日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P027
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発表要旨
中国北部における雑穀生産の現状と可能性
河北省蔚県の食用アワを事例に
*原 裕太
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抄録

1. アワ栽培の歴史と持続可能性

 アワは種子が小さく水消費が少なく,乾燥した地域にとって環境収奪性の低い優良な作物である.アワは20世紀半ばまで,数千年にわたり中国北部の農村住民の生活上,最も重要な穀物としての地位を保持し,地域文化を牽引してきた.今日,アワ等の雑穀栽培を基盤とした中国の乾燥地農業は,FAOの世界農業遺産にも登録されている.

 しかし,アワの播種面積は政策の影響と販売価格の低迷によって,中国各地では20世紀後半を通じて一方的に減少し,優良耕地を中心にその多くが飼料用のトウモロコシ等に置き換えられている.本発表では,中国のアワ四大産地の一つとされる河北省張家口市蔚県の2019年8月の様子について報告し,アワ生産の今後の発展について展望する.

2. 張家口市蔚県におけるアワ栽培と販売

 当該地域に着目する理由として,「河北省農村統計年鑑」によると張家口市では,上記の一般的傾向に反し,2010年以降アワ播種面積が上昇傾向にあり,2014〜2016年の平均は,2005〜2007年の平均に比べて約1.3倍になっている.

 それを裏付けるように,蔚県城南側の平地では,トウモロコシと並んで,アワの栽培が広く視認できたのが特徴的であった(図1).県城では,中心部のスーパーマーケットで県内産アワ粒が2.5kg,5.0kg(59元)で精米や小麦粉と並んで販売されていた.屋外市場でもアワ粒の秤売りがみられ,生産地の村を明示したものもあった.

 筆者のこれまでの調査によると,山西省太谷県では,同じく四大産地である近隣の沁県産のアワ粒が5kg130.6元で販売され,陝西省呉起県では隣接する靖辺県産のアワ粒が2.5kg34.8元で販売されていた(いずれも2015年9月).単純比較はできないが,蔚県のアワ粒はそれらよりも安価であったといえる.生産・流通量や品質等による違いが考えられるが,商品の種類が少ない,流通範囲が小さい,といった精米や小麦粉と状況が大きく異なる点は同様であった.

3. 脱貧困に向けた地域特産品としてのアワ販売例

 アワ栽培が低迷する理由の一つに,トウモロコシに比べて販売価格が低い点が挙げられる.しかし興味深いことに,蔚県では貧困脱出のための産品にアワが利用される事例がみられた.県城から北西1.5kmに位置するA村(常住71世帯197人)は,2013年時点で56世帯が貧困世帯であったが,2018年までに54世帯が貧困を脱出したとされ,党政府の支援で村の建物が建て替えられ,ツーリズムに力が入れられている.A村では,貧困対策の一つとして,村の商店で特産品の販売が行われており,雑貨等と並んでアワ粒が売られ,価格はほぼ同量のコーンスターチと同じであった(図2).

4. 結び 

 アワ栽培のインセンティブとしては,都市部での健康需要の高まりや気候変動等が考えられ,これまで一貫して縮小してきたアワ栽培が転換期を迎えている可能性がある.主要穀物から外れて久しいアワは統計値が乏しく実態把握が難しい.今後の調査を通じて,仮説の精緻化を図りたい.

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