日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 207
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発表要旨
GISを用いた客観的および認知的日照アクセスの健康影響の分析
横浜市の事例研究
*安本 晋也中谷 友樹
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抄録

1.研究の背景

 日照は日々の生活と健康において重要な役割を果たす環境の質である.日照は暖房効果,乾燥効果,照明効果を家屋にもたらし,さらに鬱病やその他の精神疾患からの回復を早めることでも知られている.

 かつては各家屋が享受する日照時間を測るには,現地調査や模型,手描きによる日影図の作成などが不可欠であり,多くの労力を必要としていた.その後コンピューターの発達によりCADが用いられ始めたが,一つの市全体などの広域の日照時間を測るには,GISによる数値標高モデル(DEM)や家屋の形状・高さデータの発展を待たなくてはならなかった.現在ではこれらのGISデータの普及により,広域を対象にした日照分析を効率的に行うことが可能になった(Yasumoto et al. 2012).

 環境の質の計測指標は,客観的な指標と認知的な指標に分類される.公園緑地への近接性や大気汚染を対象にした比較研究では,認知的な環境指標の方が,客観的な環境指標よりも人の健康水準を予測する上で説明力が高いことが指摘されている.

 本稿ではこれまで研究例が限られた日照アクセスを対象に,横浜市においてGISで計算した客観的指標(冬至の日の日照時間)と郵送質問紙調査でたずねた認知的指標の算出を行い,健康影響の分析を行った.具体的には次の3つの研究課題を設定した.

 はじめに日照アクセスの客観的指標と認知的指標はどの程度相関しているかをみた.次に,認知的な日照アクセスの構成要素を分析した.例えば,社会経済的地位が低い者は,同じ量の客観的な日照アクセスを享受していたとしても,家屋の断熱性能や暖房設備の貧弱さから,認知的な日照アクセスをより少なく感じるかもしれない.最後に,日照アクセスの各指標と健康水準との関連性を分析した.

2. 分析手法

 調査対象者の認知的日照アクセスの指標,社会的属性(性別,年齢,社会経済的地位の指標としての教育水準)と健康指標のデータは,郵送質問紙調査を行って取得した.対象となった世帯に住宅における日照の享受の度合いをたずね,さらに健康指標として主観的幸福感と主観的健康感についてたずねた.本調査は2020年1月から2月にかけて,層化無作為抽出法によって選択した1,500世帯を対象に行った(回収件数=350,回答率=約23.3%).

 客観的日照アクセスの指標は,GISを用いて調査対象者の家屋の開口部の日照時間(2019年冬至の日)を計算することで取得した.横浜市内のDEM(5mメッシュ)は国土地理院基盤地図情報のデータを,各家屋の形状・高さデータは横浜市都市計画基礎調査による建物用途データを用いた.

 客観的および認知的日照アクセスの比較にはスピアマンの順位相関係数を用いた.さらに認知的日照アクセスの構成要因を調べるため,説明変数として社会的属性と客観的日照アクセスを含めた多重ロジスティック回帰分析を行った.最後に,日照アクセスの各指標と健康水準の関連性を多重ロジスティック回帰分析を用いて解析した.本研究の実施にあたっては中部大学倫理審査委員会による承認を得た(承認番号:20190074).

3. 結果と考察

 日照アクセスの客観的指標と認知的指標の間には中程度の相関がみられた.そして,認知的指標の構成要因として客観的な日照アクセスやその他の要因を統制した上でも,仮説の通り教育水準の低さが認知的な日照アクセスに負の影響を及ぼしていた.また,主観的幸福感を結果変数とした場合,客観的日照アクセスは10%,認知的指標は5%の有意水準で影響を与えていた.主観的健康観には同様な統計学的な関連はみられなかった.

※本研究はJSPS科研費JP17K12864の助成を受け実施した.

文献

Yasumoto, S., Jones, A. P., Yano, K., and Nakaya, T. 2012. Virtual city models for assessing environmental equity of access to sunlight: a case study of Kyoto, Japan. International Journal of Geographical Information Science 26 (1): 1-13.

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© 2021 公益社団法人 日本地理学会
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