日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 214
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発表要旨
フランス田園回帰にみる農村移住の展開ー
郊外農村の生活と山村のオルタナティブ農業
*市川 康夫
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抄録

本報告では、フランスにおいて農村移住はいつ始まりどのように展開し、その特性はいかなるものなのかを提示したい。そのために、過去の文献や調査資料、公表データからフランス田園回帰の展開を整理し、実際の移住者たちについて都市郊外農村(ジュラ県)、山地農村(オート・ロワール県)での聞き取りからフランス農村移住の生活の実態とその特性をみることにしたい。

 フランスの農村移住の展開は以下の「3つの波」に整理されると考える。第1の波は、1968年の五月革命が発端であり、運動に挫折した若者たちは,都市社会や資本主義から逃避し,理想郷を求めて南フランスの山村を目指した。ヒッピー文化に影響を受けていた彼らは,南仏のセヴェンヌ地方を中心に,孤立した農村廃墟や小集落に共同体を組織した。こうした、「反体制文化(カウンター・カルチャー)」としての農村移住によって、300〜500ほどの共同体が乱立し,そこで暮らす若者の総計は冬季におよそ5千〜1万人,夏季には3万〜5万人に上った。これは、「大地へ帰れ」運動と呼ばれ、1970年代にはエコロジー思想や有機農業の拡大とともに一般的な層にも農村移住は拡大した。

 第2の波は、1980年代からの「家族による移住」の時代であり、農村移住における大衆化の時代ともいえる。都市化の影響が周辺農村において強くなったことで、郊外の田園化が進み、中流階級の子育て世代や教育水準の高い層が多く移住するようになり、都市にはない農村アメニティを「理想郷」とみなした。それ以外では、経済の停滞や失業率の増加によって、農村へと逃れる層も現れ、移住者の多様化も同時に進展した。

 第3の波は、2000年代以降であり,「新たな自給自足経済」を求める人々の出現である。彼らはリベラル運動やラディカルな思想,アルテルモンディアリストやエコロジストであり,「新たな社会運動」に属する人々である。それと同時に、富裕層やベビブーマーの退職移動なども進んでいる。

 フランスの田園回帰は全体で一様に進展しているわけではない。農村でも都市近郊農村や観光産業やリゾートに近接する地帯に偏っている。例えば、都市近郊ではパリやリヨンの大都市圏のほか、ブルターニュ地方などが該当する。海辺では、南仏地中海沿岸や大西洋岸のリゾート地域、あるいはアルプス地域の周辺農村も流入者が多い。農村移住は、社会階層によっても特徴が異なり、上級管理職・知的専門職が大都市との近接を重視するのに対し、ブルーカラー層は遠隔地への移住割合が高い。一方、退職後におけるこの傾向は全く逆になり、年収が高いほど遠くへの移住を求める特性を示す。

 都市郊外農村として、ジュラ県の村を事例に挙げる。この村では、1970年代から人口回帰が始まり、当時から人口は約2倍にまで回復した。本調査では、1990年代以降の流入者を移住者と定義し、彼らにヒアリングを行った(12組)。その結果以下が明らかになった。移住者の多くは公務員職であり、いずれも同県か近隣の県の出身者である。彼らは、就職や結婚といったライフステージのなかで都市間の転居移動を経て、子どもの誕生や庭付き戸建ての取得を契機に理想の住環境を求めて事例村へと辿り着いている。彼らは、自主リフォームを行うものが多く、古い農村家屋を購入後、週末を利用して家屋や納屋を改修し、数年かけて移住を果たしていた。移住者が評価する農村は、「勤務地との近接性」、「住環境としての静けさ」であり、カンティニ村は若年カップルや子育て世代、戸建て住宅取得を目的とした中流階級の移住という、フランスの現代農村移住の典型をよく表した事例といえる。

 山村に定着した移住者の事例として、オーベルニュ地方への就農者たちを取り上げたい。サンプルは少ないが、ライフヒストリーを含むロングインタビューを3組の移住農家に行った。フランスでも保守的なオーベルニュ地方にあって、彼らの就農は容易ではなく、農地の取得や拡大が困難であり、また政策的な援助や就農支援も不足しているなかでの移住と就農を経てきた。彼らに共通しているのは、いずれも大規模農業の正反対として、オルタナティブな農業のあり方を模索している点である。それは換言すれば農薬・化学肥料への対抗や自然栽培、独自の地方品種の採用や山村イメージの付加などを通じた「生産の質」の追求である。とりわけ、有機栽培、互助組織、マルシェ、生計へのツーリズムの導入は彼らにとって重要な意味を有している。彼らは、前述でいう第3の波に属する移住者であり、エコロジーや反グローバル化の思想を背景に有し、中央高地の山村という困難な場所であえてそれを実践することに、意義を見出しているともいえる。

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