はじめに 伊豆大島は伊豆・小笠原弧北部の火山として最も活動度の高い火山のひとつである.本火山では頻繁に噴火が発生し,過去1800年間において12回の大規模なマグマ噴火が発生した.この期間はカルデラ形成・後カルデラ火山とよばれその詳細な噴火史が編まれてきた(Nakamura 1964;川辺 1998; 2012など).このため伊豆大島は活動史がよく分かっていると認識されることが多いが,カルデラ形成以前の活動史になると驚くほど知見が少ない.カルデラ形成以前は先カルデラ新期山体,先カルデラ古期山体と区分され,島南西部の地層大切断面に露出する降下テフラ群(およそ18 ka以降; 鈴木ほか 2019)は新期山体の構成物と解釈されている(川辺 1998)もののそれ以外の年代資料は乏しい.また伊豆大島の主体をなす大島火山の基盤となる古い火山体(筆島火山など)についてはその年代が漠然と鮮新世末〜更新世とされるのみで具体的な年代資料がない.今回,伊豆大島東岸のフノウの滝周辺にて先カルデラ新期山体の構成層中に島外から飛来した指標テフラを認定し,前後の14C年代値を得た.以下に報告する.
伊豆大島東岸,フノウの滝周辺の地形・地質 伊豆大島東岸は比高350 m以上の海食崖が発達し急峻な地形からなる.そのほとんどは先カルデラ新期山体の噴出物からなるが,東岸中央部付近に先カルデラ古期山体が露出し,その南側には筆島火山噴出物が広く露出する(一色 1984; 川辺 1998).フノウの滝は東岸中央部の標高10−20 mにある滝で,この谷の谷頭部標高100−300 mは急な地形からなり,付近の地質については一色(1984)によりスケッチが示されている.それによれば上位から溶岩流を挟む火砕物群,数枚の溶岩流からなる溶岩主体の噴出物,湖成層とされた砂岩・シルト岩,溶岩流を挟む降下火砕物累層(以上,先カルデラ新期山体に所属),不整合をはさみ筆島火山の溶岩累層である.このうち湖成層最下部に黒雲母を含む流紋岩質火山灰層を認めている.
結果 今回,一色(1984)による流紋岩質火山灰層(以下,フノウの滝火山灰層)を再確認し,さらに湖成層(以下,フノウの滝湖成層)直下の土壌層より火山ガラスを検出し,それらの同定を試みた.またフノウの滝火山灰層の上位1.5 mの湖成層中の腐植質な部分と,湖成層直下の土壌層の2層準について14C年代測定を実施した.フノウの滝火山灰層は黒雲母以外に軽石型火山ガラスを含む.その主成分化学組成(平均値)はSiO2が78.14 wt %,CaOが0.55 wt%,K2O が3.34 wt%を示し,近隣の神津・新島火山に由来するテフラに類似する.またフノウの滝湖成層直下の土壌から検出された火山ガラス(軽石型)の組成値はSiO2が74.44−79.94 wt %と幅広く,K2O が0.86−1.26 wt%と低い.この組成は神津・新島火山に由来するテフラとは明瞭に区別できる.またフノウの滝火山灰層の上位から,9231−9116 cal BC (46.5%),9016−8842 cal BC (46.7%),下位の土壌層からは9692−9368 cal BC (92.0%)の14C年代値が得られた.
解釈 今回得た14C年代値,フノウの滝火山灰層と湖成層直下の土壌から検出された火山ガラスの化学組成から対比候補テフラを検討すると,それぞれ新島起源の宮塚山テフラシリーズL(12.8 ka; 小林ほか,2020)と大室ダシ1テフラ(10 ka; 斎藤ほか 2007;谷ほか 2017)があげられる.伊豆大島で既にこれらに対比されているO55とO58との火山ガラス組成比較の結果,この対比が成立する.フノウの滝湖成層から先カルデラ新期山体の表面まで高度差が約100 mあり,この間8枚以上の溶岩流が認められる(一色 1984).これまで地層大切断面に露出する降下テフラ群(18 ka以降)は新期山体の構成物と解釈されていたが,降下テフラのみならず多数の溶岩流と降下テフラにより構成される先カルデラ新期山体自体が11−12 ka前後に形成されていたことが証明された. またフノウの滝湖成層の形成要因については現在の高度(約180 m)からみて海面近くの水域で堆積したものとは考えにくい.堆積年代から推定される海面高度からすると同時の標高で少なくとも200 m以上の陸地に湖成層を堆積させる水域か低湿地があったらしい.この湖成層については「筆島火山に,西から拡がってきた大島火山が連結して一時湖が形成された」という考えが示されている(中村 1978).それによれば湖成層の年代は先カルデラ新期山体の形成開始時を示す可能性もある.いずれにせよ先カルデラ新期山体の形成開始期は下位の筆島火山との不整合の年代が鍵となるがまだ不明であり,今後の検討課題である.