主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2021年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2021/03/26 - 2021/03/28
1. 背景
本報告では,災害伝承に関する具体的な事例を紹介し,効果的な災害伝承に向けて今後どのようなアプローチが可能であるのかについて展望する.地域の中で行われる災害伝承は,過去の災害による被害状況,教訓,今後の災害危険性などを地域に落とし込んでいく営みであると考えられる.災害対策としての伝承の重要性は,客観的な被害記録だけでなく,過去の被災経験・教訓といった人々の記憶を空間に埋め込んでいくこと,その営みに地域住民が主体となって継続的にかかわり続けていくことにあるだろう.
災害伝承は,物理的な空間に表象させるもの,資料として保存するものなどいくつかの種類に分けられる.近年動きがみられる災害デジタルアーカイブに着目しながら,既存のデジタルアーカイブの課題をふまえて構築された「インターネット上の地図」という地理空間における災害伝承の事例について紹介する.
2. 災害デジタルアーカイブの展開と課題
災害資料についてデジタル媒体で収集・保存する災害デジタルアーカイブは,東日本大震災以降一層進められてきた.政府により「復興構想7原則」のひとつとして「大震災の記録を永遠に残し,広く学術関係者により科学的に分析し,その教訓を次世代に伝承し,国内外に発信する」ことが提言されたこともあり,震災発生直後から震災資料の保存に高い関心が集まってきた(柴山ほか2018).災害に関する記録を電子的に保存・公開するデジタルアーカイブが数多く構築されてきた一方で,なぜ残すのか,いかに活用するのかという目的が不明確なまま,ただ資料を電子データ化し保存するだけのアーカイブが乱立した結果,その一部は予算縮減とともに閉鎖される問題も起こった.
3. 2014年神城断層地震震災アーカイブ
2014年神城断層地震震災アーカイブ(以下,神城アーカイブ)は,小谷村・白馬村・信州大学の共同研究として2017年度からはじまり,地震から4年後の2018年に公開が開始された.神城断層地震による被害状況だけでなく,震災による課題や教訓などを含めた復旧期・復興期の記録や記憶を網羅的にデジタル化してインターネット上で公開し,保存・活用していく取り組みである.
神城アーカイブの特徴として,大きく3点が挙げられる.1点目は,空間で整理されている点である.神城アーカイブは,Web-GISを基盤としたeコミマップを活用し,データベースを構築している.コンテンツに位置情報が紐づけられて公開されていることから,地図上から検索が可能になっている.そのため,被害の空間的広がりや全体像を把握しやすい.
2点目は,時制で整理されている点である.発災時の写真・動画,発災から現在までの時間軸に沿ったインタビュー,防災マップ等のコンテンツが収録されている.発災,復旧,復興と時制ごとに記録内容を整理して地図上に表示されていることで,時期や内容からも検索可能となっている.
3点目は,保存だけでなく利活用を目的としている点である.資料の収集・保存にとどまってしまうことが,多くの既存のアーカイブの問題点であったが,神城アーカイブは利活用を想定したうえで基盤を構築している.例えば防災教育への活用事例,震災遺構とデジタルアーカイブを連動させるためのオフサイト構築など生涯学習事業との連携が紹介されている.将来的には,住民主体の運営を目指すことを目的に,継続的に利活用されるアーカイブとなるためのコンテンツ,仕組みの整備が進められている.
4. 課題と今後の可能性
デジタルアーカイブの課題としては,(1)情報へのアクセス,(2)管理の2点が挙げられる.(1)情報へのアクセスについては,紙媒体の資料と異なり収集・保存量が圧倒的に多いのがデジタルアーカイブの特徴である.だからこそ,いかに利用者が使いたい情報にアクセスできるかが問題になる.利活用をふまえて,ストーリーを作りながらコンテンツごとに整理していく,地図空間上に時制で分けてコンテンツを表示させることが解決策として考えられる.
(2)管理について,ローカルなスケールで取り組まれるものほど資金拠出,コンテンツ等構築,更新の主体について,取り決めを結ぶことは容易ではない.現段階の解決策の一つとしては,利用目的に特化して外部団体と接続・連携しながら運用することが考えらえる.ただし管理に関しては,物理的空間における実践であっても同様の問題は発生しうる.
神城アーカイブでの実践のように,住民が継続的に関与し続けるための仕組みとして,アーカイブの利活用を前提とした基盤の構築がデジタルアーカイブを構想する初期の段階で必要となってくる.災害伝承にとって物理的空間の重要性は大きい.しかし,その限界についても認識し,相互を補完するものとして災害デジタルアーカイブを位置づけることが,効果的な災害伝承の可能性として提案できる.