳
    セッションID: 113
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    日本の暖候期の季節進行は,多くの地域で,梅雨と秋霖の多雨季とその前後の相対的な少雨季を特徴とする.これらの多雨季・少雨季は1ヶ月程度の時間スケールでの事象であるが,細かく見れば梅雨入り・梅雨明けのような月の途中での急変を伴っており,月単位のデータでは詳しくは捉えられない季節進行と言える.本研究では,降水の季節進行における高次の変化に注目し,多雨・少雨のタイミングの地域特性を調べた.統計的に信頼できる結果が得られるよう,長期間のデータを確保するため,アメダスとこれに先立つ区内観測の資料を組み合わせて使った.

    解析方法: 1926〜1978年の区内観測と,1979〜2020年のアメダスによる日降水量を使った.移動距離が水平5km未満かつ高さ50m未満であり,各月とも80%以上の資料が得られる489地点を対象にした.日降水量に9日移動平均を3回かけた後,日ごとの平均降水量を算出し,その極大・極小日を求めた.

    結果: 多くの地域で梅雨と秋霖の降水量の極大が見られる.それらの極大日には地域差があり,一部の地域では複数の極大が現れる.

  • Chamara Jayanath Hettiarachchi Hettiarachchige, Yano Takehiro
    セッションID: 220
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Agroecology, which can be defined as a farming that “centers on food production that makes the best use of nature’s goods and services while not damaging these resources.” It is also defined by FAO as science of applying ecological concepts and principles to manage interactions between plants, animals, humans and the environment for food security and nutrition. Agro ecology is one of the key important aspect in agricultural based economy. Hence, study on agro ecological diversity plays important role in development of a country that is having agriculture-based economy. Further, assessments on agro ecological diversity will assist in, improving soil and plant quality through available biomass and biodiversity, than battling nature with chemical inputs. In addition, it will improve crop production and helps to maintain ecological balance while resulting profitable farming.

    Sri Lanka is a country having tropical climate and agricultural based economy. However, current farming practices facing challenges such as less crop production from farming lands, unexpected environmental conditions and posed to crop production by plant pests and diseases...etc. In this background, exploring the spatial distribution of agro ecological diversity, become a necessity, which will assist, to identify most preferable land use pattern for the area.

    The study area of this research, the Pathadumbara Divisional Secretariat division (DSD), which is situated in the central highlands of Sri Lanka and it is the country's middle plateau. The altitude range from 300m - 1400m above sea level with subtropical highland climate. The region is considered as highly vulnerable for global climate change because of its uniqueness in global positioning and elevation. Furthermore, the region is considered as one of the most important water catchment areas in the country. In addition, the region is considered as a global super biodiversity hotspot and provides a habitat for an exceptional number of endemic species of flora and fauna. Historically, majority of central highland was covered by forest and was protected as a water catchment. Unfortunately, during British invasion of Sri Lanka, they started human settlements in the area and cleared the majority of natural vegetation for plantation and crops. With the expansion of agriculture and livestock industry, extensive tracts of natural forests were cleared, which resulted over 90% loss of original forest cover in the region. All these practices and changes in global climate resulted in loss of biodiversity and agricultural lands, changes in water quality and quantity, accelerate the risk of natural disasters and increased poverty in the region. No systematic data available on current changes and future recommendations for agro ecological diversity in the area. This study is carried out to fulfill these gaps using GIS and remote sensing techniques.

    (View PDF for the rest of the abstract.)

  • 村田 昌則, 高橋 尚志, 青木 かおり, 西澤 文勝, 小林 淳, 鈴木 毅彦
    セッションID: P009
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ. はじめに

     噴火直後に火口近傍やその周辺域に堆積した火山噴出物は、時間の経過とともに再移動し、下流域の地形形成に影響を及ぼす.それは時として災害の要因となる.埼玉県東部の沖積低地は、江戸時代初めの東遷事業以前は利根川の下流域であり、浅間天明噴火の際に発生した天明泥流は、江戸へも流れ下ったことが知られている(井上、2009).埼玉県環境科学国際センターによって公開されている「WEB GIS によるボーリング柱状図」によれば、地表面から深度5 m 以浅の堆積物中に軽石が挟在する箇所が多数確認できる.元荒川沿いの低地は、8 世紀初頭以降のある一時期の利根川流路と考えられ(小暮、2011)、沖積層上部の軽石は利根川により運搬された再堆積物の可能性が高い.我々はこれまでに蓮田市西新宿三丁目の黒浜西小とそこからおよそ10 km下流に位置するさいたま市岩槻区岩槻文化公園近傍の元荒川河食崖の2 地点においてボーリング調査と地質断面観察を実施した(鈴木ほか、2018;2019).本発表では、岩槻文化公園において掘削したボーリングコア(岩槻文化公園コア)中から確認された火山噴出物の分析結果と放射性炭素年代について報告し、関東地方北部の火山噴火に起因する火山噴出物の再移動による埼玉県東部の沖積低地の地形形成への影響を検討する.

    Ⅱ. 岩槻文化公園コア

    岩槻文化公園コア(掘削深度12 m)の掘削地点(標高およそ7 m)は、元荒川の自然堤防に位置し、国土地理院による土地条件図によると元荒川の高水敷に区分される.深度 0〜0.12 mは角礫混じり暗褐色土、深度 0.12〜1.65 mは塊状の粗粒から中粒砂、深度 1.65〜2.19 mは中粒から細粒砂混じりのシルト、深度 2.19〜12.0 mは塊状の粗粒から中粒砂によって構成される.深度 4.52〜4.59 m、4.61〜4.64 m、5.00〜5.12 mには円磨し発泡した火山礫(最大粒径10 mm)が濃集する.これらの火山礫の色調(灰色・白色・黒色)別組成(粒径上位の個数比)は、灰色:50〜57%、白色:21〜33%、黒色17〜22%である.これは、元荒川の10 km上流の自然堤防に位置する蓮田市黒浜西小で掘削されたコアの深度およそ3.5から4.4mに挟在する火山礫の色調組成と類似する.白色火山噴出物は、火山ガラスの化学組成から榛名伊香保テフラ(Hr-FP;6世紀中葉)とみなせる.灰色・黒色火山噴出物は、同様に浅間A テフラ(AD1783)およびB テフラ(AD1108)のトレンドにのることから浅間火山起源テフラであると推測できる.また、深度3.8 mの炭化材から得られた放射性炭素年代値はAD11〜12世紀を示し、火山噴出物の対比結果と整合的である.深度 2.1m、深度 5.4mの腐植土壌はそれよりもかなり古い年代値(7〜11 ka)を示し、コンタミネーションの可能性がある.

    Ⅲ. 考察

    岩槻文化公園の深度4から5 m以浅の堆積物は、蓮田市立黒浜西小の深度およそ4 m以浅と同様に、Hr-FP噴火時以降に急速に自然堤防が発達して形成されたと考えられ、元荒川沿いでは、Hr-FP噴火時以降自然堤防の成長や河道の埋積が急速に進んだといえる.これは噴火にともなう土砂供給量増加に起因する可能性が高く、埼玉県東部の沖積低地の形成には、利根川上流域からの火山噴出物の再移動が大きく影響していることが示唆される.今後さらに調査地点を追加し、火山噴出物の再移動による時間的・空間的影響を評価することを目指す.

    【文献】 井上 2009.噴火の土砂洪水災害—天明の浅間焼けと鎌原土石なだれ.小暮 2011.地学雑誌 20:585-598.鈴木ほか 2018.日本第四紀学会講演要旨集 48:21.鈴木ほか 2019.日本地理学会発表要旨集 95:137.

  • 松山 周一
    セッションID: 313
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本発表では、地理学において既往の研究でコンテンツ内に描かれる場所をどのように特定しようとしてきたのかということについて、それを前提として作品に場所の表象を施していると考えられる、聖地巡礼ないしコンテンツツーリズムで取り扱われる作品に当てはめながら検討することを目的とする。

    地理学では、映画をはじめとしたメディアコンテンツの世界を地図化する試みがなされてきたが、いずれの事例においても課題を有している状態にある。この問題点は場所の特定が作品内において確実にできない作品で検討していることが原因であるとも考えられる。そのため、作品内における場所の特定が前提となる日本のマンガ・アニメにおける聖地巡礼ないしコンテンツツーリズムで取り扱われる作品を検討することによって課題を克服できる可能性を有していると考えられる。

  • 両角 政彦
    セッションID: P017
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    農産物では生産財である種苗類と消費財になる製品の生産流通の相互関係とその地域変動が,関連産業全体の発展に重要な意味をもたらすにもかかわらず,一般に全体像としてとらえにくい面がある。種苗類の開発と生産流通は国内外の企業や資本が牽引しており,製品の生産,流通,消費への影響を把握する際には資料上の制約もある。この点で花き球根切花産業は,統計資料の収集と調査分析によって,これらの一端に迫ることができる可能性がある。中でもユリ産業は,1990年以降に種苗類(球根)の輸入規制緩和措置の影響が生産財(球根)産地と消費財(切花)産地に連鎖的に及び,ドラスティックに変化している事例である。これらの点を踏まえて,本研究では,ユリ球根の輸入規制緩和にともなう卸売市場流通の変化とその地域変動について明らかにした。

    バブル経済崩壊以降の1992年から世界金融危機以降の2008年までに,切花類全体の卸売数量は若干の上昇後に減少へと転じ,卸売単価は上昇から下落へと転じた。他方,ユリ切花の卸売数量は,輸入球根の急増によって,90年代後半まで増加し,その後に急減したが,卸売単価は上昇から横ばいで推移してきた。卸売価額にみる市場規模は,バブル経済崩壊以降に急拡大しており,切花類の中では特異な状況を示してきた。ユリ切花の卸売市場流通の地域変動について,1992〜2008年の間を都道府県単位で分析すると,卸売価額は大都市のある東京,大阪,愛知などで拡大する傾向にあったが,増加率は長野や東北と九州の地方諸県で顕著に上昇した。一方,首都圏の埼玉,千葉,神奈川では,卸売価額の一時の拡大から縮小へ転じた。人口1人当たり卸売価額では,埼玉,千葉,神奈川が全国平均以下であった一方で,東京,大阪,福岡,宮城が高く,鹿児島,熊本,香川などもこれらに次いで高い年があった。つまり,規制緩和後に大都市で卸売状況に明瞭な地域差が生じ,地方都市においても市場規模の拡大に地域差がみられた。

    種苗類の生産機会の拡大と新製品の供給増は,国内の生産流通に対して一定の影響を及ぼしている。これはたとえ景気後退時であっても,当該製品に対する市場評価の地域差をともないながら,需要全体の増加によって市場規模が拡大する可能性を示している。ユリの球根輸入と切花流通の事例では,生産財と消費財の双方の生産流通が密接に関わっていることを表し,輸入規制緩和の影響について生産面とともに流通消費面の地域変動も併せて分析する必要性が示唆された。

  • ーその許容性と必要性ー
    井出 明
    セッションID: S306
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    福島第一原発事故の教訓をどのように残していくのかという論点については、これまでも様々に語られてきた。本報告では、そのための一方策として、福島第一原発の世界遺産化の可能性について検討しておきたい。

  • 遠藤 なつみ
    セッションID: 235
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    ジャンケンは世代を問わない身近な遊戯であり,その種類や掛け声は非常に多様で,分布には地域差がみられる。ジャンケン全般の研究としては,加古(2008)が1948〜2001年に全国のジャンケンの種類や掛け声などを,都道府県レベルで記録している。また多くの自治体史では,一般的なジャンケンの掛け声を方言や子どもの遊びの記録としてまとめている。特定のジャンケンでは“2チーム分けジャンケン”が方言研究の立場より多く研究されており,小学校区レベルの言語地図を作成し,掛け声の地域差や語形の変容に着目している(山田2007;佐々木 2012ほか)。

    本研究で取り上げる“ひとりもんジャンケン”は1回もしくは少ない回数で,大人数の中から1人だけ異なる手形を出した人が鬼などになる方法である。加古(2008)は,長野・山梨・島根・広島・徳島・高知の6県で使用されていること,掛け声は8種類でさらに3分類でき,長野県のみ2分類の掛け声がみられることを明らかにした。本研究では,長野県を対象とし,“ひとりもんジャンケン”の掛け声や使用展開、用途などの地域的差異を明らかにすることを目的とする。

    研究では,“ひとりもんジャンケン”の使用や掛け声などを調査するため,2018年11〜12月に長野県内の国公立小学校362校にアンケートを郵送し,249校(67.9%)から返信を得た。アンケートの対象者は「普段の子どもたちの生活の様子をよく知っている学校職員」としたため間接的な回答ではあるが,おおむね子どもたちについてのデータを得られたと考える。ほかに,“ひとりもんジャンケン”の使用などの世代差を明らかにするため,2017〜2019年にかけて,県内小学校出身の全ての年代を対象に,幼少期に使用していた掛け声の聞き取りを行い,346人から160校分のデータを得ることができた。以上のデータを小学校の位置に図示し,分布とその地域的差異を考察した。

    2018年のアンケート調査より,“ひとりもんジャンケン”の使用は全体の約34%の小学校であった。その使用は南信と中信に集中していた。確認された掛け声は42種類であり,5タイプに分類できた。掛け声は地域ごとに異なり,「ひとりだし〜」タイプは飯伊・上伊那,「あいてのないもの〜」タイプは松本・諏訪・大北・木曽・上伊那に集中する。「なかまのないもの〜」タイプは非常に少数であり,上伊那・松本・長野と分布もまばらであった。「ひとりなし〜」タイプは上伊那のみであった。県内小学校出身者の聞き取りからも,掛け声は5タイプに分類できた。

    調査データよりグロットグラムを作成し,長野県の“ひとりもんジャンケン”の年代・地域別の掛け声、伝播などを考察した。使用は全年代を通して南信・中信に集中し,前半の掛け声は「ひとりだし〜」と「あいてのないもの〜」タイプが主流である。前者は飯伊,後者は松本や諏訪に集中し,両者の接触地域にあたる上伊那では2タイプ以外に「なかまのないもの〜」や「ひとりなし〜」タイプもみられ,複数の掛け声タイプの併用があるなど,最も多様性に富む。また,掛け声の使用開始時期が地域で異なっている。県内の使用は1930年代まで遡ることができ,飯伊で「ひとりだし〜」,上伊那で「あいてのないもの〜」タイプが使用されていた。1960〜1970年代頃では使用範囲が拡大し,「ひとりだし〜」タイプは上伊那,「あいてのないもの〜」タイプは松本へ拡がり,その後,大北や木曽に拡がったと考えられる。飯伊と上伊那,松本を核とし,周縁部へ連続的に伝播したと推察する。一方で使用率の低い北信・東信では,核となる地域からの移動による飛び地的な伝播であると考えられる。

    後半の掛け声では,両調査より39種類が確認でき,「鬼」という語を含む掛け声と,その他の語を含む掛け声とに大きく二分できた。前者は長野県全域でみられるが,後者は「ひとりだし〜」タイプを多用する飯伊に集中していた。

    用途などの詳細な事項を聞き取ることができた52名分のデータより掛け声と用途をまとめた。用途の大半が鬼決めで用いられ,そのほとんどの掛け声に「鬼」という語が含まれる。その他の用途としては,当番や係,順番,人気のある事柄を獲得できる人を決める際に用いている。また,「ひとりだし〜」タイプは,効率性のほか遊戯性を求めた使用もみられ,掛け声や用途は非常に多様性に富む。「あいてのないもの〜」タイプは,鬼を決める以外の用途ではほとんど使用がみられず,マイナスな事柄を決めるイメージを持つ人が多い傾向にあり,「ひとりだし〜」と「あいてのないもの〜」タイプの性格は明瞭に異なっていた。

  • 桐村 喬
    セッションID: P018
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    I 背景と目的

     2021年3月に国土交通省が公開した「PLATEAU」からは,3次元都市モデルがダウンロードできる.PLATEAUのデータを活用すれば,都市における3次元的な景観の可視化や,3次元的な都市景観を生かしたデータ表現などが容易に実現できるようになっている.一方で,過去のデータは今のところ作成・公開されておらず,3次元的な都市空間における時系列分析は難しい.

     ところで,現代の3次元都市モデルは,主に航空レーザー測量や空中写真測量によって作成されている.また,ドローンが撮影した写真データから3次元の点群データを生成し,3次元モデルを作成するStructure from Motion(SfM)と呼ばれる技術も安価に利用できるようになってきた.国土地理院が公開している空中写真データを利用すれば,SfMソフトウェアによってDSM(数値表層モデル)を生成し,3次元都市モデルを作成できる.また,米軍撮影の空中写真なども利用でき,第2次大戦後の長期間にわたる3次元都市モデルを構築することも不可能な状況ではない.

     そこで本研究では,主に国土地理院が撮影した空中写真を利用して,SfMソフトウェアを用いて作成したDSMおよびオルソ写真を利用した,都市の3次元的な時空間分析の展開可能性について検討する.DSMによる空間分析は,リモートセンシングやドローンによる地形解析などで盛んに行われているが(早川・小口2016),日本の都市部における長期の時系列分析では十分には活用されていない.土地利用の状況だけでなく,高さの情報も得られることで,小地域統計が十分には得られない,1970年代までの都市の状況を詳細に分析できる.また,高さという視覚的な要素は,地域の長期的変化を読み解くうえでの重要なヒントにもなりうる.さらに,研究者自身の目的だけでなく,過去の風景写真や語りなどを収集するための資料としても活用でき,地域における地理・歴史教育のデジタルコンテンツとしても利用できるものと考えられる.

    II 対象地域・資料

     戦後の都市の3次元的な時空間分析を行うためには,都市における戦後のさまざまな変化の状況を,DSMによって十分に観察できる必要がある.そこで,農業利用を含めて1950年代にはほとんどの地域で開発が進んでおり,現在は超高層建築物もみられる東京23区の西部と,1950年代にはまだ森林が残るが,大都市近郊にあってそれ以降に大規模開発が進んだ大阪府吹田市,大都市圏から離れた地方都市であり,開発のスピードが緩やかな三重県伊勢市を分析の対象とする.DSMの作成に利用したソフトウェアはAgisoft社のMetashapeである.

     利用する空中写真の撮影年は,東京23区西部は1947/1948,1963,1975,1984,1992,2001,2009年,吹田市は1961,1975,1985,1989,2007年,伊勢市は1952/1953,1961/1963,1968,1975,1983,2002,2008,2020年である.

    III 分析結果とまとめ

     図1は吹田市のDSMの差分を求めたものであり,+は高さの増加,−は減少を示す.千里丘陵が開発され,谷が埋められている状況や,高速道路の建設なども読み取れる.また,市街地の水平的な拡大状況だけでなく,市南西部を中心とする垂直的な,高さ方向の都市の発展状況も読み取ることができる.また,町丁単位でDSMの高さのパーセンタイル5%と95%の値の差を求め,その時系列変化を分析したところ,垂直方向の変化量の大きい東京23区西部では,高層化の状況を明確に読み取ることができた.町丁やメッシュ単位で,高さやその変化に関する統計情報を求めることで,景観の変化と人口動向,土地利用変化などの関係を分析でき,戦後,特に高度成長期以降の都市空間の急速な「立体化」(戸所1986)の状況を定量的に明らかにすることもできる.

     一方,3地域かつ長期間におけるDSMの作成の結果とその分析からは,次のような点が明らかになった.まず,国土地理院のウェブサイトからダウンロードできる400dpiの空中写真でも,撮影縮尺が20000分の1以上の詳細さがあれば十分に分析可能である.また,1970年代以降の空中写真は,SfMソフトウェア上での写真のマッチングの精度も高く,特にデジタルカメラで撮影された2000年代以降のものは十分な結果が得られる.一方,米軍撮影の空中写真はマッチングが十分ではなく,まだら模様のDSMが生成されることも多い.米軍による空中写真は1940・1950年代の状況を把握できる貴重な資料であり,コントロールポイントを大量に配置するなどの対応が必要となる.

  • 松井 圭介
    セッションID: S207
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1)本報告の背景と目的

     大学入試における「地理」を取り巻く環境は依然として厳しい。周知の通り「世界史」必履修が定められた学習指導要領(1994年入学者より実施)以降、受験科目選択時における高校側の指導に加え、入試問題作成にあたる大学側の事情も重なり、地理受験生の減少および地理による受験可能大学の減少という悪循環に陥ってきた。津川ほか(2006)の報告でも、2006年度入試において、2次試験に地理の問題を出題した国公立大学は18大学(含む文部科学省管轄外大学)にとどまったことが指摘されているが、現在では15大学とさらに減少している。

     本報告では、2022年度から「地理総合」が必履修化されることにより、国公立大学をめぐる2次試験における「地理」の可能性について、報告者の勤務する筑波大学の状況を例に、地理入試および大学における地理教育の現況報告を通して、地理入試を多くの大学で取り入れることの可能性について考えることを目的とする。

    2.地理入試の現状と課題

     筑波大学では開学以来一貫して、一般入試において「地理」を選択科目の一つとして出題している。文系学群における地歴(・公民)の選択科目だけでなく、一部の理系学群においては、理科一科目とあわせて地理受験が可能である。試験時間は2時間(文系は1科目、理系は2科目)となる。予備校等の分析によると、学習指導要領に準拠した標準的な設問であり、自然地理、人文地理、地誌の各分野からバランスよく出題されている。アドミッションポリシーに沿う、知識に加え、思考力・表現力を問う記述式問題が中心である。 課題として一般論になるが、入試問題作成には細心の注意が必要である。地理の場合は図表、地図等の作成も含め、他の科目以上に作問負担が大きい。国公立大学では、第3期中期目標期間における人事抑制が進んでおり、作問の担い手になる教員数の減少や高齢化、各種エフォートの増加による労働環境の悪化など、厳しい状況が続いている。

    3. 大学における地理教育カリキュラムと将来展望

     筑波大学地球学類における教育のカリキュラムでは、高校地理、地学の知識は必ずしも必要ではないが、高校時代の学びを大学の専門教育にいかに接合するか、教員は努力している。新学習指導要領による「地理総合」の必履修化は、国公立大学の2次試における「地理」導入に追い風になるのだろうか?従来のディシプリン型大学教育が過去のものとなるなかで、社会あるいは学術において、「地理」がいかに有用であるか、さらなるアピールと教員の努力が求められよう。

    引用文献

    津川康雄・小宮正美2006.大学入試地理の危機.日本地理学会発表要旨集 69: 92.

  • 張 紅
    セッションID: 321
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    本研究は,中国の陳炉古鎮を事例として,行政主導による歴史的街並み保全における住民の行動を明らかにした.その結果,行政主導の下で,住民は自身の状況に応じて,街並み保全に関与するようになった.元工場従事者の住民は経済的な必要性から,引き続き窯業に携わると同時に,伝統文化の伝承者として活躍している.一方,新規参入者は直接窯業に携わる人が少なく,観光業から地域産業の多様化を促進した.しかし,伝統文化の変容が見られ,住民間の連携が弱くなったことが課題として挙げられる.

  • 新青森駅前の事例
    櫛引 素夫, 三原 昌巳, 大谷 友男
    セッションID: 215
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

     整備新幹線の開業は地域に多大な変化をもたらしてきた。しかし、住民の暮らしについては地理学的な検討がそれほど進んでいない(櫛引・三原、2020・2021)。発表者らは加速する人口減少・高齢化を背景として、新幹線の「暮らしを守る機能」に着目し、地域医療に整備新幹線開業が及ぼす効果の検討に着手した。本研究は、その端緒として、東北・北海道新幹線の新青森駅前に2017年開業した青森新都市病院に対するヒアリングの結果を報告、論点整理と展望を試みる。

    2.整備新幹線の開業と地域医療

     整備新幹線の沿線は大半が地理的周縁部に位置し、人口減少や高齢化が著しい。特に東北・盛岡以北、北海道、北陸の路線沿線は積雪・寒冷地域でもある。

     これらのうち、例えば新潟県上越市の上越地域医療センター病院は、2015年3月の北陸新幹線開業を契機に富山県から麻酔科医が入職、医師確保を実現したという。長野県飯山市の飯山赤十字病院は、新幹線駅前の立地を生かし、新たに11人の医師を採用した。2020年3月時点で27人の常勤者中、8人が新幹線通勤者である。

    3.青森新都市病院の事例 

     青森新都市病院は、函館市の医療法人・雄心会が運営している。同病院へのヒアリングによって、以下のような状況を確認できた。

    【進出の契機】雄心会は青函地域を営業エリアとする取引銀行の要請により、青森市内の2民間病院の運営を継承、合体・移転する形で、新青森駅前に総合病院・青森新都市病院を開設した。当初は新幹線駅前への進出構想はなかったが、駅前の保留地売却が難航していた青森市からの熱心な誘致と協力を受け、駅前への進出を決めた。

    【診療面での効果】開院当初は脳血管内手術等の高度な専門医療が行える医師がいなかったため、新幹線の動いている時間内であれば、函館から専門医の業務支援を受けることで、急性期脳梗塞等において早期治療を行う体制を整えることができた。このうち血栓回収療法では1時間程度でカテーテル手術が終わるため、手術を挟んで4時間半ほどで両病院間を往復できる。 青森新都市病院の医師もトレーニングを積んだ結果、現在は血栓回収療法の手術は、同病院の医師だけでも行えるようになり、24時間体制で迅速に対応できるようになった。

     また、日本大、岩手医大、慈恵医大などから非常勤医の派遣を受けており、新幹線駅前の立地は、医師確保面でもメリットが あるという。

     加えて、同病院の副院長は八戸市から新幹線通勤しており、前の職場だった同市内の病院よりも、通勤時間が短縮しているという。

     一方、医療スタッフについては、県外からUターンしてきた人が3分の1を占めているといい、新幹線駅前という立地が、地元出身の県外在住者への知名度アップに貢献している可能性があるという。

    【当面の課題】同病院は開設当初から、「人の流れ」を生むことによる「病院を核とした街づくり」を目指していた。新青森駅はJR奥羽線の駅を併設、市営・民間のバス路線も乗り入れている。しかし、バス停から病院まで徒歩で10分ほどかかり、高齢者には負担が大きい。病院前まで乗り入れるバスもあるものの、1日3本に限られており、公共交通網の利便性向上が課題と言える。高齢社会への対応を考えると、病院の近傍に日常の買い物機能などがあれば、より大きな役割を果たし得る。

    4.考察

     青森新都市病院は、必ずしも戦略的な展望によって新幹線駅前に開設された訳ではないにせよ、まさに整備新幹線開業が契機となって地元の医療環境が好転し、多くの成果が得られた事例と言える。特に青森県は脳血管疾患の死亡率が全国ワースト級であり、患者負担が小さい血栓回収療法の態勢が整ったことは地域医療に大きな意義を持つ。

     ただし、新幹線駅前という立地が普遍的に同様の恩恵につながるとは限らない。同病院は、①新幹線沿線に支援を受けられる系列病院が存在、②新幹線による移動と血栓回収療法の時間的な相性が良かった、③東京など新幹線沿線の複数の病院から多くの非常勤医師を確保していた、といった特徴が有利に働いた点には留意が必要である。 

     青森市はコンパクトシティ政策時代から新青森駅を重視し、2018年策定の立地適正化計画においても「『コンパクト・プラス・ネットワーク』の都市づくり」の都市機能誘導拠点と位置付けている。市の人口流出が加速する中、病院を一つの核としたまちづくりの行方が注目される。

    5.展望

     今回の調査結果を起点として、青森新都市病院の開設が地域医療にもたらした変化の評価、他地域の新幹線駅一帯の病院に同様の変化が生じているか否かの検証、といった研究の展開が考えられる。一方で、同病院の開設が地域社会に及ぼした地理学的な変化についても、派生的な研究対象となり得よう。

    ※本研究はJSPS科研費21K01020の助成を受けたものです。

  • 高橋 日出男, 瀬戸 芳一, 菅原 広史, 常松 展充, 中島 虹
    セッションID: 111
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録

    ◆はじめに

     東京都区部西部(杉並)に設置した温度プロファイラ(Attex社製MTP-5H)の鉛直気温観測結果により,前回の報告(要旨集98: 21)では以下のことが指摘された。晴天弱風の冬季夜間には,高度300mほどを上端とする気温逆転層がしばしば形成される。最下層の逆転強度は3℃/100mを超えることも少なくなく,逆転が強いと都区部西部における水平気温傾度(気温急変域)も顕著となる。逆転層上端の気温は1℃程度の昇降を繰り返し,気温が上昇した場合に逆転強度が大きくなる。温位(乾燥断熱減率で平均海面高度まで気塊を下降させた場合の温度)の高度時間断面を求めると,この気温上昇は上空の高温位空気の高度低下に対応しており,逆転強度などの変化に局地循環(の下降流)が関与している可能性がある。本報告では下降流の存在を間接的に確認することを目的とし,合わせて下降流が現れる空間的な広がりの見当を付けるために,上空の気温と地上風系場の時間変動における関係性を解析した。

    ◆解析事例と資料

     本解析では,上記の特徴が現れた2019年11月15-〜16日の事例をまず対象とした。用いた地上観測資料は,東京都大気汚染常時監視測定局(常監局)一般局と都内に設置した明星電気POTEKAによる風向風速で,風速の東西成分と南北成分とに分けて扱い,いずれも毎正10分の値として前後5分を含めた11個の1分値の平均を求めた。上空の気温については,地上約270m(海抜約315m)における前10分との気温差の時系列(図1)を用い,概ねこの高度が逆転層上端となっていた16日0:00から6:30までを対象期間とした。

    ◆解析結果と考察

     常監局とPOTEKAの風(東西成分,南北成分)について,タイムラグ(1時間前から30分後)を考慮して地上約270mの前10分気温差との相関係数を求めたところ,同時相関の場合に1%〜10%水準で有意となる地点がまとまって認められた(図2)。これによると,都区部西部の温度プロファイラ設置点(Ps)付近において,北側では風の南北成分が正相関(上空の気温上昇時に南風成分が強くなる/北風成分が弱くなる)で,南側ではその逆(負相関)となっている。すなわち,上空の気温上昇時には地上風の発散をもたらす下降流の存在が想定される。また,このような発散域は30分後においても不明瞭ながら都区部北西部に認められた。これらの地域は都区部西部の水平気温傾度が大きい気温急変域のすぐ郊外側に位置している。今回の解析では収束域(上昇流域)の検出はできなかったが,下降流が局地循環の一部であるならば,かなり局所的で間欠的な循環と考えられる。今後,多数事例で解析を行い現象の一般性を確認するとともに,陸風吹走や東京のヒートアイランド循環との関連性を検討したい。

     本研究の実施にあたり,科学研究費補助金基盤研究A(研究代表者:高橋日出男,課題番号:17H00838)を使用した。

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