主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2022年度日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2022/09/23 - 2022/09/25
需要が縮小傾向にある市場で中小規模の産地・事業者が経営を維持するためには,消費者に対して商品の価値を訴求することが不可欠になる。その方法の一つがブランド化である。農産物や食品のブランド化は,1980年代から1990年代にかけて主に産地組織や事業者によって独自で取り組まれてきた。2000年代にブランド化は国や自治体等による認証制度化と結びつきながら,多様な主体がかかわる取り組みへと広まってきた。これには,第三者のお墨付きや権威付けによる地域の認証や表示が,消費者に安心感を与える手段とされてきたことがある。その一方で,地域の認証や表示による消費者認知の向上や経済効果の獲得には困難さも指摘されている。そこでブランド化が依然として各地で試みられている理由を実態に即してとらえる必要がある。
本研究では,農産物・食品の認証制度化と地域ブランド化について,地理的表示「山梨」(清酒)の「GI YAMANASHI」を事例に,その登録経緯と認証状況を把握し,酒造業者の組織的な事業展開を明らかにし,地域ブランド化のもつ多様な意味を考察した。
地理的表示「山梨」(清酒)の登録に向けた活動は,2019年から本格的に始まり,産地組織が連携し,2021年4月に登録された。ロゴマークとして使用する「GI YAMANASHI」は,地理的表示「山梨」(清酒)と山梨県原産地呼称日本酒管理委員会認定日本酒「山梨の酒」の二つの制度で二重に構成されている。 2021年度に山梨県酒造協同組合に加盟している酒造業者13社のうち8社33銘柄がGI審査会で「GI YAMANASHI」に認定された。このうち7社7銘柄が「名山の水 山の酒 山梨の酒」(商標登録)として「純米飲み比べセット」を,また3社3銘柄が「山の酒」として「スパークリング飲み比べセット」を商品化している。とくにスパークリングの商品化では,酒造業者Y社が5~6年かけて開発した製法技術を他社に移転するなど,技術交流を通じた事業者間のネットワーク化による組織的な販売を試み,地域ブランド化を実現している。そこでは事業者間の連携によって自社の個性が失われないように,独自のブランド戦略も同時にとられている。
先行研究では地理的表示保護制度の経済効果について,必ずしも十分ではない点が指摘され,消費者認知が浸透していない状況もみられる。しかし,地理的表示保護制度の目的は,名称の保護によって商品を差別化し品質を保証して広く事業者や実需者・消費者を保護する点にあり,事業者の短期的な売上増のみに目的があるわけではない。地理的表示「山梨」(清酒)の事例では,登録に至る一連の事務作業の過程で自らの地域の自然環境や歴史・伝統・文化が学習されて,優位な地域特性が再認識された。また,新たなネットワークが構築されて,競争抑制的な予防効果も表れるなど,取り組み自体に意義が認められた。さらに,登録から2年目を迎え,現場では今後の事業展開に期待をもっている。GIの登録や産品の認定の効果を検証する際には,個々の事業者によるブランド戦略とは異なる地域ブランド化の取り組みから生み出される波及的な地域への影響も評価する必要があると考えられる。