主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2022年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2022/03/26 - 2022/03/28
1. はじめに 水産物の安定供給に向けて期待が寄せられている養殖業は,1990年代後半より停滞傾向にある.産業の全体的な動向を理解するうえでは個別主体への注目が重要であるが(大呂 2014),養殖経営の変化やその背景にある取組みを通時的に明らかにした研究は少ない.そこで本研究では,宮城県(南三陸町・石巻市・女川町)のギンザケ養殖を事例に,養殖業経営体の生産・出荷の取組みに注目しながら,主に1990年代後半以降にどのように経営を存続させてきたかを明らかにした.本研究の遂行に際しては,2021年7~12月にかけて,11のギンザケ養殖業経営体および関連他主体への聞取り調査や参与観察を実施した.
2. 宮城県のギンザケ養殖の概要 宮城県のギンザケ養殖の特徴は,次の二つである.第一に,「インテグレーター」と呼ばれる主体が複数存在し,大半の経営体がそれぞれに系列化されている点である.第二に,経営体が「生産グループ」に属しながら経営を行っている点である.第一の点について,経営体はインテグレーターから資金面での援助と合わせて稚魚や餌料を供給されており,なかには成魚の出荷まで管理されている場合もある.なお,フリーと呼ばれる,系列化されていない経営体も存在する.第二の点について,生産グループとは,共通の餌料を用いた経営体同士で構成された生産者組織である.グループ内の経営体は稚魚や餌料の調達先を共通化しており,グループによっては出荷先も共通化している.こうした生産グループには,同一のインテグレーターにより系列化された経営体同士で構成されたものと,フリーの経営体同士で構成されたものがある.また,同じ生産グループに属する経営体は同一の地区・集落に集中している場合もあれば,複数の地区・集落に分散している場合もある.
3. ギンザケ養殖の展開 宮城県では,1978年からギンザケ養殖が開始された.当時はインテグレーターおよび漁協による普及が図られ,経営体数が増加した.しかし,過剰生産およびチリ産ギンザケの輸入により1995年には価格が暴落し,経営体数は全盛期の342から113まで減少した.その後は,残存経営体における生産量・生産額の拡大が見られた.2011年の東日本大震災を機に経営体数は再び減少し,経営体当たりの生産量・生産額もいったんは減少した.しかし,震災復興に際しての補助金事業等もあり2014年には生産量・生産額が震災前の水準にまで回復し,その後はそれを上回る水準で推移している.2021年の経営体数は59である.
4. 養殖業経営体による取組み まず生産面での取組みについて,調査対象となった経営体は1990年代後半~2000年代前半に生産規模を拡大し,その後は同水準を維持していた.この背景には,全ての経営体に共通する取組みと一部の経営体に見られる取組みとがあった.前者に相当するのは,生餌から配合飼料への転換である.後者に相当するのは,共同作業により労働力を確保することや,技術交流により生産方法を改良すること,優良な漁場へと移動して操業することである.このうち共同作業および技術交流は,同一の生産グループの経営体が自身と同じ集落に存在する場合に確認された.技術交流においては,他の集落や生産グループの経営体との交流を通じて知り得た技術を共有し,導入することもあった.優良な漁場への移動については,同一の海域で操業する他の養殖部門の減産もしくは撤退が生じた場合に実現していた. 出荷面での取組みについては,インテグレーターもしくは特定買受人との相対取引と,卸売市場への出荷の二つが確認された.相対取引を選択するのは,卸売市場への出荷に比べて出荷価格の変動幅が小さいことが理由であった.一方,相対取引では時期や量などに関する出荷先からの指示に従うことが求められていたため,これに対して不満を感じるとともに近隣に卸売市場が立地している場合には,卸売市場への出荷を選択することもあった.ただし,相対取引による出荷価格は卸売市場の相場価格と連動しており,ここ数年は相場価格が好調であったため出荷先により経営が大きく左右される状況ではなかった.なお,震災後から本格的に導入されることになった活け締めした成魚の出荷については,殆どの経営体は行っていなかった.この理由は,活け締めした成魚の需要が小さく加工も煩雑であるため出荷先から積極的な要求がなかったこと,活け締め作業や人件費等の追加的な負担に見合った価格で出荷できないことであった. このように,配合飼料の導入および十分な価格水準の担保を前提としたうえで,置かれた状況や自身の意向に応じて他の取組みを組み合わせる形で経営体は経営を維持していた.
参考文献 大呂興平(2014)『日本の肉用牛繁殖経営 国土周辺部における成長メカニズム』農林統計協会.