Ⅰ 研究の目的 人口減少社会においては,過疎地域の定住人口の増加,移住者の増加を求め続けることには限界がある.また,観光地化による交流人口の増加についても,各地でオーバーツーリズムの問題が報告されるなど,観光産業が必ずしも地域住民主体の地域づくりに貢献していないことが指摘されている.そのため,近年は定住人口でも交流人口でもない関係人口の創出に注目が集まっている.田中(2021)は,関係人口を「特定の地域に継続的に関心を持ち,関わるよそ者」と定義づけた.関係人口は,地域に外部の視点を持ち込み,地域の活動に取り組み,持続可能な地域づくりに貢献しうる.そこで,本研究では,広島県呉市豊町御手洗を事例に,多様な背景をもつ複数の関係人口が住民とともに行ってきた活動実践を明らかにする中で,地域づくりにかかわる関係人口の意義や役割を考察することを目的とする. Ⅱ 御手洗の概要と地域活動 広島県呉市豊町御手洗は,芸予諸島の大崎下島に位置する集落である.江戸時代以降,瀬戸内航路の風待ち・潮待ちの港として発展し,この地域の中心的な商業地であったが,第二次世界大戦後は商業地としての性格は徐々に弱まっていった.しかし,港町の歴史的な地割や景観が残されており,1994年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された.また,2008年には「安芸灘とびしま海道」が開通し,島へのアクセスが改善された. 2015年国勢調査によれば,御手洗は,115世帯217人,高齢化率は57.1%で,高齢化と過疎化が進行しているが,U・Iターン者も増加しており,複数の関係人口も確認されている. 御手洗では数多くの地域組織が活動している.自治会や「重伝建を考える会」のほか,関係人口が空き家の活用をしながら主に観光客向け事業を行う合同会社や,アートイベントを運営する実行委員会などが活動する.合同会社は,6か所の空き家をカフェ,ゲストハウス,シェアハウスなどにリノベーションし,これまでこの地区には見られなかった形態で活用している.合同会社の代表は,呉市街に居住しているが,2011年以降,二拠点居住をしながら従来の地域活動にも参加しつつ複数の関係人口を呼び込み,各施設を管理,運営している.一方,アートイベントを運営する実行委員会は,御手洗出身者で呉市街との二拠点居住をしている飲食・雑貨店の経営者と,広島市との二拠点居住をしている絵画作家を中心に2017年から運営されている.普段から多くの作家仲間を呼び込み,作品展示やワークショップを行っているほか,春の大型連休に実施されるイベントでは,出身者の地縁を活用しながら,展示場所などにも空き家を活用している. Ⅲ 関係人口が参画する地域づくり 関係人口の増加は,複数の空き家の解消や活用につながっている.一般に,空き家をその所有者が地縁のない「よそ者」に貸すことを躊躇する場合が多いが,御手洗では,「よそ者」が住民や地縁のある関係人口と活動することで,貸借が進み,結果として空き家の活用が進んでいる.また,関係人口によって,それまで行われていなかったユニークな活動や,既存の活動の活性化が見られ,地域活動が活発になっている.ただ,住民や関係人口の考えや理想は多様であり,合意が難しいため,それぞれの活動が必ずしも一体のものとはなってはいない点に課題が残る.しかし,それぞれのアクターが自分のできる範囲の活動を主体的に行うことで,地域全体としては地域にかかわる主体が増え,持続可能性が高まっているといえる. 文献 田中輝美 2021.『関係人口の社会学―人口減少時代の地域再生』大阪大学出版会.