1.はじめに
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波によって,仙台平野のクロマツ海岸林は深刻な被害を受けた.これを受けて,林野庁は仙台平野の丘陵地から持ち込んだ土壌材料をもとに植栽基盤を造成した(林野庁 2015).このように人工林を形成・発達させる目的での盛土造成事業は極めて新しい試みだといえる.だが,盛土に使用した土壌材料の是非については未だ十分な議論がなされていないうえ,大規模な土地改変が植栽されたクロマツの生育に支障をきたすことが懸念されている.そして,実際に造成された植栽基盤上に植栽されたクロマツにはモザイク状の生育差がみられた.
一般に,クロマツが災害防止機能を発揮するには植栽後20年程度の期間を要するとされるため,枯死などの生育不良が起こると復旧には多くの年月を要する.したがって,将来起こり得る災害に備えるためには生育不良の要因を解明することが重要であるが,その前段階として生育不良地点を高精度に把握することが必須となる.その際,現地の環境が盛土植栽基盤上のクロマツ単層林であることを考慮すると,生育概況の把握には広域の情報を瞬時に捉えることが可能なリモートセンシング技術を用いるのが適切だと考える.
本研究では,海岸林再生・復旧事業の対象地域のなかでも大規模に盛土造成が行われた地域である宮城県名取市海岸林の植栽年度が異なる16工区を調査地とし,解像度の異なる2つのマルチスペクト画像を用いてNDVI(Normalized Difference Vegetation Index),NDVIre(red-edge Normalized Difference Vegetation Index),EVI(Enhanced Vegetation Index)を算出することにより,調査地におけるクロマツの広域及び植栽木毎の生育概況の把握に適した植生指標を考察した.
2.研究手法
2.1 衛星画像による生育概況の解析
宮城県名取市海岸林における全工区を対象に,2021年6月28日に撮影されたSentinel-2の衛星画像をもとに,QGIS3.16.7を用いて各植生指標を算出・地図化した.また,算出された値をもとにカーネル密度推定を行い,各植生指標における分布特性を把握した.
2.2 マルチスペクトルカメラによる生育概況の解析
宮城県名取市海岸林の2,11,14工区内に適当な調査区を計5箇所設け,2021年6月24日~6月25日に「MicaSense マルチスペクトラルカメラRedEdge-M(株式会社サイバネテック)」を用いてマルチスペクトル画像を撮影した.その画像を用いて各植生指標の算出・比較を行った.
3.結果及び考察
3.1 衛星画像による生育概況の解析結果
NDVI,EVIは類似した分布を示したが,EVIはNDVIよりも分散が大きく,値の違いが強調された.これは,植生被覆のある地点を他の植生指標よりも強調するEVIの特徴と一致した.また,樹冠被覆率の高い地点においてNDVIは値の飽和が見られたのに対し,EVIは飽和がみられなかった.
NDVIreはNDVIおよびEVIとは異なる面的分布を示したほか,その分散は両指標値と比べて極めて小さかった.衛星画像はエアロゾルの影響を受けることを考慮すると,散乱による僅かな反射率の変化がNDVIreの結果に影響を及ぼすため,調査地において衛星画像でNDVIreを用いることは不適切であると考えられた.
3.2 マルチスペクトルカメラによる生育概況の解析結果
NDVIreはNDVIよりも分散が小さく,林床植生をよく表現していたほか,NDVIでみられた値の飽和がみられなかった.これは,植物の検出能力が高く,成長中期・後期段階における植物の活性度を推定することに秀でているNDVIreの特徴と一致した.
EVIは衛星画像からの算出値とは大きく異なり,他の2つの指標よりも分散が小さかった.これは,EVIがエアロゾルなどによる散乱の補正を前提とした指標であるため,低い高度で撮影したマルチスペクトル画像では不必要な補正によって過小評価されたからだと考えられた.
4.おわりに
クロマツの生育概況を捉えるために異なる解像度のマルチスペクトル画像におけるNDVI,NDVIre,EVIの特性を比較した結果,衛星画像ではEVI,マルチスペクトルカメラの画像ではNDVIreの使用が適当であるという仮説が成立した.今後は現地調査を行い,実データとの照合を行う予定である.
参考文献
林野庁 2015.『平成26年森林・林業白書』