日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S110
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発表要旨
災害と土地利用規制
*久保 純子
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抄録

1. はじめに

 危険な場所に住まないことは究極の災害対策であり、前近代社会では優先事項であったはずである。しかし、とくに20世紀後半の日本では比較的大規模な地震災害や水害等が少なく、急速な都市化の進行のもとで、危険な場所に人口や資産が集中した。

 地震災害でいえば、1923年の関東地震(関東大震災;死者10万人以上)のあと、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災;死者6000人以上)と2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災;死者・不明2万人以上)が大規模な人的被害となった。

 洪水害では1959年の伊勢湾他台風(死者5000人以上)以後、1972年7月豪雨と1982年の豪雨と台風(いずれも死者400人以上)、そして2018年西日本豪雨(死者200人以上)、2019年東日本台風(死者100人以上)が突出する。

 「想定外」の災害のあと、毎回新たな法律や対策が追加されてきたが、危険な場所に住まないようになったのだろうか。

2.災害対策基本法(1961年)

 災害対策基本法は1959年の伊勢湾台風での激甚な災害により、1961年に制定された。現状では、市町村長が防災施設の整備の状況、地形、地質その他の状況を総合的に勘案し、避難のための立退きの確保を図るため、「指定緊急避難所」や、被災住民等を一時的に滞在させるため、「指定避難所」を指定する(49条)とされるものの、居住地に関する規定はない。

3. 建築基準法(1950年)

 災害対策基本法以前より、建築基準法では「災害危険区域」の指定がある。地方公共団体は、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定し、住居の用に供する建築の禁止等を定めることができる(39条)。

 伊勢湾台風直後の1959年10月の建設事務次官通知に、「特に低地における災害危険区域の指定を積極的に行い、区域内の建築物の構造を強化し、避難の施設を整備させること。」とある。これを受け、名古屋市では臨海部防災区域として、第1種(原則、主要構造部が木造以外)、第2種(居住室を有する建築物を建築する場合は、2階以上の階に居室を設ける)等の建築規制を設けた。

 しかし、2015年現在、出水に関して条例を制定した地方公共団体は32、津波関連は28にとどまり(春原ほか2017、GRIPS)、東京都や大阪府にはない。

4. 防災集団移転促進特別措置法(1972年)

 1972年7月豪雨を契機として、地方公共団体による集団移転事業に対し国が財政上の助成をすることを定めた。対象となるのは、災害が発生した地域や「災害危険区域」で、1986年の小貝川水害では遊水地を造成し、地区内の集落を集団移転させ、東日本大震災では戸数10戸以上から5戸以上に緩和されたが、基本的には被災した地域を「災害危険区域」に指定し、集団移転事業の対象とする場合が多い。

5.土砂災害防止法(2000年)

 1999年の広島土砂災害を契機に、都道府県知事が著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域(土砂災害特別警戒区域;レッドゾーン)において、一定の開発行為を制限や建築物の構造を規制することができる、とした。

 しかし、土地価格の低下の懸念や建築物への構造規制への不満などから住民の反対が多く、指定が進まないところが多い。

6.津波防災地域づくり法(2011年)

 2011年の東日本大震災後、最大クラス(L2)を想定し、都道府県知事は、一定の開発行為及び建築等を制限すべき土地の区域を「津波災害特別警戒区域」として指定することができる、とした。土地利用規制はレッドゾーン(居室等規制)に加え、オレンジゾーン(病院・要配慮者施設等)が設けられる。

7. 地理学における課題

 建築や土地利用規制等は「私権の制限」であり、住民が制限をきらう、あるいは行政が補償を行う必要があり、大きくは進んでいない。防災集団移転の場合も「災害危険区域」の指定などが必要である。

 ハザードマップ(狭義)で規制対象区域を示しているのは、現状では土砂災害と津波であり、洪水や高潮では示されていない。要配慮者施設等は優先してハザードマップにもとづく対応を行うべきであろう。危険な場所は土地が安く、経済的に選択の余地がないということは許容されるべきではない。

 さらに、コンパクトシティ(立地適正化計画)における「居住誘導地域」と浸水想定区域や水深などの検討や、「流域治水」における居住の位置づけなども、地理学的検討が早急に必要である。

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