1.はじめに
生物多様性の保全のための研究と実践の両面において、生物多様性と一体化してジオダイバーシティの保全を考えることの重要性は十分に理解されているとはいえない(渡辺,2005;Chakraborty & Gray 2020)。本論では空間的な分布が把握しやすい植生と地形を中心に生物多様性とジオダイバーシティの関係を吟味し、中部山岳国立公園を例に植生の保全のために考慮すべき地形の多様性の理解について整理する。
2.地形およびその生態的機能の多様性
中部山岳国立公園の南部の上高地周辺で蓄積されてきた地形や植生に関する研究(例えば上高地自然史研究会,2016)によると、植生は標高の違いに対応する群系レベルの違いが認められるほか、高山帯では氷河・周氷河地形、亜高山帯以下では地すべり・崩壊地形、沖積錐、氾濫原のそれぞれに特有の植生が成立している。これらの地形を構成する微地形が水分条件や残雪分布の違いをもたらし、また微地形ごとの斜面の安定性や構成物質の違いなどを通じて、多様な植生を形成している。
本地域で多様な植生を維持するには個々の地形が保全されることが必要であるが、植生形成に果たす地形の役割は気候や地質によって異なることがあり、地形の生態的機能の多様性を保全する視点も必要である。例えば大規模な崩壊地形は積雪の多寡によって植生形成に与える影響の大きさが異なり、中部山岳国立公園の北部では上高地地区より多様な植生が大規模崩壊地にみられる(Takaoka, 2019)。また高山帯の線状凹地は積雪の多い北部ほど池沼や湿地の形成に果たす役割が大きい(Takaoka, 2015)。
3.地形変化:地形の時間的多様性
上高地周辺において氾濫原は最も変化の激しい地形である。そこにはヤナギ科植物を中心とする河畔林が形成されている。優占種の一つであるケショウヤナギが更新するには洪水による攪乱によって植生が破壊されて明るい砂礫地が形成されることが必要であるが、宿泊施設や登山道を守るために設置された堤防や護岸が攪乱の起こる範囲を限定してしまっている(Takaoka, 2009)。
梓川の本流と支流の合流点に形成される沖積錐もまた、頻度高く地形変化が起こる場所であり、火成岩の流域ではウラジロモミ林のほかにトウヒ林やタニガワハンノキ林などが形成されている。沖積錐の現流路には堰堤や導流堤が設置され、あわせて流路内に堆積した土砂の掘削による流路の固定化が進められている。沖積錐上の流路変更に伴う森林攪乱がなくなれば、沖積錐の植生の均質化が進むと考えられる。
4.地形間のつながりの多様性
梓川支流の玄文沢では、流域上部で約350年前に発生した大規模崩壊地は耐陰性の低いカラマツの優占林やトウヒの優占林を形成したが、移動土塊の一部は流域下部の沖積錐上に大型のローブ状地形を形成し、沖積錐上での土石流攪乱の体制を変化させることによって沖積錐上の植生パターンに特徴を付加している(高岡・苅谷,2020)。このように、一つの地形形成が別の地形の形成に関与することがあるので、地形と結びついた植生分布構造を保全するには地形間のつながりを維持することが必要な場合があり、また、流域ごとに異なる地質や起伏の特徴に対応した地形間のつながりの多様性にも注目する必要がある。
5.国立公園におけるジオダイバーシティの保全
植生の保全の観点から、地形を中心にジオダイバーシティの保全を考えるときに重要な点を上述の事例をもとに整理すると、地形の多様性を維持することのみならず、個々の地形の生態学的な機能の多様性が維持されること、地形プロセスが維持されること、流域内の地形的なつながりとその多様性が維持されることにも注意が払われるべきである。
自然公園法による地域指定をみると、中部山岳国立公園では山腹斜面下部から谷底にかけての、地形変化の激しい領域が相対的に地形改変に対する規制の緩い地域指定になる傾向がある。また上高地周辺については最も規制の強い特別保護地区であるにも関わらず、氾濫原や沖積錐において地形改変や地形プロセスの制御、地形間のつながりの分断がなされている。国立公園の利用との調整を図る際には、その影響が長期的にみてどのような結果を生むのかを理解したうえで検討がなされる必要がある。
引用文献
Chakraborty & Gray 2020 J Nat Conserv, 125862. 上高地自然史研究会 2016 上高地の自然誌−地形の変化と河畔林の動態・保全 東海大出版. Takaoka 2009 Geogr Rep Tokyo Metropolitan Univ 44. Takaoka 2015 Limnology 16. Takaoka 2019 Mt Res Dev 39. 高岡・苅谷 2020 植生史研究 28. 渡辺 2005 地球環境 10