主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2022年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2022/03/26 - 2022/03/28
1.はじめに
山地の渓畔林に生育するトチノキ(Aesculus turbinata)は隔年結果の特性により、年ごとにトチノミの結実量に差があることが知られている。しかし、トチノミの経年的な結実量については、大学演習林等での記録を除いてあまりなく、栃餅づくりに関わる資源利用の観点から豊凶の実態や影響を捉えた事例は少ない。とくに2021年はトチノミの大凶作年とのことが複数の地域で聞かれ、資源利用の観点からも実態の把握が必要である。そこで、本研究は、トチノミ採集を経年的に行っている地域において豊凶の実態を広域的に調べるとともに、豊凶の違いによるトチノミ利用への影響と持続的なトチノミ利用に関わる今後の課題について考察した。
2.方法
2021年9月~12月にかけて、複数の地域を対象に広域評価を行った。京都府綾部市古屋ではトチノミ採集について聞き取り調査や参与観察を行うとともに、過去の採集実態の記録を整理した。同様に、京都府南丹市鶴ヶ岡や石川県白山市白峰にて栃餅生産者に聞き取り調査を行った。また、滋賀県高島市朽木においてはトチノキの保全団体の関係者、さらに兵庫県在住のトチノキ専門家に諸地域の状況確認を行うとともに、岐阜県旧八草村のトチノキ林で結実期に現地踏査を実施した。
3.結果と考察
京都府綾部市古屋では毎年ボランティアによるトチノミ採集が9月に行われている。2015年~2020年までの記録によれば、山中の3ヶ所でトチノミ採集が行われ、採集量 は6年平均値(3ヶ所合計値)で約1トンにせまった。一人当たりの採集量をみると、2019年で最も少なく、最も多かった2018年の約2割であり、年による採集量の多寡がみとめられた。一方で、2021年はすべての採集量が約20 kg(湿重量)程度となり、極めて少ない年であった。隣接する京都府南丹市鶴ヶ岡においてもトチノミを手に入れることが難しく、栃餅生産のための不足分を古屋まで購入しにきたことが聞かれた。また、滋賀県高島市朽木で毎年トチノミが採集されているトチノキ林において、2021年は採集量が10個にも満たなかったことが聞かれた。岐阜県旧八草村のトチノキ林ではトチノミの落果がほとんど確認できなかった。石川県白山市白峰の栃餅生産者によると、例年の1/5~1/6程度の採集量とのことが聞かれた。その他、兵庫県や長野県でも不作にみまわれたことがトチノキ専門家によって確認されていた。2021年のトチノミの採集量はこれらの地域では極めて少なく、過疎地でのトチノミ製品づくりや地域間の入手形態に大きな影響を与えた可能性がある。今後はトチノミの豊凶を生態学的な視点だけでなく、資源利用の観点から広域的かつ科学的に評価する手法の開発を進めるとともに、トチノミの採集、乾燥、保管、流通といった一連の工程を社会的に支援するための課題解決型の研究視点が求められることが考察された。
付記 本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「日本列島における採集林の成立要因と変遷に関する地理学的研究」(代表:藤岡悠一郎)の一部を活用して行われた。実施にあたって関係地域、関係団体のみなさまのご協力に感謝します。