主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2021年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2021/03/26 - 2021/03/28
1.問題意識
シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその養成−グローバルな教員養成論から考える−」に際して,社会科教育学の立場からの私の提言を要約すれば,教科観の相対化を図ることのできる教員の要請を目指すべきだという主張である。
学校教育において地理は必要なのか。そして,その理由は何か。管見の限りでは,高等学校における新科目「地理総合」の必履修化を受けて,地理教育・地理学関係者は総じて歓迎するように見える。しかし,地理教育,いや大げさに言えば,教科の教育は危機にあるのではないか。
グローバルな文脈では,コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへの転換が叫ばれ,日本の学習指導要領においても,資質・能力の育成を旗印にして,小中高の各教科が育成するべき目標を「思考力,判断力,表現力」というアウトカム形式で定めている。コンピテンシーの育成には,極論ではあるが,教科は必要ない。地理はコンピテンシー育成に従属する形で,教科としての存続を図るしかない。これらの動向へのアンチテーゼとして,「強力な学問的知識」やケイパビリティー論が注目されている。教師はこれらの動向を俯瞰して,自身の理想像を定位する必要がある。地理教育に対する自身の考え方(教科観)を絶対的にとらえるのではなく,相対化する必要がある。
本発表では,学校の制度上の有無にかかわらず,学校の内外で行われている教育活動を対象に,あくまでも理念型としての地理教育を示し,地理という教科に対する考え方の多様性を示す。
2.多様な教科観にもとづく地理教育の形
教科観の相対化によって,地理教育のさまざまな姿が明らかになる。
(1)地理科地理としての地理教育
学校の教科教育として,地理の固有性や独自性を強調する。目標として地理認識や地理的技能の育成が掲げられ,他の教科との連携は模索されない。
(2)社会科地理としての地理教育
学校の教科教育として,社会科としての固有性や独自性を強調し,その中に地理を位置づけようとする。社会認識形成がねらいとされ,地理は必要に応じて,社会系教科目の歴史や公民との連携が模索される。
(3)人文科地理としての地理教育
学校の教科教育のうち,広く人間理解や人格形成に資するための教科間連携が模索され,その中に地理を位置づけようとする。地理は,学校教育におけるすべての教科との連携が模索される。
(4)市民科地理としての地理教育
学校の教科教育は,学校外の市民的活動や社会教育との連携が模索される。市民育成に資するための全校的アプローチまたは地域と学校の連携が模索され,その中に地理を位置づけようとする。地理は,学校教育だけでなく,社会教育や生涯学習との連携が模索される。
3.地理教育が社会正義を教えることの多様性と意味
国際地理教育プロジェクト「ジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities)」では,その第3段階として地理が社会正義の実現に寄与しようとしていることを訴えている。
日本の学校教育では,社会正義が道徳教育のなかでねらいとされている道徳的諸価値のひとつに位置づけられていることもあり,ミス・リードが危惧される。同プロジェクトにおける社会正義への寄与は,あくまでも地理学にもとづく学問的知識が将来の行動や態度への可能性を開くという潜在能力論を拠り所にしている。
ただし,このような教科観には,必ずしも,同意が得られるとは限らないだろう。態度や行動に及ぶアウトカム志向の社会正義教育のほうが一般的かもしれない。本発表では,どの教科観が理想であるかには正解など無く,教育自らが意図的に選択していく必要があることを主張する。
文献:伊藤直之 2021. 『地理科地理と市民科地理の教育課程編成論比較研究—イギリスの地理教育における市民的資質育成をめぐる相克—』風間書房.