日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 415
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横浜市のクモ相撲「ホンチ遊び」にみる⼈間と⾃然との関係
*岩月 健吾
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抄録

1.研究の背景および目的

 人間と自然との関係について,Ives et al.(2018)は5つの類型(物質的,経験的,認知的,感情的,哲学的)を示し,各関係の相互作用を解明する必要性を述べた.本研究の目的は,第二次世界大戦後の経済成長に伴う社会・自然環境の変化を背景に,多くの地域で衰退・消滅してしまった自然遊び「クモ相撲」の存続を,上記の人間と自然との関係に注目して議論することである.現在,日本の人口の大部分が都市部で生活している.都市部における自然に関する民俗知の重要性が認識されつつあり,その存在を確認し,どのように機能しているかを解明することが求められている(増野 2013).このような現状を踏まえ,本研究では,特に都市部に現存するクモ相撲行事を事例に,その存続を議論していく.

2.調査の対象および方法

 本研究では,神奈川県横浜市の登録地域無形民俗文化財「ホンチ遊び」を事例として取り上げる.ホンチ遊びとは,ネコハエトリというクモのオスが,繁殖期にメスを取り合って争う習性を利用した動物闘技である(図1).「ホンチ」とは,横浜市の方言で,ネコハエトリのオス成体を指す言葉である.民間の自然遊びとしてのホンチ遊びは,1960年代を境に衰退してしまった.現在,「横浜ホンチ保存会」がホンチ遊びを行事化し,保存・普及活動を行っている(図2).横浜市という都市化の進んだ地域に現存するクモ相撲行事の事例であり,本研究の対象として適している.本研究は,2019年の事前調査,2021年の資料調査,現地調査,質問紙調査によって得られた情報を基に進めた.

3.結果

 調査の結果,ホンチ遊びは人間と自然との多様な関係の上に成立し,現在まで存続してきたことが明らかになった.ホンチ遊びにおいて,クモは自然と社会の間を循環する存在である.人々は,採集,飼育,試合,個体返還における多様な実践の繰り返しにより,クモや,クモの生息環境に関する理解を深めていく.個人の経験知は,他者との交流や,科学的な試行によって得られた知見と混ざり合い,民俗知として採集や飼育の実践に反映される.人々は,日々の関わりの中でクモを個性ある存在として認め,クモに愛着を持つようになる.クモとの感情的なつながりは,翌年のクモとの出会いを魅力的なものにする.ホンチ遊びを通して,人々は地域の自然を理解し,楽しみ,大切にする意識を育む.このような自然観は,保存会活動を通して他者に伝播し,新たな人間と自然との関係の循環を生む.現在,保存会会員の減少や,クモの生息環境の劣化などの要因で,ホンチ遊びは衰退傾向にある.ホンチ遊びの民俗知や自然観は,今後の人間と自然との関係の在り方の検討に資する重要な無形文化財である.保存に向けて対策を講じる必要がある.

文献

増野高司 2013. 日本の花見に集まる人々―大阪府における公園の空間利用の事例. 池谷和信編『生き物文化の地理学』325-348. 海青社.

Ives, C. D., Abson, D. J., von Wehrden, H., Dorninger, C., Klaniecki, K. and Fischer, J. 2018. Reconnecting with nature for sustainability. Sustainability Science 13: 1389-1397.

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© 2022 公益社団法人 日本地理学会
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